5章 母なる星、海王星
5-1. サーバーアタック
空間の裂け目を抜けるとそこはレヴィアの神殿だった。画面の前で座っていたドロシーは俺を見つけると駆け寄って飛びついてきた。
「あなたぁ! あなたぁ……、うっうっうっ……」
俺は感極まってるドロシーを抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「感動の再会の途中申し訳ないが、ヌチ・ギを倒しに行くぞ!」
レヴィアが覚悟を決めたように低い声を出す。
「え? どうやってあんなの倒すんですか?」
「サーバーを壊すんじゃ」
レヴィアはとんでもない事を言い出した。
「え!? サーバーって……この星を合成してる海王星にあるコンピューターのことですか?」
「そうじゃ、サーバー壊せばどんな奴でも消える。これは抗えん」
「それはそうですが……、いいんですか? そんなことやって?」
「ダメに決まっとろうが! 禁忌中の禁忌じゃ! じゃが……、もはやこれ以外手はない」
レヴィアは目をつぶり、首を振る。
レヴィアの覚悟に俺は気おされた。この世界を作り出している大元を壊す。それは確かに決定的な攻撃になるだろう。しかし、この世界そのものを壊すわけだからその影響範囲は計り知れない。どんな副作用があるのか想像を絶する話だった。
とは言え、このままでは俺たちも多くの人たちも殺されてしまう。やる以外ない。
「大虐殺は絶対に止めねばなりません。何でもやりましょう!」
俺も覚悟を決め、レヴィアをしっかりと見つめた。
「じゃぁ早速このポッドに入るのじゃ」
レヴィアはそう言って、ガラスカバーのついたリクライニングチェアを二つ出した。
そして、赤いボタンのついた装置をドロシーに渡して言う。
「お主は画面を見て、敵の襲来を監視するのじゃ。どうしようもなくなったらこのボタンを押せ。火山が噴火して辺り一面火の海になる。時間稼ぎができるじゃろう」
「ひ、火の海ですか!? ここは……、無事なんですか?」
「んー、設計上は……大丈夫な……はず?」
ちょっと自信なさげなレヴィア。
「『はず』ですか……」
不安げなドロシー。
「そんなのテストできんじゃろ!」
「そ、そうですね」
「わしらが行ってる間、体は無防備になる。守れるのはお主だけじゃ、頼んだぞ!」
「わ、分かりました……。それで、あのぅ……」
「ん? なんじゃ?」
「アバドンさんや操られてる女の子たちは……助けられますか?」
ドロシーがおずおずと聞く。
「ほぅ、お主余裕があるのう。ヌチ・ギを倒しさえすれば何とでもなる。そうじゃろ、 ユータ?」
いきなり俺に振られた。
「そうですね、手はあります」
俺自身、一回死んでここに来ているのだ。死は絶対ではない。
「そう……、良かった」
ドロシーが優しく微笑んだ。
妻の心優しさに、自分たちの事ばかり考えていた俺はちょっと反省した。こういう所もドロシーの方が優れているし、そういう人と一緒に歩める結婚は良いものだなとしみじみと思った。
レヴィアが隣の小さめの画面を指さして言う。
「それから、こっちの画面は外部との通信用じゃ。ここを押すと話ができる。ヌチ・ギが来たら『ドラゴンは忙しい』とでも言って時間稼ぎをするんじゃ」
「ヌチ・ギ……、来ますか?」
おびえるドロシー。
「来るじゃろうな。奴にとって我は唯一の障害じゃからな」
「そ、そんなぁ……」
「いいか、時間稼ぎじゃ、時間稼ぎをするんじゃ! ワシらが必ず奴を倒す、それまで辛抱せい!」
「は、はい……」
うつむくドロシー。
「大丈夫! さっきだってうまくやれてたじゃないか」
俺は笑顔でドロシーを見つめながら、そっと頬をなでた。
「あなたぁ……」
目に涙を湛えながら不安そうに俺を見る。
しばらく俺たちは見つめ合った。
そして、俺はそっと口づけをし、
「自信もって。ドロシーならできる」
と、優しい声で言った。
「うん……」
ドロシーは自信無げにうつむいた。
「ユータ! 急いで座るんじゃ!」
レヴィアの急かす声が響く。俺は優しくドロシーの頭をなでると、しっかりと目を見つめ、
「待っててね!」
そう言って、ポッドに飛び乗った。
ハッチを閉め、内側からドロシーに手を振ると、ドロシーは、
「あなた……、気を付けてね……」
そう言ってポッドのガラスカバーを不安そうになでた。
5-2. スカイポートへようこそ
気が付くと、俺は壁から飛び出ている寝台のような細いベッドに横たわっていた。壁には蜂の巣のように六角形の模様が刻まれ、寝台がたくさん収納されている様子だった。周りは布のような壁で囲まれている。どうやら海王星に転送されたようだ。俺たちの世界を構成しているコンピューターのある星、まさに神の星にやってきたのだ。
身体を起こすとまるで自分の身体が自分じゃないような、ブヨブヨとしたプラスチックになってしまったような違和感に襲われた。
自分の身体を見回してみると、腕も足も身体全体が全くの別人だった。
「なんだこりゃ!?」
そう言って、聞きなれない自分の声にさらに驚く。
少し長身でやせ型だろうか? 声も少し高い感じだ。
「スカイポートへようこそ」
音声ガイダンスと共に目の前に青白い画面が開いた。
「スカイポート?」
海王星の宇宙港? ということだろうか?
