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第二部 そして深淵へ

4章 引き裂かれた未来


4-1. 初めての夜


 お姫様抱っこのまま夕焼け空を飛び、新居についた頃には御嶽山の山肌も色を失い、宵闇(よいやみ)が迫ってきていた。


「奥様、こちらがスイートホームですよ!」


 俺はそう言いながら木製のデッキにそっと着地した。


「うわぁ! すごい、すごーい!」


 ドロシーはそう言いながら目を輝かせてログハウスをあちこち眺め、そして、池の向こうの御嶽山を見つめ、大きく両手をあげて、


「素敵~!」


 と、うれしそうに叫んだ。


 一人で閉じこもるつもりだった小さなログハウスは、二人の愛の巣になり、俺の目にも輝いて見えた。


 俺はドアを開け、


「ごめんね、まだ何もないんだ」


 と、言いながらベッドとテーブルしかない殺風景な部屋にドロシーを招き、暖炉に魔法で火をともした。


「本当に何もないのね……。私が素敵なお部屋に仕立てちゃってもいい?」


 ドロシーはそう言って、薄暗い部屋を見回す。


「もちろん! じゃあ、明日は遠くの街の雑貨屋へ行こう」


 俺はドロシーの手を取って引き寄せ、つぶらなブラウンの瞳を見つめた。


 そして、暖炉の炎に揺れる美しい(ほほ)のラインをそっとなでる。


 こんなに可愛い娘が俺の奥さんになってくれた……。それは俺にとってまだ信じられないことだった。前世ではあれほどあがいたのに彼女もできなかったことを考えると、まるで夢のようである。


「どうしたの?」


 ドロシーは優しく聞いてくる。


「こんなに可愛いくて優しい娘が奥さんだなんて、本当にいいのかなって……」


「ふふっ、本当言うとね……、昔倉庫で助けてくれたじゃない……。あの時からこうなりたかったの……」


 そう言って、真っ赤になってうつむくドロシー。


「えっ? あの時から好きでいてくれたの?」


「そうよ! この鈍感さん!」


 ジト目で俺をにらむドロシー。


「あ、そ、そうだったんだ……」


「こう見えても、たくさんの人から言い寄られてたんだからね」


 ちょっとすねて言う。


「そうだよね、ドロシーは僕たちのアイドルだもの……」


「ふふっ、でもまだ、純潔ピッカピカよ」


 ドロシーは嬉しそうに笑う。


「それは……、俺のために?」


「あなたにも守られたし……、私もずっと守ってきたわ……、今日のために……」


 見つめ合う二人……。


 ポンッ!


 暖炉の(まき)がはぜた。


 二人はゆっくりとくちびるを重ねる。


 最初は優しく、そして次第にお互いを激しくむさぼった。


 ドロシーの繊細で、そして時に大胆な舌の動きに俺の熱い想いを絡ませていく……。


 俺はウェディングドレスの背中のボタンに手をかけた。


 すると、ドロシーはそっと離れて、恥ずかしそうにしながら後ろを向く。


 俺は丁寧にボタンを外し、するするとドレスを下ろした。


 ドロシーのしっとりとした白い肌があらわになる。


 俺が下着に手をかけると、


「ちょ、ちょっと待って! 水浴びしないと……」


 そう言って恥ずかしがるドロシー。


 俺はそんなドロシーをひょいっと持ち上げると、優しくベッドに横たえた。


「え!? ちょ、ちょっとダメだってばぁ!」


 焦るドロシーに強引にキスをする。


 「ダメ」と言いながらも段々と盛り上がるドロシー……。


 俺は次に耳にキスをして徐々におりていく。


 可愛い声が小さく部屋に響く。


 そして、火照ってボーっとなっているドロシーの下着を優しく外す。


 優美な肢体のラインが芸術品のような(うるわ)しさを(たた)えながら、あらわになった。


 俺も服を脱ぎ、そっと肌を重ねる。


 しっとりと柔らかい肌が熱を持って俺の肌になじんだ。


 可愛い声が徐々に大きくなってくる。


 そして、ドロシーは切なそうなうるんだ目で、


「早く……、来て……」


 そう言って俺の頬を優しくなでた。


「上手く……できなかったらゴメン……」


 俺はちょっと緊張してきた。


「ふふっ、慣れてなくてホッとしたわ」


 二人は見つめ合うと、もう一度熱いキスを交わす。


 俺は覚悟を決め、柔らかなふくらはぎを優しく持ち上げた……。


 その晩、揺れる暖炉の炎の明かりの中で、俺たちは何度も何度も獣のようにお互いを求めあった。


 そして、二人はお互いが一つになり、何かが完全になったのを心の底でしっかりと感じた。






4-2. 最悪のペナルティ


 目が覚めると、窓の外は明るくなり始めていた。隣を見ると愛しい妻がスースーと幸せそうに寝ている。俺は改めてドロシーと結婚したことを実感し、しばらく可愛い顔を眺めていた。


