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二度目の春  作者: 理春
11/40

第11話

その日の夕方、島咲さんのうちに向かうため家を出た。

美咲さんからの返信はまだない・・・。

けど俺が不安になっても仕方がないし、今は新しいバイトのためにしっかりしなきゃ。


歩いて15分ほどで大きな一軒家の前に辿り着き、少し震える手をぎゅっと握ったり閉じたりしてから、そっとインターホンを押した。


「はい」


「あ・・・柊です。」


「ああ、いらっしゃい、今開ける。」


まるで客人を迎えるように、淡々とした島咲さんの声で、更に緊張感が増した。

門扉の先で大きな玄関ドアが開くと、夕陽程スラっと背の高い島咲さんが現れて、まるでモデルさんが歩いてくるようにコツコツと靴音を鳴らしてやってきた。

俺がその姿に見惚れていると、彼は意外にも柔らかい笑みを浮かべて門扉に手をかけた。


「どうぞ・・・。どうした?大丈夫か?」


「へっ!あ・・・いえ・・・お、お邪魔します。」


変な反応しちゃった・・・。

まだ心臓がドクドクと大きな音を立てて体の中で暴れてる。

後をついて歩きながら、以前お世話になった時や、スーパーでお会いした時とは、また違った雰囲気を纏っている。

きっと女性も男性も、一目見たら息を飲むような美しさに気圧されるだろう。


靴を脱いで揃え、「お邪魔します」とお辞儀すると、次に顔を上げた時、面食らったような島咲さんの表情が返ってきて、思わず俺も見つめ返してしまった。

すると島咲さんは、夕陽のお父さんが微笑んでしてくれたのと同じく、そっと俺の頭を撫でた。


「随分礼儀正しいな。仕事で来てもらってはいるが、そこまで堅苦しくなる必要ないからな。」


「は・・・はい。」


緊張感が少し解けて、同時に父性を感じた。

到底女子高生の娘がいるお父さんには見えないと思ってしまうな・・・。

同時にはたと思い出して、リビングに入る背中に慌てて尋ねた。


「あ・・ああの、お尋ねしたいことが・・・」


「ん?どうした」


「あの・・・こんなことを聞くの厚かましいかもしれないんですが・・・晶さんからもうすぐ出産するために入院するとお聞きしまして・・・それからしばらく連絡がないので・・・えと・・・もう産まれたのかなぁと・・・」


島咲さんはリビングのドアに手をかけて開きながら、変わらず淡々と答えた。


「ああ、美咲くんから連絡はもらったな。無事産まれたようだが、何分晶が元来体が弱くて、産後の回復に努めるために、少し長めに入院すると聞いた。」


「そ・・・なんですね・・・。はぁ・・・良かった・・・。」


「・・・もしかして、連絡がないから心配してくれてたのか?」


「あ・・・はい、まぁ・・・でも別に俺も夕陽も・・・どうだったのかなぁってソワソワしてただけなので、美咲さんが側についてらっしゃるなら安心です。」


穏やかに頷く島咲さんに、その後家の中を案内されながら、曜日ごとの仕事内容が記載された書類をもらった。

同時に簡易な契約書もいただいて捺印をし、ソファに二人して座って、細かいことの説明を受けた。


「何か質問はあるか?」


カチャっとメガネを外して、足を組みながら姿勢を正す島咲さんの、どうしても気が逸れてしまうほど綺麗な顔立ちと、抜群のスタイルに目が行ってしまう。


「あ・・・えと・・・」


その時頭の中でパッと人格が切り替わった。


「ねぇねぇ、お手伝いしてる間小夜香ちゃんはお部屋でお勉強なんだよね?」


「・・・ああ、そうだな。小夜香は医学部の受験まで1年を切ってる。そこまで追い込むほど学力の心配はしていないが、家事に時間を割かれるのは可哀想でな。」


「そっかぁ・・・。俺、お料理もお掃除も得意だから、晶さんのところで広いおうちの掃除も慣れてるし、お願いされてるお仕事・・・たぶんすぐ終わっちゃうと思う・・・。小夜香ちゃんにしてあげられることって他にないかな?」


「・・・ふ・・・気持ちはありがたいが、色んな仕事を押し付けるつもりはないし、家庭教師をしてもらおうとは思ってない。だいたい料理や掃除、時に買い出しなどを、1日4時間以内程度に終わればいいんだ。それ以上の労働は、君自身しんどいと思うことがあると思う。」


「・・・・・・・でも・・・・・・私・・・・あ・・・いえ・・・わかりました。」


「・・・何か不安なことや、不満があるなら相談してくれていいんだぞ。」


「いいえ!特にありません。ただその・・・思ってる以上に時給が高いなぁと思っただけで・・・金額に見合った働きが出来るか定かじゃないですが・・・頑張ります。」


島咲さんは、少し考え込む表情をして眉を下げた。


「時給に関しては・・・きちんと適正を調べた上で決定したんだ。これ以上下げるつもりはない。後、大事なことだが・・・具合が悪くなったり、働くことが困難なほどに、不安にかられたりしたときはすぐに言いなさい。俺は家の裏手にある診療所で働いているが、呼ばれたらすぐに戻ってくることは出来る。パニックに陥ったり、何か困ったことがあれば、番号を教えておくから電話をかけなさい。」