「衣服を選択してください」
画面には多彩な服のデザインが並んでいるが……。みんなピチッとしたトレーニング服みたいなのばかりでグッと来ない。神の星なんだからもっとこう驚かされるのを期待したのだが……。仕方ないので青地に白のラインの入った無難そうなのを選ぶ。
するとゴムボールみたいな青い球が上から落ちてきて目の前で止まった。
何だろうと思ってつかもうとした瞬間、ボールがビュルビュルっと高速に展開され、いきなり俺の身体に巻き付いた。
「うわぁ!」
驚いていると、あっという間に服になった。服を撫でてみると、革のようなしっかりとした固さを持ちながらもサラサラとした手触りで良く伸びて快適だ。なんとも不思議な技術に俺は少し感心してしまった。
「ユータ! 行くぞ!」
いきなり布の壁がビュンと音を立てて消失した。
見ると、胸まで届くブロンドの長い髪を無造作に手でふわっと流しながら、全裸の美女が立っていた。豊満な胸と、優美な曲線を描く肢体に俺は思わず息をのむ。
「なんじゃ? 欲情させちゃったかのう? 揉むか?」
女性はそう言いながら腕を上げ、悩ましいポーズを取る。
「レ、レヴィア様! 服! 服!」
俺は真っ赤になってそっぽを向きながら言った。
「ここでは幼児体形とは言わせないのじゃ! キャハッ!」
うれしそうなレヴィア。
「ワザと見せてますよね? 海王星でも服は要ると思うんですが?」
「我の魅力をちょっと理解してもらおうと思ったのじゃ」
上機嫌で悪びれずに言うレヴィア。
「いいから着てください!」
「我の人間形態もあと二千年もしたらこうなるのじゃ。楽しみにしておけよ」
そう言いながらレヴィアは赤い服を選び、身にまとった。
◇
通路を行くと、突き当りには大きな窓があった。窓の外は真っ暗なので夜なのかと思いながら、ふと下を見て思わず息が止まった。なんとそこには紺碧の巨大な青い惑星が眼下に広がっていたのだ。どこまでも澄みとおる美しい青は心にしみる清涼さを伴い、表面にかすかに流れる縞模様は星の息づかいを感じさせる。
「これが……、海王星ですか?」
レヴィアに聞いた。
「そうじゃよ。太陽系最果ての惑星、地球の17倍の大きさの巨大なガスの星じゃ」
「美しい……、ですね……」
俺は思わず見入ってしまった。
水平線の向こうには薄い環が美しい円弧を描き、十万キロにおよぶ壮大なアートを展開している。よく見ると満天の星々には濃い天の川がかかり、見慣れた夏の大三角形や白鳥座が地球と同様に浮かんでいた。ただ……、見慣れない星がひときわ明るく輝いている。
「あの星は……、何ですか?」
俺が首をかしげながら聞くと、
「わははは! お主も知ってる一番身近な星じゃぞ、分らんのか?」
と、レヴィアはうれしそうに笑った。
「身近な星……? もしかして……太陽!?」
「そうじゃよ。遠すぎてもはや普通の星にしか見えんのじゃ」
「え――――っ!?」
俺は驚いて太陽をガン見した。
点にしか見えない星、太陽。そして、その弱い光に浮かび上がる紺碧の美しき惑星、海王星。俺が生まれて育った地球はこの碧き星で生まれたのだ。ここが俺のふるさと……らしい。あまりピンとこないが……。
「それで、コンピューターはどこにあるんですか?」
俺が辺りを見回すと、
「ここは宇宙港じゃ、港にサーバーなんかある訳ないじゃろ。あそこじゃ」
そう言って海王星を指した。
「え!? ガスの星ってさっき言ってたじゃないですか、サーバーなんてどこに置くんですか?」
「ふぅ……。行けば分かる」
レヴィアは面倒くさそうに言う。
「……。で、どうやって行くんですか?」
俺が聞くと、レヴィアは無言で天井を指さした。
「え!?」
俺が天井を見ると、そこにも窓があり、宇宙港の全容が見て取れた。なんと、ここは巨大な観覧車状の構造物の周辺部だったのだ。宇宙港は観覧車のようにゆっくり回転し、その遠心力を使って重力を作り出していたのだ。
そして、中心部には宇宙船の船着き場があり、たくさんの船が停泊している。
まるでSFの世界だった。
「うわぁ……」
俺が天井を見ながら圧倒されていると、
「グズグズしておれん。行くぞ!」
そう言ってレヴィアは通路を小走りに駆けだした。俺も急いでついていく。
5-3. ご安全に!
しばらく行くとエレベーターがあった。ガラス製の様なシースルーで、乗り込んでよく見ると、壁面はぼうっと薄く青く蛍光している。汚れ防止か何かだろうか? 不思議な素材だ。
出入口がシュルシュルと小さくなってふさがり、上に動き始めた。すぐに宇宙港の全貌が見えてくる。直径数キロはありそうな巨大な輪でできている居住区と、中心にある宇宙船が多数停泊する船着き場、そして、眼下に広がる巨大な碧い惑星に、夜空を貫く天の川。これが神の世界……。なんてすごい所へ来てしまったのだろうか。
居住区は表面をオーロラのように赤い明かりがまとわりついていていて、濃くなったり薄くなったりしながら、まるでイルミネーションのように星空に浮かんでいる。そして、同時にオーロラの周囲にはキラキラと閃光が瞬いていて、まるで宝石箱のような煌びやかな演出がされている。
「綺麗ですね……」
俺がそうつぶやくと、
「宇宙線……つまり放射線防止の仕組みじゃ」
と、レヴィアは説明してくれる。
「え? じゃ、あの煌めきは全部放射線ですか?」
