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第一部 チートが暴く世界

コンテスト応募用に過去作をリメイクしたものになります。

挿絵(By みてみん)

1章 楽しきチート・ライフ


1-1. 見せてやろう、本当の強さとやらを


「ぐわぁぁぁ! 勇者めぇ!!」


 目の前で激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。


 倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開されていく。


 立ち上る灼熱の巨大キノコ雲を目の前にして、俺は愕然(がくぜん)とする。勇者の命を何とも思わない発想はもはや悪魔としか思えなかった。


 彼女……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?


 爆煙たち込める爆心地の灼熱の地獄に突っ込んでいくと、俺は瓦礫の山を必死で掘っていった。


「ドロシー! ドロシー!!」


 自然と溢れ出す涙がポタポタと落ちていく。


 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。


 見つけた!


「ドロシー!!」


 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。


「え? なんだ?」


 俺はそーっと手を引っ張ってみる……。


 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。


「え?」


 なんと、ドロシーの手は(ひじ)までしかなかったのである。


「あぁぁぁぁ……」


 俺は崩れ落ちた。一体彼女が何をしたというのか? なぜこんな罰を受けねばならないのか?


「うわぁぁぁぁ! ドロシー!!」


 さっきまで美しい笑顔を見せていた彼女はもう居ない。


 俺は狂ったように泣き喚いた。


「勇者……、お前は絶対に許さん……」


 俺はドロシーの腕をきつく胸に抱き、涙をぽたぽたと落としながら復讐を誓った。


      ◇


 準備を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた――――。


「さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!」


 ウワ――――ッ!! ピューィィ――――!!


 超満員の闘技場に勇者が登場し、場内の熱気は最高潮に達した。


 今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦が始まるのだ。


 金髪をキラキラとなびかせて、豪奢(ごうしゃ)なよろいを装備した勇者は、観客に向かって(きら)びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。


 続いて、俺の入場である。


「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」


 呼び声がかかると、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない、ただの会場の作業員と変わらないいで立ちである。


 観客たちはなぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、訳が分からずどよめいている。


「なぜ、お前がここにいる……」


 勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。


「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」


 俺は勇者をにらみながら淡々と返した。


「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」


 勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。


「このクズが……」


 激しい怒りが俺を貫く。


「お前、武器はどうした?」


 何も持ってない俺を見て、(いぶか)しげに勇者は聞いてくる。


「お前ごときに武器など要らん」


 バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。


「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」


 俺はニヤッと笑い、


「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな……、リリアン姫との結婚もあきらめろよ」


 と、いいながら勇者を指さす。


 勇者はあきれた表情で、


「いいだろう……。だが、生意気言った奴は全員殺す……、これが俺様のルールだ」


 そう言って、いやらしく(わら)った。


「約束だからな。こちらも殺しちゃったら……、ごめんね」


 俺は勇者にニッコリと笑いかけた。


 しばし、にらみ合う両者……。


「はい、両者位置について~!」


 レフェリーが叫ぶ。


 勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。


 すると、刀身に青く光る幻獣の模様が浮きあがり、金の装飾が施されたミスリル製のよろいも青く光り始める。


 ウォ――――!


 超満員のスタンドから地響きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。きっとあのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろう。観客たちはそんな野蛮な期待に興奮を隠せなかった。


 俺は青白く浮き上がる『鑑定スキル』のウィンドウを見ていた。勇者のステータスがぐんぐんと上がっていく。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルだ。


 観客からかけ声が上がる。


「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」


 俺は闘技場をぐるりと見まわし、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。


 この勇者は極悪人だ。俺の大切な人を(さら)い、乱暴し、挙句の果てに勇者の仲間ごと爆殺したのだ。観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。


 準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。


「レディ――――ッ! ファイッ!」


 勇者は俺をにらみ、大きく息をすると、


「ゴミが! 死にさらせ――――!」


 と、吠えながら、すさまじい速度で迫り、目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろした。聖剣の速度は音速を超え、ドン!という衝撃波の爆音が空気を切り裂く。


 人族最高レベルの攻撃、見事だ。しかし……


 ガッ!


 俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。


「えっ!? あ、あれ!?」


 勇者はうろたえた。


 あわてて聖剣を構えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。


「ちょっと、何すんだよ!」


 勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。バカなのかな?


「武器なんかに頼っちゃダメだな」


 そう言って、勇者の手から聖剣を奪い取った。


「うわっ! 返せよ!!」


 聖剣を取り上げられてうろたえる勇者。


「約束は守れよ」


 俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の(つば)で勇者の頭をどつき、吹き飛ばした。


 勇者は、


「ぐぉっ」


 と、わめき、間抜けな顔をさらして転がる。


 どよめく観衆。


 俺は聖剣を投げ捨て、勇者をにらむ。


「いたたた……」


 どつかれた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。


「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!!」


 そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先でぬぐいながら、よろよろと立ち上がり、


「許さん! 許さんぞぉ!! ぬぉぉぉぉ!」


 と、わめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に輝き始める。


「ぐぉぉぉぉ!」


 勇者の叫び声は闘技場に響きわたり、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。


 そして、ドヤ顔で俺を見下した。


「見せてやろう、勇者の……、選ばれた者の力を!」


 勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。


「え? 見せて」


 俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の技……どんな技だろうか?


光子斬(フォトンカッター)!」


 勇者は叫びながら両腕を素早く開き、まばゆい光跡から光の刃が俺めがけて放たれる……が、俺はガッカリしながらすかさずそれを叩き落とした。


 光の刃は舞台に落ち、激しい地響きと共に大爆発を起こす。衝撃波は観客席にまで届き、悲鳴が上がった。


 舞台上には爆炎が(きら)めき、舞台の上にはもうもうと煙が上がっている。


「な、なぜだ!」


 勇者は光の刃を叩き落とされたことに動揺を隠せない。叩き落せるなんて勇者も知らなかったのだ。


 次の瞬間、勇者の身体は宙を舞う。


「ぐふぅ!」


 俺は爆煙から『瞬歩』スキルで目にも止まらぬ速さで飛び出すと、アッパーカットで勇者を殴り飛ばしたのだ。


 勇者の身体は大きく宙を舞い……ドスンと落ちて転がる。


 俺はツカツカと勇者に迫った。


 


「き、貴様何者だ!」


 勇者は青い顔をして、じりじりと後ずさりしながら喚く。


「お前もよく知ってるだろ? ただの商人だよ」


 そう言いながら勇者のそばに立ち、指をポキポキと鳴らしニヤッと笑った。


「わ、わかった。何が欲しい? 金か? 爵位か? なんでも用意させよう!」


 勇者はビビりながら交渉を始める。


 俺は勇者を見下ろし、汚いものを見るような目で言った。


「お前は性欲と下らん虚栄心のために俺の大切な人を傷つけ、多くの命を奪った。その罪を(つぐな)え!」


 俺は勇者を蹴り上げ、瞬歩で迫ると、こぶしを顔面に叩きこんだ。


「ぐはぁ!」


 もんどりうって転がる勇者。


 超満員の闘技場は水を打ったように静まり返った。


 人族最強の男がまるで子供のように、いいようにボコボコにされているのだ。観客にとってそれは目を疑うような事態である。


 勇者は俺におびえながら、よろよろと立ち上がると、


「わ、分かった! お前の勝ちでいい、約束も守ろう! あ、握手だ、握手しよう!」


 そう言いながら右手を差し出してきた……。


 俺はしばしその右手を眺め……、チラッと勇者を見る。


「き、君がすごいのは良く分かった。仲良くやろうじゃないか。まず握手から……」


 必死にアピールする勇者。


 俺は無言で右手をつかんでみる。


 すると、勇者はニヤッといやらしい笑みを浮かべながら俺の手をガシッと強くつかみ、叫んだ。


絶対爆雷サンダーエクスプロージョン!」


 直後、巨大な雷が天空から降ってきて俺の身体を貫いた。


 会場を光で埋め尽くす激烈な閃光は熱を帯び、激しい地鳴りと共に俺の身体から爆炎がゴウッと立ち上る。


 キャ――――!!


 あまりの衝撃に観客からは悲鳴が巻き起こった。


「バカめ! 魔王すら倒せる究極魔法で黒焦げだ! ハーッハッハッハー!」


 勇者が高らかに笑う。


 爆炎は高く天を焦がし、放たれる熱線は闘技場一帯を熱く照らした。観客たちはあまりの熱さに顔を(おお)う。


 勝利を確信した勇者だったが……、収まってきた爆炎の中に鋭く青く光る目を見た。


「え……?」


 そして、右手が握りつぶされ始めたのを勇者は感じた。


「お、お前まだ生きてるのか!? ちょ、ちょっと痛い! や、止めてくれ!」


 もだえる勇者。


 チートで上げまくった俺の魔法防御力は、勇者の魔法攻撃力をはるかに上回っているのだ。効くわけがない。


 俺は無表情でさらに強く勇者の手を握る。ベキベキベキッと音を立てながら手甲ごと潰れる勇者の右手。


「ぐわぁぁぁ!」


 思わず尻もちをついて無様にうずくまる勇者。


「嘘つきの卑怯者が……」


 俺は勇者に迫ると顔面を思いっきり蹴り上げた。


 ゴスッという嫌な音と共に勇者が吹き飛び、真っ赤な血が飛び散って闘技場を染めた。


「きゃぁっ!」「うわっ!」


 観客から悲痛な声が漏れる。


 俺がスタスタと近づくと、勇者はボロボロになりながら


「わ、悪かった……全部俺が悪かった。は、反省する……」


 と、ようやく罪を認めた。


 俺は勇者のよろいをつかみ、持ち上げると言った。


「今後一切、俺や俺の仲間には関わらないこと、リリアン姫との結婚は断ること、分かったな?」


 勇者は腫れあがった顔をさらしながら、


「わ、分かった」


 と言った。


 俺はもう一発、(こぶし)でこづくと、


「『分かりました』だろ?」


 と、すごんだ。


 目を回した勇者は小さな声で、


「す、すみません、分かり……ました」


 そう言ってガクッと気を失った。


 俺は勇者を舞台の外に無造作に放り、レフェリーを見る。


 呆然(ぼうぜん)としていたレフェリーは、俺の視線に気づいてあわてて叫ぶ。


「しょ、勝者……、えーと……ユーター!」


 この瞬間、俺は武闘会優勝者となった。


 俺はちょっとすっきりして右手を高く掲げる。


 観客は、何があったかよく分からない様子だった。


 人族トップクラスの強さを誇る王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。一体これをどう理解したらいいのか、みんな困惑していた。


