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二度目の春  作者: 理春
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第12話

島咲さん宅で、今後のアルバイトの説明をされ、その日は案内を受けるだけで、諸々の契約書類の控えをもらい、ご自宅を後にした。

帰り道、静かな夕暮れに染まる住宅街を歩きながら、美咲さんちで働いていたことを思い出し、今後自分が小夜香さんのうちの中で、家事手伝いをしていくイメージをした。


聞いたところによると、島咲さんはご自宅の裏手にある開業した病院で働きながらも、産休中の美咲さんの仕事を担っている、咲夜の手伝いも少しされているようだ。

咲夜は塾講のバイトを辞め、卒業後は美咲さんの手伝いをするということもあって、島咲さんに補佐されながら、分家を廻って援助や土地管理、財産管理の問題と向き合っているらしい。

島咲さんは医者として、元当主として毎日が忙しいだろう。


そんな中ハウスキーパーを今まで雇ってなかった方がすごいな・・・


何気ない会話の中で、今まで小夜香さんがどれだけ効率よく家事をこなしていたかは知れたけど、二人暮らしだとそこまでやることもなかったんだろうか・・・年末の大掃除は大変だと言ってたな。


考え込んでいるうちにうちに着いて、同じく夕陽も帰宅して、晶さんは無事出産されたようだと共有した。

そしてその日の夜、いつものように夕食後、夕陽とまったりソファで過ごしていると、彼は甘えるように俺の肩に頭を乗せた。


「か~おる♡」


「なあにぃ?」


「・・・話したい事があるって言ってたあれだけど・・・」


「ああ、うん。・・・どうしたの?」


改まって話そうとしているのに口ごもる夕陽が、何を言いにくそうにしているのかはわからないけど、彼は少しの間視線を落として考え込み、また優しく微笑んで口を開いた。


「最近、薫がますます可愛い。」


「・・・へ?」


「元来本当に同じ男として生まれたんだよな?って疑うくらいの可愛さ。」


「・・・・ん?」


「・・・精神疾患は、四六時中一緒にいる俺から見てると、少しずつ良くなってきてると思う。」


「・・・そうだね。」


「だからって、もう治っただろ?大丈夫だよな?なんて、そんな風に思ってるわけじゃないんだ。先生も言ってたし、疾患を持つ前の薫に戻れるわけじゃないって。でもさ、俺・・・それに関しては別にいいんじゃねぇかと思ってんだ。ってのも・・・我慢したり遠慮したり、何かを抱え込んだりさ・・・そういう精神的な無理をして薫が息苦しかったんなら、そんな薫に戻る必要なんてねぇじゃん?」


「うん・・・」


「俺は・・・前の薫も好きだけど、今の薫は前よりもっと好きだよ。ってか毎日好きだし、昨日よりずっと・・・。一生好きな気持ちは変わんないって言ってたけど、更新してってっから。」


「ふふ・・・うん、ありがとう。」


「・・・薫にとって、どうすることが最善なんだろうって・・・いつも考えてる。薫のことは一緒に悩みたいんだ。だからまず、薫がどうしたいか聞きたい。」


夕陽はそう言って、スマホの画面を俺に見せた。

無機質なメモ帳の画面が開かれて、そこには父さんとエリザの名前と、電話番号が書かれていた。


「・・・薫が精神的に落ち着いた日々を取り戻せたら、どうするか聞こうって決めてたんだ。・・・薫が最後に親父さんと電話したあの日、気を失った薫をベッドに寝かせた後、放置されたスマホはまだ繋がってて、俺・・・その時少し話したんだ。薫の気持ちを汲んでやってほしいって言っといた・・・。一時的に連絡先は俺が控えておくけど、薫がもう二度と関わりたくないって言ったら、その時は本当に削除するって伝えておいた。」