「そうじゃ、宇宙には強烈な放射線が吹き荒れとるでのう……。止めて欲しいんじゃが」
「止められないですよね、さすがに」
「ヴィーナ様なら止められるぞ」
レヴィアはニヤッと笑って言った。
「え!?」
俺は驚いた。この大宇宙の摂理を女神様なら変えられる、という説明に俺は唖然とした。
「ヴィーナ様は別格なのじゃ……」
レヴィアはそう言ってひときわ明るい星、太陽を見つめた。
科学の世界の中にいきなり顔を出すファンタジー。サークルで一緒に踊っていた女子大生なら神の世界の放射線を止められると言うドラゴン。一体どうやって? 俺はその荒唐無稽さに言葉を失った。
「そろそろ着くぞ。気を付けろ! 手を上げて頭を守れ!」
いきなり対ショック姿勢を指示されて焦る俺。
「え!? 何が起こるんですか?」
気が付くとレヴィアの髪の毛はふんわりと浮き上がり、ライオンみたいになっていた。そうか、無重力になるのか! 気づけば俺の足ももう床から浮き上がっていたのだ。
到着と同時に天井が開き、気圧差で吸い出された。
「うわぁ!」
吸い出された俺はトランポリンのような布で受け止められ、跳ね返ってグルグル回ってその辺りにぶつかってしまう。
無重力だから身体を固定する方法がない。回り始めると止まらないし、ぶつかると跳ね返ってまたぶつかってしまう。
「お主、下手くそじゃな。キャハッ!」
レヴィアはすでに車輪の無い三輪車みたいな椅子に座っており、こちらを見て笑う。
「無重力なんて初めてなんですよぉ! あわわ!」
そう言ってクルクル回りながらまた壁にぶつかる俺。
「仕方ないのう……。ほれ、手を出せ」
そう言って俺はレヴィアに救われ、椅子を渡された。
「助かりました……」
「じゃぁ行くぞ!」
レヴィアは椅子のハンドルから画面を浮かび上がらせ、何やら操作をする。
すると、二人の椅子は通路の方へゆっくりと動き始めた。
空港の通路みたいなまっすぐな道を、スーッと移動していく俺たち。
「うわぁ、広いですね!」
「ここはサーバー群の保守メンテの前線基地じゃからな。多くの物資が届くんじゃ」
「サーバーに物資……ですか?」
「規模がけた違いじゃからな、まぁ、見たらわかる」
ドヤ顔のレヴィア。
すると向こう側から同じく椅子に乗った人が二人やってくる。
「ご安全に!」
レヴィアが声をかける。
「ご安全に!」「ご安全に!」
彼らも返してくる。俺も真似して、
「ご安全に!」
そう言って、相手の一人を見て驚いた。
猫だ! 顔が猫で猫耳が生えている! 俺は思わず見つめてしまった。
猫の人はウインクをパチッとしながらすれ違っていった。
「お主、失礼じゃぞ」
レヴィアにたしなめられる。
「あ、そ、そうですね……。猫でしたよ、猫!」
俺が興奮を隠さずに言うと、
「お主、ケモナーか? 我も獣なんじゃぞ」
そう言ってウインクしてくるレヴィア。
「あー、ドラゴンはモフモフできないじゃないですか」
するとレヴィアは不機嫌になってバチンと俺の背中を叩く。
「おわ――――!」
思わず横転しそうになってしばらく振り子のように揺れた。
「お主はドラゴンの良さが分かっとらん! 一度たっぷりと抱きしめてやらんとな!」
そう言って両手で爪を立てる仕草をし、可愛い口から牙をのぞかせた。
「お、お手柔らかにお願いします……」
俺は言い方を間違えたとひどく反省した。
それにしても猫の人がいる世界……、とても不思議だ。実は俺も頼んでおけば猫の人になれたのかもしれない。次に機会があったらぜひ猫をやってみたい。
俺はそんなのんきな事を考えていた。レヴィアがとんでもなく無謀な計画を立てていることにも気づかず……。
5-4. 停船命令
しばらく行くと左折して細い通路に入った。いよいよ乗船である。
ハッチの手前で椅子は止まり、俺たちは無重力の中、宙に浮かびながら泳ぐようにシャトル内へと入った。
シャトル内はワンボックスカーのように狭く、レヴィアは操縦席、俺は助手席に座った。
フロントガラスからは赤いオーロラに包まれた巨大な輪状の居住区が見え、その下方には壮大な碧い惑星が広がっている。また、向こうから貨物船のような巨大な宇宙船がゆっくりと入港してくる。とてもワクワクする風景だ。
「よく利用許可が取れましたね」
俺が嬉しくなって言うと、レヴィアは、
「許可なんか取っとらんよ、そんな許可など下りんからな。取ったのはシャトルの見学許可だけじゃ」
と、とんでもない事を言いながら、カバンの中からアイテムを取り出している。
「え――――っ! じゃぁどうするんですか?」
「こうするんじゃ!」
そう叫びながら、レヴィアは、操縦席の奥の非常ボタンの透明なケースをパーンと叩き割り、真っ赤なボタンを押した。
ヴィーン! ヴィーン!
けたたましく鳴り響く警報。
俺はいきなりの粗暴な展開に冷や汗が止まらない。
シャトル内のあちこちが開き、酸素マスクや工具のようなものも見える。
レヴィアは、操縦席の足元に開いたパネルの奥にアイテムを差し込み、操縦パネルを強制的に表示させると、
「ウッシッシ、出発じゃ!」
そう言って両手でパネルをパシパシとタップした。
警報が止まり、ハッチが閉まり、シャトルはグォンと音を立ててエンジンに火が入った。
「燃料ヨシ! 自己診断ヨシ! 発進!」
レヴィアが叫んだ。
キィィィ――――ン!