 まぁ、それは仕方ない。もちろん、勇者は強い。俺以外なら世界トップだろう。だが、チートでひそかに鍛えていた俺のレベルは千を超えている。職種こそ『商人』ではあるが、これだけレベル差があるとたとえ『勇者』だろうが瞬殺なのだ。勝負になどなりようがない。


 闘技場に集まった数千の観客たちはどよめいていた。


 この平凡な街の商人が、勇者を倒せるのだとしたら、勇者とは何なのか? 観客たちはお互い顔を見合わせて首をひねるばかりだった。


 俺はそんなザワザワしている観客たちをぐるっと見回し……、そして、貴賓席に向かって胸に手を当て、姿勢を正した。


 コホンと軽く咳ばらいをし、豪奢(ごうしゃ)な椅子にふんぞり返って座る王様に向かって大きく張りのある声で叫んだ。


「国王陛下、この度は素晴らしい武闘会を開催してくださったこと、謹んで御礼申し上げます! ご覧いただきました通り、優勝者はわたくしに決まりました! つきましては、リリアン姫との結婚をお許しいただきたく存じます!」


 王様の隣で可憐なドレスに身を包んだ絶世の美女、リリアンは両手を組み、感激のあまり目には涙すら浮かべていた。


 王様はあっけにとられていたが、俺の言葉を聞いて激怒した。


「商人ごときが王族と結婚などできるわけなかろう! ふ、不正だ! 何か怪しいことを仕組んだに違いない! ひっとらえろ!」


 王様の掛け声で警備兵がドッと舞台に上って俺を包囲する。


 しかし、レベル千の俺からしたら雑兵など何の意味もない。体操競技選手のようにタンッと飛び上がり、クルクルッと回りながら警備兵を飛び越えると、


「みんな! ありがとー!」


 と、観客席に手を振ってそのままゲートを突破し、退場した。


 リリアンとの約束は『勇者との結婚を(はば)むこと』。これでお役目終了だ、ホッとした。


 遠くの街まで逃げてまた商人を続ければいい、金ならいくらでもあるのだ。


 だが、世の中そう簡単にはいかない。この世界は俺のようなチートを見逃してはくれないのだった。


 ともあれ、なぜこんなことになったのか、順を追って語ってみたい。






1-2. 転生したら孤児だった件


 俺は瀬崎(せざき)(ゆたか)、なんとか憧れの大学には入ったものの折からの不景気で就活に失敗。アルバイトをしながらのギリギリの暮らしに転落してしまった。


 遊びまわる金もなく、ゲームばかりの毎日。しかも無課金だから、プレイ時間と技で何とか食らいついていくような惨めなプレイスタイルだった。必死になった分、ゲームシステムの隙をつくような技にかけては自信はあるのだが、そんなスキルあっても全く金にはならないのだ。


 カップラーメンや菓子パン詰め込んで朝までゲーム、そしてバイト。こんな暮らしがいつまでも続くわけがない。ある日、ついに不摂生がたたり、ゲームのイベント周回中に心臓が止まった。


「うっ」


 いきなり襲ってきた強烈な胸の痛み。


「ぐぉぉぉ!」


 俺は椅子から転げ落ち、のたうち回る。苦しくて苦しくて、冷や汗がだらだらと流れてくる。


 きゅ、救急車……呼ばなきゃ……ス、スマホ……。


 しかし、あまりに苦しくてスマホを操作できない。


 ぐぅ……死ぬ……死んじゃうよぉ……。


 目の前が真っ暗になり、急速に意識が失われていく。


 え、これで終わり……? そ、そんなぁ……。


 これが現世での最後の記憶である。


 


 俺はキラキラと輝く黄金の光の渦の中に飲み込まれ、溶け込んでいくような感覚に包まれながらこの世を去ったのだった。


 人生ゲームオーバー――――。


     ◇


「……豊さん……」


 誰かが呼ぶ声がする……。


「……豊さん……」


 何だ? 誰だ? 俺はゆっくりと目を開けた。


「あ、豊さん? お疲れ様……分かるかしら?」


 気が付くと俺は光あふれる純白の神殿で、美しい女性に起こされていた。


「あ、あれ? あなたは……?」


 俺は急いで体を起こし、目をこすりながら聞いた。


「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」


 そう言って、にっこりと美しい笑顔を見せた。


「え? あれ? 俺死んじゃった……の?」


「そうね、地球での暮らしは終わりね。これからどうしたい?」


 ヴィーナは優しく微笑んで、俺の目をのぞき込む。


「え? どうしたいって……、転生とかできるんですか?」


「そうね、豊さんはまだ人生満喫できていないし、もう一回くらいならいいわよ」


 やった! 俺は目を輝かせ、両手を合わせて祈るように言った。


「だったら……チートでハーレムで楽しい世界がいいんですが……」


 すると、ヴィーナはまたかというように、首を振り、うんざりした表情を見せる。


「ふぅ……最近みんな同じこと言うのよね……。そう簡単にチートでハーレムなんて用意できないわよ」


 不機嫌になってしまったヴィーナ。確かに同じ世界にチートハーレム勇者を何人も配置できるわけがない。贅沢な望みだったかもしれない。しかし、これは次の人生に関わる重要なポイントだ、なんとかいい条件を勝ち取らねばならない。


「じゃ、チートだけでいいのでお願いしますぅ」


 俺は必死に頼み込む。


 その無様な俺の姿を、ため息をつきながら見つめるヴィーナ。


「ふぅ……、しょうがないわねぇ……じゃぁ特別に『鑑定スキル』付けておいてあげましょう」


 そう言ってヴィーナは何やら空中を操作してタップした。『鑑定スキル』というのは一般には、アイテムやモンスターなどの詳細情報を空中の画面に表示してくれるスキルである。ただ、情報が分かるだけで強くなるわけではないので、上手く使うには骨が折れそうなスキルだ。


「え~、鑑定ですか……」


「何よ! 文句あるの?」


 ギロっとにらむヴィーナ。


「い、いえ、鑑定うれしいです!」 


 急いで手を合わせてヴィーナに(おが)む俺。と、ここで俺はこのヴィーナのセリフ、にらみかたは、どこかで見覚えがあることに気づいた。


「……、よろしい! では、準備はいいかしら?」


 ニッコリと笑うヴィーナ。


「も、もしかして……美奈(みな)先輩ですか?」


 そう、ヴィーナは大学時代のサークルの先輩に似ていたのだ。


「じゃぁ、いってらっしゃーい!」


 俺の質問を無視し、強引に見切り発車するヴィーナ。


 テーマパークのキャストのように、ワザとらしい笑顔で手を振る。


「いや、あなた、やっぱり美奈(みな)先輩じゃないか、こんなところで何やって……」


 俺はすぅっと意識を失った。


      ◇


 皆が寝静まる深夜、俺はベッドで目が覚めた。


「え? あれ?」


 俺はこぢんまりとした孤児院で暮らす十歳の少年、ユータ……だが……。


 むっくりと体を起こし、周りを見回す。


 ここは子供用三段ベッドの中段、右も左も三段ベッドが並び、孤児だらけ。窓から差し込む淡い月明かりが(すす)こけたカーテンを照らし、静かに現実を浮かび上がらせる。


「いやいやいや、何だこれは?」


 混乱した俺は目をつぶり、記憶を呼び覚ます。


 俺はここで暮らしている孤児……だが、日本で暮らしていた記憶もありありと思いだされる。あの豪華なグラフィックだったMMORPGの攻略方法まで詳細に覚えている。特殊な薬草集めて金貯めて、装備を整えてダンジョン行くのが最高効率ルート。途中、バグ技使って経験値倍増させるのがコツだった。妄想なんかじゃない。


 と、なると……俺はこの少年に無事転生したってこと……なんだろう。


 俺はベッドに腰掛け、周りを見る。隣のベッドに寝ているのは……そうそう、親友のアルだ。幸せそうにすやすやと寝ている。


 そうだ、俺は孤児であり転生者、やった! 二回目の人生だ、今度の人生は上手くやってやるぞ! と思ったが……孤児? 女神様ももうちょっと気を使ってくれてもいいのに。貴族の息子の設定とかでもよかったんだよ? 俺はあの先輩に似た女神様を思い出し、ふぅっとため息をつく。


 なんともハードなスタートだよ。


 えーっと……。何か特典を貰っていたな……。確か……『鑑定』、そうだ! 鑑定スキル持ちなはずだぞ。


 だが、どうやるかまで聞いてなかった。


 俺はアルに向かって、


「鑑定……」


 とつぶやいてみた……。


 だが……何も変わらない。


 おいおい、女神様……。チュートリアルくらい無いのかよ……。俺はちょっと気が遠くなった。


 ゲームでは指さしてクリックだったが……クリックってどこを?


 試しにアルを指さしてみたが、そんなので出てくるはずがない。


 俺は途方に暮れ、大きく息を吐き、月明かりの中幸せそうに寝てるアルをボーっと見つめた。


 鼻水の跡がそのまま残る汚い顔、何かむにゃむにゃ言っている。一体どんな夢を見ているのだろうか……。


 まさか親友が異世界転生の20代のゲーマーだとは思ってもみなかっただろう。


 アルが鑑定出来たらどんなデータが出るのかな……レベルとか出るのかな……。


 と、その時だった。


 ピロン!


 頭の中で音が鳴っていきなり空中にウィンドウが開いたのだ。


「キタ――――!!」


 俺は思わずガッツポーズ。


 どうも心の中で対象のステータスを意識すると自動的に『鑑定ウィンドウ』が開く仕様になっているらしい。俺は興奮しながら中を見ていった。


アル 孤児院の少年


剣士 レベル1


 と、ある。他にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と並んでいるが、どの位あるとどうなんだというのまではよく分からない。ただ、HPが0になったら死ぬのだろう。ここは要注意だな。


 自分を鑑定するにはどうしたらいいか……だが。良く分からないので、「ステータス!」と、言ってみた。


 すると、空中にウインドウが開き、俺のステータスが出た。なるほどなるほど!


 喜び勇んで中を見ると……。


ユータ 時空を超えし者


商人 レベル1


 しょ、商人だって!?


 何だよ、女神様……。そこは勇者とかじゃないのかよ! せめてアルみたいに剣士にしておいて欲しかった。トホホ……。


 明らかに異世界向きじゃないハズレ職に俺は意気消沈である。


 その後、手近な仲間を一通り鑑定したが、皆ただの孤児院の子供ばかり。特殊な属性持ちは見当たらなかった。


 さて、俺はこの世界で何を目指せばいい? 商人じゃ派手な冒険は無理だ。となると、金儲け特化型プレイ? うーん、どうやったらいいんだ?


