2章 横暴なる勇者
2-1. 最悪な邂逅
武器の扱いが増えるにつれ、店舗でゆっくりと見たいという声が増え、俺は先日から工房を改装して店としてオープンしていた。店と言っても週に2回、半日開く程度なんだけれども。
店では研ぎ終わった武器を陳列し、興味のあるものを裏の空き地で試し斬りしてもらっている。
店の名前は「武器の店『星多き空』」。要はレア度の★が多いですよって意味なのだが、お客さんには分からないので、変な名前だと不思議がられている。
店の運営は引き続きドロシーにも手伝ってもらっていて、お店の清掃、経理、雑務など全部やってもらっている。本当に頭が上がらない。
「ユータ! ここにこういう布を張ったらどうかなぁ? 剣が映えるよ!」
ドロシーはどこからか持ってきた紫の布を、武器の陳列棚の後ろに当てて微笑んだ。
「おー、いいんじゃないか? さすがドロシー!」
「うふふっ」
ドロシーはちょっと照れながら布を貼り始める。
ガン!
いきなり乱暴にドアが開いた。
三人の男たちがドカドカと入ってくる。
「いらっしゃいませ」
俺はそう言いながら鑑定をする。
ジェラルド=シャネル 王国貴族 『人族最強』
勇者 レベル:218
嫌な奴が来てしまった。俺はトラブルの予感に気が重くなる。
勇者は手の込んだ金の刺繍を入れた長めの白スーツに身を包み、ジャラジャラと宝飾類を身に着けて金髪にピアス……。風貌からしてあまりお近づきになりたくない。
勇者は勇者として生まれ、国を守る最高の軍事力として大切に育てられ、貴族と同等の特権を付与されている。その強さはまさに『人族最強』であり、誰もかなわない、俺を除けば。
「なんだ、ショボい武器ばっかだなぁ! おい!」
入ってくるなりバカにしてくる勇者。
「とんだ期待外れでしたな!」
従者も追随する。
「それは残念でしたね、お帰りはあちらです!」
ドロシーがムッとして出口を指さす。
俺は冷や汗が湧いた。接客業はそれじゃダメなんだドロシー……。
勇者はドロシーの方を向き、ジッと見つめる。
そして、すっとドロシーに近づくと、
「ほぅ……掃き溜めに……ツル……。今夜、俺の部屋に来い。いい声で鳴かせてやるぞ」
そう言ってドロシーのあごを持ち上げ、いやらしい顔でニヤけた。
「やめてください!」
ドロシーは勇者の手をピシッと払ってしまう。
勇者はニヤッと笑った。
「おや……不敬罪だよな? お前ら見たか?」
勇者は従者を見る。
「勇者様を叩くとは重罪です! 死刑ですな!」
従者も一緒になってドロシーを責める。
「え……?」
青くなるドロシー。
俺は急いでドロシーを引っ張り、勇者との間に入る。
「これは大変に失礼しました。勇者様のような高貴なお方に会ったことのない、礼儀の分からぬ孤児です。どうかご容赦を」
そう言って、深々と頭を下げた。
「孤児だったら許されるとでも?」
難癖をつけてくる勇者。
「なにとぞご容赦を……」
勇者は俺の髪の毛をガッとつかむと持ち上げ、
「教育ができてないなら店主の責任だろ!? お前が代わりに牢に入るか?」
そう言って間近で俺をにらんだ。
「お戯れはご勘弁ください!」
俺はそう言うのが精いっぱいだった。
「じゃぁ、あの女を夜伽によこせ。みんなでヒィヒィ言わせてやる」
いやらしく笑う勇者。
「孤児をもてあそぶようなことは勇者様のご評判に関わります。なにとぞご勘弁を……」
勇者は少し考え……ニヤッと笑うと、
「おい、ムチを出せ!」
そう言って従者に手を伸ばした。
「はっ! こちらに!」
従者は、細い棒の先に平たい小さな板がついた馬用のムチを差し出した。
「お前、このムチに耐えるか……女を差し出すか……選べ。ムチを受けてそれでも立っていられたら引き下がってやろう」
勇者は俺を見下し、笑った。
ムチ打ちはこの世界では一般的な刑罰だ。しかし、一般の執行人が行うムチ打ちの刑でも死者が出るくらい危険な刑罰であり、勇者の振るうムチがまともに入ったら普通即死である。
「……。分かりました。どうぞ……」
そう言って俺は勇者に背中を向けた。
「ユータ! ダメよ! 勇者様のムチなんて受けたら死んじゃうわ!」
ドロシーが真っ青な顔で叫ぶ。
従者は『また死体処理かよ』という感じで、ちょっと憐みの表情を見せる。
俺はドロシーの頬を優しくなでると、ニッコリと笑って言った。
「大丈夫、何も言わないで」
ドロシーの目に涙があふれる。
「ほほう、俺もずいぶんなめられたもんだな!」
そう言って勇者は俺を壁の所まで引っ張ってきて、手をつかせた。
そして、ムチを思いっきり振りかぶり、
「死ねぃ!」
と叫びながら、目にも止まらぬ速度で俺の背中にムチを叩きこんだ。
ビシィ!
ムチはレベル二百を超える圧倒的なパワーを受け、音速を越える速度で俺の背中に放たれた。服ははじけ飛び、ムチもあまりの力で折れてちぎれとんだ。
「イヤ――――!! ユータ――――!」
悲痛なドロシーの声が店内に響く。
誰もが俺の死を予想したが……。
俺はくるっと振り向いて言った。
「これでお許しいただけますね?」
勇者も従者たちもあまりに予想外の展開に、目を丸くした。
レベル二百を超える『人族最強』のムチの攻撃に耐えられる人間など、あり得ないからだ。
「お、お前……、なぜ平気なんだ?」
勇者は驚きながら聞いた。
「この服には魔法がかけてあったんですよ。一回だけ攻撃を無効にするのです」
そう、ニッコリと答えた。もちろん、全くのウソである。レベル千を超える俺にはムチなど効くはずがないのだ。
「けっ! インチキしやがって!」
そう言って勇者は俺にペッとツバを吐きかけ、
「おい、帰るぞ!」
そう言って出口に向かった。
途中、棚の一つを、ガン! と蹴り壊し、武器を散乱させる勇者。
そして、出口で振り返ると、
「女! 俺の誘いを断ったことはしっかり後悔してもらうぞ!」
そう言ってドロシーをにらんで出ていった。
「ユータ――――!」
ドロシーは俺に抱き着いてきてオイオイと泣いた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
そう言いながら涙をポロポロとこぼした。
俺は優しくドロシーの背中をなでながら、
「謝ることないよ、俺は平気。俺がいる限り必ずドロシーを守ってあげるんだから」
そう言って、しばらくドロシーの体温を感じていた。
「うっうっうっ……」
なかなか涙が止まらないドロシー。
十二歳の頃と違ってすっかり大きくなった胸が柔らかく俺を温め、もう甘酸っぱくない大人の華やかな香りが俺を包んだ。
あまり長くハグしていると、どうにかなってしまいそうだった。
◇
最後の勇者の言葉、あれは嫌な予感がする。俺は棚から『光陰の杖』を出し、柄の所にヒモをつけるとドロシーの首にかけた。
光陰の杖 レア度:★★★★
魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20
特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える
「いいかい、これを肌身離さず身に着けていて。お守りになるから」
おれはドロシーの目をしっかりと見据えて言った。
「うん……分かった……」
ドロシーは腫れぼったい目で答える。
「それから、絶対に一人にならないこと。なるべく俺のそばにいて」
「分かったわ。ず、ずっと……、一緒にいてね」
ドロシーは少し照れてうつむいた。
2-2. 攫われた少女
それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。
チュンチュン!
陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。
「ドロシーさん、お荷物です」
ドロシーの家のドアが叩かれる。
朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。
ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っている。
「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」
「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」
「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」
お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。
「分かりました、どこにあるんですか?」
そう言ってドロシーは二階の廊下から下を見ると、幌馬車が一台止まっている。
「あの馬車の荷台にあります」
お兄さんはニッコリと指をさす。
ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見る。
「どれですか?」
「あの奥の箱です。」
ニッコリと笑うお兄さん。
「ヨイショっと」
ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。
「どの箱ですか?」
ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回すと、お兄さんは
「はい、声出さないでね」
嬉しそうに鈍く光る短剣をドロシーの目の前に突き出した。
「ひっひぃぃ……」
思わず尻もちをつくドロシー。
「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」
そう言って短剣をピタリとドロシーの頬に当て、厭らしい笑みを浮かべた……。
◇
俺は夢を見ていた――――
店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルックルッと回転し、銀髪が煌めきながらファサッ、ファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。
美しい……。俺はウットリと見ていた。
いきなり誰かの声がする。
「旦那様! ドロシーが幌馬車に乗ってどこか行っちゃいましたよ!」
アバドンだ。いい所なのに……。
「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」
「え? いいんですかい?」
「いいから、静かにしてて!」
俺はアバドンに怒った。
ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。
ドロシー、綺麗だなぁ……。
幌馬車になんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。
すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。
え? ドロシーどうしたの?
ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。
俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。
「ド、ドロシー……」
俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。
え!?
俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。
「ドロシー!!」
俺は叫び、その声で目が覚め、飛び起きた。
はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。
「あ、夢か……」
俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。
「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」
そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車? なぜ?
俺はアバドンを思念波で呼んでみる。
「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」
アバドンは、すぐにちょっとあきれたような声で返事をする。
「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車に乗ってどこかへ出かけたんですよ」
「どこへ?」
アバドンはちょっとすねたように言う。
「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」
俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車で出かけるはずなどない。攫われたのだ!
「だ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」
「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」
俺は急いで窓を開け、パジャマのまま空に飛び出した。
「南門上空まで来てくれ!」
俺はアバドンにそう叫びながらかっ飛ばした。
まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。
油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。
夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。
2-3. 奴隷にされた少女
南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いていた。
「悪いね、どんな幌馬車だった?」
俺が早口で聞くと、
「うーん、薄汚れた良くある幌馬車ですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」
そう言って肩をすくめる。
俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車が行きかっていて、どれか全く分からない。
「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車をしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」
「わかりやした!」
俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次めぐりながら、幌馬車の荷台をのぞいていった――――
何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。
俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す――――。
しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。
頭を抱える俺……。
考えろ! 考えろ!
俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうなことから可能性を絞ることにした。
攫われてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。
目的地はどんなところか?
廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。そして、それは街の南側のはずだ。
俺は上空から該当しそうなところを探した。
街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。
俺は上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。
「旦那様~、いませんよ~」
アバドンが疲れたような声を送ってくる。
「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。そういうの探してくれない?」
「なるほど! わかりやした!」
しばらく見ていくと、幌馬車が置いてあるさびれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう。
「いやぁぁ! やめて――――!!」
ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。ビンゴ!
汚れた窓から中をのぞくと、ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられ、極めてマズい状況だ。
すぐに助けに行こうと思ったが、ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だ。あれはマズい、主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまうのだ。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?
俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々しい黒い筋をにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。
パシーン! パシーン!
倉庫に平手打ちの音が響いた。
「黙ってろ! 殺すぞ!?」
若い男がすごむ。
「ひぐぅぅ」
ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。
俺は全身の血が煮えたぎるような怒りに襲われた。ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保っていた。
軽率に動いてドロシーを殺されては元も子もないのだ。ここは我慢するしかない。ギリッと歯ぎしりが鳴った。
俺は何度か深呼吸をしてアバドンに連絡を取る。
「見つけた、川沿いの茶色の屋根の倉庫だ。幌馬車が止まってるところ。で、奴隷の首輪をつけられてしまってるんだが、どうしたらいい?」
「旦那さまー! 良かったですー! 奴隷の首輪は私が解除できます。少々お待ちください~!」
持つべきものは良い仲間である。俺は初めてアバドンに感謝をした。
そうであるならば、俺は時間稼ぎをすればいい。
ビリッ、ビリビリッ!
若い男がドロシーのブラウスを派手に破いた。
形のいい白い胸があらわになる。
「お、これは上玉だ」
若い男がそう言うと、
「げへへへ」と、周りの男たちも下卑た笑い声をあげた。
「ワシらにもヤらせてくださいよ」
「順番な」
そう言いながら、若い男はドロシーの肌に手をはわせた。
俺は目をつぶり、胸に手を当て、呼吸を整えると倉庫の裏手に回り、思いっきり石造りの壁を殴った。
スゴーン!
激しい音を立てながら壁面に大きな穴が開き、破片がバラバラと落ちてくる。
若い男が立ち上がって身構え、叫ぶ。
「おい! 誰だ!」
俺は静かに表に戻る。
若い男は、ドロシーの手を押さえさせていた男にあごで指示をすると、倉庫をゆっくりと見回す……。
ドロシーが自由になった手で胸を隠すと、
「勝手に動くんじゃねぇ!」
そう言ってドロシーの頭を蹴った。
「ギャッ!」
ドロシーはうめき、可愛い口元から血がツーっと垂れる。
俺は怒りの衝動が全身を貫くのを感じる。しかし、あの男を殴ってもドロシーが首輪で殺されてしまっては意味がないのだ。ここは我慢するしかない。
鑑定をしてみると……
クロディウス=ブルザ 王国軍 特殊工作部 勇者分隊所属
剣士 レベル182
やはり勇者の手先だった。それにしても、とんでもないレベルの高さだ。勇者が本気でドロシーを潰しに来ていることをうかがわせる。なんと嫌な奴だろうか。こいつをコテンパンにしたら、勇者が泣いて謝るまで殴りに行ってやる!