と甲高い音が響き、ゆっくりとシャトルは動き出す。
「お主、シートベルトしとけよ。放り出されるぞ!」
操縦パネルをパシパシと叩きながらレヴィアが言う。
「え? シートベルトどこですか?」
俺がキョロキョロしていると、レヴィアは、
「ここじゃ、ここ!」
そう言って俺の頭の上のボタンを押した。すると、ベルトが何本か出てきてシュルシュルと俺の身体に巻き付き、最後にキュッと締めて固定した。
シャトルは徐々に加速し、宇宙港を離れ、海王星へと降りていく。
『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』
スピーカーから停船命令が流れてくる。
「うるさいのう……」
レヴィアは、画面を操作し、スピーカーを止めてしまった。
「こんなことして大丈夫なんですか?」
俺はキリキリと痛む胃を押さえながら聞く。
「全部ヌチ・ギのせいじゃからな。ヌチ・ギに操られたことにして逃げ切るしかない」
俺は無理筋のプランに頭がクラクラした。そんな言い訳絶対通らないだろう。しかし、ヌチ・ギの暴挙を止めるのがこの手しかない以上、やらねばならないし、もはや覚悟を決めるより他なかった。
◇
シャトルはグングンと加速しながら海王星を目指す。
地球の17倍もある巨大な碧い惑星、海王星。徐々に大きくなっていく惑星の表面には、今まで見えなかった微細な縞や、かすかにかかる白い雲まで見て取れるようになってきた。
これが俺たちの本当の故郷、母なる星……なのか……。
俺はしばらく、そのどこまでも美しく碧い世界を眺め、その壮大な景色に圧倒され、畏怖を覚えた。
すると、遠くの方で赤い物がまたたいた。
「おいでなすった……」
レヴィアの目が険しくなる。
徐々に見えてきたそれは巨大な赤い電光掲示板のようなものだった。海王星のスケールから考えるとそれこそ百キロメートルくらいのサイズのとんでもない大きさに見える。よく見ると、『STOP』と赤地に白で書いてある。多分、ホログラム的な方法で浮かび上がらせているのだろう。
「何ですかあれ?」
「スカイパトロールじゃよ。警察じゃな」
「マズいじゃないですか!」
青くなる俺。
「じゃが、行かねばならん。……。お主ならどうする?」
「何とかすり抜けて強行突破……ですか?」
「そんな事したって追いかけられて終わりじゃ。こちらはただのシャトルじゃからな。警備艇には勝てぬよ」
「じゃあどうするんですか?」
「これが正解じゃ!」
レヴィアは画面を両手で忙しくタップし始め、シャトルの姿勢を微調整する。そして出てきたアイコンをターンとタップした。
ガコン!
船底から音がする。
そして、レヴィアはパネルからケーブルを引っ張り出すと小刀で切断した。
急に真っ暗になる船内。
キュィ――――……、トン……トン……シュゥ……。
エンジンも止まってしまった。
全く音のしない暗闇……。心臓がドクッドクッと響く音だけが聞こえる。
太陽系最果ての星、海王星で俺は犯罪者として警察から逃げる羽目になった。それも命がけの方法で……。さっきまでワクワクしていた自分の能天気さに、ついため息をついた。
5-5. 忘れてしもうた
フロントガラスの向こうに何かが漂っているのが見えた。小さな白い箱でLEDみたいなインジケーターがキラキラと光っている。
「あれは?」
俺は暗闇の中、聞いた。
「エネルギーポッドじゃ。この船の燃料パックの一つを投棄したんじゃ」
「で、エンジン止まっちゃいましたけどいいんですか?」
「そこがミソじゃ。スカイパトロールはエネルギー反応を自動で追っとるんじゃ。こうすると、ワシらではなく、あのエネルギーポッドを追跡する事になる」
「え――――! そんなのバレますよ」
「バレるじゃろうな。でも、その頃にはワシらは大気圏突入しとる。もう、追ってこれんよ」
何という強硬策……。しかし、こんな電源落ちた状態で大丈夫なのだろうか?
「いつ、シャトルは再起動するんですか?」
「大気圏突入直前じゃな。電源落ちた状態で大気圏突入なんてしたら制御不能になってあっという間に木っ端みじんじゃ」
何という綱渡りだろうか。
電源の落ちたシャトルは、まるで隕石のようにただ静かに海王星へと落ちて行く。俺は遠く見えなくなっていくエネルギーポッドを見ながら、ただ、作戦の成功を祈った。
◇
海王星がぐんぐんと迫り、そろそろ大気圏突入する頃、シャトルに衝撃波が当たった。
パーン!
「ヤバい……。エネルギーポッドが爆破されたようじゃ」
レヴィアの深刻そうな声が暗闇の船内に響いた。
「では次はシャトルが狙われる?」
「じゃろうな、エンジン再起動じゃ!」
レヴィアは暗闇の中、足元からゴソゴソと切断したケーブルを出した……、が、止まってしまった。
「ユータ……、どうしよう……」
今にも泣きそうなレヴィアの声がする。
「ど、どうしたんですか?」
予想外の事態に俺も冷や汗が湧いてくる。
「ケーブルの色が……暗くて見えん……」
ケーブルは色違いの複数の物が束ねられていたから、色が分からないと直せないが、船内は真っ暗だった。
「え!? 明かりになるものないんですか?」
「忘れてしもうた……」
俺は絶句した。
太陽は後ろ側で陽の光は射さず、フロントガラスからわずかに海王星の青い照り返しがあるぐらいだったが、それは月夜よりも暗かった。
「……。お主……、明かり……もっとらんか?」
「えっ!? 持ってないですよそんなの!」
「あ――――、しまった。これは見えんぞ……」
レヴィアは暗闇の中でケーブルをゴソゴソやっているようだが、難しそうだった。
「手探りでできませんか?」
「ケーブルの色が分からないと正しい接続にならんから無理じゃ」
「試しに繋いでみるってのは?」
「繋ぎ間違えたら壊れてしまうんじゃ……」
俺は絶句した。
「電源さえ戻れば光る物はあるんじゃが……」
レヴィアがしょんぼりとして言う。
「魔法とかは?」
「海王星で魔法使えるなんてヴィーナ様くらいじゃ」
「そうだ、ヴィーナ様呼びますか?」
「……。なんて説明するんじゃ……? 『シャトル盗んで再起不能になりました』って言うのか? うちの星ごと抹殺されるわい!」
「いやいや、ヴィーナ様は殺したりしませんよ」
「あー、あのな。お主が会ってたのは地球のヴィーナ様。我が言ってるのは金星のヴィーナ様じゃ」
「え? 別人ですか?」
「別じゃないんじゃが、同一人物でもないんじゃ……」
レヴィアの説明は意味不明だった。そもそも金星とはなんだろうか?