 なんて幸せなのだろう……。


 俺は心から湧き上がってくる温かいものに思わず涙がにじんだ。


 そっとベッドを抜け出し、優しく毛布をかけて、俺は静かにコーヒーを入れた。


 狭いログハウスにコーヒーの香ばしい香りが広がる。


 俺はマグカップ片手に外へ出て、デッキの椅子に座る。朝のひんやりとした空気が気持ちよく、朝もやがたち込めた静謐(せいひつ)な池をぼんやりと見ていた。


 チチチチッと遠くで小鳥が鳴いている。


 穏やかな時間はいきなり破られた――――。


「旦那様! 逃げてください! ヌチ・ギが来ました!」


 いきなりアバドンから緊急通信が入る。


「えっ!?」


 辺りを見回すと、朝もやの向こうに小さな人影が動くのが見えた。


 俺は心臓が凍った。管理者権限を持つ男、ヌチ・ギ。この世界において彼の権能は無制限、まさに絶対強者が俺を見つけてやってきた。絶体絶命である。


 俺はすかさず飛んで逃げようとしたが……体が動かない。金縛りのようにロックされてしまった。


「ぐぅぅぅ……」


 いろいろと試行錯誤するが魔法も何も使えない、これが管理者権限かと改めて不条理な世界に絶望する。


 ヌチ・ギは音もなく俺の目の前に降り立つと、甲高い声を出した。


「ふーん、君がユータ……。どれどれ……」


 ボサボサの長髪に少し面長の陰気な顔、ダークスーツを身にまとってヒョロッとした小柄な男はしげしげと俺を眺めた。


「い、いきなり……、何の用ですか……」


 金縛り状態の中で俺は必死に声を出した。


 ヌチ・ギはそんな俺を無視して空中を凝視する。どうやら俺には見えない画面を見ているらしい。


 時折何かにうなずきながら淡々と空中を見続けるヌチ・ギ。どうやら俺のステータスや履歴のログを見ているようだ。


「あー、これか! 君、チートはいかんなぁ……」


 そう言いながら、さらに画面を見入った。


「本来なら即刻アカウント抹消だよ……」


 そう言いながら、指先を空中でクリクリと動かし、タップする。


「え? それは死刑……ってことですか?」


「そうさ、チートは重罪、それは君も分かってただろ?」


 ヌチ・ギはそう言いながら画面をにらみ続ける。


「あー、このバグを突いたのか……。良く見つけたな……」


「わ、私はヴィーナ様の縁者です。なにとぞ寛大な措置を……」


 俺は金縛りの中で懇願(こんがん)する。


「ヴィーナ様にも困ったもんだ……。じゃあ、チートで得た分の経験値は全部はく奪、これで許しておいてやろう」


 そう言いながら、指先をシュッシュッと動かした。


「一割くらい……、残しておいてもらえませんか? 結構この世界に貢献したと思うんですが……」


 ダメ元で無理筋のお願いをしてみる。


「ダメダメ! 何を言ってるんだ。チートは犯罪だ!」


 そう言ってヌチ・ギは指先で空中をタップした


 直後、俺の身体は青く光り、激痛が俺の身体を貫いた。


「ぐわぁぁぁ!」


「急激なレベルダウンは痛みを伴うものだ。まぁ自業自得だな」


 俺は身体からどんどんと力が抜けていくような虚脱感の中、刺すような痛みに(もだ)えた。


 ガチャ


 ドアが開き、毛布を羽織ったドロシーが顔を出す。


「あなた、どうしたの……?」


 マズい! ドロシーをヌチ・ギに見せてはならない。俺は痛みの中必死に叫んだ。


「ドロシー! ダメだ! 早く戻って!」


 しかし、ヌチ・ギは振りむいてしまう。


「ほぅ……、これはこれは……、美しい……」


 ヌチ・ギは(いや)らしい笑みを浮かべて言った。


 ドロシーは急いでドアを閉めようとするが、金縛りにあい動けなくなった。


「えっ!? 何? い、いやぁぁ!!」


 ヌチ・ギは指先をクリクリッと動かし、ドロシーを操作した。


 固まったまま浮き上がってヌチ・ギの前に連れてこられるドロシー。


 ヌチ・ギは毛布をはぎとる。朝の光の中でドロシーの白い裸体があらわになった。


「ほほう……、これは、これは……」


 下卑(げび)た笑みを浮かべながら、ヌチ・ギはドロシーの柔らかい肌をなでた。


「や、やめてぇ!」


 ドロシーの悲痛な叫びが響く。


「止めろ! 彼女は関係ないだろ!」


 俺は必死に吠える。


 しかし、ヌチ・ギは気にすることもなくドロシーの(あご)をつかむと、


「チートのペナルティとして、彼女は私のコレクションに加えてあげましょう……」


 そう言ってドロシーの瞳をじっと見つめた。


「い、いやぁぁ……」


 泣きながら震える声を漏らすドロシー。


 最悪だ、俺は躊躇(ちゅうちょ)なく最後のカードを切った。


「ヴィーナ様に報告するぞ!」


 だが……、


「はっはっは! 好きにすればいい。私はどっちみち未来の無い身。華々しく散ってやるまでだよ」


 ヌチ・ギは自暴自棄になっているようだ。きわめて厄介だ。


 俺は何とか必死に道を探す。


「俺がヴィーナ様に口添えしてやる。前向きに……」


「バーカ、お前はあのお方を分かってない。地球人の口添えになど何の意味もない。それに……、余計な事をしてこの世界ごと消去されたら……お前、責任とれるのか?」


 ヌチ・ギはゾッとするような冷たい目で俺を見る。


 レヴィアもヌチ・ギも美奈先輩を異様に恐れている。大学のサークルで一緒に楽しくダンスしていた俺からしたら、なぜそこまで恐れるのか理解ができなかった。確かにちょっと気の強いところがあったが、気さくで楽しくて美人で人気者のサークルの姫、そんな人が世界を容赦なく滅ぼす大魔王だなんて、全然実感がわかない。


