第10話
夕陽と帰り道を歩きながら問いかけた。
「夕陽ぃ、季節ごとにたくさん行きたいところがあるって言ってたよね。」
「ああ、そうだな。とりあえず人込みを避けて近場で花見はしたし・・・後は~言ってる間に梅雨になっちまうから、どっか広々したとこ行ってさ、ピクニック的なことする?」
「うん。あのね、ちょっと気になってたところがあるんだよね・・・一緒に行きたくて。」
「いいよ~?どこでもついてくよ~。」
家に着いてから二人してソファに座って、俺はスマホの画面を夕陽に見せた。
「・・・植物園?」
「うん、ちょっと動物もいるんだよ、猛禽類とか・・・。興味あって調べてたんだ。楽しそうじゃない?」
夕陽はいつもの笑顔でふふっと笑う。
「薫と猛禽類かぁ・・・ふふ・・・絵面的に面白そう・・・・」
「そう?フクロウとか可愛いじゃん。オオワシとか鷹とかカッコイイし・・・。」
「うん、全然普段見る機会ない動物だから、確かに楽しそうだな。」
その後動植物園に行く計画を二人で立てながら、うちに着いてからキッチンで夕食の準備をした。
美味しく出来たトンテキを二人で頬張りながら、テレビをつけてあれこれ話題を巡らせる。
「夕陽はファッション、映画、音楽・・・だったら何が一番興味ある?」
「ん~~・・・。薫。」
「・・・・・?三択に俺はいなかったよ?」
「そう?でも俺が勝手に加えて四択にしたんだよ。そしたらずば抜けて薫だったわ。」
テレビを眺めたまま真顔で言い放つので、思わず笑みが漏れて、夕陽も嬉しそうにくしゃっと笑顔になった。
その後お風呂に入って、ベッドの上で寛いでいると、夕陽は眠たげな目をトロンとさせながら言った。
「俺さ・・・ちょっと後悔してることあんだよ・・・」
「なに?」
「・・・法学部じゃなくて・・・医学部に入ればよかったかなって。」
「・・・どうして?」
「そしたらさ・・・薫がどんな病気になったとしても、治してやるために最善を尽くせるかもしんないじゃん。側に居て治療してやれたかも・・・。いち早く気付いて治してやれたんだよ。・・・もしもを考えちゃうんだよなぁ・・・失うのが怖くて・・・・。」
少し寝ぼけたような弱音が、夕陽の本心で、それさえも愛おしいなぁと思いながら幸せを感じていた。
閉じそうになる目でじっと俺を見つめてる夕陽に、そっと大事にキスをした。
「夕陽が医学部だったら・・・出会えてなかったかも。たらればっていつでも考えちゃうよね。」
「うん・・・・・・。薫・・・・・愛してる。」
じわっと涙が滲んで目の前がぼやけて、さっとそれを拭った。
目を閉じてゆっくり呼吸しながら、スヤスヤ寝息を立てる夕陽に、大事に掛布団をかけて、また一つキスをした。
毎日毎晩、祈りを捧げる気持ちで夕陽を愛していた。
彼が朝陽さんを亡くしたように、俺も愛しい夕陽を亡くしてしまう日がくるかもしれない。
でもそれは二人ともうんと長生きして、おじいちゃんになった頃がいい。
夕陽は寂しがり屋だから、俺が看取ってあげたい。それから俺も次の日に逝くんだ。
何度も何度も堪えていたけど、堪える必要もないと思って涙を流した。
何度生まれ変わっても夕陽に出会いたい。
そうやってまた祈って眠りについた。
翌日、夕陽が別の講義を受けている最中の空きコマに、また図書室に行こうと廊下を歩いていた。
すると何となく見覚えのある先輩二人が、階段をゆっくり降りながら会話していた。
「そういや咲夜は?」
「たぶん今日もお義姉さんの様子見に行ってるんじゃないかな。入院ちょっと長引いてるって言ってたし・・・」
え、咲夜って言ったよね?
咲夜の兄弟は美咲さんしかいない。なら『お義姉さん』は・・・晶さんのことだ。
入院が長引いてる・・・?え・・・あれから数日経ってるけど・・・
体中の細胞が恐怖に震えて、上りかけの階段でスマホを取り出した。
どうしよう・・・咲夜に連絡していいかな・・・それとも美咲さんに・・?