その時だった。
コォォ――――。
何やら音がし始めた。
「マズい……。大気圏突入が始まった……」
後ろからはスカイパトロール、前には大気圏、まさに絶体絶命である。
「ど、どうするんですか!?」
心臓がドクドクと速く打ち、冷や汗がにじんでくる。
「なるようにしかならん。明るくなる瞬間を待つしかない」
レヴィアはそう言うと、覚悟を決めたようにケーブルを持って時を待った。
確かに大気圏突入時には火の玉のようになる訳だから、その時になれば船内は明るくなるだろうが……それでは手遅れなのではないだろうか? だが、もはやこうなっては他に打つ手などなかった。
徐々に大気との摩擦音が強くなっていく。
重苦しい沈黙の時間が続いた――――。
◇
いきなり船内が真っ赤に輝いた。
「うわっ!」
恐る恐る目を開けると目の前に『STOP』という赤いホログラムが大きく展開されている。
「ラッキー!」
レヴィアはそう言うと、ケーブルに工具を当て、作業を開始する。
「見えさえすればチョチョイのチョイじゃ!」
そう、軽口を叩きながら手早くケーブルを修復するが、
パン! パン!
威嚇射撃弾がシャトルの周辺で次々とはじける。
「レヴィア様ぁ!」
俺は真っ赤に輝く船内で間抜けな声を出す。
「ホイ、できた! 行くぞ!」
そう言ってレヴィアがケーブルをしまい、パネルを閉めた。
ブゥゥン!
起動音がして操縦パネルが青く光り、船室にも明かりがともった。
修理できたのは良かったが、スカイパトロールは本気だ。俺はこれから始まる逃走劇に胃がキリキリと痛んだ。
5-6. 正すべき歪み
キィィィ――――ン!
甲高い音が響き、ゆっくりとエンジンに火が入る。
『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』
スピーカーも復活し、スカイパトロールからの警告が響く。
「しつこいのう……」
レヴィアは画面を操作して救難信号を発した。
『システムトラブル発生。救難を申請します。システムトラブル発生。救難を申請します』
スピーカーから無機質な声が流れる。
「まずは遭難を装うのが基本じゃな。そしてこうじゃ!」
レヴィアは舵を操作して、海王星に真っ逆さまに落ちて行くルートをとった。
通常、大気圏突入時には浅い角度で徐々に速度を落としながら降りていく。急角度で突入した場合、燃え尽きてしまうからだ。しかし、レヴィアの選んだルートは燃え尽きるルート、まさに自殺行為だった。
俺は焦って、
「レヴィア様、それ、危険じゃないですか?」
と、聞いた。
「スカイパトロールから逃げきるにはこのルートしかない。奴らは追ってこれまい」
「そりゃ、こんな自殺行為、追ってこられませんが……、この船持つんですか?」
「持つ訳なかろう。壊れる前に減速はせねばならん」
俺は思わず天を仰いだ。次から次へと起こる命がけの綱渡りに頭が痛くなる。
操縦パネルの隣には立体レーダーがあり、スカイパトロールの位置が表示されている。俺は横からそれをじっと見つめた……。彼らも燃え尽きルートを追いかけてきているようだ。
「追いかけてきますよ」
「しつこい奴らじゃ……」
ヴィーン! ヴィーン!
いきなり警報が鳴った。
『設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください。設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください』
「うるさいのう……。そんなの分かっとるんじゃ!」
シャトルの前方全体が赤く光りだした。ものすごい速度で空気にぶつかっているので、断熱圧縮でどんどん温度が上がってしまっている。まさに流星状態である。
シャトルが燃え上がるのが先か、スカイパトロールが諦めるのが先か……。
俺はただ、祈ることしかできなかった。
船内にはゴォォォーという恐ろしい轟音が響き、焦げ臭いにおいが漂い始める。
「奴らもヤバいはずなんじゃが……」
レヴィアは眉間にしわを寄せながら立体レーダーをにらむ。
ボン!
シャトルの右翼の先端が爆発し、シャトルが大きく揺れた。操縦パネルに大きく赤く『WARNING』の表示が点滅する。
「レヴィア様、ここは減速しましょう!」
俺は真っ青になって言う。死んでしまったら元も子もないのだ。しかし、レヴィアは、
「黙っとれ! ここが勝負どころじゃ!」
と、叫び、パネルの温度表示をにらむ。
どんどん上がっていく温度……。
俺は冷や汗が噴き出してきて止まらない。一度死んで生まれ変わったこの人生。今死んだらどうなるのだろうか? また美奈先輩の所へ行けるのだろうか? 行けたとしてまた生まれ変わらせてくれるのだろうか? 確か『一回だけ』と、言われていたような……。
いや、これは俺だけの問題じゃない。ドロシーもアンジューのみんなの問題でもあるのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
俺は必死に祈った。それこそ、全力で祈った。
その時だった。
「ヨシッ!」
レヴィアはエンジンに最大の逆噴射をかける。激しいGがかかり、シートベルトが俺の身体に食い込む。
見ると、レーダー上でスカイパトロールが進路を変更していく。
次の瞬間、ボシュッと音がして目の前が真っ白になった。どうやら高層雲に突っ込んだようだ。
しかし温度はなかなか下がらない。
ボン!
今度は左翼の先端が爆発し、シャトルはきりもみ状態に陥った。
グルグルと回る視界の中、俺は叫ぶ。
「レヴィア様ぁ!」
「うるさい、黙っとれ!」
グルグルと回転する中、シャトルの制御を取り戻すべくレヴィアは必死に舵を操作する。
真っ白な雲の中、グルグル回りながら俺は孤児院での暮らしを思い出していた。走馬灯という奴かもしれない。薬草を集め、ドロシーと一緒に剣を研いでいたあの頃……。楽しかったなぁ……。まさか海王星でこんな目に遭うなんて想像もできなかった。
俺の人生は正解だったのか?
グルグル回る視野の中、俺は悩む。
チートで好き放題したことも、ドロシーと結婚したことも、奪還しに行ったことも正しかったのだろうか……?