「ヴィーナ様は俺が説得してみせる!」


 俺はそう叫んだ。しかし……、


「この世界の存続を願うなら、余計な事は慎みたまえ」


 ヌチ・ギはそう言って空間を割き、切れ目を広げた。


「ま、待ってくれ! 妻は、妻は許してくれ!」


 俺は必死に頼む。


「こんな上玉、手放すわけがないだろ」


 ヌチ・ギはそう言っていやらしい笑みを浮かべると、ドロシーの柔らかい肌を揉んだ。


「いやぁぁぁ!」


 泣き叫ぶドロシー。


「たっぷり可愛がった後、美しく飾ってやる」


 そう言って、ヌチ・ギはドロシーの腕をつかむと無造作に空間の切れ目に放り込んだ。


 俺は叫ぶ。


「お前! ふざけんな! ドロシーに触れていいのは俺だけだ!」


 ヌチ・ギは勝ち誇った顔で、


「余計な事したら真っ先にこの女から殺す。分かったな?」


 そう言い放つと、切れ目の中へと入っていった。


「止めろ――――!」


 必死の叫びもむなしく、空間の切れ目がツーっと閉じていく。


「助けて! あなたぁ!」


 ドロシーの悲痛な叫び声がプツッと無慈悲に途切れた。


「ドロシー! うわぁぁぁ! ドロシー――――!!」


 俺の泣き叫ぶ声が朝もやの池にむなしく響き続けた……。








4-3. ドロシーの残り香


 最愛の妻が奪われてしまった。


 だから結婚なんかしちゃダメだったんだ……。


「うぉぉぉぉ」


 慟哭(どうこく)が喉を引き裂く。金縛りの解けた俺は狂ったかのように泣き叫んだ。


 無様な泣き声が森に響き渡る……。


 俺は毛布を拾うと、ぎゅっと抱きしめた。まだ温かい毛布にはドロシーの匂いが残り、俺を包む。


「ドロシー……。うぅぅぅぅ……」


 俺はドロシーの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


 御嶽山に朝日が当たり、オレンジ色に輝くのが見える。


 泣いてる場合じゃない、なんとかしないと……。


 しかし、相手はこの世界の管理者権限を持つ男、直接やりあっても全く勝負にならない。どうしたら……。


 俺は恐る恐る現状分析を行う。ステータス画面を開いて見ると、千を超えていたレベルは三十にまで落ちていた。もはやアルより弱くなってしまっている。


 アバドンを呼ぼうとしたが、アバドンとの通信回線も開かない。魔力が落ちたので奴隷契約がキャンセルされてしまっていた。


 もはや飛ぶこともできないし、そもそも生きてこの山奥から出る事すらできそうにない。妻を奪い返しに行くどころか、自分の命も危ない情勢に俺は絶句した。


 誰かに助けてもらいたいが……、相手は無制限の権能をほこる絶対者。まさに死にに行くような話であり、誰にも頼めない。八方ふさがりである。


 妻を失い、仲間を失い、力を失い、俺は全てを失い、もはや抜け殻だった。


 俺は頭を抱え……、そしてそのままテーブルに頭をゴンとぶつけ、突っ伏した。


「もう誰か、殺してくれないかな……」


 俺はダラダラと湧いてくる涙をぬぐう事もせず、ただ、虚脱してこの理不尽な運命を呪った。


       ◇


「グフフフ……、無様だな」


 いつの間にかアバドンが来ていた。


 俺は身体を起こしたが……、何も言う事が出来ず、ただ軽く首を振った。


「もう、俺は奴隷じゃない、悪を愛する魔人に戻れた……グフフフ」


 嬉しそうに笑うアバドン。


「そうだ、もう、お前は自由だ。いろいろありがとう……」


 俺は力なく言った。


「強い者が支配する……、立場逆転だな。これからお前は俺の言う事を聞け」


 アバドンが正体を現す。


「ははは、こんな俺にもう何の価値なんて無いだろ。そうだ、お前が殺してくれよ……それがいい……」


 俺はガックリとうなだれた。


 アバドンはそんな俺を無表情でジッと見つめる……。


「死にたいなら望み通り殺してやる……。だが……、死ぬ前に一つ悪事を手伝え」


「悪事? こんな俺に何が手伝えるんだい?」


 俺は両手をヒラヒラさせながら首を振った。


「女を奪いに王都へ行く、ちょっと相手が厄介なんで、お前手伝え」


 アバドンは俺をジッと見据えて言う。


「女……、えっ!?」


 俺は驚いてアバドンを見た。


「急がないと(あね)さんが危ない」


 アバドンの目は真剣だった。


 自由になった魔人が、まさか何のメリットもない命がけのドロシー奪還を提案するとは……。それは、全くの想定外だった。俺は唖然(あぜん)としてアバドンを見つめた。


「手伝うのか? 手伝わないのか?」


 アバドンはニヤッと笑って言う。


「アバドーン!!」


 俺は思わずアバドンに抱き着く。男くさい筋肉質のアバドンの温かさが心から嬉しかった。


「グフフフ……、(あね)さんは私にとっても大切な方……、旦那様、行きましょう」


 俺は一筋の光明が見えた気がしてオイオイと泣いた。












4-4. 決死の奪還作戦


 俺たちは部屋に入り、作戦を練る。


 しかし、ドロシー奪還計画はそう簡単には決まらない。何しろ相手は無制限の権能を持つ男。普通に近づいたら瞬殺されて終わりだ。だから『見つからないこと』は徹底しないとならない。見つかった時点で計画失敗なのだ。


 アバドンによるとヌチ・ギの屋敷は王都の高級住宅地にあって小さなものらしい。しかし、今までに連れ込まれた女の子の数は何百人にものぼる。到底入りきらない。つまり、屋敷は単なる玄関にすぎず、本体はどこか別の空間にあると考えた方が自然だ。そんなところに忍び込む……、あまりの難易度の高さに考えるだけでクラクラする。


 しかし、今この瞬間もドロシーは俺の助けを待っている。『命がけで守る』と言い切ったのだ、たとえ死のうとも助けに行くことは決めている。


 幸い俺にはレヴィアからもらったバタフライナイフがある。これで壁をすり抜けて忍び込み、何とか屋敷本体へのアプローチの方法を探そう。


 そして、忍び込んだら見つからないように秘かにドロシーを救出し、連れ出す……。出来るのかそんなこと……。


 俺は無理筋の綱渡りの計画に胃が痛くなり、思わずうなだれてしまう。


「旦那様、あきらめるんですか?」


 アバドンは淡々という。


 どう考えてもうまくいくとは思えない。成功確率なんて良くて数パーセント……。


 でも……、成功の可能性がほんの少しでもあるのならやるのだ。上手くいきそうかどうかなんてどうでもいい、成功のために全力を尽くす。ただ前だけ向いて突き進むのだ。俺は覚悟を決める。


「いや、どんなに困難でも俺は行くよ」


 俺は顔を上げ、しっかりとした目でアバドンを見た。


「グフフフ、成功させましょう」


 アバドンは諦観(ていかん)した笑顔を見せた。


 ただ、単に連れ出すだけならすぐに見つかって連れ戻されてしまう。相手は管理者なのだ。どこに隠れたって必ず見つかってしまうだろう。これを回避するにはもう一人の管理者、レヴィアに頼る以外ない。彼女にかくまってもらうこと、これも必須条件だ。


 俺は早速レヴィアを呼んだ。


「レヴィア様、レヴィア様~!」


 しばらく待つと返事が来た。


『なんじゃ、朝っぱらから……。我は朝が弱いのじゃ!』


「お休みのところ申し訳ありません。緊急事態なのです」


『なんじゃ? 何があったんじゃ?』


「ドロシーがヌチ・ギに(さら)われました」


 俺は淡々と言う。


『んん――――? なんじゃと?』


「俺も無力化されてしまいました」


 絶句するレヴィア……。


 俺は神妙な面持ちでレヴィアの返事を待った。


 部屋の静けさのせいか、やけに時間が長く感じる……。


 ためらいがちな声でレヴィアは言う。


『それは……、んー……、申し訳ないが、どうもならん』


 管理者同士は相互不可侵。ヌチ・ギがやる事にレヴィアは干渉できないのだ。だがそれは想定内。


「わかってます。ドロシーの救出は我々でやります。ただ、救出した後、かくまって欲しいんです」


『いやいやいや、そんなのバレたら、我とヌチ・ギは戦争になるぞ! この世界火の海じゃぞ!』


 管理者権限持っている者同士の戦争……それは確かに想像を絶する凄惨な事態になりそうだ。最悪この星が壊れかねない。しかし、引くわけにはいかない。


「そもそもドロシーはレヴィア様の知人じゃないですか、相互不可侵と言うなら非はレヴィア様の知人を(さら)ったヌチ・ギ側にありますよね?」


『うーん、まぁそうじゃが……』


「バレなきゃいい話ですし、バレても筋は我々側にあります!」


 俺は渾身(こんしん)の説得をする。


『むぅ……。それはそうなんじゃが……』


 あと一歩である。


「かくまってくれたら、なんでも言うこと聞きますから!」


 もう、大盤振る舞いである。


 するとレヴィアは、


『なんでも? 昨晩彼女にやってた、あのすごいこともか? キャハッ!』


 と、うれしそうに笑った。


「レ、レヴィア様! のぞいたんですか!?」


 真っ赤になってしまう俺。


『あれあれ、カマかけたら引っかかりおったわ。一体どんなことやったんじゃ? このスケベ。 キャハハハ!』


「……。」


 引っかかった俺は返す言葉がなかった。


『まぁええじゃろう。ただし、見つからずに連れ出された時だけじゃぞ!』


「……、ありがとうございます……」


 これでドロシー奪還計画の懸案は解決した。そして、こんなバカ話ができることの幸せに改めてみんなに感謝した。


     ◇


 宮崎の火口のだだっ広い神殿でレヴィアはゴロンと冷たい床に転がって考えていた。ユータたちがヌチ・ギの屋敷からこっそりドロシーを奪還する? どう考えても無謀で滑稽な挑戦だった。管理者をなめ過ぎではないだろうか……?


 何か策があるか……、特別な情報を持っているのか……、いろいろなケースを想定してみた。


「いや、違う!」


 レヴィアはガバっと起き上がった。


 そして、つぶやいた。


「あやつら、死ぬつもりじゃ……」


 レヴィアは唖然(あぜん)とした。


 晴れ晴れとした口調だったから気づかなかったが、成功できるなんて本人たちも思ってないに違いなかった。たとえ死んでも成し遂げねばならぬことがある、その覚悟にレヴィアは思わず震えた。


 レヴィアは大きく息をつき、金髪のおかっぱ頭をぐしゃぐしゃとかきむしると、


「我も覚悟を決める時が来たようじゃ……。お主らに教えられるとはな……」


 レヴィアは今まで事なかれ主義で、現状維持さえできれば多少の事は目をつぶってきた。でも、それがヌチ・ギの増長を呼び、世界がゆっくりと壊れてきてしまっていることを認めざるを得なかった。


 スクッと立ち上がるとレヴィアは、空間の裂け目からイスとテーブルを出して座り、大きな情報表示モニタを三つ出現させた。青白い画面の光がレヴィアの幼い顔を照らす。


 レヴィアは画面を両手でクリクリといじりながら情報画面を操作し、何かを必死に追い求めていた。


「ふーん、暗号系列を変えたか……、じゃが、我にそんな小細工は効かぬわ、キャハッ!」


 レヴィアはそう言って笑うと、画面を両手で激しくタップし続けた……。








4-5. ヘックショイ!


