深い傷
少年には、布を深くかぶった父親の、その奥にあるであろう表情がどんなものかというのがまるで手に取るようにわかった。
それに自分を囲む同族の四分の一という十も百も酷く小さい数に思えるほどの人々が、自分たち親子を興奮しながらだけど寡黙な体を装って期待した目で布の奥から見つめているのもよくわかっていて。
視界にないものが判るほどに少年にとって世界の空気は気持ち悪くて。
全身から水気のない汗が噴き出すと、それは人生で初めての冷や汗だった。
その暑いようで寒いようなちぐはぐさを少年はひりひりする深いな痛みだと覚えると、ようやく自分の身体が押しつぶされてしまうと思うほどに固まっていたことに得体のない何かに対する恐怖心を持てば体はもっと硬くなった。
父親が何かを持っているのを察したのは、予感でもなく予想でもなく恐らく本能的な危険察知能力から。
少年の視線はその何かを持つ見えない袖の中の手を、その手を隠す外套の袖を布の中から見つめている。
その少年の顔も額から鼻までを布に隠れているがその視線は二枚の布をすり抜けて間違いなくその手を見つめていた。
背中から脳天までものすごい速さで何かが這いずっていったような刺激に少年は体を震わせる。
「来る」
何かにそう呟かれた気がすれば。
直後少年は感じたことのない燃えるような痺れるような激しい感覚に体が熱くなったのを覚えた。
「くる」
口の中に何かが入ってきた。ベロの横腹に冷たい何かが触れている。
暑い。額が、頬が暑い。
少年の身体は見えないところからのないかに、体はますます動かなくなって、何かはそんな少年の状態を気にも留めずにそれが襲てってくると淡々と教えてくる。
「来る」
腹部が暑い。
来る
右腕が暑い
来る!
背中を駆け上がった二つの電流に意識を失った。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!
ゆっくりと倒れていく少年を前に観衆は地響きにさえも憶える野太い歓声をあげている。
父は短刀に滴るを自分の息子の血を自身の外套の袖で拭えば体の正面で例に従い静かにさやに収めた。
最後の背中に刻んだバツ印。
下手をすれば息子を不随にもしかねなかったあの行為に遅れてきた恐怖がその手に刀の柄を離させない。
「よくやった」
ふと自分の背中にも刻まれているその印から亡き父の声を聞けば恐怖はまるで夢の中の者であったかのように溶け消えていく。
空を仰ぐ。
外套の鼻先まで覆う深い帽子の先っぽから空の青さが僅かに顔をのぞかせる。
風が山々の峰から吹き込んでくる。
正面からは衛生班の息子の状態を確認する張られた声が聞こえてくる。
「若は大丈夫です!!!ご安心ください殿!!!!」
歓声はまだ止まない。
息子の様態に安心を覚えれば、歓声にかき消され自分にしか聞こえないほどに小さな声で呟いた。
「もういつ死んでも大丈夫」
父親は命綱を離してしまった時の様な淋しさと安心を覚えれば、彼が死んだのはそれから間もないことだった。