自分が選び取った未来ではあったが、多くの人に迷惑をかけてしまったかもしれない。俺が余計なことをしたから、こんなことになってしまっているのかも……。どうしよう……。
俺が頭を抱えていると徐々に回転が収まってきた。
「ヨッシャー!」
レヴィアが叫ぶ。
やがて回転は止まり、見れば、温度も速度も徐々に落ちている。
そして、ボシュッと音がして俺たちは雲を抜けた。
いきなり目の前に碧い水平線が広がる。
「おぉ……」
俺はどこまでも広がる広大な海王星の世界に圧倒された。
もう邪魔する者はいない。俺はレヴィアの奮闘に心から感謝をした。
よく考えたらこの事態は俺のせいだけではない。世界に溜まっていた歪みが俺という存在を切っ掛けに一気に顕在化しただけなのだ。
悩む事など無い。ここまで来たらこの綻んでしまった世界を正す以外ない。俺の選択が正しかったかどうかは次の一手で決まる。ヌチ・ギを倒すためにはるばる来た海王星。何が何でも正解をつかみ取ってやるのだ。
俺はどこまでも澄んだ碧の美しさに見ほれながら、こぶしをギュッと握った。
5-7. 頑張らなくっちゃ!
宮崎の火山の火口脇の洞窟で、ドロシーは一人寂しく二人の帰りを待っていた。神殿は静まり返り、繊細な彫刻が施された薄暗い壁を、画面の青い光りがほのかに照らしている。
二人はこの世界を作っているコンピューターとやらを壊しに、海王星なるところへ行くと言っていた。そこでヌチ・ギを倒すと……。でも……、身体はポッドの中にある。いったい彼らはどうやって海王星へ行って、そこで何をやっているのだろうか……。
空間を切り裂いたり不可思議な力を行使するドラゴン。そして、そのドラゴンの言う意味不明な事をよく理解しているユータ。二人ともなんだか別世界の住人の様にすら思える。
「帰ってきたら全部教えてもらうんだから……」
ドロシーはテーブルに頬杖をつき、ちょっとふくれた。
ピチョン……、ピチョン……
どこか遠くでかすかに水滴の落ちる音がする。
洞窟に作られた秘密の神殿。前に一度だけリリアン王女と一緒に連れてこられた思い出の神殿だ。こんな形で再訪するとは夢にも思わなかった。
ドロシーはテーブルに突っ伏し、今日あった事を思い出す。自分が攫われ、ユータ、アバドン、レヴィアに助けてもらうも戦乙女との戦闘となり、劣勢。ヌチ・ギは世界を火の海にすると言う……。
何だか夢の中の話のようだが、現実なのだ。今、ここがこの世界の人々の命運を決める前線基地であり、唯一対抗できる二人の身体を守りきることがカギとなっている。そしてそれを託されたのが自分……。
まさか孤児上がりの18歳の自分が、世界の命運を握るような大役を担うなんて全く想像もしていなかった。自分は食べていければいい、愛する人と一緒に暮らせればいいとしか思ってこなかった。
しかし、世界はそんな傍観者的位置を許さず、自分を最前線の大役に置いた。それはユータとの結婚を望んだ結果であり、ある程度覚悟はしていたものの……、想定をはるかに上回る重責だった。
「ふぅ……、ビックリしちゃうわよね……」
ドロシーはボソっとつぶやく。
しかし、守れと言われてもヌチ・ギらの異常な攻撃力、不思議な技は非力な自分ではどうしようもない。もちろんこの神殿にはいろんな防護機構がついているのだろうが、いつまでも耐えられるとは思えない。
レヴィアにもらったのは噴火ボタンだけ。しかし、こんなボタン本当に使えるのだろうか? 火の海になるって言っても、彼らがそれで躊躇するとも思えない。噴火を直撃させたら効きそうではあるけれども、彼らが火口に来て、かつ異変を感じても動かない、そんな都合のいい状況なんてどうやって作るのか?
ドロシーはむくりと起き上がるとパシパシと両手で頬を打った。
「私しかいないんだから頑張らなくっちゃ!」
そして腕組みをして銀髪を揺らし一生懸命考える。世界のため、そして愛するユータのため……。
その時だった、
ズン! ズガーン!
「キャ――――!」
激しく地面が揺れ、ドロシーは悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちないように必死に踏ん張る。
「ドラゴーン! 出てこい! そこにいるのは分かってんだ!」
火口の外輪山の頂の上で誰かが叫んでいる。
画面の映像が自動的に拡大されていく……、ヌチ・ギだ。後ろには五人の戦乙女を従えている。
やはり来てしまった。
いよいよ、この世界を護れるかどうかの重大局面がやってきたのだ。
ドロシーは頭を抱え、震えた。
「どうしよう……」
しかし、自分しかいないのだ。自分がなんとかしないとならない。
「おい! 無視するなら火山ごと吹き飛ばすぞ! ロリババア!」
ヌチ・ギの無情な罵声が響き渡る。
ドロシーは大きく息をつくと覚悟を決めた。
5-8. わかりますか? 絶対です
「あら、ヌチ・ギさん。美女さんをたくさん引き連れてどうしたんですか?」
火口の上にドロシーの上半身がホログラムで表示され、声が響いた。
「おい、娘! お前に用なんかないんだ! さっさとドラゴンを出せ!」
「ん――――、ドラゴン……ですか? どちら様ですかねぇ?」
ドロシーは冷静を装い、必死に時間稼ぎをする。
「何をとぼけてるんだ! レヴィアだ! レヴィアを出せ!」
「ん――――、レヴィア様……ですね。少々お待ちください……」
ドロシーは席を外し、ポッドの所へ行った。
そして、寝ているユータの寝顔をそっと見て……、震えながら目をつぶり、大きく息をついた。
「私、がんばる……ね」
