第二十五話 守るは懐旧 一
「おや来たね」
「4人だけど足ります?」
「うーん、そればっかりは……何とも言えないねぇ」
日曜の朝、お婆さんのクエストをこなすためまた村へとやってきた。クルトとアゲハはリアルでお出かけなので俺とコトネさん、モモ、ショウの4人である。お手伝い系だろうから4人入れば何とかなると思ったが、何とも言えないとは何なのだろうか。もしやクエスト内容違うのかなか……だとすると何を頼まれるのか分からんわ。
「……今日は何をお手伝いすれば良いんでしょうか?」
「ああ、お手伝いと言えばお手伝いになるのかもしれないけど……頼みたい事は簡単に言えば討伐なんだ」
「討伐?」
討伐かあ、御神木のお陰でこの村周辺は平和なはずだし、イベントの騒動も解決した事は知ってるしな……わざわざ素材集めとかでは無く討伐と言っているという事は何か特定のモンスターを倒してほしいということのはずだが……概要を聞かないと始まらないか。
「それでその討伐してほしい魔物とは?」
「それなんだけどねぇ、回りくどいようだけどまずは老人の昔話を聞いておくれ」
そう言ってお茶を準備するのだろうか、いそいそと奥へと行ってしまった。昔話か、物語で言えば導入部分に当たるのだろうが、そんなに縁のある対象なのか。なんか思っていたより大事になりそうな雰囲気だなあ。
「どんな内容だと思う?」
「私はてっきりお手伝い系かと思っていたので……まさか討伐だとは」
「まあ、ある意味クルト達は来れなくて良かったんじゃないか。戦闘だけだったらここでほぼ留守番になるだろうし」
「そうだね、流石に戦闘だけだと生産職はついてこれないからね」
「ほらお茶だよ」
「あ、どうも」
とりあえずみんなでお茶を啜り、一息ついた。この辺に他のプレイヤーが来ることはまずないので静かに聞けそうだ。さて、どんな話なのやら。
「そうだねまずは……私の旦那の話からかね……いや、ちゃんと関係はあるんだよ。手短に話すから」
良かった、いきなり惚気とか混じるんじゃないだろうかと思ってしまったからな。昔話をするようなシーンはそんな事は多々あるから、少し身構えてしまった。旦那さんは亡くなっているみたいだから仇とかかな……いや事故で死んだと言っていたはずだから始まってもいないのに考えるのは早計か。
「私も旦那もこの村の生まれでね、若い頃は一緒に旅をしていたのだけれど、大した目的も無い上にこの国は広いけど狭くて、数年で行く所が無くなってしまったのさ。それからは旅の経験を生かして運送業やら行商もどきみたいなことをしていてね、あちこち回っていたけど、まあ結局年取った時に辞めてここと近くの町を行き来する程度にまで規模を小さくしたんだけどね」
そこまで言ったところでお婆さんはお茶を啜った。このゲームはこの大陸1つで更に国もここだけだからなあ。町同士の距離はあっても人里のみを回っていたなら数年で終わるかもしれないか。ここからどう話が広がっていくのかな。
「そこの2人には話したけど、私の旦那は事故で馬と一緒に亡くなっていてね、帰ってくるだろう時に急にひどい雨が降ったのさ。私はその時は別で村にいたのだけれど規模は小さいけど運悪く巻き込まれたみたいで崖下で壊れた馬車と一緒に見つかって……それで討伐してほしいというのは私達の飼ってた馬なのさ」
「う、馬ですか?」
「馬……」
馬かあ、亡くなっているとか言っていなかっただろうか。あ、モンスターを手懐けたりしていたのだったのだろうか。
「いや、魔物じゃなく普通の馬だよ。亡くなったのも本当さ……ただ、私達が飼っていた馬は種としては普通だったけど普通の馬では無かったのさ」
「普通じゃない?」
「その子は運送業を始める時に町で買った馬なんだけど、私も旦那も最初は普通の馬だと思っていたのさ。それが分かったのはしばらくしてからで、なぜか魔物でもないのに風を起こせたんだ。起こせるといっても夏に吹くとちょうど良いぐらいの風だけどね。それでも移動する時なんかは追い風を起こせたりしてくれて役に立ったんだ」
