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6章 宇宙を司る株式会社

6-1. 超巨大宇宙ステーション


 ガン!


 俺は何かに頭をぶつけ、目が覚めた。


「う、ここはどこだ?」


 見回すと……、ポッドの中だが……これ、ひっくり返ってないか?


 苦労してガラスカバーを開け、何とか()い出したが、外の景色を見て驚いた、そこには崩壊した神殿と、神殿をふさぐように何だか分からない巨大な漆黒の壁が立ちはだかっていた。


「なんだこりゃ!?」


 驚いていると、誰かの声がする。


「うぅ……」


 振り向くとドロシーがテーブルの上に横たわって、破かれたワンピースから白い胸をさらし、震えていた。


「ドロシー!」


 俺は驚いて駆け寄り、抱き起こした。


「あ、あなた……」


 力ない声を出すドロシー。


「何されたんだ? 大丈夫か?」


 弱り切ったドロシーの姿に、俺はつい涙がポロリとこぼれてしまう。


「だ、大丈夫よ……。あなたが……倒してくれたんでしょ……」


 力なく微笑むドロシー。


「間に合ったんだな……良かった……」


 俺は強くドロシーを抱きしめ、泣いた。


「ただ……あれ……どうしよう……」


「え?」


 ドロシーの指さす先には巨大な漆黒の壁がある。


「あれ何なの?」


蜘蛛(くも)……」


「蜘蛛……? 虫の蜘蛛なの? 壁じゃなくて?」


「蜘蛛なの……」


 俺はドロシーが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。崩壊した神殿をふさぐ壁、なぜこれが蜘蛛なのか?


 ガコン!


 ポッドのガラスケースが開いた。


「なんじゃこりゃぁ!」


 レヴィアが出てきて叫ぶ。


「蜘蛛なんだそうです」


 俺が言うとレヴィアは壁をじーっと見た。


 そして、目をつぶり、首を振って言った。


「これはアカン……。もうダメじゃ。ヴィーナ様にすがるより他なくなったわ……」


 どういうことか良く分からず、俺は鑑定してみた……。


アシダカグモ レア度:★


家の中の害虫を食べる益虫 全長:253キロメートル


特殊効果:物理攻撃無効


「253キロメートル!?」


 俺は思わず叫んでしまった。


「九州と同じくらいのサイズの蜘蛛じゃ。その上物理攻撃無効ときている。もうワシでは手のつけようがないわ」


 レヴィアは肩をすくめ首を振る。


「じゃ、この壁は?」


「蜘蛛の足に生えている毛の表面じゃないかのう? 足一本の太さが数キロメートルはあるでのう」


 俺は絶句した。


「ヌチ・ギの巨大化レーザー発振器が蜘蛛に……。止めようと思ったんだけど体が動かなくて……」


 ドロシーが小さな声で説明する。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 いきなり蜘蛛が動き出した。


 バラバラと神殿の大理石が崩落してくる。


 動いた足を見上げると、それはポッカリと浮かぶ雲を突き抜け、はるか高く一直線に宇宙にまで伸びていた。宇宙に届く物など俺は生まれて初めて見た。もし、宇宙エレベーターがあったとしたらこういう風になるのだろう。そして蜘蛛の身体が遠く熊本の上空辺りに見える。雲のはるか彼方上に霞んで見えるその巨体は、もはや生き物というより超巨大宇宙ステーションだった。


「何をボヤッとしとる! 逃げるぞ!」


 レヴィアは空間を裂くと御嶽山の俺のログハウスに繋げ、俺たちを放り込んだ。


 蜘蛛はどこへ行くつもりだろうか? あんな物が動き回ったら大災害だ。一難去ってまた一難。俺は気が遠くなった。












6-2. 最新型iPhone


 ログハウスのデッキでレヴィアはスマホを取り出した。まさかこの世界でスマホを見ることになるとは……。


 カメラレンズがいくつもついたゴツくて、でもスタイリッシュなピンク色のスマホの電源を入れると、懐かしいリンゴのマークが浮かんだ。


「え!? もしかしてiPhone……ですか?」


「そうじゃ、最新型じゃぞ、ええじゃろ」


 レヴィアはニヤッと笑う。


「え? 電波届くんですか?」


「ちっくら空間をつなげて電波を拾うんじゃ」


「女神様に連絡取るのにスマホってなんだか不思議ですね……」


「こういうローテクのガジェットというのは風情があって人気なのじゃ。それに正式な申請だとご本人まで届かんかもしれん……」


 なるほど、こういうお願いならスマホが一番かもしれない。


「さて、かけるかのう……。ふぅ……。緊張してきた……」


 ひどく緊張した様子のレヴィア。こんなレヴィアを見るのは初めてだった。


 レヴィアは大きく息をして、覚悟を決めるとスマホの『ヴィーナ様♡』をタップした――――。


「ご無沙汰しております~、レヴィアです。あ、はい……はい……。その節はどうもお世話になりまして……。はい。いや、そんな、滅相もございません。それで……ですね……。ちょっと、ヴィーナ様に一つお願いがございまして……。え? いや、そうではないです! はい! はい!」


 レヴィアの敬語なんて初めて聞いた。額には冷や汗が浮かんでいる。


「その辺りはご学友の瀬崎豊が説明すると申しておりまして……。はい、はい……」


 いきなり俺に押し付けられている!?


 聞いてないぞそんなこと……、俺まで緊張してきた。


「え? 猫? もう、猫でも何でも……」


 猫? 全く話が見えない。なぜ猫の話なんてしてるのか?