そう、つぶやき、両手のこぶしを握り、二回振った。
ドロシーは席に戻り、言った。
「えーとですね……。レヴィア様は今、お忙しい……という事なんですが……」
「何が忙しいだ! ならこのままぶち壊すぞ!」
絶体絶命である。ドロシーは胃のキューっとした痛みに耐え、大きく息をついて言った。
「ヌチ・ギさんは戦乙女さん作ったり、すごい賢い方ですよね?」
「いきなり何だ?」
「私、とーってもすごいって思うんです」
「ふん! 褒めても何も出んぞ!」
「でも、私、とても不思議なんです」
「……、何が言いたい?」
怪訝そうな表情のヌチ・ギ。
「ヌチ・ギさんはこの世界を火の海にするって言ってましたね」
「それがどうした?」
「それ、すごい頭悪い人のやり方なんですよね」
「……」
「だって賢かったら人一人殺さず、この世界を活性化できるはずですから」
「知った風な口を利くな!」
「つまり……。活性化というのは口実に過ぎないんです。単に戦乙女さんたちで人殺しを楽しみたいんです」
「……」
ヌチ・ギはムッとして黙り込む。
「私、あなたに捕まって戦乙女さんたちのように操られそうになったから良く分かるんです。戦乙女さんは皆、心では泣いてますよ」
「だったら何だ! お前が止められるのか? ただの小娘が!」
真っ赤になって吠えるヌチ・ギ。
「戦乙女さん達、辛いですよね。人殺しの道具にされるなんて心が張り裂けそうですよね……。うっ……うっ……」
ドロシーは耐えられず、泣き出してしまった。
「何言ってるんだ! 止めろ!」
そして、ドロシーは鼻をすすりながら、決意のこもった声で言った。
「戦乙女の皆さん、聞いてください。私、これから、この基地の秘密を皆さんに教えちゃいます! ヌチ・ギさんに火口に入られてしまうと、この基地、すごくヤバいんです。ヌチ・ギさんは絶対に火口に入れるなとレヴィア様に厳命されているんです。絶対です。わかりますか? 絶対です!」
「は? 何を言っている!?」
何を言い出したのかヌチ・ギは理解できなかった。
戦乙女たちはお互いの顔を見合わせる。
そして、褐色の肌の戦乙女が素早くヌチ・ギを羽交い締めにして言った。
「レヴィアを殲滅せよとの命令を果たします」
「お、おい、何するんだ!? 止めろ!」
「命令を果たします」「命令を果たします」
他の戦乙女たちも口々にそう言うとヌチ・ギの両手、両足をそれぞれ押さえ、一気に火口に向かって飛んだ。
「放せ――――!」
ヌチ・ギの絶叫が響く中、ドロシーは泣きながら赤いボタンを押した。
「ごめん……なさい……」
テーブルに突っ伏すドロシー。
激しい地響きの後、火山は轟音を放ちながら激しく爆発を起こした。吹き上がる赤いマグマは天を焦がし、ヌチ・ギも美しき戦乙女たちも一瞬でのみ込まれた。
ズーン! ドーン!
激しい噴火は続き、吹き上がった噴煙ははるか彼方上空まで立ち上る。
物理攻撃無効をキャンセルさせる仕掛けをレヴィアが仕込んでいたのだろう。噴火の直撃を受けた彼らは跡形もなく、消えていった。
ズン! ズン! と噴火の衝撃が続き、地震のように揺れ動く神殿の中で、ドロシーは泣いた。
「うっうっうっ……ごめんなさいぃぃ……うわぁぁ!」
胸が張り裂けるような痛みの中、狂ったように泣いた。
世界のためとはいえ、五人の乙女たちの手を汚させ、殺してしまったのだ。もはや人殺しだ……。
仕方ない事だとはわかっていても、それを心は受け入れられない。
ドロシーの悲痛な泣き声はいつまでも神殿にこだましていた……。
5-9. 漆黒の巨大構造体、地球
シャトルは徐々に高度を下げ、いよいよ海王星本体へ突入する。
レヴィアは船内からできる範囲で、爆発してしまった翼の先端の応急措置を頑張っている。
ボウッという音と同時にシャトルは海王星に突入した。
突入したと言っても青いガスの海があるわけではない。ただ、暴風が吹き荒れる霞がかった薄い雲に入っただけだ。ちょうど、海水は透明なのに上から見ると真っ青に見えるのに似てるかもしれない。
シャトルは嵐の中をどんどんと深く潜っていく。ただでさえ弱い太陽の光はすぐに届かなくなり、闇の世界が訪れる。レヴィアはライトを点灯し、さらに深部を目指す。
どのくらい潜っただろうか、小さな白い粒がまるで吹雪のように吹き荒れ始めた。
「これ、何だかわかるか?」
レヴィアがドヤ顔で聞いてくる。
「え? 雪じゃないんですか?」
「ダイヤモンドじゃよ」
「ダ、ダイヤ!?」
「取ろうとするなよ、外は氷点下二百度じゃ。手なんか出したら即死じゃ」
「だ、出しませんよ!」
とは答えたものの、こんなにたくさん降っているなら少し持ち帰って指輪にし、ドロシーにあげたいなと思った。まぁ、海王星の世界の物をどうやったらデジタル世界に持ち込めるのか皆目見当もつかないが……。
◇
モウモウと煙が吹き上がっている一帯にやってきた。
「ついに、やってきたぞ!」
レヴィアが嬉しそうに言う。
煙の下に見えてきたのは巨大な漆黒の構造物群だった。それは巨大な直方体が次々と連なった形になっており、まるで吹雪の中を疾走する貨物列車のような風情だった。無骨な構造物には壁面のつなぎ目に直線状に明かりが点っており、サイバーパンクな造形に思わず見とれてしまった。
「これが……、サーバー……ですか?」
「そうじゃ、これが『ジグラート』。コンピューターの詰まった塊じゃ」
「え? これが全部コンピューター!?」
ジグラートと呼ばれた構造物は全長が一キロ、高さと奥行きが数百メートルくらいの巨大サイズ……、巨大高層ビルが密集した街というと分かりやすいだろうか。それがいくつも連なっている。