 うーん……


 まぁいいや、明日ゆっくり考えよう。


 俺はベッドに横たわり、毛布に(くる)まった。明日からの暮らしはどう変わるかな……。とりあえず、なんでも全部鑑定してみよう。隠された真実が分かるかもしれないぞ。ワクワクした気持ちを温かく感じながら、静かに目を閉じた。








1-3. 強姦魔の恐怖


「キャ――――!!」


 窓の外からかすかに女の子の悲鳴が聞こえた。


 空耳かとも思ったが、それにしてはリアルだった。


 そっと窓の外を見ると、離れの倉庫の窓がかすかに明るい。あんなところ、夜中に誰かが使う訳がない。


 俺は窓からそっと降りると、はだしで倉庫まで行って中を覗いた……。


 見ると、女の子が服をはぎ取られ、むさい男に組みしかれていた。膨らみ始めた白くきれいな胸が、揺れるランプの炎に照らされて妖艶に彩られる。


 女の子は刃物をのどぶえに押し当てられ、涙を流している。ドロシーだ!


 ドロシーは十二歳、可愛いうえに陽気で明るいみんなの人気者。俺も何度彼女に勇気づけられたかわからない。絶対に救わなくては!


 しかし……、どうやって?


 男はズボンを下ろし始め、いよいよ猶予がなくなってきた。


 俺は急いで鑑定で男を見る。


イーヴ=クロデル 王国軍二等兵士


剣士 レベル35


 なんと、兵士じゃないか! なぜ兵士が孤児院で孤児を襲ってるのか?


 俺は必死に考える。レベル1の俺では勝負にならない。しかし、大人を呼びに行ってるひまもない。その間にドロシーがいいように(もてあそ)ばれてしまう……。


 考えろ……考えろ……。


 心臓がドクドクと激しく打ち鳴らされ、冷や汗が浮かんでくる。


 ドロシー……!


 俺は意を決すると、窓をガッと開け、窓の中に向け叫んだ。


「クロデル二等兵! 何をしてるか! 詰め所に通報が行ってるぞ。早く逃げろ!」


 いきなり名前を呼ばれた男は焦る。もちろん子供の声は不自然だが、身分も名前もバレているという事実は想定外であり、焦らざるを得なかった。


 急いでズボンを上げ、チッと舌打ちをするとランプを持って逃げ出していった。


「うわぁぁぁん!」


 ドロシーが激しく泣き出す。俺は兵士が通りの向こうまで逃げていくのを確認し、ドロシーの所へ駆け付けた。


 涙と鼻水で可愛い顔がもうぐちゃぐちゃである。


 俺は泣きじゃくるドロシーをそっと抱きしめた。


「もう大丈夫、僕が来たからね……」


「うぇぇぇ……」


 ドロシーはしばらく俺の腕の中で震えて泣き続けていた。


 十二歳のまだ幼い少女を襲うとか本当に信じられない。俺は憤慨しながら抱きしめていた。


 しばらくして落ち着いてきたので話を聞いてみると、トイレに起きた時に、倉庫で明かりが揺れているのを見つけ、何だろうと覗きに行って捕まったということだった。


 窓から入ってくる淡い月明かりに綺麗な銀髪が美しく揺れ、どこまでも澄んだブラウンの瞳から涙がポロポロと落ちる。


 俺はまたゆっくり抱きしめると、何度も何度もドロシーの背中を優しくなでてあげた。


『ドロシーに幸せが来ますように……、嫌なこと全部忘れますように……』


 俺は淡々と祈った。


        ◇


「ハーイ! 朝よ起きて起きて!」


 衝撃の夜は明け、アラフォーの、かっぷくのいい院長のおばさんが、あちこちの部屋に声をかけて子供たちを起こしていく。


「ふぁ~ぁ」


 あの後ベッドに戻ったが、ちょっと衝撃が大きく、しばらく寝付けなかったので寝不足である。


 俺は目をこすりながら院長を鑑定する。




マリー=デュクレール 孤児院の院長 『闇を打ち払いし者』


魔術師 レベル89




「えっ!?」


 俺は一気に目が覚めた。


 何だこのステータスは!? あのおばさん、称号持ちじゃないか!


 今までただの面倒見のいいおばさんだとしか認識してなかったが、とんでもない。一体どんな活躍をしたらこんな称号が付くのだろうか? 人は見かけによらない、とちょっと反省した。


 食堂に集まり、お祈りをして朝食をとる。ドロシーはまぶたが腫れて元気ない様子だったが、それでも俺を見ると小さく手を振って微笑んでくれた。後で兵士に手紙を書いて、今後一切我々に近づかないようにくぎを刺しておこうと思う。彼も大事にはしたくないだろう。兵士が孤児の少女を襲うとかとんでもない話だ。


 また、院長にもちゃんと報告しておこう。ただ、詳細に言うと鑑定スキルのことを話さなくてはならなくなるので、あくまでも倉庫の周りを男が歩いていたので大声で追い払ったとだけ伝えておく。


「あれ? ユータ食べないの?」


 そう言ってアルが俺のパンを奪おうとする。俺はすかさず伸びてきた手をピシャリと叩いた。


「欲しいなら銅貨二枚で売ってやる」


「何だよ、俺から金取るのか?」


 アルは膨れて言う。


「ごめんごめん、じゃ、このニンジンをやろう」


 俺が煮物のニンジンをフォークで取ると、


「ギョエー!」


 と言って、アルは自分の皿を後ろに隠した。


 


 食事の時間は(にぎ)やかだ、悪ガキどもがあちこちで小競り合いをするし、小さな子供はぐずるし、まるで戦場である。


 俺も思い出せば、昨日までは結構暴れて院長達には迷惑をかけてきた。これからは世話する側に回らないとならん。中身はもう20代なのだから。


 俺は硬くてパサパサしたパンをかじりながら、どうやって人生成功させたらいいか考える。孤児の身では一生うだつが上がらない。活躍もハーレムも夢のまた夢だ。俺が使えるのは唯一『鑑定』だけ。鑑定でひと財産築こうと思ったら……商売……かなぁ。『商人』だしな。しかし、商売やるには元手がいる。何で元手を稼ぐか……。ゲームの時は薬草集めからスタートしたから、まずは薬草集めでもやってみるか……。


 俺は食後に院長の所へ行き直談判する。


「院長、ちょっとお話があるんですが……」


「あら、ユータ君……何かしら?」


 昨日とは人が変わったような俺の言動に、やや警戒気味の院長。


 まずは昨晩のことを話し、子供たちに被害が出ないようにお願いした。


「あら、それは怖かったわね……。分かったわ、ありがとう」


 院長は対策について頭をひねって何か考えている様子だった。


「それからですね、実は薬草集めをして、孤児院の運営費用を少しですが稼ぎたいのです」


「えっ!? 君が薬草集め!?」


 目を丸くして驚く院長。


「もちろん安全重視で、森の奥まではいきません」


「でもユータ君、薬草なんてわからないでしょ?」


「それは大丈夫です。こう見えてもちょっと独自に研究してきたので」


 俺はにっこりと笑って胸を張って言う。


 いぶかしそうに俺を見る院長。そして、部屋の脇に吊るされていた丸い葉の枝を持ってきて俺に見せた。


「これが何かわかったらいいわよ」


 ドヤ顔の院長。


 なるほど、これは全く分からない。子供たちに使ってる薬草とも違う。


 しかし、俺には『鑑定』があるのだ。


 テンダイウヤク レア度:★★★


 月経時の止痛に使う


 なるほど、自分に使う薬だったか。


「テンダイウヤクですね、女性が月に一度使ってますね」


 俺は涼しげな声で答えた。


「え――――!!」


 驚いた院長は目を皿のようにして俺を見つめる。


「早速今日から行ってもいいですか?」


 俺はドヤ顔で聞いてみる。


 院長は目をつぶり、何かをしばらく考え……、


「そうよね、ユータ君にはそう言う才能があるってことよね……」


 と、つぶやき、


「わかったわ、でも、絶対森の奥まで行かないこと、これだけは約束してね」


 と、俺の目をまっすぐに見()えて言った。


「ありがとうございます。約束は守ります」


 俺はにっこりと笑う。


 その後、院長は薬草採りのやり方を丁寧に教えてくれた。院長も駆け出しのころはよくやったそうだ。


 俺の中身は20代、いつまでも孤児院の世話になっているわけにはいかない。早く成功への手掛かりを得て、自立の道を目指すのだ!










1-4. マジックマッシュルームの衝撃


 街の西側にあるでかい城門を抜けると麦畑が広がっている。今日はいい天気、どこまでも続く青空がとても気持ちいい。風がビューっと吹き、麦の穂が黄金色に輝きながら大きく揺れ、麦畑にウェーブが走る。俺は麦わら帽子が飛ばされないよう、ひもをキュッと絞った。


 この街道は、山を越えてはるか彼方王都まで続いているらしい。いつか商人として成功して、王都にも行ってみたい。そのためにはまずは元手だ。今日が俺の商人としてのスタートなのだ。絶対に成功させてやる。


 俺は麦畑の続く一本道を二時間ほど歩き、森の端についた。奥まで行くと恐ろしい魔物が出るらしいが、この辺りだと昼間であれば魔物の危険性はほとんどない。


 「護身用に」と院長から渡された年季ものの短剣が腰のホルダーにあることを確認し、大きく深呼吸して森の中へと入っていった。


 目につく植物は片っ端から鑑定し、レア度が★3以上の物を探す。


 しかし……、ほとんどが★1の雑草なのだ。あっても★2まで。分かってはいたが、ちょっと気が遠くなる。


 一時間ほど探し回ったが収穫はゼロ。まずい、このままでは帰れない。焦りが広がる。


 ちょっと先に小川が流れ、(がけ)になっている所を見つけた。


 崖は植生が変わっているので、期待大である。一目でたくさん鑑定できるので効率もいい。


 しばらく川沿いに歩きながら見ていくと……、見つけた!