良くない状況だったらどうしよう・・・
次第に手が震えてきて、俺が緊張しても仕方がないのに、悪いことばかりが浮かんで呼吸が苦しくなっていった。
どうしようもなくて無意識にそのまま夕陽に電話をかけた。
しばらくコール音がして、プツと繋がった音がする。
「もしもし?薫どうした?」
「あ・・・・夕陽・・・・・あの・・・あ・・・」
「大丈夫か?今どこ?」
一つゴクリと生唾を飲んで、深呼吸をする。
すれ違いざまに聞いた話をして、同じく心配した様子の夕陽はそのまま俺と合流してくれた。
「夕陽・・・ごめん、講義中に・・・」
「んなこといいんだよ。大丈夫だからな。」
彼は安心させるように階段下で抱きしめてくれた。
「とりあえず・・・さっき聞いた薫の話だと、高津先輩は大学は休んでて、今様子を見に行ってるっていう状況なら、病院にいる可能性大だよな。」
「うん・・・」
「んならすぐ電話かけても取れないかもしれない・・・。とりあえず美咲さん宛てに、晶さんの様子を伺うメッセージを送ってみよう。美咲さんは業務的なこともそうだけど、それ以外のメッセージであっても、数時間以内には必ず返信してくれる人だったから、そこまで深刻な容体じゃなけりゃ、待てば返信は来るはずだよ。それでもし来なかったら・・・心配だけど、俺たちは介入せずにひと月くらいは待って、先輩がその後大学に来てる感じだったら、先輩に聞いてみよう。」
「・・・・それでも咲夜が学校に来てなかったら・・・?」
最悪の事態を考えた俺の発言に、夕陽も神妙な面持ちで目を伏せた。
「その時は・・・違う知らせが来るかもしれないな・・・。でもそれは考え過ぎだよきっと。」
優しく肩に手を置く夕陽に、何となく頷き返すしかなかった。
「・・・薫、帰りに神社行こっか。いつものとこ。」
「・・・え・・・あ・・うん・・・。」
夕陽と手を繋いで、そのまま校門を抜けて神社へと向かった。
「神頼みってのはちょっとあれだけどさ・・・。でももしかしたら、気まぐれに神様が力貸してくれるかもしんないし、俺たちの祈りが届くかもしんないからさ。」
「うん・・・そうだね。」
心細くて一人じゃ何も出来ない俺を、夕陽はまた手を引いて助けてくれる。
自分一人じゃ何もできないことを知っているから、俺たちは鳥居を抜けて、いつものように賽銭箱に小銭を投げた。
家族のように親しく受け入れてくれた、晶さんと産まれてくる赤ちゃんの無事を祈りながら。
その後メッセージを送って、まだ日が高いうちに帰宅した俺たちは、少しソワソワしながら返信を待っていた。
「そういや薫・・・島咲さんとこ、今日行くんじゃなかったっけ?」
「・・・・あ!そうだ!16時から伺う予定だったんだ。ありがとう、完全に忘れてた・・・。」
「はは、まぁまだ1時間以上あるし、ゆっくり準備して・・・・っていうか、美咲さんから返信無くても、島咲さんち行ったら、ワンチャン小夜香さんは事情知ってるかもしれないな。」
「あ・・・確かにそうだね・・・。聞いていいのかな・・・。」
「いいんじゃないか?別に・・・。俺も今日例のバイト先の面接だからさ、どっちが早く帰るかわかんないけど、また連絡入れるな。」
「うん。・・・夕陽なら絶対受かるよ。」
キッチンでウロウロするのをやめて、そっと彼の隣に腰かけると、いつもの優しい笑みに癒されてどちらからともなくキスをした。
「薫・・・あのさ・・・」
「ん・・?」
夕陽は少し躊躇うように目を伏せて、少し考えた後にまた口元を持ち上げた。
「いいや、帰ってきてまたゆっくりしてる時に話すわ。」
「え・・・なあに?深刻なこと?」
「いいや?別に大したことじゃないよ。でも何となく話しておきたいなぁみたいな・・・。」
「そっか・・・。じゃあまた今夜ゆっくり聞くね。」
「ん、ありがとな♡」