「これ一つで地球一つ分じゃ」
すごい事を言う。これが延々と連なっているという事は、地球は本当にたくさんあるらしい。
「あー、ちょうどこれ、これがお主のふるさと、日本のある地球のサーバーじゃ」
「え!? これが日本!?」
俺は思わず身を乗り出してしまった。俺はこの中で産まれ、この中で二十数年間、親に愛され、友達と遊び、大学に通い、サークルで女神様とダンスをして……まぬけに死んだのだった。無骨な巨大構造体……、これが俺の本当のふるさと……。この中には死に分かれた両親や友達、好きなアイドルやアーチスト、そして大好きだったゲームや漫画、全て入っているのだ。俺の前世の人生が全て入っている箱……。
みんなどうしてるかな……。みんなに会いたい……。
俺は胸を締め付けられる郷愁の念に駆られ、不覚にも涙を流してしまった。
「なんじゃ、行きたいのか?」
「そ、そうですね……。日本、大好きですから……」
俺は涙を手で拭きながら言った。
「そのうち行く機会もあるじゃろ。お主はヴィーナ様とも懇意だしな」
「そう……ですね。でも……もう、転生して16年ですよ。みんな俺のことなんか忘れちゃってますよ」
「はっはっは、大丈夫じゃ。日本の時間でいったらまだ数年じゃよ」
「えっ!? 時間の速さ違うんですか?」
「そりゃ、うちの星は人口が圧倒的に少ないからのう。日本の地球に比べたらどんどんシミュレーションは進むぞ」
言われてみたらそうだ。サーバーの計算容量が一緒なら人口少ない方が時間の進みが速いのは当たり前だった。
「なるほど! 楽しみになってきました!」
今、日本はどうなっているだろうか? 親にも元気でやってること、結婚したことをちゃんと報告したい。そのためにもヌチ・ギをしっかり倒さないとならない。
グォォォォ――――!
レヴィアはエンジンを逆噴射させ、言った。
「そろそろじゃぞ」
徐々に減速しながら見えてきたジグラートへと近づいていく。いよいよヌチ・ギを倒す時がやってきた。
5-10. 巨大化レーザー発振器
噴火も収まり、静まり返った神殿でドロシーは呆然としていた。
自らの命をなげうってヌチ・ギと共に火口に身を投げ、そして灼熱のマグマの真っ赤な噴火の中に消えていった五人の美しき乙女たち。その最後の光景が目に焼き付いて離れないのだ。
なぜこんな事になってしまったのだろう……。
もっとうまくやる方法はなかっただろうか?
ドロシーは目を閉じ、考えてみるが、他にいい方法は思い浮かばなかった。
テーブルに突っ伏し、
「あなたぁ……。早く帰ってきて……」
と、つぶやいた。
その時だった。
ズーン! ズーン!
激しい衝撃音が神殿を揺らした。
「え!? 何!?」
身体を勢いよく起こし、青ざめるドロシー。
ガーン!
神殿の一角が崩壊し、男が現れた……、ヌチ・ギだった。
服は焼け焦げ、顔は煤だらけ、髪の毛はチリチリになりながら、ドロシーを憎悪のこもった鋭い目でにらんだ。
「娘……。やってくれたな……」
最悪の事態となってしまった。噴火でもしとめられなかったのだ。
「い、いや! 来ないで……」
思わず後ずさりするドロシー。
ヌチ・ギはよたよたと足を引きずりながらドロシーに近づいていく。
「私の最高傑作の戦乙女たちを陥れるとは、敵ながら天晴れ……。その功績をたたえ、お前も戦乙女にしてやろう……」
引きつりながらもいやらしく笑うヌチ・ギ。
「ひ、ひぃ……」
瞳に恐怖の色を浮かべながら引きつるドロシー。
「時に、レヴィアはどうした? あのロリババア何を企んでる?」
「し、知りません。私は『ボタンを押せ』と言われてただけです」
「そのポッドは何だ?」
ヌチ・ギはポッドへ近づいていく。
「何でもありません! 神殿を勝手に荒らさないでください!」
ドロシーはポッドをかばおうと動いたが……。
「ほう、ここにいるのか……。出てこいレヴィア!」
ヌチ・ギは右手にエネルギーを込めるとポッドに放った。
ドガン!
エネルギー弾を受けてゴロゴロと転がる二台のポッド。
「止めてぇ!」
泣き叫び、ヌチ・ギにしがみつくドロシー。
「よし、じゃ、お前がやれ。今すぐに戦乙女にしてやる」
そう言ってヌチ・ギは奇妙なスティックを出した。
「な、なんですかそれ?」
大きな万年筆みたいな棒をひけらかしながらヌチ・ギは嬉しそうに言った。
「これが巨大化レーザー発振器だよ。これで対象を指示するとどこまでも大きくなるのだよ」
そう言いながらヌチ・ギは椅子を指し、レーザーを出した。グングンと大きくなっていく椅子はあっという間に神殿の天井にまで達し、大理石の天井をバキバキと割った。
「キャ――――!」
ドロシーは悲鳴を上げながらパラパラと落ちてくる破片から逃げる。
「はっはっは、見たかね、巨大化レーザーのすばらしさを!」
うれしそうに笑うヌチ・ギ。
「この巨大化レーザーの特徴はね、大きくなっても自重でつぶれたりしないことだよ。例えばアリを象くらいに大きくするとするだろ、アリは立ち上がる事も出来ず、自重でつぶれ死んでしまう。でも、この装置なら強度もアップするから、大きくなっても自在に動けるのだよ。まさに夢のような装置だよ。クックック……。さぁ、君にも体験してもらおう」
そう言って、レーザー発振器をドロシーに向けるヌチ・ギ。
「や、やめてぇ!」
走って逃げるドロシー。
「どこへ行こうというのかね?」
ヌチ・ギは空間をワープしてドロシーの前に現れ、ニヤッと笑った。
「いやぁぁぁぁ!」
神殿には悲痛な叫びが響いた。