2-4. 邪悪なる業火
「誰もいやしませんぜ!」
見に行った男が、奥の壁の辺りを探して声を上げる。
「いや、いるはずだ。不思議な術を使う男だと聞いている。用心しろ!」
そう言いながら、ブルザは並んでいる窓を一つずつにらみ、外をチェックしていく。
軍人らしく、その所作には訓練されたものを感じる。
俺は再度倉庫の裏手に回り、俺を探している男をそっと確認する。そして男の背後から瞬歩で迫り、手刀で後頭部を打った。
「グォッ!」
うめき声が倉庫に響く。
ブルザは男が俺に倒されたのを悟ると、
「おい! 出てきたらどうだ? お前の女が犯されるのを特等席で見せてやろう」
そう大声で叫びながらかがみ、ドロシーのパンティに手をかけた。
「いやっ!」
そう言うドロシーをまた蹴ってはぎ取った。
「いいのか? 腰抜け?」
「やめて……うぅぅぅ……やめてよぉ……」
ドロシーはポロポロと涙をこぼす。
「さぁ、ショータイムだ!」
ブルザはドロシーの両足に手をかけた。
怒りを抑えるのに必死な俺に、アバドンから連絡が入る。
「旦那様、着きました!」
俺が見上げると、空からアバドンが降りてきて隣に着地した。
俺は冷静さを装いながら言う。
「あの若い男を俺が挑発してドロシーから離すから、その隙に首輪を処理してくれ。できるか?」
「お任せください」
ニヤッと笑うアバドン。
「よし、じゃ、お前は表側から行ってくれ!」
俺はアバドンの肩をポンと叩いた。
「わかりやした!」
俺は裏側の壁をもう一発どつき、倉庫の中に入る。
「ブルザ! 望み通り出てきてやったぞ! 勇者の腰巾着のレイプ魔め!」
俺はそう言いながら、ブルザから見える位置に立った。
「なんとでも言え、我々には貴族特権がある。平民を犯そうが殺そうが罪にはならんのだよ」
「お前だって平民だったんじゃないのか?」
「はっ! 勇者様に認められた以上、俺はもう特権階級、お前らなどゴミにしか見えん」
「腕もない口先だけの男……なぜ勇者はお前みたいな無能を選んだんだろうな……」
ブルザの眉毛がぴくっと動いた。
「ふーん……、いいだろう、望み通り俺の剣の錆にしてくれるわ!」
ブルザは剣を抜き、俺に向かってツカツカと迫った。
俺はビビる振りをしながら、じりじりと後ろに下がる。
「どうした? 丸腰か?」
「ま、丸腰だってお前には勝てるんでね……」
ツカツカと間合いを詰めてくるブルザ、ドロシーとの距離を稼ぐ俺……。
「ヒィッ!」
俺はおびえて逃げ出すふりをして裏手へと駆けた。
「待ちやがれ! お前も殺せって言われてんだよ!」
まんまと策に乗ってくるブルザ。
アバドンはそれを確認すると、表のドアをそーっと開けて倉庫に入った。
「ぐわっ!」「ぐふっ!」
アバドンがドロシーを押さえつけている男たちを殴り倒し、首輪の取り外しにかかる。
しばらく倉庫の裏で巧みに逃げ回っていると、アバドンから連絡が入った。
「旦那様! OKです!」
俺は逃げるのをやめ、大きく息をつくとブルザの方を向いた。
「ドロシーは確保した。お前の負けだ」
俺がニヤッと笑うと、ブルザは
「もう一人いたのか……だが、小娘には死んでもらうよ」
そう言って、嫌な笑みを浮かべながら何かを念じている。
しかし……、反応がないようだ。
「え? あれ?」
焦るブルザ。
「首輪なら外させてもらったよ」
俺は得意げに言った。
「この野郎!」
ブルザは一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろしてくる。
その剣速はレベル182の超人的強さにたがわずすさまじく、音速を超え、衝撃波を発しながら俺に迫った。
しかし、俺はレベル千、迫る剣をこぶしで打ち抜いた。
パキィィーン!
剣は砕かれ、刀身が吹き飛び……クルクルと回って倉庫の壁に刺さった。
「は!?」
ブルザは何が起こったかわからなかった。
俺はその間抜けヅラを右フックでぶん殴った。
「ぐはっ!」
吹き飛んで地面を転がるブルザ。
俺はツカツカとブルザに迫り、すごんだ。
「俺の大切なドロシーを何回蹴った? お前」
怒りのあまり、無意識に『威圧』の魔法が発動し、俺の周りには闇のオーラが渦巻いた。
「う、うわぁ」
ブルザはおびえながら、まぬけに後ずさりする。
「一回!」
俺はブルザを蹴り上げた。
「ぐはぁ!」
ブルザは宙を何回転かしながら倉庫の壁に当たり、落ちて転がってくる。
「二回!」
再度蹴りこんで壁に叩きつけた。
ブルザは口から血を流しながらボロ雑巾のように転がった。
「勇者の所へ案内しろ! ボコボコにしてやる!」
俺はそう叫んだ。
しかし……、俺は勇者の邪悪さをまだ分かっていなかったのだ。
ブルザはヨレヨレになりながら起き上がると、嬉しそうに上着のボタンを外し、俺に中身を見せた。
そこには赤く輝く火属性の魔法石『炎紅石』がずらっと並んでいた。
「え!?」
俺は目を疑った。『炎紅石』は一つでも大爆発を起こす危険で高価な魔法石。それがこんなに大量にあったらとんでもないことになる。
「勇者様バンザーイ!」
ブルザはそう叫ぶと炎紅石をすべて発動させた。
激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――
爆発の衝撃波は白い球体となって麦畑の上に大きく広がっていく……。
倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開された。
衝撃波が収まると、真紅のきのこ雲が立ち上っていく様子が見える。
俺は直前に全速力で空に飛んで防御魔法陣を展開したが、それでもダメージを相当食らってしまった。パジャマは焼け焦げ、髪の毛はチリチリ、体はあちこち火傷で火ぶくれとなった。
目前で立ち上る巨大なキノコ雲を目の前にして、命を何とも思わない勇者の悪魔の様な発想に俺は愕然とする。
ドロシー……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?
爆煙たち込める爆心地は灼熱の地獄と化し、とても近づけない。
「あ、あぁぁ……ドロシー……」
折角アバドンが救ったというのに、爆発に巻き込んでしまった……。
俺は詰めの甘さを悔やんだ。勇者の恐ろしさを甘く見ていたのだ。
「ドロシー! ドロシー!!」
俺は激しく喉を突く悲しみにこらえきれず、空の上で涙をボロボロとこぼしながら叫んだ。
2-5. 残酷な腕
やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。
倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる瓦礫の山となっていた。
あまりの惨状に身体がガクガクと震える。
俺はまだブスブスと煙を上げる瓦礫の山を登り、ドロシーがいた辺りを掘ってみる。
熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。
「ドロシー! ドロシー!!」
とめどなく涙が流れる。
石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。
血だ……。
俺は心臓がキュッとなって、しばらく動けなくなった。
鮮やかな赤はダイレクトに俺の心を貫く……。
手がブルブルと震える。
いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。
俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進める。
石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。
見つけた!
「ドロシー!!」
俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。
「え? なんだ?」
俺はそーっと手を引っ張ってみた……。
すると、スポッと簡単に抜けてしまった。
「え?」
なんと、ドロシーの手は肘までしかなかったのである。
「あぁぁぁぁ……」
俺は崩れ落ちた。
ドロシーの腕を抱きしめながら、俺は、自分が狂ってしまうんじゃないかという程の激しい衝撃に全身を貫かれた……。
「ぐわぁぁぁ!」
俺は激しく叫んだ。無限に涙が湧き出してくる。
あの美しいドロシーが腕だけになってしまった。俺と関わったばかりに殺してしまった。
なんなんだよぉ!