 早速奪還作戦開始だ。俺は救出に使えそうな物をリュックに詰めていく、工具、ロープ、文房具……そして、ドロシーの服に手を伸ばした。麻でできた質素なワンピース……。


 俺は思わず広げて、そしてぎゅっと抱きしめた。ほのかにドロシーの匂いが立ち上ってくる……。


「待っててね……」


 俺はそうつぶやき、ゆっくりと大きくドロシーの香りを吸い込んだ。


 


 それから、動きやすそうな服に着替え、革靴を履き、靴紐をキュッと結んだ。


「よし! 行こう!」


 俺は立ち上がり、アバドンを見る。


「では王都まで参りますよ。ついてきてください」


 そう言うとアバドンは壁に金色に光る魔法陣を浮かべ、その中へ入っていく。


 俺も恐る恐る魔法陣の中に潜った。


 魔法陣の中は真っ暗闇で、上下もない無重力空間だった。アバドンは何か呪文をつぶやくと、向こうの方でピンク色に魔法陣が浮かび上がる。そして、俺の手を取ってそこまでスーッと移動した。


 アバドンはそっと魔法陣の向こうに顔を出し、辺りをうかがい……、言った。


「大丈夫です。行きましょう!」


 魔法陣を抜けるとそこは人気(ひとけ)のない(すさ)んだダウンタウンだった。


「旦那様こっちです」


 そう言いながらスタスタと歩き出すアバドン。


「これ、凄いね。いきなりヌチ・ギの屋敷に繋げないの?」


 追いかけながら聞いた。


「ヌチ・ギの作った魔法ですから、セキュリティかかってて使えないですね」


 アバドンは首を振る。


「そりゃそうか……」


「ヌチ・ギの屋敷まで二十分くらいです」


 アバドンの説明に俺は静かにうなずいた。


 憧れの王都に着いたが、治安はアンジューの街よりは悪そうだ。俺たちはチンピラなどの目に留まらないよう、静かに歩いた。


        ◇


 高級住宅地に入ってくると、豪奢な石造りの邸宅が続く。


「左側三軒目がターゲットです」


 アバドンは前を向いたまま静かに言う。


「了解、まずは一旦通り過ぎよう」


 見えてきたヌチ・ギの屋敷の玄関には警備兵が二名、槍を持って前を向いている。石造り三階建てで、入り口には黒い巨大な金属製のドアがついており、固く閉ざされている。この辺りの邸宅は隣家とのすき間がなく、通りに沿ってまるで一つの建物のようにピタリと並んでいる。


 向こうの方から荷馬車がやってきてヌチ・ギの屋敷前に止まった。どうやら荷物の配達らしい。これはチャンスである。


 俺たちは素知らぬ顔で屋敷の玄関を通り過ぎ、衛兵と配達員が話し始めたタイミングで隣家の玄関の金属ドアを素早くナイフで切って中に忍び込んだ。


 玄関はホールになっており、左右に廊下が続いている。俺たちはヌチ・ギの屋敷側へと早足で進む。すると、ガチャッと前の方でドアが開き、メイドが出てきた。


 大ピンチではあるが、命すら惜しくない奪還計画においてこの手の障害はむしろ楽しくすら感じる。


 俺は何食わぬ顔で、


「ご苦労様です!」


 そう言ってニコッと笑った。


 メイドは怪訝(けげん)そうな顔をしながら会釈する。


 廊下の突き当りまでくると、俺は壁をナイフで素早く切り、アバドンとすぐに潜り込む。後ろの方で悲鳴が聞こえたが気にせずに進んでいく。


 壁の向こうはもうヌチ・ギの屋敷で、薄暗いガランとした部屋だった。ほこりをかぶった椅子や箱が並んでおり、長く使われていない様子である。


 ドアの方へ近づくと声がしてくる。どうやら警備兵と配達員らしい。俺はナイフでドアに切れ目を入れ、そっと開いて向こうをのぞいた。


 ドアの向こうはエレベーターホールのようになっており、配達員が世間話をしながら大きなエレベーターのような装置に台車の荷物を載せている所だった。鑑定をしてみると、このエレベーターは『空間転移装置』つまり本当の屋敷への転送装置という事らしい。


「あと一個です」


 そう言って配達員が台車を押して玄関へと移動し、警備兵も後をついて行った。


 俺たちはアバドンに隠ぺい魔法をかけてもらって、部屋を抜け出し、エレベーターの奥に座って息を殺した。


 戻ってきた警備兵が最後のひと箱を積む。目の前でドサッと乗せられた箱からほこりが舞った。


 俺は不覚にもほこりを吸い込んでしまい、(せき)が出そうになる。


「これで完了です」


 配達員が言う。


 俺は真っ赤になりながら咳をこらえる。


 隠ぺい魔法は、光学迷彩のように姿は消せるが音は筒抜けである。咳などしようものならバレてしまう。


 そして、バレたらもうドロシーの奪還どころか俺たちの命はない。ヌチ・ギは万能の権能を持つ男。俺たちが奪還に動いていることを知ったら、権能を使って探し出し、確実に俺たちを殺すだろう。だから絶対にバレてはならなかった。


 俺はこみ上げてくる咳の衝動を必死に抑え込み、扉が閉まるのを待った。


「じゃぁ閉めるぞ」


 警備兵がそう言った瞬間だった。


 ヘックショイ!


 アバドンの盛大なくしゃみがホール中に響いた。


 俺は凄い目をしてアバドンをにらむ。


 固まる警備兵……。


「お前、くしゃみ……した?」


 配達員に聞く。


「いえ? 私じゃないですよ」


 警備兵から異常が報告されてしまうとそこでアウトだ。俺は必死に息を殺し、祈った。


「誰か……、いるのか?」


 警備兵はなめるようにエレベーターの中を見ていく。


 俺は必死に考える。倒してしまうか? いや、もう一人警備兵がいるからダメだ。では釈明……出来る訳がない。まさに絶体絶命である。冷や汗がタラりと流れる。


「ちょっと報告するから待て」


 警備兵がそう言いながら何やら魔道具を取り出す。万事休すだ。


 俺はいきなりのピンチに絶望して気が遠くなった。


 飛び出さねばなるまい、しかし、どのタイミングで……?


 冷や汗がタラリと流れてくる。


 と、その時、


 ボン!


 アバドンが小柄な男に変身して飛び出した。


 この姿は……ヌチ・ギだ!