「・・・島咲さん・・・もしかして・・・その・・・美咲さんから俺たちの仕事が無くなった話を聞いた時、俺が解離性同一性障害だって話したこと、思い出したんですか?自分が医者で・・・何かあればすぐに対処しやすいから、それでわざわざバイトを斡旋してくれたんですか?」


「・・・まぁほとんどそうだが・・・ダメなのか?」


島咲さんは唖然とする俺に、特に表情を変えずそう言った。


「もう少し言うと・・・君が通っている精神科の担当医が、個人的に知り合いだ。」


「え!!!そうなんですか?」


「ああ、日下先生だろう?彼は元々島咲家に勤めていた精神科医で、俺や本家当主たちの主治医をしていた方だ。俺は今でもお世話になっているから、月一で顔を合わせる機会がある。それでたまたま以前、先生が柊くんのことを話されていたんだ。」


俺がまた唖然として耳を傾けていると、島咲さんはまたふっと落とすように笑った。


「面白い偶然も起こるもんだな。日下先生は俺にとって、昔の職場仲間でもあり、旧友であり、担当医でもある。小夜香が精神科医を目指しているということもあって、話を聞くことは色々あったし、未経験のことだが、俺も柊くんのような患者に対して、対処法は心得ているつもりだ。俺も精神疾患を持っていたことがあるし、自分の経験も役に立つだろうと思って、君に仕事を提案した。」


自分の中で、統合しきれない人格が頭の中で色んなことを言い出すのが聞こえる。

拒否するように頭を振ると、島咲さんは俺の背中に手を回して撫でた。


「大丈夫だ。好きなように発言していいし、何も我慢する必要ない。」


「俺は・・・患者として来てるんじゃないです・・・。バイトしにきてて・・・役に立とうとしなきゃいけないのは俺の方なんです。」


自分にイライラしながら言い放った俺に、島咲さんは変わらず優しく諭すように言った。


「・・・しなきゃいけない、なんて言い方で自分を縛らなくていい。確かに君の面倒を見るために呼んだわけじゃない。規定は順守してもらうし、契約違反にならないように働いてもらうつもりでいる。だから美咲くんのうちでしていたように、気軽に無理することなく手伝いをする、という気持ちでいてくれ。」


「・・・わかりました・・・。あの・・・きっと俺は面倒でご迷惑をおかけすることが、多々あるかと思います。」


「そうか・・・。美咲くんや晶から随分話は聞いていたんだ。柊くんに今回お願いするにあたって、君の特徴や特性、普段の様子を。向こうで出来たのだから、当然出来るだろうと言うつもりもない。君は大学生だから、自分が出来る範囲内で無理なくバイトをすればいい。」


到底俺なんかが関われるような人でないのに、島咲さんは終始そんな優しい言葉をかけてくれた。

個人的なことを詳しく知らなくとも、島咲さんの言葉に嘘偽りがないことは、十二分にわかる。


「ありがとうございます・・・。色々考えてくださって・・・お気遣いくださって・・・。俺・・・咲夜と同じ高校に通っていて、たまたま彼と知り合って・・・始まりはそこだったんです。思いのほかそこから色んな人と関わることになって・・・ありがたいことに、心配してくれる友達が増えて、おまけに仕事を斡旋してくれる程世話も焼いてもらって・・・返せるものが自分にはないのに、そんなに受け取っていいのかなってずっと思ってました・・・。」


島咲さんは少し視線を落として、それからまた静かに口を開く。


「昔・・・小夜香の母である、亡くなった妻が言っていたんだ。人は出会う人によってどんどん運命が変わっていくと・・・。あまり現実的でない話を信じる方ではないんだが、誰と出会い、関わって、自分がどう変わってそこから人脈が広がるかというのは、やはり自分次第なところではあるにしろ、良いようにタイミングが重なる時があるなら、それは柊くんと周りの人間の影響で、環境が変わってきたのかもしれない・・・と、そう思わないか?」


「・・・そうですね。何か一つ、タイミングが違えば関わらなかった人もいますし・・・自分が自分であるから、関わりを持ってくれた人もいるだろうし・・・。そう思うと不思議な巡り合わせの連続なのかもしれません。」


「そうだよな・・・。まぁ・・・他愛ない雑談になってしまったけど、要するに・・・大人に甘えられるうちは、子供は存分に厚意に甘えるべきだと俺は思うな。」


「・・・そう・・・なんですかね・・・」


島咲さんは自分の飲み終わったカップを持って立ち上がる。


「年齢の数字だけを見て、成人年齢なんだからしっかりしなきゃ、とは思わなくていいんだよ。」


何気ないその言葉で、意外にも少し心の内が軽くなる。


島咲さんも、夕陽と同じだ・・・


当たり前かのように優しい言葉をかけることが出来て、誰かを支えようとする。

温かで、安心する人。

俺もそんな大人になりたい。



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