 


アベンス レア度:★★★★


悪魔(ばら)いの効能がある


 これは凄い! いきなり★4である。俺は興奮して駆け寄った。


 しかし……崖の上の方に生えていて簡単には採れそうにない。三階建ての家の高さくらいだろうか、落ちたら死ぬだろう。


 諦めるか……命を懸けるか……俺はしばし悩んだ。


 小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、鳥がチチチチと遠くで鳴いている。


「よしっ!」


 俺は両手のひらで頬をパンパンとはたくと覚悟を決めた。俺は今度こそ人生成功するのだ。崖ぐらいで日和(ひよ)っていられないのだ。俺は崖にとりつき、ひょいひょいと登り始めた。


 子供の身体は軽い分、こういう時は有利ではあるが、それでも落ちたら死ぬのだ。俺は下を見て、予想以上の高さに心臓がキュッとする。


 何度も諦めそうになったが、徐々に体のホールド方法が分かってきて、最後にはなんとかたどり着くことができた。


 短剣で薬草を根元から丁寧に採集し、バッグに突っ込む。思わずにやけてしまう。きっと銀貨1枚くらい……日本円にして1万円くらいにはなるに違いない。


 だが、今度は降りなければならない。降りるのは登る何倍も難しい。チラッと下を見ると地面ははるか彼方下だ。俺は泣きそうになりながら丁寧に一歩ずつ降りていく。お金を稼ぐというのは命懸けなのだ……。


 ゲームばかりやっていたから体の動かし方が良く分からない。せめてボルダリングくらいやっておけばよかった。後悔しながら一歩一歩冷や汗垂らしながら降りていく。


 どの位時間がかかっただろうか? 俺はようやく安心できる高さにまで降りてくることができた。


 ふぅ……、良かった良かった……


 と、気を抜いた瞬間だった。足元の岩が崩れ、俺は間抜けに落ちて行く……。


「ぐわぁ!」


 思いっきりもんどりうって転がる俺。


 安心した瞬間が一番危険である。俺は身をもって学ばされた。


 ゴロゴロと転がり、小川に落ちる寸前でようやく止まった。


「いててて……」


 身体をあちこち打ってしまった。ひじから血も出ている。死ななかっただけましだが、痛い……。


 体を起こそうとすると、目の前の倒木の下にプックリとした可愛いキノコが生えているのを見つけた。見慣れない形をしている……。


 何の気なく鑑定をかけてみると、なんと★5だった。


「ええっ!?」


マジックマッシュルーム レア度:★★★★★


マジックポーション(MP満タン)の原料


「キタ――――!」


 ケガの功名である。


 これは高く売れるんじゃないだろうか?


 俺はケガの痛みなど全部吹っ飛び、飛び上がって思いっきりガッツポーズ。


「やったぞ! いける! いけるぞぉ!」


 俺は思わず叫び、そして大きく笑った。


 フリーターでゲームに逃げていた俺は今、異世界で新たな人生をつかみ取った。


 俺はただの孤児では終わらない、成功への道を一歩踏み出した実感に打ち震えた。


 その後、★3をいくつか採集し、陽も傾いてきたので帰ることにする。


 院長に教わった通り、来た道には短剣で木の幹に傷を付けてきているので、帰りはそれを丁寧にトレースしていく。ここは魔物もいる森、道に迷ったら死ぬのだ。この辺りは基本に忠実に慎重にやろうと決めている。


    ◇


 早足で街に戻り、夕陽に赤く染まった石畳を歩いて薬師ギルドを目指す。街は正式には『峻厳(しゅんげん)たる城市アンジュー』という名前で、王様が支配する王国となっている。街の作りは中世ヨーロッパ風になっており、建物は多くが石造りだ。ごつごつとした壁の岩肌が夕陽に照らされて陰影をつくり、実に美しい。カーン、カーンと遠くで教会の鐘が鳴っている。早く帰らないと院長が心配してしまう。


 裏通りにある薬師ギルドに入ると、壁には薬瓶がずらりと並び、カウンターの向こうには壁一面に小さな引き出しのついた棚が備えてあった。漢方薬っぽい匂いが漂う。たくさんの種類の薬が製造され、売られているのだろう。


「あら、僕、どうしたの?」


 受付の女性がにこやかに声をかけてくる。


 髪の毛をお団子にまとめ、眼鏡をかけた理知的な女性だ。俺に向けてかがんだ時に白衣のなかで豊満な胸が揺れた。


「薬草を採ってきたので買い取って欲しいんです」


 俺はちょっと顔を赤らめながら背伸びして、バッグの中から取ってきた薬草を出して見せる。


「あら! これ、マジックマッシュルームじゃない!」


 驚く受付嬢。


「買い取ってもらえますか?」


「もちろん、大丈夫だけど……僕が自分で採ったの?」


 困惑の目で俺を見る。


「マジックポーションの材料ですよね。僕詳しいんです。さっき森で採ってきました」


 俺はそう言ってにっこりと笑った。


「うーん、親御さんは何て言ってるの?」


 まぁ、そう聞くのは仕方ないだろう。


「僕に親はいません」


 そう言って、うつむくしぐさを見せた。


「あ、それは……ごめんなさいね」


 聞いちゃいけないことを聞いちゃった、と焦る受付嬢。


 孤児というのはこういう時はいいのかもしれない。


 その後、ギルドの登録証を作ってもらい、買取をしてもらった。


 金貨1枚に銀貨3枚、日本円にしたら十三万円。一日でこれは大成功と言えるのではないだろうか? もちろんマジックマッシュルームが見つけられたからなのだが、幸先良いスタートとなった。


 俺はホクホクしながら帰り道を急ぐ。ポケットの中で揺れる金貨と銀貨を指先で確認しながら、こみ上げてくる喜びで思わずスキップしてしまう。日本では時給千百円で怒鳴られこき使われていたことを考えると、異世界はなんて最高な所だろうか。


 俺は金貨一枚を自分の報酬として、銀貨三枚を孤児院に寄付することにした。俺が今後大きく成功し、孤児院に還元していくことが一番重要なので、今は院長には銀貨で我慢してもらおう。そのうち金貨をドサッと持って行って驚かせてやるのだ!








1-5. ゴブリンの洗礼


 すっかり暗くなって孤児院へ戻ると、夕食の準備が進んでいた。


「院長~! ユータが帰ってきたよ~!」


 誰かが叫ぶと、院長が奥から出てきた。


 俺を見るなり院長は走ってやってきて、


「ユータ! 遅いじゃない!」


 と、怒り、そして


「大丈夫?」


 と、少しかがんで俺の目を見つめ、愛おしそうに頭をなでた。


 俺はポケットから銀貨三枚を出して言った。


「遅くなってごめんなさい。僕からの寄付です。受け取ってください」


「えっ!? これ、どうしたの?」


 目を丸くして驚く院長。


「薬草が売れたんです」


 すると、院長は目に涙を浮かべ……、俺をガバっと抱きしめた。


 俺は院長の豊満な胸に包まれて、ちょっと苦しくなってもがいた。


「ちょ、ちょっと苦しいです」


 孤児院の経営は厳しい。窓が割れても直せず、雨漏りも酷くなる一方だ。そんな中で、十歳の孤児が寄付してくれる、それは想定外の喜びだろう。


 院長はしばらく涙ぐんで抱きしめてくれた。


 ただ、手足が傷だらけなことを見つけると、長々とお説教をされた。


 確かに崖の採集には工夫が必要だ。明日からは柿採り棒みたいな採集道具は持って行こうと思った。


 アルは銀貨を見て、


「えっ!? 俺も行こうかなぁ……」


 と、言ってきたが、


「森まで二時間歩くよ、そこから森の中をずっと行くんだ」


 と、説明したら、


「あー、俺はパス!」


 と言って、走って逃げてしまった。十歳の子供には荷が重かろう。


 それからは森通いの日々だった。日曜日はミサがあるので休みにしたが、それ以外は金稼ぎに専念した。


 平均すると毎日七万円程度の稼ぎになり、孤児院に二万円ほど入れるので、毎日五万円ずつたまっていく計算だ。実に順調なスタートだと言える。


       ◇


 その日もいつものように朝から森に出かけた。


 近場はあらかた探しつくしてしまったので、ちょっと奥に入ることにする。


 いつもより生えている木が太く、大きいが、その分、いい薬草が採れるかもしれない。


 鑑定をしながらしばらく森を歩くと、奥の方でパキッと枝が折れる音がした。


 俺はビクッとして、動きを止める。


『何かいる……』


 冷や汗がブワッと湧き、心臓がドクドクと音を立て始めた。


 物音はしないが、明らかに嫌な気配を感じる。


 何者かがこちらをうかがっているような、密やかな殺意が漂ってくる。


 俺はそーっと音がした方に鑑定スキルをかけていく。


 


 


ウッドラフ レア度:★1


カシュー レア度:★1


キャスター レア度:★1


ゴブリン レア度:★1


魔物 レベル10




 俺は血の気が引いた。


 魔物だ、魔物が出てしまった。


 ゴブリンは弱い魔物ではあるが、俺のレベルは1だ。まともに戦って勝てる相手じゃない。今、俺は死の淵に立っている。


 どうしよう……、どうしよう……。


 必死に考える。


 木の上に逃げる?


 ダメだ、そんなの。下で待ち続けられたらいつかは殺されてしまう。


 やはり、遠くへ逃げるしかないが、どうやったら無事に逃げられるのか……。


 俺は気づかないふりをしながら、そーっと今来た道をゆっくりと歩きだし……、


 バッグも道具も一斉に投げ捨て、全速力で駆けだした。


「ギャギャ――――ッ!」「ギャ――――!」


 後ろで二匹のゴブリンが叫び、追いかけてくる音がする。


 絶体絶命である。


 全く鍛えていない十歳の子供がどこまで逃げられるものだろうか? 絶望的な予感が俺を(さいな)む。


 しかし、捕まれば殺される。俺は必死に森の中を走った。


 森に入ってまだ十分くらい。数分駆ければ街道に抜けられるだろう。そして、街道に出たら、助けてくれる人が出るまで街道を走るしかない。


 ハァッ! ハァッ! ハァッ!


 息が苦しく酸欠で目が回ってくる。


「ギャッギャ――――ッ!」「ギャ――――!」


 すぐ後ろから迫るゴブリン。距離はドンドン縮まっている。ヤバい!


 最後の急坂を全速力で駆け下り、街道に出る。すると遠くに男の人がいるのを見つけた。俺は大声で叫びながら駆ける。


「助けて――――!!」


 ゴブリンもすぐ街道まで下りてくると、一匹が俺をめがけて槍を投げてきた。


 槍はシュッと空気を切り裂き、激痛が俺の脇腹を貫く。


「ぐわぁぁ!」


 俺はもんどりうって転がった。


 槍は少しそれていたおかげで、わき腹を少しえぐっただけにとどまり、その辺にカラカラといって転がる。


「ウキャ――――!!」


 もう一匹のゴブリンは転がった俺をめがけてジャンプし、短剣を振り下ろしながら降りてくる。


 ゼーゼーと荒い息を吐きながら無様に転がる俺にはもう(あらが)うすべがない。もうダメだ!