「ドロシー! ドロシー!!」
俺はとめどなくあふれてくる涙にぐちゃぐちゃになりながら、何度も叫んだ。
「ドロシー!! うわぁぁぁ!」
俺はもうすべてが嫌になった。何のために異世界に転生させてもらったのか?
こんな悲劇を呼ぶためだったのか?
なんなんだ、これは……、あんまりだ。
絶望が俺の心を塗りたくっていった。
俺はレベル千だといい気になっていた自分を呪い、勇者をなめていた自分を呪い、心がバラバラに分解されていくような、自分が自分じゃなくなっていくような喪失感に侵されていった。
◇
死んだ魚のような目をして動けなくなっていると、ボウっと明かりを感じた。
「うぅ?」
どこからか明かりがさしている……。ガレキの中の薄暗がりが明るく見える……。
辺りを見回すと、なんと、抱いていた腕が白く光り始めたのだ。
「え!?」
腕はどんどん明るくなり、まぶしく光り輝いていった。
「えっ!? 何? なんなんだ?」
すると、腕は浮き上がり、ちぎれた所から二の腕が生えてきた。さらに、肩、鎖骨、胸……、どんどんとドロシーの身体が再生され始めたのだ。
「ド、ドロシー?」
驚いているとやがてドロシーは生まれたままの身体に再生され、神々しく光り輝いたのだった。
「ドロシー……」
あまりのことに俺は言葉を失う。
そして、ドロシーの身体はゆっくりと降りてきて、俺にもたれかかってきた。俺はハグをして受け止める。
ずっしりとした重みが俺の身体全体にかかる。柔らかくふくよかな胸が俺を温めた。
「ドロシー……」
俺は目をつぶってドロシーをぎゅっと強く抱きしめた……。
しっとりときめ細やかで柔らかいドロシーの肌が、俺の指先に吸い付くようになじむ。
「ドロシー……」
華やかで温かい匂いに包まれながら、俺はしばらくドロシーを抱きしめていた。
ただ、いつまで経ってもドロシーは動かなかった。身体は再生されたが、意識がないようだ
「ドロシー! ドロシー!」
俺は美しく再生された綺麗なドロシーの頬をパンパンと叩いてみた。
「う……うぅん……」
まゆをひそめ、うなされている。
「ドロシー! 聞こえる?」
俺はじっとドロシーを見つめた。
美しく伸びたまつ毛、しっとりと透き通る白い肌、そしてイチゴのようにプックリと鮮やかな紅色に膨らむくちびる……。
すると、ゆっくりと目が開いた。
「ユータ……?」
「ドロシー!」
「ユータ……、良かった……」
そう言って、またガクッと力なくうなだれた。
俺はドロシーを鑑定してみる。すると、HPが1になっていた。
これは『光陰の杖』の効果ではないだろうか?
『HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える』
確か、こう書いてあったはずだ。
HPが1なのはまずい。早く回復させないと本当に死んでしまう。
俺は焼け焦げた自分のパジャマを脱いでドロシーに着せ、お姫様抱っこで抱きかかえると急いで家へと飛んだ。
寒くならないよう、風が当たらないよう、細心の注意を払いつつ必死に飛んだ。
途中、アバドンから連絡が入る。
「旦那様! 大丈夫ですか?」
「俺もドロシーも何とか生きてる。お前は?」
「私はかなり吹き飛ばされまして、身体もあちこち失いました。ちょっと再生に時間かかりそうですが、なんとかなりそうです」
「良かった。再生出来たらまた連絡くれ。ありがとう、助かったよ!」
「旦那様のお役に立てるのが、私の喜びです。グフフフフ……」
俺はいい仲間に恵まれた……。
自然と涙が湧いてきて、ポロッとこぼれ、宙を舞った。
◇
「あらあら、実に面白い方だわ……」
王宮の尖塔で、遠見の魔道具を持った少女がつぶやいた。少女は18歳前後だろうか、透き通るような白い肌にくっきりとしたアンバーの瞳……、そして美しいブロンドにはルビーのあしらわれた髪飾りを着けており、たぐいまれなる美貌を引き立たせていた。金の刺繍がふんだんに施された豪奢なワンピースの腹部にはヒモが編まれ、豊かな胸を強調している。かなり高い階級のようだ。
彼女はたまたま街の上を飛ぶ人影をみつけ、気になってわざわざ魔道具を用意してユータの行動を追っていたのだった。まさか勇者の側近を叩きのめし、あの大爆発の中でも生き残って女の子救出するとは……、予想をはるかに超えたユータの力に彼女は驚嘆していた。
彼女はサラサラと何かをメモると、
「バトラー!」
と、叫び、執事を呼んだ。
「至急、この男を調査して! 面白くなってきたわよ!」
ニヤッと笑って執事にメモを渡した。
2-6. 月が示す真実
俺はドロシーをベッドに横たえると、身体を少し起こし、ポーションをスプーンで少しずつドロシーに飲ませる。
「う、うぅん……」
最初はなかなか上手くいかなかったが、徐々に飲んでくれるようになった。鑑定してみると少しずつHPは上がっていってるのでホッとする。
俺はポーションを飲ませながら、伝わってくるドロシーの温かい体温を受けて、心の底から愛おしさが湧き上がってくるのを感じていた。
整った目鼻立ちに紅いくちびる……、綺麗だ……。もはや、少女ではないことに気づかされる。幼いころからずっと一緒だった俺は、彼女にはどこか幼女だったころのイメージを重ねていたが、改めて見たらもうすっかり大人の女性なのだった。
HPも十分に上がったのでもう大丈夫だとは思うのだが、ドロシーはずっと寝たままである。俺はベッドの脇に椅子を持ってきて、しばらくドロシーの手を握り、その美しくカールする長いまつげを見つめていた。
勇者とは決着をつけねばならない。しかし、相手はタチの悪い特権階級。平民の俺が下手なことをすれば国家反逆罪でおたずね者になってしまう。勇者を相手にするというのは国のシステムそのものを相手にすることだ、とても面倒くさい。
「はぁ~……」
俺は深いため息をつく。
しかし、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。何か考えないと……。
俺はうつむき、必死に策をめぐらした。
ドロシーのスースーという静かな寝息が聞こえる。
◇
夕方になり、俺が夕飯の準備をしていると、ドロシーが毛布を羽織って起きてきた。
「あっ! ドロシー!」
俺が驚くと、
「ユータ、ありがとう……」
ドロシーはうつむきながらそう言った。
「具合はどう?」
俺が優しく声をかけると、
「もう大丈夫よ」
そう言って、優しく微笑んだ。
「それは良かった」
俺はニッコリと笑う。
「それで……、あの……」
ドロシーが真っ赤になって下を向く。
「ん? どうしたの?」
「私……まだ……綺麗なまま……だよね?」
「ん? ドロシーはいつだって綺麗だよ?」
鈍感な俺は、何を聞かれてるのか良く分からなかった。
「そうじゃなくて! そのぉ……男の人に……汚されてないかって……」
ドロシーは耳まで真っ赤にして言う。
「あ、そ、それは大丈夫! もう純潔ピッカピカだよ!」
俺は真っ赤になりながら答えた。
「良かった……」
ドロシーは胸をなでおろしながら目をつぶり、ゆっくりと微笑んだ。
「怖い目に遭わせてゴメンね」
俺は謝る。
「いやいや、ユータのせいじゃないわ。私がうかつに一人で動いちゃったから……」
すると、
ギュルギュルギュ~
と、ドロシーのおなかが鳴った。
また真っ赤になってうつむくドロシー。
「あはは、おなかすいたよね、まずはご飯にしよう」
その後、二人で夕飯を食べた。今日のことは触れないようにしようという暗黙の了解のもと、孤児院時代にバカやった話や、院長の物まねなど、他愛のないことを話して笑い合う。朝の大事件が嘘のように、二人はリラックスして温かい時間を過ごした。
日本にいた時、俺は何をやっていたんだろう。なぜ、日本では女の子とこうやって笑えなかったのだろう? 俺はちょっと感傷的になりながらも、のびやかに笑うドロシーを見て、心が温かくなっていくのを感じていた。
食事が終わると、俺はドロシーを家まで送っていった。
念のためにセキュリティの魔道具を設置し、誰かがやってきたら俺の所に連絡がくるようにしておく。さすがにしばらくは勇者側も動かないとは思うが。
◇
ドロシーの家からの帰り道、俺は月を見ながら歩いた。
月は石畳の道を青く照らし、明かりのついた窓からはにぎやかな声が漏れてくる。
「今日は月のウサギが良く見えるなぁ……」
満月の真ん丸お月様にウサギが餅つきしている模様……。
しかしこの時、俺は重大なことに気が付いた。
あれ? なんで日本から見てた月とこの月、模様が同じなんだろう……?