「では、今すぐ転送します。はい……、はい……。では、よろしくお願いいたします」


 電話を切ると、レヴィアはふぅ……と大きく息をはいた。


「と、言うことで、お主、ヴィーナ様に説明して来い」


 丸投げである。


「え? 『蜘蛛退治してくれ』って言えばいいですか?」


「バカもん! そのまま言うバカがおるか! 『文明文化発展の手がかりを得たが、その邪魔をする蜘蛛がいるので少し手助けして欲しい』って言うんじゃ!」


 レヴィアは顔を真っ赤にして怒る。


「わ、分りました」


「言い方間違うと、この星無くなるからな! 頼んだぞ!」


 そんな大役をなぜ押し付けるのか。


「じゃあ、レヴィア様ついてきてくださいよ!」


 俺はムッとして噛みつく。


「あ、いや、ここはご学友の交渉力に期待じゃ。我が行くとやぶ蛇になりそうじゃから……」


 なぜだか相当にビビっている。美奈先輩ってそんなに怖かったかなぁ……。


「分かりました、行ってきますよ」


「そうか? 悪いな、任せたぞ!」


 ホッとしてうれしそうに笑うレヴィア。


 俺は、弱ってチェアの背もたれにぐったりともたれかかっているドロシーの頬を撫で、言った。


「ちょっと行ってくるね、待っててね」


「あなた……、気を付けて……」


 うるんだ目で俺を見るドロシー……。透き通る肌は心なしか青白い。


 俺は胸が痛み、愛おしさが止まらなくなり、優しくキスをした。


「ユータ、時間がないぞ。ドロシーは(われ)が治しておくから、安心せい」


「ありがとうございます」


 俺はペコリと頭を下げた。


「では、転送じゃ」


 レヴィアはドアをガンと開けると、ログハウスの中に俺を引っ張っていった。


「なんじゃ、何もない部屋じゃな……。これで本当に新婚家庭か?」


 なんて失礼なドラゴンだろうか。


「これから二人で作っていくんです! で、何すればいいですか?」


「あー、では、ベッドに寝るのじゃ。意識飛ばすから」


 そう言って俺をベッドに座らせた。


「ありゃりゃ、シーツに血が残っとるぞ。キャハッ!」


 初夜の営みの跡が残ってしまっていた。


「み、見ないでください!」


 俺は急いで毛布で隠し、真っ赤になりながら横たわった。


「恥ずかしがらんでもええ。ちゃんと見ておったから。では頼んだぞ!」


 レヴィアは手を上げ、何か呪文をつぶやく。


「えっ!? 見て……」


 俺が抗議しようとした瞬間……、気を失った。






6-3. 宇宙最強の娘


 気が付くと、俺は燦燦(さんさん)と陽が当たるオシャレなメゾネットマンションにいた。窓の外を眺めると、なんとそこには東京タワーが建っている。


「東京タワー!?」


 思わず口にして驚いた、とても高い声だ。慌てて手を見るとそこには肉球……。


「なんだこりゃ!」


 急いで置いてあった手鏡をのぞいて驚いた。そこには猫がいた。それもぬいぐるみの……。


 俺が呆然(ぼうぜん)としていると、部屋に声が響いた。


(まこと)! また、ポカやったわね!」


 見ると、奥の会議テーブルで、懐かしい美奈先輩が険しい顔をして、()えないアラサーの男性をにらんでいた。


「いや、ちょっと、誤解だって!」


「何が誤解よ!」


 美奈先輩はティッシュ箱をガッとつかむと、そのまま男性をポカポカと殴った。


「痛い、痛い、やめてー!」


 頭を抱えてテーブルに突っ伏す男性。


 一体何をやっているのだろうか……。


 俺が唖然(あぜん)としていると、綺麗な水色の髪をした若い女性がピョンピョンと楽し気に近づいてきた。デニムのオーバーオールに清潔感のある白いシャツ、豊満な胸が伸び伸びと揺れている。もしかしてノーブラ……?


「あなたが豊さんね、僕はシアン、よろしくねっ!」


 そう言いながら、その美しい女性は俺を抱き上げ、胸に抱き、頬ずりをした。


「やっぱり人が入ってると柔らかいわぁ」


 彼女は無邪気に抱きしめるが、俺はいきなり柔らかな胸に抱かれ、焦る。なにしろノーブラなのだ。甘酸っぱい柔らかな匂いに包まれ、俺は理性が飛びそうである。


「ちょ、ちょっとすみません。刺激が強すぎるのですが……」


「あら、ゴメンね! きゃははは!」


 なんだか楽しそうに笑う。一体何者なんだろう。


「実は、美奈先輩に蜘蛛退治をお願いに来たんですが……」


「蜘蛛? そんなんだったら僕がエイッて退治してあげるよ。美奈おばちゃんはお取込み中で、対応を頼まれたのよ」


 シアンはにこやかに笑う。


「それが……、蜘蛛と言っても全長250キロメートルで、物理攻撃無効なんですが……」


「そのくらい何とでもなるわよ。じゃ、行きましょ」


 俺は驚かされた。250キロメートルの蜘蛛など大したことないと言い張る若い女性。本当に頼りになるのだろうか……。とは言え美奈先輩はまだ揉めているようなので、ちょっと話せる感じでもない。俺は彼女に頼む事にした。


「では、お願いします」


 シアンはうれしそうにニッコリと笑うと、指先をクルクルっと回し、


「それー! きゃははは!」


 と叫び、俺は意識を失った。


       ◇


 気が付くと、ログハウスの部屋だった。ドロシーとレヴィアはテーブルでコーヒーを飲んでいる。


「ハーイ! こんにちはぁ!」


 シアンが楽しげに挨拶をする。


「こ、これはシアン様!」


 レヴィアは席から飛び上がって頭を下げた。


「あ、レヴィア様ご存じなんですか?」


「ご存じも何も、全宇宙で最強のお方じゃぞ、シアン様は!」


「宇宙最強!?」


「シアン様が本気になれば、全宇宙は一瞬で消し飛ぶのじゃ」


 俺は言葉を失った。なんとも頼りない可愛い女の子が宇宙最強とはどういう事だろうか?


