第13話
島咲さん宅でのハウスキーパー業務に多少慣れ始めた頃、夕陽と動植物園へデートしに行った。
GW明けに晶さんから連絡ももらって、赤ちゃんの一か月検診を終えたら、是非遊びに来てほしいと言われた。
「楽しみだね。」
温室の中でジャングルみたいな植物に囲まれて、亜熱帯の鳥類を眺めながらも、先立つ楽しみをを口にした。
「ん~?何が?」
くちばしの大きいカラフルな鳥を同じく眺めていた夕陽は、俺の手を大事に握りなおして尋ねた。
「晶さんの赤ちゃん。お祝い何にしようか散々悩んだけどさ・・・実用的なものは買えたわけだけど、ここのお土産で可愛いぬいぐるみとか買っていこうかな。」
「いいな♪俺あの鳥可愛くて気に入ったわぁ・・・あいつのぬいぐるみ売ってねぇかな。」
大人しく凛と佇む姿を、また二人してじっと観察しつつも、俺はやっぱり晶さんの赤ちゃんが気になって、何度も夕陽に手土産の話題を振った。
目当ての動物達や、たくさんの植物を見学して、最後にお土産を買うべくお店に立ち寄った。
夕陽が気に入った鳥のぬいぐるみもあったし、その他にも気になる物がたくさんあって、思わずキョロキョロして注意散漫になってしまう。
夕陽の手を引きながら、あっちへこっちへウロウロしていると、その内人格が入れ替わって目に入る物全てを手に取る。
「うわぁ!これ可愛い!ね、夕陽、お揃いで何か買お?」
「いいよ~♡何にする?」
「夕陽が好きなものがいい!」
俺がはしゃぎ倒していると、同じくお土産を選んでいたカップルにチラチラ見られたり、小さな子供も盛り上がってる俺を不思議そうに見つめた。
頭の中で主人格である自分が、白い目を向けられていることは理解しているものの、元気一杯の子供らしい俺は止まらない。
「ねぇねぇ夕陽、ず~っと前ね、ホントはね?家族で動物園に行こうとしてたんだよ。」
「・・・そうなの?」
「うん、お母さんは行こうねって約束してくれたの。でもね~お父さんは急に仕事が入ったって、来てくれなくなって・・・お母さんも何だか残念そうにしててね?しゅんとしちゃって元気なくなっちゃったんだぁ。」
「・・・そっか・・・」
「だからね?俺ね、お母さんに言ったの。『行きたくないなら大丈夫』って。」
夕陽は何か考えるようにお土産に視線を落としたまま、繋いだ手をぎゅっと強く握った。
「お母さんはね、俺がそう言ったら悲しそうにして、代わりにって一緒にお買い物に行ったの。スーパーで買い出しして~それからお母さんがお気に入りだっていう映画をね?おうちで一緒に観たんだぁ。」
「そっか・・・それはそれで楽しい思い出だな。」
「うん!でも何の映画だったか忘れちゃったんだぁ。」
そこまで話すとまたパッと自分に戻ってきて、引きずるような寂しさだけがポツンと心の中に残った。
「薫、いっぱい色んなとこ行こうな。社会人になったらさ、たくさん稼いで薫一人くらい養ってみせるから俺。」
「・・・・・・・・」
俺が黙ってじっとぬいぐるみを持って佇んでいると、夕陽は何かを察したようにそのまま会計を済ませて、俺の手を引いて帰路についた。
「薫はさ、ホントはさ・・・養われるとかきっと嫌だよな。」
何も言葉を発する気力が無くなって、俺は夕陽に視線だけを返して隣を歩いた。
「薫の理想の未来があるなら、俺はそれに近づけるように一緒に歩いていたいんだ。つい・・・自分の希望を口にしちゃうけど・・・ごめんな?」
静かに首を横に振って見せて、申し訳ない気持ちが溢れてくるのを必死に堪えていた。
「薫、気持ちの浮き沈みがあるのは誰でも同じだよ。俺はさ・・・自分が上手くやれてる自信がいっつもないんだ。薫と一緒に生きていきたいから、毎日必死に薫の事考えてる。これからどうしていったらいいかって、学生のうちだから考える余裕はあるし、薫と意見をすり合わせていきたい。その間にも俺たちの周りや、俺たちの間で色んなことが起こるだろうけど、薫を大切に思ってる気持ちは、いつ何時でも変わらないから。」
夕陽はそう言うと、苦笑いを落としながら頭をかいた。
「ん~・・・なんか言いたい事がまとまんないな・・・。伝えたい気持ちはいっぱいあんだよ。でもさ、一つ感じてること言うとするなら、まだそこまで付き合って時間が経ってないからだろうけど、薫から時々俺に対して、申し訳ないなぁっていう気持ちを多々感じるんだ・・・。見当違いだったら悪いけど・・・」
夕陽の優しい瞳がチラリと向けられて、夕暮れ時の住宅街を踏みしめて歩きながら、想像もし得ない未来を考えた。
「・・・・・・・・・・俺も・・・・」