今まで月はこういうものだ、と思って何の不思議にも思ってこなかったが、よく考えるとそんなはずはない。ここはもう地球じゃないのだ。どこか別の星だとすれば、衛星も二個だったり色もサイズも模様も別になるはずだ。しかし、実際は地球と同じような衛星が一個だけ全く同じ模様で浮かんでいる。あり得ない……。
これは一体どういうことだろう?
俺は気づいてはいけないことに気づいた気がして、思わず背筋がゾッとするのを感じた。
そもそも、この世界はおかしい。ドロシーは死んで潰されて腕だけになったのに再生してしまった。そんなバカげた話、科学的にあり得ない。もちろん、俺自身が日本で死んでここに転生してきたのだから『そういう世界だ』と言ってしまえばそれまでなんだが。だが、そうであるならば地球とは全く違う世界になってるはずじゃないか?
あの月は何なのか? なぜ、地球の時と同じなのか?
俺はこの世界のことを調べてみようと思った。この世界のことをちゃんと知ることが出来たら、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせなくても済むような気がしたのだ。
2-7. 乳酸菌の衝撃
この世界は生き返る魔法にしても、レベルアップや鑑定スキルにしても、あまりにゲーム的でとてもリアルな世界には感じない。明らかに誰かが作らないとこんなことにはならないだろう。となると、この世界は誰かが作ったMMORPGのような、リアルに見える世界に違いない。
で、あるならば、一般にゲーマーがやらないことをやれば世界は破綻してバグが見えるだろう。俺はありとあらゆる手段を使ってバグ探しをしてみることにした。それは俺の得意分野だった。
◇
翌日、俺は鋳造所へ足を運んだ。鋳物製品を作るところだ。鍋とか銅像なんかを作っている。
「こんにちは~」
俺は恐る恐る入ってみる。敷地の隅にはスクラップみたいな金属のクズが山盛りにされており、中には大きな教会の鐘も転がっていた。
俺は鐘に近づき、じっくりと観察する。高さは人の身長くらい、サイズは十分だ。
「坊主、どうした?」
ガタイのいい、筋肉質の男が声をかけてくる。
「この鐘、捨てちゃうんですか?」
「作ってはみたが、いい音が出なかったんでな、もう一度溶かして作り直しだよ」
そう言って肩をすくめる。
「これ、売ってもらえませんか?」
俺はニッコリと笑って聞いてみる。
「え!? こんなの欲しいのか?」
「ちょっと実験に使いたいんです」
「うーん、まぁスクラップだからいいけど……、それでも金貨五枚はもらうぞ?」
「大丈夫です! ついでにフタに出来る金属板と、こういう穴開けて欲しいんですが……」
俺はそう言って、メモ帳を開いてサラサラと図を描いた。
すると男は首を振って言う。
「おいおい、ここは鋳造所だぞ。これは鉄工所の仕事。紹介してやっからそこで相談しな」
「ありがとうございます!」
「じゃ、ちょっと事務所に来な。書類作るから」
「ハイ!」
俺はこうやって巨大な金属のカプセルを手に入れた。
そう、俺は宇宙へ行くのだ。
◇
続いて俺はメガネ屋へ行った。この世界でも近眼や老眼の人はいて、メガネは重宝されている。ただ、値段はメチャクチャ高いので、一般人がそう簡単に気軽に買えるものではないようだ。俺はここで拡大鏡を探そうと思う。
この世界がどういう風に構成されているかは、細かく観察するとわかることがあるに違いない。地球では顕微鏡があり、電子顕微鏡があり、ありとあらゆる物を、それこそ原子のレベルまで微細に観察できる。さらに言うならヨーロッパには直径十キロの巨大な加速器があって、素粒子同士を光速に近い速度でぶつけ、出てくる粒子の動きを観察して素粒子レベルの観察までやってしまっている。
しかし、この世界ではそんなのは無理なので、拡大鏡で見える範囲から観測してみたいと思う。ここがMMORPGの世界であるならば、拡大鏡でも破綻が見えるだろう。そしたら、また何かバグを探して上手く使ってやるのだ。
表通りから小路に入り、しばらく行くとメガネの形の小さな看板を見つけた。
ショーウィンドーにはいろいろなメガネが並べてある。
「こんにちは~」
俺は小さなガラス窓のついたオシャレな木のドアを開ける。
「いらっしゃいませ……。おや、可愛いお客さんね、どうしたの? 目が悪いの?」
30歳前後だろうか、やや面長で笑顔が素敵なメガネ美人が声をかけてくる。
「拡大鏡が欲しいのですが、取り扱っていますか?」
「えっ!? 拡大鏡? そりゃ、あるけど……高いわよ? 金貨十枚とかよ」
「大丈夫です!」
俺はニコッと笑って答えた。
「あらそう? じゃ、ちょっと待ってて!」
彼女は店の奥へ入ると木製の箱を持ってきた。
「倍率はどの位がいいのかしら?」
「一番大きいのをください!」
彼女はちょっと怪訝そうな顔をして、言った。
「倍率が高いってことは見える範囲も狭いし、暗いし、ピントも合いにくくなるのよ? ちゃんと用途に合わせて選ばないと……」
「大丈夫です! 僕は武器屋をやってまして、刃物の研げ具合を観察するのに使いたいのです。だから倍率はできるだけ高い方が……」
適当に嘘をつく。
彼女は俺の目をジッと見た。
その鋭い視線に俺はたじろいだ……。
「嘘ね……」
彼女はメガネをクイッと上げると、
「私、嘘を見破れるの……。お姉さんに正直に言いなさい」
彼女は少し怒った表情を見せる。
スキルか何かだろうか……面倒なことになった。
とは言え、この世界がゲームの世界かどうか調べたいなどという荒唐無稽なこと、とても言えない。何とかボカして説明するしかない……。
俺は大きく深呼吸をし、言った。
「……。参りました。本当のことを言うと、この世界のことを調べたいのです。この世界の仕組みとか……」
彼女は、首を左右に動かし、俺のことをいろいろな角度から観察した。
「ふぅん……嘘は言ってないみたいね……」
そう言いながら腕を組み、うんうんと、軽くうなずいた。
「私ね、こう見えても王立アカデミー出身なのよ。この世界のこと、教えられるかもしれないわ。何が知りたいの?」
彼女はニコッと笑って言った。
「ありがとうございます。この世界が何でできているかとか、細かい物を見ていくと何が見えるかとか……」
「この世界の物はね、火、水、土、風、雷の元素からできてるのよ」