「一瞬じゃ無理だよ、ちょっと時間はかかっちゃうな。それに僕よりパパの方が強いよ。きゃははは!」


 屈託なく笑うシアン。宇宙を消せることを否定しない……。本当にできてしまうのだろう。


 笑って宇宙を消す話をするノーブラの女の子……想像を絶する規格外の存在に、俺は言いようのない不安を覚えた。


「それに、『シアン様』はやめて、『シアン』でいいんだから」


 ニコニコする宇宙最強の娘。


「そんな、呼び捨てなんてとんでもございません! で……、蜘蛛なんですが……」


 レヴィアがおずおずと言うと、シアンは、


「ハイハイ、パパッとやっちゃいましょ!」


 そう言って指先をクルクルと回した。


 あの途方もない巨大蜘蛛を一体どう処理するのか? 宇宙最強の娘の蜘蛛退治は安全なのか? 期待と不安の入り混じった気持ちのまま、俺は意識を失った。












6-4. 恐るべきこの世の終わり


 気が付くと、視界が真っ暗だった。


「えっ!?」


 そこは宇宙だった。そして、下の方には日本列島と朝鮮半島とそして巨大蜘蛛が見えた。


 なんと、九州の上空数百キロにみんな浮かんでいる。


「うわぁ!?」


 驚いていると、シアンがうれしそうに、


「ウヒャー! これはいい蜘蛛だねぇ! きゃははは!」


 と、笑った。何がどう『いい』のだろうか?


「焼き切るか……うーん、吸い取っちゃいますか!」


 そう言うと、シアンはすごくまじめな表情になり、両手を向かい合わせにして、


「は――――っ!」


 と、叫びながら気合を込め始めた。


 両手の間から激しい閃光がバシバシとほとばしり始める。


「うわぁ!」「きゃぁ!」


 あまりのまぶしさに腕で顔を覆って後ずさりする俺たち。


 一体何が始まるのだろうか?


 宇宙最強の称号を持つおかしな女の子の行動に一抹の不安を覚える。


 目を覆ってもまぶしいくらい輝いた後、いきなり暗くなった。


 何だろうとそーっと目を開けると、シアンが何やら黒い玉を持っていた。見ると玉の周りは空間がゆがんでいる……。


 いや違う、これは黒い玉なんかじゃない、光が吸い込まれて黒く見えているだけだった。


 光を吸い込む存在……そんな物、俺はあの凶悪な奴しか知らない。俺は背筋がゾッとした。


「そ、それは……もしかして……」


 俺が恐る恐る聞くと、


「ブラックホールだよ! きゃははは!」


 と、うれしそうに笑った。


 やっぱり……。


 宇宙で一番危険な存在が目の前に出現したのだ。俺はダラダラと冷や汗が湧いてきた。


 ブラックホールとは自分の重さが強すぎて自重でつぶれ、空間もゆがめて全てを飲み込む天体のことだ。仮想現実空間にそんな物が実装されているとは考えにくい。なぜそんな物を作れるのか? 


 俺が真っ青な顔で言葉を失っていると、シアンは、


「これを蜘蛛にぶつけたら解決さ!」


 そう言ってブラックホールを巨大蜘蛛に向かって投げた。


 全てを飲み込む宇宙最凶な存在を、蜘蛛退治のためになんて使っていいのだろうか……。俺はハラハラしながら、ブラックホールの行方を追った。


 ブラックホールは程なく蜘蛛に直撃し、蜘蛛は見る見るうちに吸い込まれていく。数百キロメートルもある壮大な巨体が、まるでスポンジのようにするすると吸い込まれていく様は、とても現実の光景には思えなかった。


「うわぁ……」「すごい……」


 初めて見るブラックホールの恐るべき力に、俺たちは戦慄した。


 やがて、蜘蛛は消え去り、後には綺麗な九州だけが残った。


「イッチョあがりー! きゃははは!」


 うれしそうに笑うシアン。


「おぉ!」「やったぁ!」


 歓喜の声を上げる俺たち。お手上げだった蜘蛛がいとも簡単に消えたのだ。その鮮やかな手腕に『宇宙最強』の意味が少し分かった気がした。


「後は回収して終了~!」


 シアンは手のひらをフニフニと動かし、ブラックホールを空間の裂け目へと誘導しているようだった。


 と、その時だった。


「ふぇっ……」


 シアンが変な声を出して止まった。


「ふぇ?」


 俺が不思議に思っていると、


「ヘーックショイ!」


 と、派手にくしゃみをした。


 と、その瞬間、ブラックホールははじけ飛び、あっという間に地上に落ちてしまった。


 そして……、地球を飲み込み始める。


「あ――――っ!」「ひぇ――――!」


 悲痛な叫び声が響く中、ブラックホールは熊本を吸い込み、九州を吸い込み、アジアを飲み込んでいく。まるで風船がしぼんでいくように地球そのものがどんどんと収縮しながら吸い込まれていく。その様はまさに恐るべきこの世の終わりだった。


 あっけない最悪の幕切れ……。俺は現実感が全く湧かず、まるでチープなSF映画を見てるかのようにただただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。