「お見事! それだよ!」


 そう言いながらアバドンは警備兵の肩を叩いた。


 アバドンの変装は完ぺきで、甲高い声までヌチ・ギそっくりだった。


「ヌ、ヌチ・ギ様……」


「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」


 そう言ってアバドンはニッコリと笑いかけた。


「きょ、恐縮です……」


 うれしそうな警備兵。


「君の査定は高くしておこう。抜き打ちなので、他の人には話さないように!」


「は、はい!」


「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」


 そう言いながらツカツカとエレベーターに乗り、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。


「では、扉閉めますね」


 警備兵はそう言ってボタンを押した。閉じていく扉……。


 俺はアバドンをジト目でにらむ。


 アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかいた。








4-6. 美の狂気


 扉が閉まってしばらくすると、全身が浮き上がるような奇妙な感覚が全身を貫いた。どこかへ転送されたようだ。


 荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、俺はナイフを用意してタイミングを計る。


 チーン!


 と、鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切って飛び込んだ。


 壁を通り抜けると、まぶしい光、爽やかな空気……目が慣れてきて辺りを見回すと、目の前には鬱蒼(うっそう)とした森が広がっていた。


 エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと出入り口だけが立っていたのだ。


 そっと出入り口側の様子を見ると、豪奢な装飾が施された鉄のフェンスの向こうに見事な庭園があり、その奥に真っ黒いモダンな建物があった。あれがヌチ・ギの屋敷だろう。高さは五階建てくらいで、現代美術館かというような前衛的な造りをしており、中の様子はちょっと想像がつかない。


 あの中でドロシーは俺の助けを心待ちにしてるはずだ。


「ドロシー、待ってろよ……」


 ドロシーがまだ無事であること、それだけを祈りながら必死に屋敷の様子を調べる。


 まず、俺は鑑定を使ってセキュリティシステムを調べてみる。門やフェンスには多彩なセキュリティ装置が多数ついており、とても超えられそうにない。さらに庭園のあちこちにも見えないセキュリティ装置が配置されており、とても屋敷に近づくのは無理そうだった。


「旦那様……、どうしますか?」


 アバドンがひそひそ声で聞いてくる。


「すごい警備体制だ、とてもバレずに屋敷には入れない……」


 すると屋敷から人が出てきた。見ていると、メイドらしき女性が大きな鉄製の門を開け、エレベーターまでやってきた。そして、宙に浮かぶ不思議な台車に荷物を載せ、また、屋敷内へと戻っていく。


「彼女に付いていきましょうか?」


「いや、無理だ。隠ぺい魔法はセキュリティ装置には効かないだろう」


「困りましたね……」


「仕方ない、地中を行こう」


「えっ!?」


 驚くアバドンにニヤッと笑いかけると、俺はナイフで地面を切り裂いた。


「こうするんだよ」


 そう言って地面の切り口を広げて中へと入った。そしてさらに奥を切り裂いて進む。


 地面は壁と同様に、まるでコンニャクのように柔らかく広げることができた。


「さぁ、行くぞ!」


 俺はアバドンも呼んで、一緒に地中を進んだ。一回で五十センチくらい進めるので、百回で五十メートル。無理のない挑戦だ。


 アバドンに魔法の明かりで照らしてもらいながら淡々と地中を進む。途中、地下のセキュリティシステムらしいセンサーの断面を見つけたが、俺たちは空間を切り裂いているのでセンサーでは俺たちを捕捉できない。ここはヌチ・ギの想定を超えているだろう。


 足場の悪い中、苦労しながら切り進んでいると急に断面が石になり、さらに切ると明かりが見えた。ようやく屋敷にたどり着いたのだ。


 俺は切り口をそーっと広げながら中をのぞく……。


「な、何だこりゃ!」


 俺は思わず声を出してしまった。


 なんと、目の前で美しい女性たちがたくさん舞っていたのだ。


 そこは地下の巨大ホールで、何百人もの女性たちが美しい衣装に身を包み、すごくゆっくりと空中を舞っていた。百人近い女性たちが輪になって、それが空中に五層展開されている。それぞれ煌びやかなドレス、大胆なランジェリー、美しい民族衣装などを身にまとい、ライトアップする魔法のライトと共に、ゆっくりと舞いながら少しずつ回っていた。また、無数の蛍の様な光の微粒子が、舞に合わせてキラキラと光りながらふわふわと飛び回り、幻想的な雰囲気を演出している。


 それはまるで王朝絵巻さながらの絢爛豪華な舞踏会だった。


 そして、フェロモンを含んだ甘く華やかな香りが漂ってくる。


 見ているだけで幻惑され、恍惚(こうこつ)となってしまう。


 ちょうど俺たちの前に一人の美しい女性がゆっくりと近づいてきた。二十歳前後だろうか、真紅のドレスを身にまとい、露出の多いハートカットネックの胸元にはつやつやとした弾力のある白い肌が魅惑的な造形を見せている。彼女はゆっくりと右手を高く掲げながら回り、そのすらりとしたスタイルの良い肢体の作る優美な曲線に、俺は思わず息をのんだ。


 そして中央には身長二十メートルくらいの巨大な美女がいた。これは一体何なのだろうか? 革製の巨大なビキニアーマーを装着してモデルのように体を美しくくねらせ、恐ろしい存在感を放っていた。軽く腹筋が浮いた美しい体の造形には思わずため息が出てしまう。


 美しい……。


 俺は不覚にもヌチ・ギの作り出した美の世界に引き込まれていた。イカンイカンと首を振り、銀髪の娘はいないかと一生懸命探す。


「何ですかこれ……」


 アバドンが怪訝(けげん)そうな顔でささやく。


「ヌチ・ギの狂気だね。ドロシーいないかちょっと探して」


「わかりやした!」


 しばらく探してみたが、まだ居ないようだった。しかし放っておくとここで展示されてしまうだろう。急がないと。


 ドロシーがこんな所に展示され、永遠にクルクル回り続けるようなことになったら俺は生きていけない。絶対に奪還してやると、改めて誓った。








4-7. 戦乙女のラグナロク


 鑑定でホールにはセキュリティ装置がない事を確認し、アバドンの魔法で静かに床に降りる。ピンクで花柄の、露出の多いドレスで舞っている女性につい目が引き寄せられると、なんと目が合ってしまった。


「え!?」


 驚いて見回すと全員が我々を見ていたのだ。意識があるのか!?


 唖然(あぜん)としていると、近くの女性に声をかけられた。


「そこのお方……」


 俺は驚いて声の方向を見ると、美しいランジェリー姿の女性が、手を後ろに組んで胸を突き出すような姿勢でこちらを見ていた。ブラジャーは赤いリボンを結んだだけの大胆なもので、左の太腿にも細いリボンで蝶結びがされていた。何とも煽情的ないで立ちに俺は顔を赤くして、身体を見ないようにしながら、駆け寄った。