 俺は腕で顔を覆った……。


 次の瞬間、


「ギャウッ!」


 といううめき声と共に、ゴブリンが俺の隣に落ち、汚い血をまき散らした。


「え!?」


 見ると、ゴブリンの額には短剣が刺さっていた。


「おーい、大丈夫か?」


 遠くから冒険者らしき男性が駆けてくる。


 彼が助けてくれたようだ。


「だ、大丈夫……ですぅ……」


 俺は安堵(あんど)で全身の力が抜け、フワフワとする気分の中、答えた。


 九死に一生を得た。


 殺されたゴブリンは霧のようになって消え、エメラルド色に輝く緑の魔石が残った。


 俺は魔石を初めて見た。そうか、こうやって魔物は魔石になるんだな。


 槍を投げたゴブリンは、冒険者の登場にビビって逃げ始める。


 男性は逃がすまいと、転がった槍を拾い、ダッシュで追いかける。


 俺は自分のステータスウィンドウを開き、状況をチェックした。


HP 5/10


 と、HPが半減している。もう一撃で死ぬらしい。ヤバかった。


 すると、次の瞬間、


 ピロローン!


 と、頭の中で効果音が鳴り響き、いきなりレベルが上がった。


ユータ 時空を超えし者


商人 レベル2


「はぁ?」


 俺は何もやってない。やってないのになぜレベルが上がるのか?


 見ると、遠くで男性が槍でゴブリンを倒していた。


 あのゴブリンを倒した経験値が俺に配分されたということだろう。しかし、男性とはパーティも何も組んでいない。なのになぜ倒れているだけの俺に経験値が振り分けられるのか……? バグだ……、バグのにおいがするぞ! この世界を司るシステムの構築ミス。神様の勘違いだ。ゲーマーの俺だからわかる、バグのにおいだ。


 もしかして……。


 この瞬間、俺はとんでもないチートの可能性に気が付いてしまった。それはゲーマーでかつ、ステータスを見られる俺にしかわからない、奇想天外な究極のチートだった。


「俺、世界最強になっちゃうかも?」


 ズキズキと痛む脇腹の傷が気にならないくらい、最高にハイな気分が俺を包んでいった。






1-6. 氷結石の福音


 男性の名はエドガー。剣士をやっている35歳の冒険者だった。たまたま近くの街へ行っていて、うちのアンジューの街に戻るところだったそうだ。彼がポーションを分けてくれたおかげで、俺はすぐに傷をいやすことが出来た。


 エドガーは中堅の剣士であり、主にダンジョンの魔物を討伐して暮らしているそうだ。ステータスを見るとレベルは53、この辺りが中堅らしい。


 院長のレベルが89となっていたが、これは相当に高いレベルだということがわかる。院長は何者なのだろうか?


 俺は彼と一緒に街まで同行することにした。チートが気になって薬草採りどころじゃなくなっていたのだ。


 道中、エドガーに聞いた冒険者の暮らしはとても楽しかった。ダンジョンのボスでガーゴイルが出てきてパーティが全滅しかけ、最後やけくそで投げた剣がたまたま急所にあたって勝ったとか、スライムを馬鹿にして適当に狩ってたら崖の上から百匹くらいのスライムの群れがいきなり滝のように降ってきて、危うく全滅しかけたとか、狩りの現場の生々しい話が次々出てきて、俺は興奮しっぱなしだった。


 彼の剣も見せてもらったが、レア度は★1だし、あちこち刃こぼれがしており、『そろそろ買い替えたい』と言っていた。


 俺はさっき気が付いたチートの仮説を検証したかったので、代わりの剣を用意したいと申し出る。


 エドガーは子供からそんなものはもらえないと固辞したが、俺が商人を目指していて、その試作の剣を試して欲しいという提案をすると、それならと快諾してくれた。


        ◇


 街につくとエドガーと分かれ、俺はチートの仮説検証に必要な素材を求めに『魔法屋』へ行った。魔法屋は魔法に関するグッズを沢山扱っている店だ。


 メインストリートから少し小路に入ったところにある『魔法屋』は、小さな看板しか出ておらず、日当たりも悪く、ちょっと入るのには勇気がいる。


 ギギギ――――ッ


 ドアを開けると嫌な音できしんだ。


 奥のカウンターにはやや釣り目のおばあさんがいて本を読んでいる。そしてこちらをチラッと見て、怪訝(けげん)そうな顔をすると、また読書に戻った。店内には棚がいくつも並んであり、動物の骨や綺麗な石など、何に使うのだか良く分からない物が所狭しと陳列されている。昔、東南アジアのグッズを扱う雑貨屋さんで()いだような、少しエキゾチックなにおいがする。


 俺はアウェイな感じに気おされながらも、意を決しておばあさんに声をかけた。


「あのー、すみません」


 おばあさんは本にしおりを挟みながら、


「坊や、何か用かい?」


 と、面倒くさそうに言った。


「水を凍らせる魔法の石とかないですか?」


氷結石(アイシクルジェム)のことかい?」


「その石の中に水を入れてたらずっと凍っていますか?」


「変なことをいう子だね。魔力が続く限り氷結石(アイシクルジェム)の周囲は凍ってるよ」


 俺は心の中でガッツポーズをした。いける、いけるぞ!


「魔力ってどれくらい持ちますか?」


「うちで売ってるのは十年は持つよ。でも一個金貨一枚だよ。坊やに買えるのかい?」


「大丈夫です!」


 そう言って俺は金貨を一枚ポケットから出した。


 おばあさんは眉をピクッと動かして、


「あら、お金持ちね……」


 そう言いながらおばあさんは立ち上がり、奥から小物ケースを出してきた。


 木製の小物ケースはマス目に小さく仕切られ、中には水色にキラキラと輝く石が並んでいる。


「どれがいいんだい?」


 おばあさんは俺をチラッと見る。


「どれも値段は一緒ですか?」


「うーん、この小さなのなら銀貨七枚でもいいよ」


「じゃぁ、これください!」


 俺が手で取ろうとすると、


「ダメダメ! 触ったら凍傷になるよ!」


 そう怒って、俺の手をつかんだ。そして手袋をつけて、慎重に丁寧に氷結石(アイシクルジェム)を取り出し、布でキュッキュと拭いた。すると、氷結石(アイシクルジェム)は濃い青色で鮮やかに輝きを放つ。


「うわぁ~!」


 俺は深い色合いのその(あお)い輝きに魅せられた。


 どうやら石の表面には霜が付くので、そのままだと鈍い水色にしか見えないが、拭くと本来の輝きがよみがえるらしい。本当はこんなに青く明るく輝くものだったのだ。


 俺が興味津々で見ていると、おばあさんはニコッと笑って小さな箱に入れた。そして、


「はい、どうぞ」


 と、にこやかに俺に差し出す。


「ありがとう!」


 俺は、満面の笑みで小箱をポケットに押し込み、お金を払った。


        ◇


 俺の仮説はこうである。


 ゴブリンを倒したのは俺の血がついた槍、つまり、俺の血がついた武器で魔物を倒せば、俺がどこで何してても経験値は配分されるのだ。ただ、血が乾いてカピカピになってもこの効果があるかといえば、ないだろう。そんな効果があったらどんな武器にだって血痕は微量についている訳だからシステム的に破綻してしまうはずだ。だから、まだ生きた細胞が残っている血液が付いていることが条件になるだろう。しかし、血液なんてすぐに乾いてしまう。そこで氷結石(アイシクルジェム)の出番なのだ。この石を砕いてビーズみたいにして、中にごく微量、俺の血を入れて凍らせる。そしてそれを武器の中に仕込むのだ。これを冒険者のみんなに使ってもらえば俺は寝てるだけで経験値は爆上がり、世界最強の力を得られるに違いない。


 もちろん、それだけだと他人の経験値を奪うだけの泥棒なので、良くない。やはり喜ばれることをやりたい。と、なると、特殊なレア武器を提供して、すごく強くなる代わりに経験値を分けてもらうという形がいいだろう。


 俺はウキウキしながら孤児院に戻り、みんなに見つからないようにそっと倉庫のすみに作業場を確保すると、氷結石(アイシクルジェム)の加工作業に入った。


        ◇


 週末に、街の広場で『(のみ)の市』が開かれた。いわゆるフリーマーケット、フリマである。街の人や、近隣の街の商人がこぞって自慢の品を並べ、売るのである。俺は今まで貯めたお金をバックに秘かに忍ばせて、朝一番に広場へと出かけた。


 広場ではすでに多くの人がシートを敷いて、倉庫で眠っていたお宝や、ハンドメイドの雑貨などを所狭しと並べていた。


 俺の目当ては武器、それも特殊効果がかかったレアものの武器である。鑑定スキルが一番役に立つシーンであるともいえる。


 端から順繰りに武器を鑑定しながら歩いて行く……


グレートソード レア度:★


大剣 攻撃力:+10


スピア レア度:★


槍 攻撃力:+8


バトルアックス レア度:★


斧 攻撃力:+12


ショートボウ レア度:★


短弓 攻撃力:+6


 どれもこれも★1だ。小一時間ほど回ったが成果はゼロ。さすがに鑑定を使い過ぎて目が回ってきた。フリマなんだから仕方ないとは思うが、なんかこうもっとワクワクさせて欲しいのに……。


 ★1の武器に氷結石(アイシクルジェム)を仕込んだら、使う人は損してしまう。損させることは絶対ダメだ。どうしても、レア武器で『強くなるけど経験値が減る』といったトレードオフの形にしておきたい。


 しかし……、レア武器なんて俺はまだ見たことがなかった。本当にあるのだろうか?


 俺は気の良さそうなおばちゃんから、手作りのクッキーとお茶を買うと、噴水の石垣に腰掛けて休んだ。


 見上げればどこまでも澄みとおった青い空、あちこちから聞こえてくるにぎやかな商談の声……。クッキーをかじりながら俺は、充実してる転生後の暮らしに思わずニッコリとしてしまった。暗い部屋でゲームばかりしていた、あの張りのない暮らしに比べたら、ここは天国と言えるかもしれない。


 俺は大きく息を吸い、ぽっかりと浮かぶ白い雲を見ながら、幸せだなぁと思った。








1-7. 紅蓮虎吼剣


「あー、すまんが、ちょっとどいてくれ」


 人の良さそうな白いひげを蓄えたおじいさんが、山のように荷物を背負いながら、人だかりで歓談している人たちに声をかけた。どうやら、遅れてやってきて、これから設営らしい。


 背負ってる荷物からは剣の(つば)などが飛び出しているから武具を売るつもりなのだろう。


 俺はクッキーをかじりながら期待もせずに鑑定をかけて行った……。




ワンド レア度:★


木製の杖 攻撃力:+8


スピア レア度:★


大剣 攻撃力:+9


紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★


大剣 強さ:+5、攻撃力:+8/40、バイタリティ:+5、防御力:+5


「キタ――――!!」


 俺は思わず立ち上がってガッツポーズ!