中世っぽい理論だ。
「それは拡大していくと見たりできるんですか?」
「うーん、アカデミーにはね、倍率千倍のすごい顕微鏡があるんだけど、それでも見ることは出来ないわね……。その代わり、微生物は見えるわよ」
「え!? 微生物?」
俺は予想外の回答に驚かされた。
「ヨーグルトってなぜできるか知ってる?」
「牛乳に種のヨーグルトを入れて温めるんですよね?」
「そう、その種のヨーグルトには微生物が入っていて、牛乳を食べてヨーグルトにしていくのよ」
「その微生物が……、見えるんですか?」
「顕微鏡を使うといっぱいウヨウヨ見えるわよ!」
俺はヨーグルトのCMで見た、乳酸菌の写真を思い出す。
「もしかして……、それってソーセージみたいな形……してませんか?」
「えっ!? なんで知ってるの!?」
彼女は目を丸くして驚いた。
「いや、なんとなく……」
そう言いながら俺はうつむき、考え込んでしまった。この世界にも乳酸菌がある。しかし、MMORPGのゲームに乳酸菌などありえない。顕微鏡使わないと見えないものなどわざわざ実装する意味などないのだから。しかし、乳酸菌は『顕微鏡の中で生きている』と彼女は言う。この世界はゲームの世界じゃないということなのだろうか? では、魔法はどうなる? ここまで厳密に緻密に構成された世界なのに、なぜ死者が復活するような魔法が存在するのだろうか……。
「不思議な子ね。で、拡大鏡は要るの、要らないの?」
彼女は訝しそうに俺を見る。
「あ――――、一応自分でも色々見てみたいのでください」
俺は顔をあげて言う。
「まいどあり~」
彼女は棚から皮袋を取り出すと、拡大鏡を入れて俺に差し出した。
「はい! 金貨九枚に負けてあげるわ」
「ありがとうございます……」
俺は力なく微笑んで言った。
金貨をていねいに数えながら払うと、彼女は、
「良かったらアカデミーの教授紹介するわよ」
と、言いながら俺を上目づかいにチラッと見る。
「助かります、また来ますね」
俺はそう言って頭を下げ、店を後にした。
乳酸菌を実装しているこの世界、一人前のヨーグルトには確か十億個程度の乳酸菌がいるはずだ。それを全部シミュレートしているということだとしたら、誰かが作った世界にしては手が込み過ぎている。意味がないし、ばかげている。
となると、この世界はリアル……。でもドロシーは腕から生き返っちゃったし、レベルや鑑定のゲーム的なシステムも生きている。この矛盾はどう解決したらいいのだろうか?
帰り道、俺は公園に立ち寄り、池の水を観察用にと水筒にくみながら物思いにふけっていた。
2-8. トラウマを抱える少女
店に戻ると鍵が開いていた。
何だろうと思ってそっと中をのぞき込むと……、カーテンも開けず暗い中、誰かが椅子に静かに座っている。
目を凝らして見ると……、ドロシーだ。
ちょっと普通じゃない。俺は心臓を締め付けられるような息苦しさを覚えた。
俺は大きく息をつくと、明るい調子で声をかけながら入っていった。
「あれ? ドロシーどうしたの? 今日はお店開けないよ」
ドロシーは俺の方をチラッと見ると、
「あ、税金の書類とか……書かないといけないから……」
そう言って立ち上がる。
「税金は急がなくていいよ。無理しないでね」
俺は元気のないドロシーの顔を見ながらいたわる。
だが、ドロシーはうつむいて黙り込んでしまった。
嫌な静けさが広がる。
「何かあった?」
俺はドロシーに近づき、中腰になってドロシーの顔を覗き込む。
ドロシーはそっと俺の袖をつかんだ。
「……。」
「何でも……、言ってごらん」
俺は優しく言う。
「怖いの……」
つぶやくようにか細い声を出すドロシー。
「え? 何が……怖い?」
「一人でいると、昨日のことがブワッて浮かぶの……」
ドロシーはそう言って、ポトッと涙をこぼした。
俺はその涙にいたたまれなくなり、優しくドロシーをハグした。
ふんわりと立ち上る甘く優しいドロシーの香り……。
「大丈夫、もう二度と怖い目になんて絶対遭わせないから」
俺はそう言ってぎゅっと抱きしめた。
「うぇぇぇぇ……」
こらえてきた感情があふれ出すドロシー。
俺は優しく銀色の髪をなでる。
さらわれて男たちに囲まれ、服を破られた。その絶望は、推し量るには余りある恐怖体験だっただろう。そう簡単に忘れられるわけなどないのだ。
俺はドロシーが泣き止むまで何度も何度も丁寧に髪をなで、また、ゆっくり背中をさすった。
「うっうっうっ……」
ドロシーの嗚咽の声が静かに暗い店内に響いた。
◇
しばらくして落ち着くと、俺はドロシーをテーブルの所に座らせて、コーヒーを入れた。
店内に香ばしいコーヒーの香りがふわっと広がる。
俺はコーヒーをドロシーに差し出しながら言った。
「ねぇ、今度海にでも行かない?」
「海?」
「そうそう、南の海にでも行って、綺麗な魚たちとたわむれながら泳ごうよ」
俺は微笑みながら優しく提案する。
「海……。私、行ったことないわ……。楽しいの?」
ドロシーはちょっと興味を示し、俺を見た。
「そりゃぁ最高だよ! 真っ白な砂浜、青く透き通った海、真っ青な空、沢山のカラフルな熱帯魚、居るだけで癒されるよ」
俺は身振り手振りでオーバーなジェスチャーをしながら頑張って説明する。
「ふぅん……」
ドロシーはコーヒーを一口すすり、クルクルと巻きながら上がってくる湯気を見ていた。
「どうやって行くの?」
ドロシーが顔をあげて聞く。
「それは任せて、ドロシーは水着だけ用意しておいて」
「水着? 何それ?」
ドロシーはキョトンとする。
そう言えば、この世界で水着は見たことがなかった。そもそも泳ぐ人など誰もいなかったのだ。
「あ、濡れても構わない服装でってこと」
「え、洗濯する時に濡らすんだから、みんな濡れても構わないわよ」
ドロシーは服の心配をしている。
「いや、そうじゃなくて……濡れると布って透けちゃうものがあるから……」
俺は真っ赤になって説明する。
「えっ……? あっ!」
ドロシーも真っ赤になった。
「ちょっと探しておいてね」
「う、うん……」
ドロシーはうつむいて照れながら答えた。
◇
海が楽しみになったのか、ドロシーはひとまず落ち着いたようだった。そして、奥の机で何やら書類を整理しはじめる。
俺は拡大鏡を取り出し、池の水を観察することにした。