「話せるんですね、これ、どうなっているんですか?」


 スッと鼻筋の通った整った小顔にクリッとしたアンバーな瞳の彼女。心をざわめかせるほどの美しさに、俺は戸惑いを覚えながら聞いた。


「私はまだ入って間がないので話せますが、そのうち意識が失われて行って皆植物人間みたいになってしまうようです」


 何という非人道的な話だろうか。


 俺は彼女の手を引っ張ってみた。しかし、とても強い力で操作されているようで、舞いの動きを止める事すらできなかった。


「ヌチ・ギ様の魔法を解かない限りどうしようもありません……。それより、あの中央の巨人が心配なのです」


「え? 彼女も生きているんですか!?」


「そうです。ヌチ・ギ様は巨大化装置を開発され、私たちを戦乙女(ヴァルキュリ)という巨人兵士にして世界を滅ぼすとおっしゃってました」


「な、なんだって!?」


 俺は驚いた。単に女の子をもてあそぶだけでなく、兵士に改造して大量殺戮(さつりく)にまで手を染めようだなんて、もはや真正の狂人ではないか。


「ラグナロクだ……」


 アバドンが眉間(みけん)にしわを寄せながら言った。


「ラグナロク?」


「そういう女性の巨大兵士が世界を滅ぼす終末思想の神話があるんです。ヌチ・ギはその神話に合わせて一回のこの世界をリセットするつもりじゃないでしょうか?」


「狂ってる……」


「私は人を殺したくありません……。何とか止めてもらえないでしょうか……?」


 彼女はポロリと涙を流した。


 ラグナロクなんて起こされたらアンジューのみんなも殺されてしまう。そんな暴挙絶対に止めないとならない。


「分かりました。全力を尽くします!」


「お願いします……。もうあなたに頼る他ないのです……」


 そう言って彼女はさめざめと泣きながら、またポーズを変えられていく。


 俺はアバドンと顔を見合わせうなずくと、


「では行ってきます! 幸運を祈っててください」


 と、彼女の手をしっかりと両手で握りしめた。


      ◇


 ホールの出入り口まで来ると、俺はドアを切り裂いてそっと向こうをうかがった。薄暗い人気(ひとけ)のない通路が見える。俺はアバドンとアイコンタクトをし、そっとドアの切れ目を広げた。


 俺たちがドアを抜けた時だった。


「やめてぇぇぇ!」


 かすかだが声が聞こえた。ドロシーだ!


 俺の愛しい人がひどい目に遭っている……。俺は悲痛な響きに心臓がキューっと潰されるように痛くなり、冷や汗が流れた。


「は、早くいかなくちゃ……」


 俺は震える声でそう言うと、足音を立てぬよう慎重に早足で声の方向を目指した。


 通路をしばらく行くと部屋のドアがいくつか並んでおり、そのうちの一つから声がする。


 俺はそのドアをそっと切り裂いて中をのぞき、衝撃的な光景に思わず息が止まった。


 なんと、ドロシーが天井から(はだか)のまま宙づりにされていたのだ。


 俺は全身の血が煮えたぎるかのような衝動を覚えた。


 俺の大切なドロシーになんてことしやがるのか!


 気が狂いそうになるのを必死で抑えていると、トントンと肩を叩かれる。アバドンも見たいようだ。俺は大きく息をして冷静さを取り戻し、隣にもナイフで切り込みを入れてアバドンに任せた。


「ほほう、しっとりとして手に吸い付くような手触り……素晴らしい」


 ヌチ・ギがいやらしい笑みを浮かべ、ドロシーを味わうかのようになでる。


「いやぁぁ! あの人以外触っちゃダメなの!」


 ドロシーが身をよじりながら叫ぶ。


 俺は今すぐ飛び出していきたい気持ちを、歯を食い縛りながら必死に耐える。


「ヒッヒッヒ……、その反抗的な態度……、そそるねぇ。さぁ、どこまでもつかな?」


 ヌチ・ギは小さな注射器を取り出した。


「な、何よそれ……」


 青ざめるドロシー。


「最強のセックスドラッグだよ。欲しくて欲しくて狂いそうになる……、素敵な薬さ……」


 そう言いながら、注射器を上に向け、軽く薬液を飛ばした。


「ダ、ダメ……、止めて……」


 おびえて震えるドロシー。


 最悪な事態に俺は気が遠くなる。大切な人が薬で犯られてしまう。でも、彼女の救出を考えたら今動くわけにはいかない。見つかったら終わりなのだ。絶望が俺の頭をぐちゃぐちゃに(むしば)んでいく。








4-8. 尊い愛の戦士


 その時だった、アバドンが耳打ちする。


「私がヌチ・ギを何とかします。その間に(あね)さんをお願いします」


 そう言って壁の切り口に手をかけた。


「いや、ちょっと待て! 死ぬぞ!」


 俺は制止する。ヌチ・ギに攻撃したって全く効かないはず。拘束できても数十秒が限界に違いない。そしてきっと殺されるだろう。


 しかし、アバドンは覚悟を決めた目で、


「私にとっても(あね)さんは大切な人なんです。頼みましたよ」


 そう言い残して切れ目を抜けて行く。命をなげうつ献身的な決断に俺はアバドンが神々しく見えた。悪を愛する魔人……とんでもない。俺なんかよりずっと尊い愛の戦士じゃないか……。


 俺は思わず涙をこぼしそうになるのをこらえ、急いでアバドンに続いた。アバドンの捨て身の決意を無駄にしてはならない。


 アバドンは目にも止まらぬ速さでヌチ・ギにタックルを食らわせ、部屋の奥まで吹き飛ばした。さすがの管理者も不意打ちを食らってはすぐに対応できないだろう。


 俺はドロシーに駆け寄り、


「今助ける。静かにしてて!」


 そう言いながら小刀を取り出し、ドロシーの手を縛っている革製の拘束具を切り落とす。そして、落ちてくる身体を優しく支えた。


「あなたぁ……」


 抱き着いて泣き出すドロシー。愛しい温かさが戻ってきた。


 しかし、時間がない。


 部屋の奥から激しい衝撃音が間断なく上がっている。アバドンが奮闘しているのだろうが、もうすぐ形勢逆転してしまうだろう。


 俺はドロシーの手を引いてドアを抜け、通路を走った。


「急いで! 裸のままでごめん、時間がないんだ」


「ねぇ、アバドンさんは?」


 泣きそうな声で聞いてくる。


 俺はグッと言葉を飲み込み、


「大丈夫、彼なりに勝算があるんだ」


 と、嘘をついて涙を拭いた。


         ◇


 二人は必死に通路を駆け抜ける。そして、突き当りの壁をナイフで切ると飛び込んだ。


 俺は土の中を必死に切って前進を繰り返す。ヌチ・ギが屋敷内を探している間にエレベーターに入れれば俺たちの勝ちだ。アバドンの安否は気になるが、彼が作ってくれたチャンスを生かすことを今は優先したい。


 切りに切ってフェンスの断面が見えたところで上に出る。そっと顔を出すとエレベーターの前。さすが俺!