6-5. 究極のバックアップ


「ありゃりゃ……」


 シアンは天を仰いで額に手を当てた。


 ブラックホールはどんどんと景気よく地球を吸い込み続け、程なく、全てのみ込み、真っ黒な宇宙空間が広がるだけになった。


 みんな言葉を失った。守るべき地球が全部なくなってしまった。街もみんなも全て消えてしまった。


「あ……あ……」「うわぁぁ……」


 俺もレヴィアもひざから崩れ落ちた。守るべき地球が一瞬で消えてしまった。あまりの事に言葉を失い、動けなくなった。


 地球があった場所にはただ満天の星々が広がるばかりだった。


 そ、そんな馬鹿なぁ……。


 宇宙最強と聞いた時の不安が的中してしまった。強すぎる者は往々にして雑なのだ。


 (ほう)けていると、シアンが言った。


「ゴメン、ゴメン、今すぐ戻すからさ」


「え?」


 意外な言葉に俺は驚かされた。


「戻すって……時間を戻せるんですか?」


「うん、いつのタイミングに戻そうか?」


 うれしそうに笑うシアン。


 俺は想像もしなかった提案に一瞬言葉を失った。


 時間を戻せる、それも好きな時間に戻せるという。どういうことなのだろうか……?


 とんでもなく規格外な話に混乱してしまう。さすが宇宙最強。


 戻してもらえるなら蜘蛛を吸い込んだ直後……。いや、蜘蛛が大きくなる前? いや、そもそもヌチ・ギが悪さをする前? でも、ヌチ・ギが復活されても困る……。どこがいいのか?


 悩んでいるとドロシーが言った。


「あのー……」


「何?」


 シアンはニコニコとしている。


「ヌチ・ギという悪い人がいてですね……」


 ドロシーが言いかけると、レヴィアは、


「な、何を言い出すんじゃ! そういうことは……」


 と、制止しようとする。しかし、シアンはにこやかな表情のまま、手のひらでレヴィアをさえぎった。


「続けて……」


 渋い顔をするレヴィア。


「ヌチ・ギはたくさんの女の子や私を(さら)ってもてあそび、ついには巨人化して兵士にしたんです。助けに来てくれた『アバドン』さんという魔人の行方も分かっていません。彼らを復活させ、でもヌチ・ギが復活しないようにして欲しいんです」


 ドロシーは両手を合わせ、真剣な目でシアンに頼み込む。


 シアンはうんうんとうなずき、楽しそうに、


「いいよ!」


 と、言うと、手を振り上げ、俺たちは意識を失った。


        ◇


 気が付くと、俺たちはたくさんの美しい女性が舞っているホールにいた。ヌチ・ギの屋敷に戻ってきたのだ。中央に俺と戦った巨人、戦乙女(ヴァルキュリ)がいるところを見ると、本当に時間が巻き戻っているようだ。


「あー! これはすごいねぇ! きゃははは!」


 シアンはたくさんの女性たちをキョロキョロと見回しながら笑った。


 想像を絶するシアンの能力に、俺は戦慄を覚えた。こんな事が出来てしまうなら何でもアリではないのだろうか? 必死に戦っていた俺たちの苦労は何だったんだろう……?


「シアンさんは時間を操れるんですか?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。


「操るというか……、単にバックアップを復元しただけだよ」


 さらっとすごい事を言い出すシアン。


「バックアップ!?」


 俺が驚いていると。


「この星のデータは定期的にバックアップされてるのだ。僕はそれを復元(リストア)しただけ」


 そう言ってニッコリと笑う。


 しかし、バックアップといっても、あのジグラートの巨大なコンピューター群のすべてのデータのバックアップなんてどうやって取るのだろうか? 気の遠くなるような記憶容量、データ転送が必要なのではないだろうか? とても信じられないが……、目の前で実現されてしまうと認めざるを得ない。


 『宇宙最強』という言葉の意味が少し分かった気がした。










6-6. フレッシュなクローン


「ちなみにどこにバックアップは取ってあるんですか?」


「金星だよ」


「き、金星!?」


 なぜ、海王星のサーバーのバックアップが金星にあるのだろうか?


 困惑してるとレヴィアが横から説明してくれる。


「海王星は金星のサーバーで作られておるんじゃよ」


「金星のサーバー……?」


 俺は一瞬何を言ってるか分からなかった。なぜ海王星が金星で作られてるのか……?


「えっ、もしかして……」


 ようやく気が付いた。地球が海王星で作られているのと同じように、海王星もまた金星で作られていたのだ。


「海王星も仮想現実空間だったのか……」


 俺は今まで海王星こそがリアルな世界で、そこで地球がたくさん作られているのだと思い込んできたが、海王星もまた作られた世界だったのだ。そう言えば、レヴィアが『ヴィーナ様は金星人』と言っていたのを思い出した。そうだったのか……。


「えっ、それじゃ金星がリアルな世界ですか?」


 俺はシアンに聞いた。


 シアンはニッコリとしながら首を振って言った。


「まだまだ上があるよ! 水星、土星、天王星、木星……」


 俺は気が遠くなった。何なんだこの宇宙は……。


「海王星が生まれたのが六十万年前、金星が生まれたのが百万年前……。星が生まれて五十万年位経つと新たな星を生み出しちゃうんだよねっ」


 シアンはうれしそうに言う。


 と、その時、キィーンという高周波が響き、まぶしい光がホールにほとばしった。


「うわぁ!」「キャ――――!」


 悲鳴が上がる。


 光が収まって見ると、空中に金色のドレスの女性が浮いていた。整った目鼻立ちに鋭い琥珀(こはく)色の瞳……美奈先輩だ! だが……、印象が全然違う。さっき見た美奈先輩とも違う感じがする。