窓辺の明るい所の棚の上に白い皿をおいて、池の水を一滴たらし、拡大鏡でのぞいてみる……。
「いる……」
そこにはたくさんのプランクトンがウヨウヨと動き回っていた。トゲトゲした丸い物や小船の形のもの、イカダの形をした物など、多彩な形のプランクトンがウジャウジャとしており、一つの宇宙を形作っていた。
乳酸菌がいるんだから、それより大きなプランクトンがいることは想定の範囲内である。やはり、この世界はリアルな世界と考えた方が良さそうだ。こんなプランクトンたちを全部シミュレートし続けるMMORPGなんて、どう考えてもおかしいんだから。
俺はしばらくプランクトンがにぎやかに動き回るのを眺めていた。ピョンピョンと動き回るミジンコは、なかなかユニークな動きをしていて見ていて癒される。こんなのを全部コンピューターでシミュレートする世界なんて、さすがに無理があるなと思った。
2-9. Welcome to Underground
「おーい、ドロシー! ちょっと見てごらん!」
俺は手をあげてドロシーを呼んだ。
「何してるの?」
ドロシーはちょっと怪訝そうな顔をしながらやってくる。
「ここからのぞいてごらん」
そう言ってドロシーに拡大鏡を指さした。
「ここをのぞけば……いいのね?」
ドロシーはおっかなビックリしながら拡大鏡をそっとのぞいた。
「きゃぁ!」
驚いて顔を上げるドロシー。
「なによこれー!」
「池の水だよ。拡大鏡で見ると、中にはいろんな小さな生き物がいるんだよ」
「え? 池ってこんなのだらけなの……?」
そう言いながら、ドロシーは恐る恐る拡大鏡を再度のぞく。
そして、じっくりと見ながらつぶやいた。
「なんだか不思議な世界ね……」
「ピョンピョンしてるの、ミジンコっていうんだけど、可愛くない?」
「うーん、私はこのトゲトゲした丸い方が可愛いと思うわ。何だかカッコいいかも。何て名前なの?」
嬉しそうに拡大鏡をのぞいてるドロシー。
「え? 名前……? 何だったかなぁ……、ちょっと見せて」
俺は拡大鏡をのぞき込み、不思議な幾何学模様の丸いプランクトンを眺めた。
中学の時に授業でやった記憶があるんだが、もう思い出せない。『なんとかモ』だったような気がするが……。俺は無意識に鑑定スキルを起動させていた。
開く鑑定ウインドウ……
クンショウモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種
俺は表示内容を見て唖然とした。なぜ、こんな微細なプランクトンまでデータ管理されているのだろう。ウィンドウに表示されている詳細項目を見ると、誕生日時まで詳細に書いてあり、生まれた時からちゃんと個別管理がされてあるようだった。
「そんな……、バカな……」
急いで他のプランクトンも鑑定してみる。
ミカヅキモ レア度:★
淡水に棲む接合藻の仲間
イカダモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種
全て、鑑定できてしまった……。
これはつまり、膨大に生息している無数のプランクトンも一つ一つシステム側が管理しているということだ。
一滴の池の水の中に数百匹もいるのだ、池にいるプランクトンの総数なんて何兆個いるかわからない。海まで含めたらもはや天文学的な膨大な尋常じゃない数に達するだろう。でも、その全てをシステムは管理していて、俺に個別のデータを提供してくれている。ありえない……。
きっと乳酸菌を鑑定しても一つ一つ鑑定結果が出てしまうのだろう。一体この世界はどうなってるのか?
ここまで管理できているということは、この世界はむしろ全部コンピューターによって作られた世界だと考えた方が妥当だ。そもそも魔法で空を飛べたり、レベルアップでとんでもない力が出る時点で、システムがデータ管理だけに留まらないことは明白なのだ。
俺は『複雑すぎる世界は管理しきれない。だから、この世界は仮想現実空間ではない』と考えていたが、どうもそんなことはないらしい。誰も見てない池の中のプランクトンも、一つ一つ厳密にシミュレートできるコンピューターシステムがある、としか考えられない。
俺は背筋に水を浴びたようにゾッとし、冷や汗がタラりと流れた。
「Welcome to Underground(ようこそ地下世界へ)」
誰かが耳元でささやいている……。そんな気がした。
俺はこの世界の重大な秘密にたどり着いてしまった……。
俺はよろよろとテーブルの所へと戻り、冷めたコーヒーをゴクゴクと飲んだ。
「ユータ……、どうしたの?」
真っ青な顔をした俺を見て、ドロシーが心配そうに声をかけてくる。
俺は両手で髪の毛をかきあげ、大きく息を吐いて言った。
「大丈夫。真実は小説より奇なりだったんだ」
ドロシーは何のことか分からず、首をひねっていた。
◇
この世界はコンピューターによって作られた世界……みたいだ。だとしたらどんなコンピューターなのだろうか?
この広大な世界を全部シミュレーションしようと思ったら相当規模はデカくないとならないはずだ。それこそコンピューターでできた惑星くらいの狂ったような規模でない限り実現不可能だろう。
そもそも電力はどうなっているのだろう? 演算性能自体はコンピューターの数を増やせばどんどん増えるが、電力は有限なはずだ。俺はエネルギーの面からコンピューターシステムの規模の予想をしてみようと思いついた。
一番デカいエネルギー源は太陽だ。実用性を考えれば、巨大な核融合炉である太陽を超えるエネルギー源はない。太陽系外だとしても恒星をエネルギー源にするのが妥当だろう。
地球で太陽光発電パネルを使う時、一平方メートルで200Wの電力が取れていた。これは日本での俺のパソコン一台分に相当する。この太陽光発電パネルで太陽をぐるっと覆った時、どの位の電力になるだろうか?
太陽から地球の距離は光速で約八分、光速は秒間地球七周だから……。俺は紙に計算式を殴り書いていった。計算なんて久しぶりだ。
大体、3x10の23乗台のパソコンが動かせるくらいらしい。数字がデカすぎて訳が分からない。
で、この世界をシミュレーションしようと思ったら、例えば分子を一台のパソコンで一万個担当すると仮定すると、3x10の27乗個の分子をシミュレートできる計算になる。
これってどの位の分子数に相当するのだろう……?