 俺は急いで飛び出してボタンを押す。


 扉がゆっくりと開く。これで奪還計画成功だ! 俺は切れ目からドロシーを引き上げる。


 ところが……、エレベーターの中から冷たい声が響いた。


「どこへ行こうというのかね?」


 驚いて前を向くと……、ヌチ・ギだった。


 青ざめる俺をヌチ・ギは思いっきり殴る。吹き飛ばされる俺。


「きゃぁ! あなたぁ!」


 ドロシーの悲痛な叫びが響く。


 一体なぜバレたのか……。さすが管理者、完敗である。


 俺は地面をゴロゴロと転がりながら絶望に打ちひしがれた。


 もうこうなっては打つ手などない。逃げるのは不可能だ。だが、殺されるのなら少しでもあがいてやろうじゃないか。


「お前、戦乙女(ヴァルキュリ)使ってラグナロク起こすんだってな、そんなこと許されるとでも思ってんのか?」


 俺はゆっくりと体を起こしながら、血の味が(あふ)れる口で叫んだ。


「ほう? なぜそれを?」


 ヌチ・ギは鋭い目で俺を刺すように見る。


「大量虐殺は大罪だ、お前の狂った行為は必ずや破滅を呼ぶぞ!」


 俺はまくしたてる。タラりと口から血が垂れる感触がする。


「はっはっは……、知った風な口を利くな! そもそも文明、文化が停滞してる人間側の問題なんだぞ、分かってるのか?」


「停滞してたら殺していいのか?」


「ふぅ……、お前は全く分かってない。例えば……そうだな。お前の故郷、日本がいい例だろう。日本も文明、文化が停滞してるだろ? なぜだと思う?」


 俺はいきなり日本の問題を突きつけられて動揺した。そんなの今まで考えたことなどなかったのだ。


「え? そ、それは……、偉い人がいい政策を実行しない……から?」


 俺は間抜けな回答しかできなかった。


 ヌチ・ギはあきれたように首を振り、(さげす)んだ目で言った。


「バカめ! そんな考えの市民だらけだからだよ! いいか? イノベーションというのは旧来のビジネスモデルや慣習をぶち壊す事で起こり、それが新たな価値を創造して社会は豊かになり、文明、文化も発達するのだ。Google、Apple、Amazon……、日本にはこれらに対抗できる企業は出て来たかね?」


 俺は必死に思い出してみたが……、何も思いつけず、うつむいた。


「上層部が既得権益を守るためにガチガチにした社会、そしてそれをぶち壊そうとしない市民、そんな体たらくでは発達などする訳がない!」


 こぶしを握って熱弁するヌチ・ギ。


 俺は反論できなかった。既存の大企業中心の社会構造に疑問など持った事もなかったし、それで日本が衰退していったとしても、自分は何の関係もないと思っていたのだ。アンジューの貴族の横暴についてもそうだ。逃げることしか思いつかなかった。


 そして、ヌチ・ギはドヤ顔で言い放つ。


「だから、俺がぶち壊してやるのさ。下らぬ貴族階級支配が隅々までガチガチにし、それに異論も出さないような市民どもでは文明、文化の発達はもはや不可能だ。神話通り、滅ぼしてやる!」


 俺は不覚にも圧倒された。ただの狂人だと思っていたが、それなりの根拠があって社会変革を起こそうとしていたとは……。


「美しき戦乙女(ヴァルキュリ)たちが横一列に並んで火を吐き、街を焼き尽くしながら行進するのさ。ゾクゾクする光景になるだろう。平和ボケした連中の目を覚まさせてやる!」


 ヌチ・ギはうれしそうにまくしたてる。


 しかし、そんなのはダメだ。どんな理由があれ、多くの人を虐殺するような行為は正当化などできない。


「言いたいことは分かった。だが、だからと言って人を殺していい訳がない!」


 俺は必死に反論する。


「バーカ! このままならこの星は消去される。全員消されるよりリセットして再起を図る方がマシだ!」


「消去されない方法を模索しろ! 俺がヴィーナ様に提案してやる!」


 美奈先輩は話せばわかる人だ、きっと解決策があるに違いない。


 しかし、ヌチ・ギは大きく息をすると肩をすくめ、首を振り、


「議論など無意味だ。もう計画は動き出しているのだ」


 そう言って俺に手のひらを向ける。


 そして、いやらしく笑うと、


「死ね!」


 そう叫んだ。


 もはやこれまでか……。俺は死を覚悟し、目を閉じた。














4-9. 神々の死闘


 手のひらから放たれる強烈な閃光。そして、巻き起こる大爆発……。


 身体を貫く激しい振動――――。


 あれ……? 死んでない……。


「ちょっと、お主、何するんじゃ!」


 この声は……レヴィア!


 目を開けるとレヴィアが俺をかばっていた。


「レ、レヴィア様!」


 俺は感極まって思わず叫ぶ。


 レヴィアは振り返って、


「無茶をするのう、お主」


 そう言ってニヤッと笑った。


「ドラゴン……、何の真似だ?」


 ヌチ・ギは鋭くにらむ。


「この男とあの娘は我の友人じゃ。相互不可侵を犯してるのはお主の方じゃぞ!」


 金髪おかっぱの少女レヴィアは強い調子で言い放った。


「そいつはチート野郎だ。チートは犯罪であり、処罰する権限は俺にある!」


「レベルを落としたじゃろ? ペナルティはもう終わっておる。娘を(さら)うのはやり過ぎじゃ!」


 そう言ってにらむレヴィア。


 ヌチ・ギは反論できず、ただレヴィアをにらむばかりだった。


 だが、ヌチ・ギとしては、ラグナロクの事を知った俺を生かしておくわけにもいかない。


 ヌチ・ギはいきなり後方高く飛びあがる。そして、


戦乙女(ヴァルキュリ)来い!」


 そう叫びながら空間を大きく切り裂いた。


 強硬策に出たヌチ・ギにレヴィアの顔がゆがむ。いよいよ管理者同士の戦争が始まってしまう。


 切り裂かれた空間の裂け目が向こう側から押し広げられ、美しき巨大女性兵士が長い髪をなびかせて現れる。均整の取れた目鼻立ちに、チェリーのような目を引くくちびる、地下のホールで見た彼女だ。黒い革でできたビキニアーマーを身にまとい、透き通るような美しい肌を陽の光にさらしながら、無表情で地上に飛び降りた。


 ズズーン!


 激しい地響きと共に砂煙が上がる。身長は二十メートルくらい、体重は五十トンをくだらないだろう。まるで芸術品のような美しき巨兵、味方だったならさぞかし誇らしかっただろうに……。


「また、面妖な物を作りおったな……」


 レヴィアはあきれたように言う。


「ふん! ドラゴンには美という物が分からんようだ……。まぁ、ツルペタの幼児体形にはまだ早かったようだな」


 ヌチ・ギが逆鱗に触れる。


小童(こわっぱ)が! 我への侮辱、万死に値する!」


 レヴィアはそう叫ぶと、ボンっという爆発音をともなって真龍へと変身した。するとヌチ・ギも、


戦乙女(ヴァルキュリ)! ()ぎ払え!」


 と、叫んだ。


 戦乙女(ヴァルキュリ)は空中から金色に淡く光る巨大な弓を出し、同じく金の矢をつがえた。


 それを見たレヴィアは焦り、


「お前! この地を焦土にするつもりか!?」


 と、叫びながら次々と魔法陣を展開し、シールドを張った。


 放たれた金に輝く矢は、音速を超えてレヴィアのシールドに直撃し、核爆発レベルの甚大な大爆発を起こした。


 激しい閃光は空を光で埋め尽くし、地面は海のように揺れ、周囲の森の木々は全て一瞬で燃え上がり、なぎ倒された。


 巨大な衝撃波が白い繭のように音速で広がっていく。


 レヴィアのシールドは多くが焼失し、わずか数枚だけかろうじて残っていた。


 立ち上がる真っ赤に輝くキノコ雲は、恐るべき禍々しさをもって上空高くまで吹き上がり、ラグナロクの開始を告げる。


 俺とドロシーは地面に伏せ、ガタガタと震えるばかりだった。まさに神々の戦争、到底人間の関与できる世界ではない。


「お主らは地面に潜ってろ!」


 真龍は野太い声でそう言い放つと、灼熱のきのこ雲の中を一気に飛び上がる。


 そして、遠くに避難している戦乙女(ヴァルキュリ)を捕捉すると青く光る玉石を出し、前足の鋭い爪でつかんで一気にフンっと粉々に砕いた。玉石は数千もの鋭利な欠片となり周辺を漂う。