 隣に置いていたお茶のカップが転がり、お茶が地面を濡らした。


 俺はお茶どころじゃなくなって、何度もステータスを確認し、おじいさんの所へと駆けて行く。


 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣はジャンク扱いで、箱の中に他の武器と一緒に無造作に突っ込まれていた。すっかり錆び切って赤茶色になり、あちこち刃こぼれが目立っている。★4なのにこの扱いはひどい。一体どんな経緯でこうなったのだろうか?


 攻撃力が『8/40』となっているのは、状態が悪いから40から8に落とされたということに違いない。きっと研げば40まで上がるに違いない。


 おじいさんはきれいに磨かれた武器を、丁寧に敷物の上に並べていく。鑑定していくと、中には★3が二つほどあった。すごい品ぞろえである。一体何者なのだろうか?


「坊主、武器に興味あるのか?」


 並べ終わると、おじいさんはそう言って相好を崩す。


 俺は★3と★4の武器を指さした。


「この剣と、この短剣、それからあの()びた大剣が欲しいんですが、いくらですか?」


「え!? これは一本金貨一枚だぞ! 子供の買えるもんじゃねーぞ!」


 驚くおじいさん。


「お金ならあります!」


 そう言ってカバンから金貨を二枚出した


「ほぅ、こりゃ驚いた……」


 おじいさんは金貨を受け取ると、本物かどうかじっくりと確かめていた。


「……。いいですか?」


「そりゃぁ金さえ払ってくれたらねぇ……。よし! じゃ、()びた奴はオマケにしといてやろう!」


 そう言って笑うと、剣を丁寧に紙で包み始めた。


 なんと、★4がオマケでついてしまった。俺は改めて鑑定スキルの重要さを身に染みて感じる。


「もしかして、こういう武器、他にもありますか?」


 在庫があるなら全部見せて欲しいのだ。


「あー、うちは古い武器のリサイクルをやっとってな。倉庫にはたくさんあるよ」


 おじいさんは開店するなり武器が売れてニコニコと上機嫌だ。


「それ、見せてもらうことはできますか?」


「おいおい、坊主。お前、武器買いあさってどうするつもりかね?」


 怪訝(けげん)そうなおじいさん。


「あー、実は冒険者相手に武器を売る商売をはじめようと思ってて、仕入れ先を探してたんです」


「え? 坊主が武器商人?」


「武器ってほら、魅力的じゃないですか」


 するとおじいさんはフッと笑うと、


「そりゃぁ武器は美しいよ。でも、儲かるような仕事じゃないぞ?」


「大丈夫です、まず試したいので……」


 おじいさんは俺の目をジッと見る。そして、


「分かった、じゃぁ明日、ここへおいで」


 そう言って、おじいさんは小さなチラシを年季の入ったカバンから出して、俺に渡した。


「ありがとうございます!」


 俺はお礼を言うと、三本の剣を抱え、ウキウキしながら孤児院の倉庫へと走った。


      ◇


 倉庫に水を汲んできて早速紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を研ぎ始めた。錆びだらけなのはすぐに落ちるが、刃こぼれは頭が痛い。刃こぼれした分、全部研ぎ落さねばならないからだ。なのに、めちゃくちゃ刀身が硬く、研いでも研いでもなかなか削れていかない。さすが★4である。


 しかし、諦めるわけにもいかない。俺は砥石を諦め、庭に転がっていた石垣の崩れた石を二個持ってきた。かなりザラザラするから粗研ぎには良さそうだ。水をかけ、まずは石同士でこすり合わせて面を出す。しばらくするといい感じになってきたので剣を試しに研いでみた。するとジョリジョリと削れていって、砥石よりはいい感じである。俺は調子に乗って景気よく研いでいく。


 しかし、ヒョロッとした孤児の俺ではすぐに疲れてしまう。


「ふぅ……何やるにしても身体鍛えないとダメだなぁ……」


 ボーっと休みながらつぶやいた。


「な~に、やってるの?」


「うわぁ!」


 いきなり後ろから声を掛けられてビビる俺。


「そんなに驚くことないでしょ!」


 振り返るとドロシーがムッとしている。銀髪に透き通る白い肌の美しい少女は、ワンピースの様な水色の作業着を着て俺をにらむ。


「ゴメンゴメン、今度武器をね、売ろうと思ってるんだ」


 そう言って、石に水をかけ、剣を研ぐ。


「ふーん、ユータずいぶん変わったよね?」


 ドロシーはそう言って俺の顔をのぞき込む。


「まぁ、いつまでも孤児院に世話になってはいられないからね」


 ジョリジョリと倉庫内に研ぐ音が響く。


「あの時……ありがとう」


 ドロシーはちょっと恥ずかしそうに下を向いて言った。


「大事にならなくてよかったよ」


 俺は研ぎながら淡々と返した。


「本当はね、ユータって手に負えない悪ガキで、ちょっと苦手だったの……」


「俺もそう思うよ」


 ちょっと苦笑しながら応える。


「いやいや、違うのよ! 本当はあんなに勇気があって頼れる子だって分かって、私、反省したの……」


「ははは、反省なんてしなくていいよ。実際悪ガキだったし」


 俺は苦笑いしながら軽く首を振った。


「でね……。私、何か手伝えることないかなって思って……」


「え?」


 俺はドロシーの方を見た。


「ユータが最近独り立ちしようと必死になってるの凄く分かるの。私、お姉さんでしょ? 手伝えることあればなぁって」


 なるほど、確かに手伝ってくれる人がいるのは心強い。ドロシーは賢いし、手先も器用だ。


「そしたら、武器の掃除をお願いできるかな? そこの剣とか持ち手や(つば)に汚れが残っちゃってるんだよね」


 おじいさんの剣は基本フリマの商品なので、クリーニングまでしっかりとやられている訳ではない。売るのであれば綺麗にしておきたい。


「分かったわ! この手のお掃除得意よ、私!」


 そう言ってドロシーは目を輝かせた。


「売れたらお駄賃出すよ」


「何言ってんの、そんなの要らないわよ!」


「いやいや、これは商売だからね。もらってもらわないと困るよ。ただ……小銭だけど」


「うーん、そういうものかしら……分かった! 楽しみにしてる!」


 ドロシーは素敵な笑顔を見せた。


 そして、棚からブラシやら布やら洗剤をてきぱきと(そろ)えると、隣に座って磨き始めた。


 俺も淡々と研ぎ続ける。








1-8. 十二歳女神の福音


「これ、儲かるの?」


 ドロシーは手を動かしながら聞いてくる。


「多分儲かるし……それだけじゃなく、もっと夢みたいな世界を切り開いてくれるはずだよ」


「えー? 何それ?」


 ドロシーはちょっと茶化すように言う。


「本当さ、俺がこの世界全部を手に入れちゃうかもしれないよ?」


 俺はニヤッと笑う。


「世界全部……? 私も手に入っちゃう?」


 そう言ってドロシーは上目づかいで俺を見る。サラッと銀髪が揺れて、澄んだブラウンの瞳がキュッキュッと細かく動いた。


 十二歳とは思えない女の色香の片りんに俺はドキッとして、


「え? あ? いや、そういう意味じゃなくって……」


 と、しどろもどろになる。


「うふふ、冗談よ。男の子が破天荒な夢を語るのはいいことだわ。頑張って!」


 ニコッと笑って俺を見るドロシー。


「あ、ありがとう」


 俺は顔を赤くし、研ぐ作業に戻った。


 ドロシーは丁寧に剣の(つば)を磨き上げる。だいぶ綺麗になったが、なかなか取れない汚れがあって、ドロシーは何かポケットから取り出すとコシコシとこすった。


 綺麗にすると何かステータス変わらないかなと、俺は何の気なしに剣を鑑定してみる。




青龍の剣 レア度:★★★


長剣 強さ:+2、攻撃力:+30、バイタリティ:+2、防御力:+2、経験値増量




「ん!?」


 俺はステータス画面を二度見してしまう。


 『経験値増量』!?


「ちょっ! ちょっと待って!」


 俺は思わず剣を取って鑑定してみる。しかし、そうすると『経験値増量』は消えてしまった。これは一体どういうことだ……?


「ちょっと持ってみて」


 ドロシーに持たせてみる。しかし『経験値増量』は消えたまま……。一体これはどういうことだろう?


 俺が不思議がっていると、ドロシーはまた汚れをこすり始めた。すると『経験値増量』が復活した。


「ストップ!」


 俺はドロシーの手に持っているものを見せてもらった。


 それは古銭だった。そして、古銭を剣につけると『経験値増量』が追加されることが分かった。


「やった――――!!」


 俺はガッツポーズをして叫んだ。


 ポカンとするドロシー。


「ドロシー!! ありがとう!!」


 俺は感極まって思わずハグをする。


 これで経験値が減る問題はクリアだし、剣の性能を上げる可能性も開かれたのだ。


 俺は甘酸っぱい少女の香りに包まれる……。


 って、あれ? マズくないか?


 月夜の時にずっとハグしてたから、無意識に身体が動いてしまった。


「あ、ごめん……」


 俺は真っ赤になりながら、そっとドロシーから離れた。


「ちょ、ちょっと……いきなりは困るんだけど……」


 ドロシーは可愛い顔を真っ赤にしてうつむいた。


「失礼しました……」


 俺もそう言ってうつむいて照れた。


 それにしても『いきなりは困る』ということは、いきなりでなければ困らない……のかな?