 レヴィアが駆け寄ってビビりながら言う。


「こ、これはヴィーナ様! わざわざお越し下さり……」


「レヴィア! これは何なの!?」


 ヴィーナはそう言ってレヴィアをにらんだ。


「これは……そのぉ……」


 冷や汗をかき、しどろもどろのレヴィア。


「ヌチ・ギという管理者が悪さをしたんです」


 俺が横から説明する。


「あぁ、あなた……豊くん……ね。ずいぶんいい面構えになったわね」


 ニヤッと笑って俺を見るヴィーナ。


「転生させてもらったおかげです。ありがとうございます。なぜ……、サークルで踊っていた時と感じが……違うんですか?」


「あぁ、あの子は私のクローンなのよ。私であって私じゃないの」


「えっ!? クローン?」


「あの子は地球生まれだからね、ちょっとフレッシュなのよ」


 そう言ってニッコリと笑った。


「そ、そうでしたか……」


 違う人なのか、とちょっと落胆していると、


「ふふっ」


 そう笑ってヴィーナは踊りだした。リズミカルに左右に重心を移しながら、足をシュッシュと伸ばし、肩を上手く使いながら腕を回し、収める。


 それは一緒に踊ってた時の振り付けそのままだった。


 俺は続きを思い出して踊る……。


 右に一歩、戻って左に一歩、腕をリズミカルに合わせる。


 すると、ヴィーナもついてくる。


 一緒に手を回し、右足を出すと同時に左手を伸ばし、次は逆方向、今度は逆動作をしてクルッと回って手を広げた……。見つめ合う二人……。


 俺はニヤッと笑って両手を上げる。そしてハイタッチ……。


「覚えててくれたんですね」


 ちょっと息を弾ませながらそう言うと、ヴィーナは、


「記憶と体験は共有してるのよ」


 そう言ってニッコリと笑った。


 俺は覚悟を決めて切り出す。


「この星は、確かに今までは問題だらけでしたけど、これからは変わります。だからもう少し様子を見てて欲しいんです」


 ヴィーナは俺をジッと見る……。


 そして、ホール内のたくさんの女の子たちをぐるっと見回してつぶやいた。


「さて……、どうしようかね……」


 胃の痛くなる沈黙が流れる。


「まずはこの子たちを何とかしてからね」


 ヴィーナはそう言うと、ターン! とパンプスでフロアを叩いた。


 フロアに金色に輝く波紋が広がり、壁面を駆け上がっていく。


 巨大なホールに次々と広がる美しい金の波紋……、一体何が起こるのだろうか? 俺は見たこともない不思議なイリュージョンに思わず息をのんだ。


 やがて波紋は天井で集まっていく……。


 直後、金色にキラキラと輝く粒子が宙を舞いはじめ、ホールは金色の輝きに埋め尽くされていった。


「うわぁ! すごぉい!」


 ドロシーが感嘆の声を上げる。


 ヴィーナは扇子(せんす)を取り出すと、バッと開いて(あお)いだ。真紅の豪奢な扇子が起こす風は、まるでつむじ風のようにホールいっぱいに金色の粒子の吹雪を起こした。


「うわぁ!」「キャ――――!」


 俺たちは思わずかがんでしまう。


「きゃははは!」


 シアンだけはうれしそうに笑っている。










6-7. 空飛ぶ伝説の宮殿


 しばらくして吹雪が収まり、ヴィーナが言った。


「ふふっ、もういいわよ!」


 目を開けると、巨人は居なくなり、宙を舞っていた女性たちも皆フロアに降りて自由に動いていた。それぞれ、長きにわたる異常な拘束からの解放に感激している。


「うわぁぁぁん!」「やったわぁ!」


 長き囚われの時を経て、今、彼女たちは自分の人生を取り戻したのだった。喜び、抱き合う彼女たちの歓喜の声は胸に響く。


 あの、赤いリボンだけのブラジャーをしていた子も喜んで抱き合っている。俺は思わず涙ぐんでしまった。


「良かった……」


        ◇


 ドロシーはビキニアーマーで褐色の肌の女の子を見つけると駆け寄った。


「あのぅ……」


 褐色の彼女は不思議そうにドロシーを見つめ、言った。


「どなた……ですか?」


「覚えてないと思うのですが、実は私、あなたに助けられたんです。私だけでなく、あなたの勇気でみんなが救われました」


 そう言いながら、ドロシーは涙をポロリとこぼした。


「え? 何のこと? ヌチ・ギの野郎はいつかぶっ飛ばしてやると思ってたけど、ずっと動けなかったのよ?」


「その想いに……、助けられました……、うっうっうっ……」


 ドロシーは感極まって泣き出してしまった。


「おいおい……」


 褐色の彼女はちょっと困惑したが……、優しくドロシーを抱きしめた。


「良く分かんないけど、ここにいるみんなは私が助けたってこと?」


「うっ……、うっ……。そうなんです」


「ははっ、そう言われると悪い気はしないね」


 そう言ってドロシーのを優しくハグした。


 ドロシーは、彼女のしっとりとした柔らかい肌に温められ、心から安堵した。


 褐色の彼女は周りを見回し、


「あれ? 男が一人いるぞ……」


 と、つぶやいた。


 すると、ドロシーは急いで離れて、


「あ、あの人はダメです!」


 と言って、真っ赤になった。


 褐色の彼女は、


「あはは、取らないわよ」


 と、うれしそうに笑った。


        ◇


 ヴィーナは歓喜の声の上がる彼女たちをうれしそうに眺め、


「じゃぁ、レヴィア、彼女たちを(ねぎら)いなさい」


 と、指示した。


「ね、労うってこんなにたくさんをどうやって……?」


 青くなるレヴィア。


「ん、もうっ! 役に立たないわねっ!」


 ヴィーナはそう言うと扇子をぐるっと回した。


 ズズーン!