「もう、容赦はせんぞ!」


 重低音の恐ろしげな声で叫ぶと、


「ぬぉぉぉぉ!」


 と、気合を込め、玉石の破片のデータを操作し、破片を次々と戦乙女(ヴァルキュリ)向けて撃ち始めた。超音速ではじけ飛ぶ破片群は青い光跡を残しながら戦乙女(ヴァルキュリ)めがけてすっ飛んでいく。


 戦乙女(ヴァルキュリ)は急いで横に避けたが、なんと破片は戦乙女(ヴァルキュリ)めがけて方向を変え追尾していく。焦った戦乙女(ヴァルキュリ)はシールドを展開したが襲い掛かる破片は数千に及ぶ。展開するそばからシールドは破片によって破壊され、ついには破片が次々と戦乙女(ヴァルキュリ)に着弾していった。着弾する度に激しい爆発が起こり、戦乙女(ヴァルキュリ)は地面に墜落し、もんどりを打ちながら転がり、さらに破片の攻撃を受け、爆発を受け続けた。


 真龍は戦乙女(ヴァルキュリ)の動きが鈍った瞬間を見定めると、


断罪の咆哮(ファイナルブレス)!」


 と叫び、口から強烈な粒子砲を放った。鮮烈なビームは戦乙女(ヴァルキュリ)が受けている破片の爆撃の中心地を貫き、壮絶な大爆発が巻き起こった。それは先ほどの大爆発をはるかに超える規模だった。激しく揺れる地面、天をも焦がす熱線、まさにこの世の終わりかというような衝撃が、地中に逃げている俺たちにも襲い掛かる。


 が、その直後、想像もできないことが起こった。なんと、戦乙女(ヴァルキュリ)は真龍の後ろにいきなり出現すると、真っ赤に光り輝く巨大な剣で真龍を真っ二つに切り裂いたのだった。


『ぐぉぉぉぉ!』


 重低音の悲痛な咆哮が響いた。








4-10. 助け合う夫婦


 俺がそっと地面からのぞくと、真っ二つに切られた真龍が墜落していくところだった。


「えっ!?」


 俺はそのあまりに衝撃的な光景に心臓が止まりそうになった。


 この星で最強の一端を担う真龍が、可愛いおかっぱの女の子が、倒されてしまった……。


「そ、そんなぁ……」


 レヴィアが負けてしまったらもうヌチ・ギを止められる者などいない。


 もはやこの世の終わりだ。


「レ、レヴィア様ぁ……」


 俺は湧いてくる涙を拭きもせず、その凄惨な光景をじっと眺めていた。


 足元から声がする。


「お主ら、作戦会議をするぞ!」


「えっ!?」


 なんと、レヴィアが俺の切り裂いた土のトンネルの中にいたのだ。


「あ、あれ? あのドラゴンは?」


 俺が間抜けな声を出して聞くと。


「あれはただの(デコイ)じゃ。戦乙女(ヴァルキュリ)はヤバい、ちょいと工夫せんと倒せん。お主も手伝え!」


「え!? 手伝えって言っても……、俺もう一般人ですよ?」


「つべこべ言うな! ステータスならカンストさせてやる!」


 そう言うと、頭の中でピロロン! ピロロン! とレベルアップの音が延々と鳴り響き始めた。


 ステータスを見ると、


ユータ 時空を超えし者


商人 レベル:65535


 と、レベルがけた違いに上がっていた。


「え!? 六万!?」


 驚く俺にレヴィアは、


「レベルなんぞ戦乙女(ヴァルキュリ)相手にはあまり意味がない。あ奴は物理攻撃無効の属性がついとるからお主の攻撃は全く効かん。でも、攻撃受けたらお主は死ぬし、あ奴はワープしてくる」


「物理攻撃無効!? じゃ、何も手伝えないじゃないですか!?」


「いいから最後まで聞け! この先に湖がある。我がそこでワナ張って待つからお主、戦乙女(ヴァルキュリ)をそこまで誘導して来い!」


「いやいや、ワープしてくる敵の攻撃なんて避けようないし、当たったら死ぬんですよ! そんなの無理ゲーじゃないですか!」


「そこで、娘! お主の出番じゃ! お主を我の神殿に送るから、そこで戦乙女(ヴァルキュリ)の動きを読め」


「えっ!? 私……ですか?」


「そうじゃ、お主がミスれば旦那が死に、我々全滅じゃ。必死に見抜け! あ奴はまだ戦闘に慣れてないから、きっと付け入るスキがあるはずじゃ」


「わ、私にできる事なんですか? そんなこと……」


 泣きそうなドロシー。


「……。お主は目がいいし、機転も利く。自分を信じるんじゃ!」


 レヴィアはドロシーの目をじっと見つめ、熱を込めて言う。


「信じるって言っても……」


「できなきゃ旦那が死ぬまでじゃ。やるか? やらんか?」


「うぅ……。わ、分かりました……」


 そう言って、泣きべそをかいたまま神殿に転送されるドロシー。


「そこに画面あるじゃろ?」


『はい、戦乙女(ヴァルキュリ)が見えます。どうやら……レヴィア様を探しているようです』


「よし! 奴の動作をしっかり見るんじゃ。ワープする前には独特の姿勢を取るはずじゃから、それを見抜いて声で旦那に伝えるんじゃ!」


「は、はい……」


「ドロシーにそんなことできるんですか?」


 俺はひそひそ声で聞く。


「分からん」


 レヴィアは首を振る。


「分からんって、そんな……」


「お主は自分の妻を愛玩動物かなんかと勘違いしとらんか?」


「え?」


「あの娘だって学び、考え、成長する人間じゃ。パートナーとして信じてやれ。お主が信頼すればあの娘も安心して力を出せるじゃろう」


 俺はハッとした。確かに俺はドロシーを『守るべきか弱い存在』だとばかり思っていた。しかしそんなペットと主人みたいな関係は、夫婦とは呼べないのではないだろうか? ドロシーが俺より優れている所だってたくさんある。お互いが良さを出し合い、助け合うこと。それがチャペルで誓った結婚という物だったのだ。


「分かりました。二人でうまくやってみます!」


 俺は晴れ晴れとした顔でレヴィアに答えた。


「よし! じゃ、ユータ、行け! この先の湖じゃぞ、日本では、えーと……諏訪湖(すわこ)……じゃったかな? 台形の形の湖じゃ」


「諏訪湖!? じゃ、ここは長野なんですね?」


「長野だか長崎だか知らんが、諏訪湖じゃ、分かったな?」


 そう言ってレヴィアは消えた。


「あー、ドロシー、聞こえる?」


『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』


 不安げなドロシー。


「大丈夫。気づいたことを、ただ教えてくれるだけでいいからさ」


『うん……』


「ドロシーは目がいい。俺よりいい。自信もって!」


『……。本当?』


「ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ」


『……。分かった!』


 どうやら覚悟を決めてくれたようだ。


「では出撃するよ」


 俺はそう言って、地上に上がった。



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