 うーん……。


 日本にいた時は女の子の気持ちが分からずに失敗ばかりしていた。異世界では何とか彼女くらいは作りたいのだけれど、いぜん難問だ。もちろん十歳にはまだ早いのだが。


「と、ところで、なんでこれでこすってるの?」


 俺は話を変える。


「この古銭はね、硬すぎず柔らかすぎずなので、こういう金属の汚れを地金を傷つけずにとる時に使うのよ。生活の知恵ね」


 伏し目がちにそう答えるドロシー。


「さすがドロシー!」


「お姉さんですから」


 そう言ってドロシーは優しく微笑んだ。


 これで俺の計画は完ぺきになった。使う人も俺も嬉しい魔法のチート武器がこの瞬間完成したのだ。こんなの俺一人だったら絶対気付かなかった。ドロシーのお手柄である。ドロシーは俺の幸運の女神となった。


         ◇


 結局、研ぎ終わる頃には陽が傾いてきてしまった。ドロシーはしっかり清掃をやり遂げてくれて、孤児院の仕事へと戻っていった。


 最後に俺の血液を仕込んだ氷結石(アイシクルジェム)と、ドロシーからもらった古銭のかけらを(つか)に仕込んでできあがり。ちょっと研ぎあとが(いびつ)だが、攻撃力は問題なさそうなのでこれを持っていく。


 また、この時、ステータスに『氷耐性:+1』が追加されているのを見つけた。なんと、氷結石(アイシクルジェム)を埋め込むと氷耐性が付くらしい。これは思いもしなかった効果だ。と、言うことは火耐性や水耐性なんかも上げられるに違いない。古銭だけではなく、いろんな効果を追加できるアイテムがあると言うのは予想外の福音だ。俺は儲かってきたら魔法屋でいろいろ仕入れて、この辺も研究してみようと思った。


      ◇


 剣を三本抱えて歩くこと15分、冒険者ギルドについた。石造り三階建てで、小さな看板が出ている。中から聞こえてくる冒険者たちの太い笑い声、年季の入った木製のドア、開けるのにちょっと勇気がいる。


 ギギギギーッときしむドアを開け、そっと中へ入る。


「こんにちはぁ……」


 酒とたばこの臭いにムワッと包まれた。


 見回すと、入って右側が冒険者の休憩スペース、20人くらいの厳つい冒険者たちが歓談をしている。子供がいていいようなところじゃない。まさにアウェイである。


 ビビりながらエドガーを探していると、若い女性の魔術師が声をかけてくる。


「あら坊や、どうしたの?」


 胸元の開いた色っぽい服装でニヤッとしながら俺を見る。


「エ、エドガーさんに剣を届けに来たんです」


「エドガー?」


 ちょっといぶかしそうに眉をしかめると、


「おーい、エドガー! 可愛いお客さんだよ!」


 と、振り返って言った。


 すると、奥のテーブルでエドガーが振り向く。


「お、坊主、どうしたんだ?」


 と、にっこりと笑う。


 俺はそばまで行って紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を見せた。


「昨日のお礼にこれどうぞ。重いですけど扱いやすく切れ味抜群です。防御もしやすいと思います」


「え!? これ?」


 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣の大きさに面食らう。


 エドガーが使っているのは


ロングソード レア度:★


長剣 攻撃力:+9


 それに対し、紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣は圧倒的にステータスが上だがサイズもデカい。ただ、『強さ』も上がるので振り回しにくいデメリットは相殺してくれるだろう。


紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★


大剣 強さ:+5、攻撃力:+40、バイタリティ:+5、防御力:+5、氷耐性:+1、経験値増量


 エドガーは、


「大剣なんて、俺、使ったことないんだよなぁ……」


 と、気乗りがしない様子だ。


 すると、同じテーブルの僧侶の女性が、


「裏で試し切りしてみたら? これが使いこなせるなら相当楽になりそうよ」


 そう言って丸い眼鏡を少し上げた。


 エドガーは、ジョッキをあおって、エールを飲み干すと、


「まぁやってみるか」


 そう言って俺を見て、優しく頭をなでた。


 裏のドアを開けるとそこは広場になっており、すみっこに藁でできたカカシの様なものが立っていた。これで試し斬りをするらしい。カカシは『起き上がりこぼし』のように押すとゆらゆらと揺れ、剣を叩きこんでもいなされてしまうため、剣の腕を見るのに有効らしい。


 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を受け取るとビュンビュンと振り回し、


「え? なんだこれ? 凄く軽い!」


 と、驚く。


 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣が軽い訳ではなく、ステータスの『強さ』が上がっただけなのだが、この世界の人はステータスが見えないので、そういう感想になってしまう。


「どれどれ、行きますか!」


 そう言うと、


「あまり無理すんなよー!」「また腰ひねらんようになー!」


 やじ馬が五、六人出てきて、はやしたてる。


「しっかり見とけよ!」


 やじ馬を指さしてそう言うと、エドガーは大きく深呼吸を繰り返し、カカシを見据え……、そして、目にも止まらぬ速さでバシッと紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を打ち込んだ。


 しかし、カカシは微動だにしなかった。


「え?」


「あれ? 斬れてないぞ?」


 皆が不思議がる中、カカシはやがて斜めにズズズとずれ、真っ二つになってコテンと転がった。


「え――――!?」「ナニコレ!?」


 驚きの声が広場にこだまする。


 いまだかつて見たことのないような斬れ味に一同騒ぎまくる。


 エドガーは中堅のCランク冒険者だが、斬れ味はトップクラスのAランク以上だった。








1-9. チート、スタート!


 あまりのことに混乱したエドガーは俺に聞いてくる。


「ちょっとこれ、どういうこと?」


「その剣は紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣といって、由緒あるすごい剣なんです」


 俺はニコニコしながら言った。


「いやいや、これなら今まで行けなかったダンジョンの深層に行ける。これは楽しみになってきた!」


 エドガーは改めて紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣をまじまじと眺めた。刀身には金色で虎の装飾が彫ってあり、実に豪勢な造りとなっている。


「じゃぁ使ってくれますね?」


「もちろん! いや、これちゃんとお金払うよ!」


 と、言ってくれる。


「命の恩人からはお金取れません。その代わり、お客さん紹介してもらえますか?」


「いやー、このレベルの武器を売ってくれるなら、いくらでも欲しい人はいるよ。なぁみんな?」


 そう言って、やじ馬の方を向いた。


「俺も欲しい!」「俺も俺も!」


 やじ馬も目の色を変えて言ってくる。


 これで販路開拓もOKである。俺は幸先の良いスタートにホッとした。


 結局その日は★3の武器二本を金貨四枚で売って、金貨二枚の利益となった。日本円にして20万円である。いい商売だ。★3なら金貨二枚、★4なら十枚で売っていけるだろう。この価格なら……、月商一千万円、利益五百万!? えっ!?


 俺は暗算して思わず声を上げそうになった。俺、なんだかすごい金鉱脈を掘り当てたんじゃないか?


「ヤッホ――――イ!!」


 帰り道、俺はスキップしながら腕を高々と突き上げた。無一文だった孤児がついに成功の糸口にたどり着いたのだ。もう、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。


 これもドロシーの協力あってこそ。


 俺はケーキ屋でリボンのついた可愛いクッキーを買った。喜んでくれるかな?


       ◇


 翌日、おじいさんのお店に行こうと街を歩いていると、


 ピロローン! ピロローン! ピロローン!


 と、頭の中に音が鳴り響いた。


「キタ――――!!」


 俺は思わずガッツポーズである。


 急いでステータスを見ると、レベルが5に上がっていた。


 予想通り、エドガーたちの倒した敵の経験値が俺にも分配され始めたのだ。これで俺は勝手にレベルが上がる環境を手に入れた。今後さらに武器を売っていけば、さらに経験値のたまる速度は上がるだろう。


 冒険者千人に使ってもらうことが出来たら、俺は家に居ながら普通の冒険者の千倍の速さで強くなっていく。きっと人族最強どころかこの世界に影響が出るくらい強くなってしまうに違いない。『商人』がこの世界を揺るがす仙人の様な存在になる……なんと痛快だろうか!


 もちろん、俺のやっていることはずるいことだ。チートでインチキだ。でも、孤児が異世界で生き抜くのにきれいごとなんてクソくらえだ。


 俺はガッツポーズを繰り返し、ピョンピョンと飛び跳ねながら道を歩く。歩きなれた石畳の道が、俺には光り輝く栄光の道に見えた。


         ◇


 おじいさんの店に来ると、にこやかにおじいさんが迎えてくれた。


 倉庫を見せてもらうと、そこにはずらりと、それこそ数千本の武器が眠っていた。もう数百年も前から代々やっているお店なので在庫が山ほどたまってしまったらしい。しかし、多くはほこりが積もり、()びが回ってしまっていて、おじいさんも管理に頭を悩ませているそうだ。


 俺は欲しい物を選ばせてもらうことにして、倉庫で延々と鑑定を繰り返した。


 夕暮れまで頑張って、俺は★4を二十本、★3を百五十本見つけ出すことができた。


 おじいさんは、『ほとんどがジャンク品だから』と、全部で金貨十枚でいいという。しかし、さすがにそれは気がとがめるので、(もう)かり次第、儲けに応じて追加で金貨を支払うと約束した。その代わり、しばらく保管してもらうことにして、気になる★4だけ、いくつか持って帰ることにする。


 今回驚いたのは、特殊効果付きの魔法の杖。


光陰の杖 レア度:★★★★


魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20


特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える


 これは例えばメチャクチャに潰されて死んでも生き返るという意味であり、改めてこの世界のゲーム的な設定に驚かされた。一体どうなるのだろうか……?


        ◇


 商材がこれだけ揃えばあとは売るだけである。武器商人として、俺は毎日淡々と武器を研いで整備して売るということを繰り返した。


 営業はしなくても『すごい武器だ』といううわさが口コミで広がり、購入希望者リストがいっぱいになるほどで、まさに順風満帆である。


 二ヶ月もしたら、売った武器はもう100本を超え、経験値は毎日ぐんぐん増えるようになった。レベルアップの音が毎日のように頭の中に響き、一度も戦ったことがないのにレベルは80を超えてきた。これはもはやAランクのベテラン冒険者クラス、まさにチートである。


 こんなレベル、本当に意味があるのか不思議になり、試しに剣を振り回してみた。すると、重くてデカい剣をクルクルと器用に扱えるようになっていることに気が付いた。武器の扱い方が体にしみこんでいるようなのだ。これ、ダンジョンでも無双できるのではないだろうか? いつか行ってみたいなと思った。


 それから魔法石の効果もいろいろと研究し、水、風、火、雷の属性耐性の他に、幸運、自動回復を付与する方法を見つけた。


 俺は売る武器には全てこれらの特殊効果をてんこ盛りにして詰め込んだ。手間暇もコストも増えるが、経験値を分けてもらう以上、手抜きはしないと決めているのだ。












1-10. 世界最大の責任


 自分のステータスを眺めてみると、MPや魔力、知力の値は一般的な冒険者の魔術師をもう超えていた。しかし、俺は魔法の使い方を知らない。これはちょっともったいないのではないだろうか?