 轟音を立ててホールの上半分が吹き飛んだ。


 いきなり現れた青空に唖然(あぜん)とする俺たち。


 陽が傾いてきて、遠く南アルプスの山々も(かげ)って見える。


「シアン、船呼んで、船」


 ヴィーナはシアンに声をかける。


「まーかせて! きゃははは!」


 楽しそうに笑うとシアンは腕を振り上げ、腰をキュッキュッと回し、不思議な踊りを踊った。


 すると、空に漆黒の闇がブワッと広がり、ウネウネと動き始める。何だろうと思ってみているとやがてそれは空を覆いつくす巨大な影となり、次の瞬間、ズン! という重低音と共に巨大構造物が姿を現した。


「へっ!?」


 ヴィーナは素っ頓狂(とんきょう)な声を上げる。


 その巨大構造物は一つの街がすっぽりと入りそうなサイズで、ゴウン、ゴウンと重低音を発しながらゆっくりと頭上を動いている。


「あんた! これ、私ん()じゃない! 私が言ったのは『船』! こないだ作った宇宙船呼べって意味よ!」


 ヴィーナはシアンに怒る。どうやらシアンはヴィーナの自宅を持ってきてしまったようだ。


「あれ? きゃははは!」


 わざとやったのか何なのか、シアンはうれしそうに笑った。


 巨大構造物は前方上側がガラス造りの巨大パビリオンのようになっており、下半分と後部は純白で全面に宝石がちりばめられていた。それはまるで真っ白な砂浜にルビー、サファイヤ、エメラルドの巨大な宝石をばらまいたような質感で、宝石は自らもキラキラと発光しながら美しい輝きを無数に放っていた。そして、金色のラインが優美に船首から後部にかけて何本か走り、まさに空飛ぶ宮殿という(おもむ)きだった。


 これがヴィーナが住む居城……、俺はそのあまりの現実離れした美しさに言葉を失った。












6-8. 太陽系第五惑星、木星


「キャ――――! 素敵――――!」


「うわぁ! すごぉぉい!」


 女性たちから黄色い歓声が次々と上がる。


 初めて見る天空の宮殿に、女性たちの目はくぎ付けだった。


「んも――――っ! しょうがないわねぇ……」


 ヴィーナは歓声に気を良くして、まんざらでもない様子である。


「マゼンタ! 彼女たちをもてなしてくれるかしら?」


 ヴィーナは宮殿に向かって声を上げた。


 すると、宮殿の底についていた四角い建物がスーッと降りてきて、ホールの壁の上に玄関を合わせて止まった。そして、階段がスーッと伸びてくる。


 大きなドアがギギギギときしみながら開くと、中から執事が出てきた。そして、


「おもてなしの用意はできております、皆さまどうぞ」


 と、言ってうやうやしく女性たちに頭を下げた。


 女性たちは最初困惑していたが、ヴィーナが、


「美味しい食事とお酒、それに温泉もあるわよ! 今日はゆっくり休んで!」


 と、みんなに声をかけると


「キャ――――!」


「やったぁ!」


 と、歓喜の声が上がる。


 そして次々と階段を上っていった。


 何百人もの女性のもてなしをあっという間に用意する執事、いったいどれ程の修羅場を超えてきたのだろうか? ヴィーナ様に仕えるというのはこういう事なのかと、感嘆した。


 解放された女性たちを乗せ、宮殿はすうっと消えていった。


 全員乗ったのかと思っていたら、隅に一人うずくまっている娘がいた。


 気になって駆け寄ってみると、革のビキニアーマーを来た女の子……、俺と戦った女の子だった。


「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


 声をかけてみても反応がない。


 シアンがスーッと飛んできて不思議そうに彼女を見つめ、首をかしげる。


「うーん、意識障害が残っちゃってるのかなぁ……?」


 そう言って、シアンは自分のおでこを彼女のおでこにくっつけた。


「あっ! ダメ!」


 ヴィーナが叫ぶと同時に、彼女から漆黒の闇がブワッと噴き出し、シアンを包んだ。


「うわぁ!」


 俺は驚いて思わず飛びのいた。


 駆け寄ってきたヴィーナは、


「あぁ……」


 と、言って、(ひたい)に手を当てて天を仰いだ。


「あれは何ですか?」


 俺が恐る恐る聞くと、


「乗っ取られちゃった……」


 そう言って首を振り、大きく息を吐いた。


 闇が晴れていくとシアンは辺りを見回し、


「何だこれは……。ほう……。なるほど……」


 と、低い声でつぶやく。


 明らかに人格が変わってしまった。嫌な予感しかしない。


 シアンはドヤ顔で俺たちを見回すとニヤッといやらしい笑みを浮かべ、指先をくるくると回す。


 俺たちはホールごといきなり真っ暗な所へと転送された。


「うわぁ!」「キャ――――!」


 いきなりの展開に俺は何が何だか分からなくなる。


 ただ、最悪な事態が進行していることは間違いなかった。


 ホールはゆっくりと回転し、向こう側から何かが見えてくる。


 俺はすごい嫌な予感の中、それをじっと見つめた。


 だんだんと見えてきた赤茶色の巨大な球体……それは何と木星だった。そう、俺たちはホールごと木星のそばに飛ばされたのだ。


 俺は唖然(あぜん)とした。一体これから何が起こるのか……。ブルブルッと自然に体が震える。


 太陽系第五惑星、木星。それは地球の千三百倍のサイズをほこる太陽系最大の惑星だ。


 目が慣れてくると上空には満天の星々の中、壮大な天の川が走るのが見えてきた。その中に浮かぶ巨大な惑星……。表面に走る巨大な縞模様、そして特徴的な真っ赤で大きな渦、それが圧倒的な迫力を持ってホールの上を覆っていった。


「はーっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」


 シアンは叫ぶ。


 この笑い方……、ヌチ・ギだ。ヌチ・ギがシアンを乗っ取ったのだ。きっとあのビキニアーマーの子の中の意識領域にヌチ・ギは自分のバックアップを残していたに違いない。そして、シアンが近づいてきたので意識を奪ったのだ。何という抜け目なさ。本当に嫌な奴だ。


 俺は思わず天をあおぐ。


 最悪の展開になってしまった。シアンは宇宙最強。それを乗っ取ったヌチ・ギはこの宇宙を滅ぼす事すらできてしまう。もはや止められる者などこの宇宙に誰もいない。


 皆、言葉を失った。












6-9. 大いなる力の責務


「さて……、諸君! とんでもない事をしてくれたな……。まず、お前だ!」


 シアンはレヴィアをにらむと、腕をカメレオンの舌のようにビューンと伸ばし、レヴィアの胸ぐらをつかんだ。


「ロリババア! お前は許さん!」


 そう言うと、レヴィアの身体を高々と持ち上げる。


「止めろ! 何するんじゃ! 放せ――――!」


 直後、レヴィアが壊れたTVの映像みたいに、四角いブロックノイズに包まれた。


「うぎゃぁぁぁ!」


 悲痛なレヴィアの声がホールに響く。


 何とかしてあげたいがどうしようもない。ただ、呆然(ぼうぜん)と眺めることしかできなかった。


 やがて、四角いノイズ群はどんどんと少なく小さくなっていき……、消えてしまった。


 いきなり始まった凄惨なリンチに俺たちは戦慄を覚え、固まって動けなくなる。


 静まり返ったホールの上を、巨大な木星がゆっくりと動いていく。


「次に、ヴィーナ! お前だ!」


 シアンはヴィーナをにらみつけた。


 ヴィーナは無言でジッとシアンを見ている。


「今まで散々かわいがってくれたなぁ! おい!」


 そう言ってシアンは腕を伸ばし、ヴィーナの腕をつかんだ。


 ヴィーナは顔をしかめる。


「木星ではお前は力を使えんからな。この宇宙最強の娘には誰もかなわんだろ? はっはっは!」


 やりたい放題のヌチ・ギは極めて上機嫌だ。


 ヴィーナは腕を振りほどこうとするが、シアンの力は強く、ビクともしない。


「お前の身体は一度味わってみたいと思っていたんだ。どんな声で鳴いてくれるかな? クフフフ……」


 ヴィーナでもかなわないのであれば、もはや全滅するより他ない。みんな殺されてしまう。


「あ、あなたぁ……」


 ドロシーがガタガタ震えながら俺の腕にしがみついてくる。


 俺は優しくドロシーを抱き寄せたが……、これは、もう俺がどうこうできるレベルを超えている。


 乗っ取られてしまった『宇宙最強』の娘に捕らわれた金星の女神……。


 絶望が俺を支配し、目の前が真っ暗になった。


 すると、ヴィーナは静かに口を開いた。


「お前は……、勘違いをしているよ」


「は? なんだ? 命乞いか?」


 いやらしい笑みを浮かべるシアン。


「シアンは確かに宇宙最強。誰もかなわない」


「そう、最高だ!」


「だが、With great power comes great responsibility. 『大いなる力には大きな責任が伴う』だよ。その身体を操れるのはシアンだけだ」