頭の中であらゆるタラればが駆け巡る。
島咲さんとも話していた
人は人とのめぐり逢いで運命が変動していく。
足元にある伸びた影が、一つじゃないのは、夕陽が俺を見つけてくれたからだ。
そう思うと途端に涙が溢れて前が見えなくなった。
ボロボロこぼれ落ちるそれを見て、夕陽は俺の肩を抱いて顔を覗き込む。
「・・・だいじょぶか?ちょっとあっち座ろ。」
近くにある自販機の隣にあるベンチに腰かけて、夕陽は体を寄せて肩をさすってくれた。
そしていつもの調子で言った。
「愛してるよ薫・・」
そっと小声で聞こえた言葉は、俺の耳に入って、夕陽は優しく髪にキスを落とす。
「薫・・・寂しかった気持ちがぶり返しても、俺はそれ以上の幸せを絶対約束するからな。・・・生きてる時間は無限にないからさ、俺・・・この先死ぬまで、全部薫にあげるって勝手に決めたんだ。」
「・・・・・どうして・・・?」
鼻水をすすりながら、わずかに出せる声で尋ねた。
「何でだろうなぁ・・・。だって好きになっちゃったからさぁ・・・。何回生まれ変わっても薫と一緒に居るって、たぶん決めてたんだよ。ロマンチックなような、ただの勘違い野郎みたいな、変な理屈に聞こえちゃうんだけどさ・・・。きっと記憶がないだけで、前世も一緒にいたんだよ。」
夕陽はポケットから俺があげたハンカチを取り出して渡してくれた。
意外にも彼は、慰めるためにおどけて言ってるわけでもなく、真剣な表情のままだった。
「・・・わかんないことは世の中色々あるけどさ・・・先の事なんて保証できないだろって言われたらそれまでなんだけどさ・・・それでも俺にはわかるんだよ。だって毎日・・・もっと早く薫に出会いたかったって思ってる。・・・もっと早く見つけてあげられれば・・・薫は寂しい思いせずに済んだろ?」
後悔に満ちた彼の目が、俺に人生のすべてを捧げようとする手が、優しいからとかじゃなくて、夕陽が夕陽だからで
その時初めて・・・
「俺も・・・・・ずっと夕陽と一緒に・・・」
見つめ返して視線が絡まると、その瞬間何だか不思議な感覚になった。
ありきたいな言葉しか返せない自分が、そうじゃないと何度も心の中で否定した。
彼が後悔を口にしたばかりなのに、俺はあろうことか本能的に言葉がこぼれた。
「・・・どうして・・・・もっと早く会いに来てくれなかったの・・・・・・・・・・・・・」
とめどなく涙がこぼれて、水に溺れるように見える夕陽の表情が歪む。
「俺は・・・・・・もっと昔から夕陽がいてくれれば・・・・何も迷わず好きになって・・・・側にいたよ。」
静かに俺を抱き寄せる夕陽が、堪えるように震えていた。
夕陽は
親切な人ではあるけど、決して万人に優しいわけじゃない。
優しさと、親切は別物で
当たり前に出来るかどうかと、気持ちを伴って捧げるものとの違いだ。
夕陽が俺に親切であり優しいのは、彼の元々の性格や性質と、俺のことが好きという気持ちから。
だから彼は、俺以外の他人に対して、優しさを手渡したりはしない。
どれだけ親しい間柄であっても、夕陽は相手に対して「親切」しか振舞わない。
自分の時間が取られるような頼み事は受けないし、友達と食事にすら行かない。
川田くんが話していたOB会も結局断ったし、津田くんが何人かで遊びに行こうと言ってくれた誘いも、悩むことなく断った。
理由は、俺と一緒にいたいから。
夕陽は俺のもので、俺は夕陽のもの。
けど彼は別にそれを押し付けてるわけじゃない。
まるで当たり前かのように、それが自分の幸福の全てかのように、俺に優しさも愛おしさも、何もかもくれる。
夕陽は俺に、『安心できる二人だけの世界』を作ってくれた。
彼からしたらもしかして、精神疾患の治療のように思っているのかもしれない。
その後、どうやって帰り着いたのかも思い出せずに、気が付いたら夕陽と裸でベッドの上に寝ていた。
目を覚まして薄暗い照明だけの寝室で、わずかに体を起こして窓の外を見た。
どっぷり夜は更けて、わずかに街の明かりが闇の中に浮かんだ。
視線を落とすと、側で穏やかに寝息を立てる夕陽。
何だかこの上なく幸せだ。
何も考えずに生きていくことを、本当は望んでしたくて、ただ夕陽の所有物のように生きたかった。
疲労して人格を手放したり、病んで涙を見せてしまうなら、彼を一生不安にさせないために、馬鹿になって生きたい。
何も考えずに笑顔で生きていれば、夕陽は安心してくれるだろうか。
秒針の音や、外を走る車の音が、俺を現実に引き戻した。
「・・・・・・おやすみ・・・」
ただただ愛おしい彼の頭を撫でて、また布団に潜り込んで抱き着いた。