「風を起こせる馬か……どういう原理なんだろうな、魔法?」
「さあ、似たような話はたまに聞くけど魔物の血が混ざっているとか突然変異だとか、知り合いなら知ってるかもだけど行方不明なんだよねぇ」
なんかさらっと重い話が。知り合い……悪魔仲間かな、いや仲が良い奴はいないって話だしニュアンス的にそれなりに親交があった感じだったから別の生き物か?別の生き物は言い方がアレだな、それは今は別にいいか。その馬は亡くなっているから化けて出たとかだろう。それでも俺達に頼まずとも何かやりようはあるはずだと思うのだけれどな。
「旦那も馬も埋葬したのだけれどね、ある時気になって死んだ場所に行ったらあの子がいたんだ。びっくりしたよ。どうすれば良いか分からなかったから離れた所から様子を見ていたのだけれど気付かれてね……」
「え、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だったよ、死んだのは確かだから幽霊とかなのだろうけどそれでも確かにあの子だったよ。どちらかと言えば旦那に懐いていたから死にきれなかったのかねぇ」
「それなら、知り合いの魔術士とかに頼めば良かったんじゃ……」
「あの場所にいたところで何にもならないし最初はそう考えたよ。あれで生きているのかは知らないけれど、2度も殺すのはどうかと思って家に連れて行こうかと思ったけどあの場所からうんともすんとも言わなくてねぇ」
「害は無さそうだし、気がすむまで好きにさせてあげるとかはどうなんです?」
「それが万が一があるのさ。何回か様子を見に行ったのだけれど何回か、あの子と魔物が相対しているのを見た事があってね」
「大丈夫だったのか?化けて出たとは言えほぼ普通の馬なんじゃ」
「それが恐ろしい勢いでその魔物を踏みつけて倒したんだ。空を駆けて飛び上がって、すごい風と共に落下してね、生きている時はあんな事はできなかったはずだし、もしできたのなら旦那もあの子も生きていただろうし」
なるほどなぜかは分からないが、戦闘能力も手に入れたというわけか。何か未練とかそういうので力を手に入れたとかなあそこら辺の仕組みはどうなっているのだろうか。モンスターを何回も倒しているそうだが、逃げたモンスターは全く追わないらしい。お婆さんによるとひたすら旦那さんが死んだところを守っているようだったらしく、お婆さんが近くに寄っても普通に大人しくしていたそうだ。更には何故か迷い込んだタランドゥススタッグビートル、例のでかいクワガタすら難なく倒したそうだ。いや、すごいけどお婆さん近くにいて大丈夫だったのか?お婆さんは結局何者なんだ。御神木のお陰で村には来ないとはいえ、この森の生態系の頂点のクワガタを倒せるのはかなり強いはず。それなら確かに知らない人間が近づいたら害をなす気が無くても確実に誤解されて死ぬかもしれないな。
「話を聞くと確かに万が一があるかもしれませんが……本当に良いんですか?」
「ああ。さっきも言ったけどあの子がこの世にもあの場所にも留まった所で何にもならない。それなら旦那の元へ行った方が旦那も喜ぶかもしれないんじゃないかねぇ……年寄りの傲慢かもしれないけど」
「それは違うと思うよ。死んだならさっさと去るべきさ。死んだものが留まっていたって何にもなりゃしない……なにさマスター?」
「いや意外な感じだったから」
「……そうかねぇ?」
「……まあ、頼みたい経緯や事情はこんなもんさ。改めて引き受けてくれるかい?」
「断る理由が無いしな……ショウも問題無いだろ?」
「そうだね、特に不利益があるわけでも無いし」
「私も大丈夫です!」
「というわけで、もちろん受けますよ」
「ありがとう。あの子をよろしく頼むよ」