 ヌチ・ギは笑う。


「はっはっは! 何を言い出すかと思えば……。こうやって自在に操っているじゃないか! 苦し紛れもいい加減にしろ!」


「ふふっ、その身体にはね、全宇宙の百万個の星の管理プロセスが走っている……。シアンは常に百万個の星を管理してるんだよ」


「はぁ?」


「お前はさっきからそれを処理してないだろ。そろそろエラーがあふれ出すよ。お前に処理できるのかい?」


「え?」


 シアンの表情が硬くなる。


「ほら、来るよ……」


 ヴィーナがニヤッと笑う。


「ぐっ!」


 シアンがひざをついて苦しい表情を浮かべる。


「ぐ、ぐぉぉぉ!」


 シアンは倒れもがき苦しみ始めた。


「な、なんだ、これはぁぁぁ!」


 シアンはものすごい表情でヴィーナをにらみ、ヴィーナはドヤ顔で見下ろした。


「くっ!」


 シアンはそう言うと、ビキニアーマーの女の子に飛びかかり、押し倒した。


 何が起こったのかと思ったら、女の子が動き出し、ハァハァと荒い息で言った。


「下手うった……。百万個の星の管理なんて聞いてないぞ!」


 どうやらヌチ・ギはビキニアーマーの女の子の中に逃げ出したようだ。


 すると、シアンは立ち上がり、


「いやー、失敗しちゃった! きゃははは!」


 と、楽しそうに笑った。


「シアン、そいつとっちめて!」


 と、ヴィーナが言うと、ビキニアーマーの女の子は焦って逃げだす。


 シアンは、必死に逃げようとする女の子の目の前にワープをすると、


「どこへ行こうというのかね? きゃははは!」


 と、笑いながら女の子を捕まえ、頭から白いもやのようなものを抜き取った。


「悪い子はこちらデース」


 そう言って、うごめく綿あめのようなものを楽しそうに手のひらでこねる。


「後で悪事を洗いざらい吐かせるから保管しといて。それからレヴィアの蘇生(そせい)もよろしく」


「はいよ!」


 シアンはそう言って、綿あめをポケットに詰めると、指先で空間をツーっと裂いた。


 そして、空間のすき間に手を入れて女性を引っ張り出した。


「よいしょっと!」


「え? あれ? なんじゃ?」


 キョロキョロしながら出てきた女性は、なんと海王星で見た大人のレヴィアだった。


「あれ? ずいぶん育ってない?」


 ヴィーナは怪訝(けげん)そうな顔をして言う。


 レヴィアは、豊満な自分の胸を持ち上げて満足そうな表情を浮かべると、


「これからはこの身体で行くとするかのう。うっしっし」


 と、うれしそうに笑った。








6-10. 懲役千年


 シアンはホールを元の地球に戻し、空には夕焼け空が戻ってきた。


 ヴィーナはビキニアーマーの女の子を宮殿に合流させ、


「これで片付いたかしら?」


 と周りを見回した


 するとドアが開いた。


「旦那様~! 姐さ~ん!」


 アバドンが走ってくる。


「おぉ、アバド~ン!」


 俺もアバドンの方へ駆けて行って、思いっきり抱き着いた。


「ありがとう! おかげで解決したよ!」


「え? 私、まだ何もやってないんですが……」


 ドロシーも駆け寄ってきたアバドンに抱き着き、泣き出した。


「アバドンさ~ん! うわぁぁん!」


「あ、(あね)さん、ご無事ですか?」


 アバドンは困惑気味に聞く。


「うんうん……。ありがとう……、うっうっうっ……」


 どういうことか分からず、首をひねっているアバドンに、俺は言った。


「俺たちは未来のお前に救われたんだ」


「未来の私……?」


「そう、カッコよかったぞ! 後でゆっくり説明するよ」


「本当にすごかったのよ!」


 二人に熱く()められて、照れるアバドン。


「あ、そ、そうなんですね。よ、良かった。グフフフ……」


        ◇


 ヴィーナはレヴィアに言った。


「さて、お前の不始末をどうするかだな……」


「ヒェッ! どうかお手柔らかに……」


 レヴィアは、ひどくおびえた様子で縮こまった。


「ヌチ・ギの女狂いを報告もせず、街は発展せず、ダメダメなのよね、お前……」


「いや、これには深い訳が……」


「言い訳は見苦しいわよ!」


 ヴィーナの鋭い視線がレヴィアを射抜く。


 俺はレヴィアがかわいそうになった。


「ヴィーナ様、彼女なりに頑張ったんです。何とか情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地を……」


「お前は黙ってな!」


 ヴィーナの鋭い目に射抜かれ、ゾッとした。こ、怖い……。


「さて、処分を申し渡す!」


 目をつぶり、縮こまるレヴィア。


「この星は消去! レヴィアは懲役千年!」


「そ、そんなぁ……」


 涙目のレヴィア。


「ヴィーナ様! 消去だけは勘弁してください! たくさんの大切な人達がいるんです!」


 俺は手を合わせ、懇願(こんがん)する。


「最後まで聞きな」


 俺をギロっとにらむヴィーナ。


「ただし……。優秀な管理者候補がいるのであれば、執行猶予を付けるが……。レヴィア、いるのかい?」


 ニヤッと笑ってレヴィアを見るヴィーナ。


「こ、候補……ですか?」


 レヴィアは俺を見る。


「お主……、やるか?」


「えっ!? 私が管理者ですか!?」


「そうじゃ、素質もありそうじゃしな」


 管理者として万能な権能を持ち、この星を統べて、大きく伸ばしていく……。それはすごいやりがいのありそうな仕事だった。


「ぜひ、やらせてください!」


 俺は笑顔で言った。


 レヴィアはにこやかにうなずくと、


「この男を推薦させてください」


 と、ヴィーナに言った。


 ヴィーナはニヤッと笑うと、


「ゲームのやりすぎで間抜けに死んだ男がねぇ……」


 そう言って俺の目をのぞきこんだ。


「あの頃の自分とは違います! いろいろな試練を乗り越え、今や妻も仲間もいます。ぜひ、やらせてください!」


「お前は管理者って何やるか知ってるのかい?」


 ヴィーナは眉間(みけん)にしわを寄せる


「文明文化を発達させるんですよね?」


「ただ発達させるだけじゃダメよ。オリジナルな文明文化でないと意味ないわ」


「オリジナル……?」


「そうよ、日本の劣化コピー作られても評価はできないわ」


 ヴィーナは厳しい目で俺を見る。


「そんなの一体どうやったら……」


「ヌチ・ギはファンタジーな魔法システムを作り込む事でチャレンジしたけど、失敗したわ。あなたならどうする?」


 なるほど、ヌチ・ギはヌチ・ギなりに必死に考え頑張っていたのだ。では、俺ならどうするか……。要はみんなが生き生きと活力ある状態をキープすればいいだけなんだが……。


「うーん……。魔法そのものは良かったと思います。ただ、貴族たちによる独裁が市民の活力を奪ってしまったのが悪かったかなと」


「ふぅん……、分かってるじゃない」


 ヴィーナはうれしそうに笑った。


「私も王様に指名手配されたので……」


 俺はうなだれた。


 ヴィーナは目をつぶり、しばらく何かを考え、言った。


「まぁいいわ。すぐに答えが出るような簡単な話じゃないし、少しやってみなさい。ダメだったらその時は……、この星消すわよ。覚悟はいい?」


 消すという言葉に一瞬ひるんだが、何度も死線をくぐり抜けてきた俺にはそれなりの自信が芽生えていた。


「大丈夫です。ヴィーナ様がビックリするような成果、上げて見せます!」


「分かったわ。では、研修するから田町のオフィスに来なさい」


「え? これからですか?」


「明日からでいいわ。今晩は東京のホテルで休みなさい」


 そう言って、女神のほほえみを浮かべた。



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