続いて人体の分子数を適当に推定してみると……、2x10の27乗らしい。なんと、太陽丸まる一個使ってできるシミュレーションは人体一個半だった。
つまり、この世界をコンピューターでシミュレーションするなんて無理なことが分かった。究極に頑張って莫大なコンピューターシステム作っても人体一個半程度のシミュレーションしかできないのだ。この広大な世界全部をシミュレーションするなんて絶対に無理なのだ。もちろん、パソコンじゃなくて、もっと効率のいいコンピューターは作れるだろう。でもパソコンの一万倍効率を上げても一万五千人分くらいしかシミュレーションできない。全人口、街や大地や、動植物、この広大な世界のシミュレーションには程遠いのだ。
俺は手のひらを眺めた。微細なしわがあり、その下には青や赤の血管たちが見える……。
拡大鏡で拡大してみると、指紋が巨大なうねのようにして走り、汗腺からは汗が湧き出している。こんな精密な構造が全部コンピューターによってシミュレーションされているらしいが……、本当に?
鑑定の結果から導き出される結論はそうだが、そんなコンピューターは作れない。一体この世界はどうなっているのだろうか?
俺は頭を抱え、深くため息をついた。
2-10. 衝撃の宇宙旅行
しばらくして、店の裏手の空地に金属カプセルの素材が届いた。鐘とフタになる鉄板と、シール材のゴム、それからのぞき窓になるガラス、それぞれ寸法通りに穴もあけてもらっている。
これからこれを使って宇宙へ行こうと思う。
この世界が仮想現実空間であるならば、俺が宇宙へ行くのは開発者の想定外なはずだ。想定外なことを起こすことがバグを見つけ、この世界を理解するキーになるのだ。
俺はまずアバドンを呼び出した。彼には爆破事件から再生した後、勇者の所在を追ってもらっている。
「やぁ、アバドン、調子はどう?」
飛んできたアバドンに手をあげる。
「旦那様、申し訳ないんですが、勇者はまだ見つかりません」
「うーん、どこ行っちゃったのかなぁ?」
「あの大爆発は公式には原因不明となってますが、勇者の関係者が起こしたものだということはバレていてですね、どうもほとぼりが冷めるまで姿をくらますつもりのようなんです」
勇者が見つからないというのは想定外だった。アバドンは魔人だ、王宮に忍び込むことなど簡単だし、変装だってできる。だから簡単に見つかると思っていたのだが……。
「ボコボコにして、二度と悪さできないようにしてやるつもりだったのになぁ……」
「きっとどこかの女の所にしけ込んでるんでしょう。残念ながら……、女の家までは調査は難しいです」
「分かった。ありがとう。引き続きよろしく!」
「わかりやした!」
「で、今日はちょっと手伝ってもらいたいことがあってね」
そう言って俺は教会の鐘を指さした。
「旦那様、これ……何ですか?」
怪訝そうなアバドン。
「宇宙船だよ」
俺はにこやかに返した。
「宇宙船!?」
目を丸くするアバドン。
「そう、これで宇宙に行ってくるよ」
「宇宙!? 宇宙って空のずっと上の……宇宙……ですか?」
アバドンは空を指さして首をひねる。
「お前は行ったことあるか?」
「ないですよ! 空も高くなると寒いし苦しいし……、そもそも行ったって何もないんですから」
「何もないかどうかは、行ってみないとわからんだろ」
「いやまぁそうですけど……」
「俺が中入ったら、このボルトにナットで締めて欲しいんだよね」
「その位ならお安い御用ですが……こんなので本当に大丈夫なんですか?」
アバドンは教会の鐘をこぶしでカンカンと叩き、不思議そうな顔をする。
「まぁ、行ってみたらわかるよ」
大気圧は指先ほどの面積に数kgの力がかかる。つまり、このサイズだと十トンほどの力が鉄板などにかかってしまう。ちゃんとその辺を考えないと爆発して終わりだ。でも、これだけ分厚い金属なら耐えてくれるだろう。
それから、水の中に潜れる魔道具の指輪を買ってきたので、これで酸欠にもならずに済みそうだ。指輪を着けておくと血中酸素濃度が落ちないらしい。こういうチートアイテムの存在自体が、この世界は仮想現実空間である一つの証拠とも言える気がする。しかし、どうやって実現しているかが全く分からないので気持ち悪いのだが……。
俺は鐘を横倒しにし、中に断熱材代わりのふとんを敷き詰めると乗り込み、鉄板で蓋をしてもらった。
「じゃぁボルトで締めてくれ」
「わかりやした!」
アバドンは丁寧に50か所ほどをボルトで締めていく。
締めてもらいながら、俺は宇宙に思いをはせる――――
生まれて初めての宇宙旅行、いったい何があるのだろうか? この星は地球に似ているが、実は星じゃないかもしれない。何しろ仮想現実空間らしいので地上はただの円盤で、世界の果ては滝になっているのかもしれない……。
それとも……、女神様が出てきて『ダメよ! 帰りなさい!』とか、怒られちゃったりして。あ、そう言えばあの先輩に似た女神様、結局何なんだろう? 彼女がこの世界を作ったのかなぁ……。
俺が悩んでいると、カンカンと鐘が叩かれた。
「旦那様、OKです!」
締め終わったようだ。出発準備完了である。
「ありがとう! それでは宇宙観光へ出発いたしまーす!」
俺は鐘全体に隠ぺい魔法をかけた後、自分のステータス画面を出して指さし確認する。
「MPヨシッ! HPヨシッ! エンジン、パイロット、オール・グリーン! 飛行魔法発動!」
鐘は全体がボウっと光に包まれた。
俺はまっすぐ上に飛び立つよう徐々に魔力を注入していく。
「お気をつけて~!」
アバドンが、鐘の横に付けた小さなガラス窓の向こうで大きく手を振っている。
1トンの重さを超える大きな鐘はゆるゆると浮き上がり、徐々に速度を上げながら上昇していく。きっと外から見たらシュールな現代アートのように違いない。録画してYoutubeに上げたらきっと人気出るだろうな……、と馬鹿なことを考える。
のぞき窓の向こうの風景がゆっくりと流れていく。俺は徐々に魔力を上げていった……。
石造りの建物の屋根がどんどん遠ざかり、街全体の風景となり、それもどんどん遠ざかり、やがて一面の麦畑の風景となっていく。俺があくせく暮らしていた世界がまるで箱庭のように小さくなっていった。
広大な森と川と海が見えてくる。さらに高度を上げていく……。
どんどん小さくなっていく風景。
青かった空も徐々に暗くなり、ついには空が真っ暗になる。
ゴー! とうるさかった風切り音も徐々に小さくなり、高度が50kmくらいに達した頃、ついには無音になった。
「いよいよだぞ……、何が出るかなぁ……」
俺はワクワクしながら小窓から地上を見ていた。青くかすむ大気の層の下には複雑な海岸線が伸びている。
「綺麗だな……」
と、この時、海岸線の形に見覚えがあるような気がした。
ニョキニョキっと伸びる特徴的な二つの半島……。
「あれ? あれは知多半島と渥美半島……じゃないのか?」
どっちが知多半島で、どっちが渥美半島だか忘れてしまったが、これは伊勢湾……?
となると、向こうが伊勢志摩……。いやいや、そんな馬鹿な!
しかし、よく見れば浜名湖もあるし琵琶湖もある。日本人なら誰だって間違いようがない形……。
俺は血の気が引いた。
俺たちが住んでいたのは、なんと日本列島だったのだ。