「・・・そうなんだ・・・。」


「うん・・・」


その言葉を聞いて、優しい彼が、どれ程俺のために今日まで悩んで来たかがわかる。

顔を上げて視線を合わせると、真剣な瞳の奥で、ずっと俺を心配してる。


俺にとって世界一大事なのは、目の前にいる夕陽で、その次は夕陽のお父さんとお母さんだ。

夕陽と生きている日々で、父さん達のことを思い出すことは皆無だった。

怪我をしたときに、お金を貸してくれた恩はあるし、子供の頃は入院していた俺のために、働いてお金を工面してくれていたことも知ってる。

情がないわけじゃない。


「・・・夕陽・・・あのね・・・」


「うん」


「・・・正直・・・どうしたらいいのかわかんない、が本音なんだ・・・。でも今はっきり感じてることがあるとすれば・・・俺にとって家族は夕陽と、夕陽のご両親で・・・それ以外にいないってことなんだ。会いたいとか、ずっと考えてるとか、そういう気持ちが起こらないなら、もう家族じゃないんだと思う。・・・そんなことは結構前からわかってたけど、父さんが何をどう考えてどうとらえて、俺のことを今更どう思ってるかなんてわからないけど・・・俺は、それにかまけてるより、夕陽と幸せに過ごしていたいし、夕陽のことを考えていたいよ。」


自分の中にある気持ちの全てを吐き出すと、夕陽はしばらく俺をじっと見つめて、優しく抱きしめてくれた。


「そうか・・・・。」


「うん。」


「じゃあ・・・最後のやり取りというか・・・お別れくらいは伝える?」


「お別れ・・・・・・」


ずっと関わり合いがなかった父親と、別れるというよくわからないケジメ・・・

母ともずっと連絡を取ってない。


「いっそ・・・・・・俺の事・・・・・忘れてくれてたらいいのに・・・・・・」


中途半端な愛情を向けないでほしかった。また手を伸ばしてガッカリさせてほしくない。

親の愛情を期待すること程、俺にとって不毛なことはなかった。

もうずっとそうだった。

幽霊の声みたいな呟きを聞いた夕陽は、そっと俺の頭を撫でた。


「そうだよな・・・期待しちゃうよな・・・。何だよ今更って感じだよマジで。俺マジで・・・一方的に会いたいとか、家族としてやり直したいとかいう親父さんの言葉聞いてさ・・・・ふざけんなよってキレそうになったよ・・・。ほったらかしといてさ・・・関係を壊したのはそっちなのに、やり直したいってなんだよ・・・。俺が別れた元カノとやってること同じだよ・・・。」


「ふふ・・・そうだね。」


体を離して、夕陽はまた大事そうに俺の頬を撫でながら顔を覗き込む。


「愛してるよ、薫・・・」


「・・・・俺も・・・」


世界一愛してる、と言葉にする前に、愛おしそうな可愛い夕陽の顔が近づいて、唇が重なった。

また逞しい腕が俺をぎゅっと抱きしめて、何度も角度を変えて深く重なっていく口付けが、だんだん夕陽をただのオスに変えていって、俺はそんな彼がたまらなく好きで。

二人だけで居られる空間と、二人で平和に生きていける環境があれば、他に望むことなんてなかった。

生活していけるくらいのお金と、たまに少しデート出来るお金があって、お互い無理なく働いていけるなら、それに越したことはない。

夕陽をこの世に産んでくれたお父さんとお母さんに、時々会いに行って、家族団らんなひと時を過ごしたり、夕陽と将来の話に花を咲かせたり・・・

二人で居られるなら、生きていくスピードはどれくらいでも構わなかった。


体を貪るように求め合って、その日も夕陽に埋もれるように眠りについて、悪い夢なんて見ないように願った。

当たり前の幸せなんてどこにもないのなら、今自分が手にしている日常は、奇跡そのものだと思う。

少なくとも中高生の頃の俺からしたら、今の生活は想像できないことだ。


「薫・・・」


夕陽の声に呼ばれて、明るくなってきたベッドの上でまた目を覚ます。

寝言で何度も俺の名前を呼ぶ彼を、また寄り添って抱きしめた。


まだ付き合ってから半年ほどしか経ってないのに、将来を誓い合えるほどの関係になるって、すごいよなぁ・・・

夢みたいだし・・・やっぱ夢でしたぁって本当に目が覚めても、やっぱりそっか・・・って信じちゃいそうだ。

数か月一緒に居る中で、本当に色んなことが起きて、それでも一緒にいると・・・まるで前からずっと一緒に生きてきたような気がしていた。


俺は夕陽の寝顔を眺めながら、彼が起きないようにそっと呟いた。


「・・・ね・・・夕陽・・・本当はね・・・親が恋しいって思う気持ちは、少しはあるんだよ・・・。でも・・・夕陽が教えてくれたから・・・自分を苦しめるものには「もういっか」って諦めてもいいって。」


俺は何も引きずる必要なんてない。

振り払って生きていける。


薄暗い日の光を感じながら、俺はまた目を閉じた。


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