 俺はこっそり孤児院の裏庭で魔法が出るか試してみた。


 心を落ち着け、目の前の木をにらみ、手のひらを前に突き出して叫んだ。


「ファイヤーボール! ……。」


 しかし、何も起こらない。


「あれ? どうやるんだろう?」


 俺はいろいろと試行錯誤を繰り返す。


「ファイヤーボール! ……、ダメか……」


 すると、後ろからいきなり声をかけられる。


「な~に、やってんの?」


「うわぁ!」


 驚き慌てる俺。


「なんでいつもそう驚くのよ!」


 ドロシーが綺麗な銀髪を揺らしながら、プリプリしながら立っていた。


「後ろからいきなり声かけないでよ~」


 俺はドキドキする心臓を押さえながら言った。


「魔法の練習?」


「うん、できるかなーと思ったけど、全然ダメだね」


「魔法使いたいならアカデミーに通わないとダメよ」


「アカデミー……。孤児じゃ無理だね……」


「孤児ってハンデよね……」


 ドロシーがため息をつく。


「院長に教わろうかなぁ……」


「え? なんで院長?」


 ドロシーは不思議がる。


「あー、院長だったら知ってるかなって……」


 院長が魔術師な事は、俺以外気づいていないらしい。


「さすがにそれは無理じゃない? あ、丁度院長が来たわよ、いんちょ――――!」


 ドロシーは院長を呼ぶ。


「あら、どうしたの?」


 院長はニコニコしながらやってきた。


「院長って魔法使えるんですか?」


「えっ!?」


 目を丸くして驚く院長。


「ユータが院長に魔法教わりたいんですって!」


 院長は俺をジッと見る。


「もし、使えるならお願いしたいな……って」


 俺はモジモジしながら言った。


「ざーんねん。私は魔法なんて使えないわ」


 にこやかに言う院長。


「ほらね」


 ドロシーは得意げに言う。


「あ、ユータ君、ちょっと院長室まで来てくれる? 渡す物あるのよ」


 院長はそう言って俺にウインクをした。


「はい、渡す物ですね、わかりました」


 俺は院長の思惑を察し、淡々と答えた。


          ◇


 二人で院長室に入ると、院長は、


「そこに腰かけて。今、お茶を入れるわね」


 そう言って、ポットのお茶をカップに入れてテーブルに置いた。


「いきなりすみません」


 俺は頭を下げる。


「いいのよ。誰に聞いたの?」


 院長はニッコリとほほ笑みながらお茶を一口飲んだ。


「ギルドに出入りしているので、そういううわさを聞きまして」


 俺は適当に嘘をつく。


「ふぅん。で、魔法を教わりたいってことね?」


「はい」


 院長は額に手を当て、目をつぶって何かをじっと考えていた。


 重苦しい時間が流れる。


「ダメ……、ですか?」


 院長は大きく息をつくと、口を開いた。


「私ね……、魔法で多くの人を殺してしまったの……」


「えっ!?」


 意外なカミングアウトに俺は凍り付いた。


「十数年前だわ、魔物の大群がこの街に押し寄せてきたの。その時、私も召集されてね、城壁の上から魔法での援護を命令されたわ」


「それは知りませんでした」


「あなたがまだ赤ちゃんの頃の話だからね。それで、私はファイヤーボールをポンポン撃ってたわ。魔力が尽きたらポーションでチャージしてまたポンポンと……」


 院長は窓の外を眺めながら淡々と言った。


「もう大活躍よ。城壁から一方的に放たれるファイヤーボール……、多くの魔物を焼いたわ。司令官はもっと慎重にやれって指示してきたけど、大活躍してるんだからと無視したの。天狗になってたのよね……」


「そして……、特大のファイヤーボールを放とうとした瞬間、矢が飛んできて……、肩に当たったわ。倒れながら放たれた特大の火の玉……どうなったと思う?」


「え? どうなったんですか?」


「街の中の……、木造の住宅密集地に……落ちたわ……」


 院長は震えながら頭を抱えた。


「うわぁ……」


「多くの人が亡くなって……しまったの……」


 俺はかける言葉を失った。


 院長はハンカチで目頭を押さえながら言った。


「魔物との戦いには勝ったし、矢を受けたうえでの事故だから不問にされ、表彰され、二つ名ももらったわ……。でも、調子に乗って多くの人を殺した事実は、私には耐えられなかったのよ。その事故で身寄りを失った子がここに入るって聞いて、私は魔術師を引退してここで働き始めたの……。せめてもの罪滅ぼしに……」


 沈黙の時間が流れた……。俺は一生懸命に言葉を探す。


「で、でも、院長の活躍があったから街は守られたんですよね?」


「そうかもしれないわ。でも、人を殺した後悔って理屈じゃないのよ。心が耐えられないの」


 そう言われてしまうと、俺にはかける言葉がなかった。


「いい、ユータ君。魔法は便利よ、そして強力。でも、『大いなる力は大いなる責任を伴う』のよ。強すぎる力は必ずいつか悲劇を生むわ。それでも魔法を習いたいかしら?」


 院長は俺の目をまっすぐに見つめる。


 なるほど、これは難問だ。俺は今まで『強くなればなるほどいい』としか考えてこなかった。しかし、確かに強い力は悲劇をも呼んでしまう。


 鑑定スキルがあれば商売はうまくいく。きっと一生食いっぱぐれはないだろう。それで十分ではないだろうか?


 なぜ俺は強くなりたいのだろう?


 俺はうつむき、必死に考える。


「教えるのは構わないわ。あなたには素質がありそう。でも、悲劇を受け入れる覚悟はあるかってことなのよ」


 院長は淡々と言う。


 目をつぶり、俺は今までの人生を振り返った。特に無様に死んだ前世……。思い返せば俺はそこそこいい大学に合格してしまったことで慢心し、満足してしまい、向上心を失ったのが敗因だったかもしれない。結果、就活に失敗し、人生転落してしまった。人は常に向上心を持ち、挑戦をし続けない限りダメなのだ。たとえそれが悲劇を呼ぶとしても、前に進む事を止めてはならない。


 俺は院長をまっすぐに見つめ、言った。


「私は、やらない後悔よりも、やった後での後悔を選びたいと思います」


 院長はそれを聞くと、目をつぶり、ゆっくりとうなずいた。


「覚悟があるなら……いいわ」


「忠告を聞かずにすみません。でも、この人生、できること全部やって死にたいのです」


 俺はそう言い切った。


「それじゃ、ビシビシしごくわよ!」


 院長が今まで見たこと無いような鋭い目で俺を見た。


「わ、わかりました。お願いします」


 俺はちょっとビビりながら頭を下げた。


 こうして俺は魔法を習うことになり、毎晩、院長室へ秘かに通うようになった。


       ◇


 鬼のしごきを受けつづけること半年――――。


 一通りの初級魔法を叩きこまれ、俺は卒業を迎えた。ファイヤーボールも撃てるし、空も飛べるし、院長には感謝しかない。


 そして……。日々上がる俺のレベルはついに二百を超えていた。一般人でレベル百を超える人がほとんどいない中、その倍以上のレベルなのだ。多分、人間としてはトップクラスの強さになっているだろう。


 俺は翌日、朝早く孤児院を抜け出すとまだ薄暗い空へと飛んだ。実は、まだ、魔力を全力で使ったことがなかったので、人里離れた所で試してみようと思ったのだ。レベル二百の魔法って、全力出したらどんなことになるのだろうか?


 隠ぺい魔法をかけて、見つからないようにし、ふわりと街の上空を飛んでみる。最初は怖かったが徐々に慣れてきたので、速度を上げてみる。


 朝もやの中、どんどんと小さくなる孤児院や街の建物……。朝の冷たい風の中、俺はどんどんと高度を上げていく。


 すると、いきなりもやを抜け、朝日が真っ赤に輝いた。


 ぽつぽつと浮かぶ雲が赤く輝き、雲の織りなす影が光の筋を放射状に放ち、まるで映画のワンシーンのような幻想的な情景を浮かび上がらせていた。


「うわぁ……、綺麗……」


 神々しく輝く真紅の太陽が俺を照らす。


 前世では部屋にこもって無様(ぶざま)に死んだ俺が今、空を自由に飛んでこの美しい風景を独り占めにしている。俺は胸が熱くなって涙がポロリとこぼれた。


 俺はこの景色を一生忘れないだろう。


 今度こそ、絶対成功してやるのだ。この人類最高峰の力を駆使してガッチリと幸せをつかみ取るのだ!


 俺は朝日にガッツポーズして気合を入れ、全魔力を使ってカッ飛んで行った。


        ◇


 しばらく飛ぶと海になり、小さな無人島を見つけたので、そこで魔法の確認を行ってみる。試しにファイヤーボールを全力で海に撃ってみた


 俺は院長に教わった通りに目をつぶり、深呼吸をして、意識を心の底に落としていく。そして、心にさざめく魔力の揺らめきの一端に意識を集中させ、それを右腕へグイーンとつなげた。魔力が腕を伝わって流れてくる。俺はほとばしってくる魔力に合わせ、叫んだ。


「ファイヤーボール!」


 魔力は俺の手のひらで炎のエネルギーとなって渦巻き、巨大な火の玉を形成する。直後、すさまじい速度ですっ飛んでいき、海面に当たって大爆発を起こした。


 激しい閃光の直後、衝撃波が俺を襲う。


「ぐわぁ!」


 何だこの威力は!?


 海面が沸騰し、激しい湯気が立ち込め、ショックで魚がプカプカと浮かんでくる。


 俺は院長が言っていた『大いなる力は大いなる責任を伴う』という言葉を思い出し、ゾッとしてしまった。すでに俺は、気軽に爆弾をポンポン放ることができる危険人物になってしまっているのだ。


 こんな力、誰にも知られてはならない。知られてしまったらきっとこの力を利用しようとする連中が出てきてしまうだろう。そうしたらきっとロクな事にならない。


 俺は人前では魔法を使わないようにしようと心に決めた。


 職業が『商人』なので高度な魔法は無理かと思っていたが、どうもそんなことはなかった。MPや魔力、知力の伸びが低いだけで、頑張れば普通に魔法は使えたのだ。もちろん、経験不足で発動までの時間が長かったり、精度がいまいちであり院長には全然及ばないが、威力だけで言うならばステータス通りの威力は出るらしい。


 つまり、同レベルの魔術師には敵うべくもないが、レベルが半分くらいの魔術師には勝てるかもしれない。という事は、レベルをガンガン上げ続けたら世界最強の魔術師になってしまうということだ。


 世界最大の責任を伴ってしまうという事が一体何を引き起こすのか……。俺は水平線を眺めながら、大きく息をつくとしばらく考え込んだ。



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