第四話 鼠の牙はなによりも
まるで生きているかのようなNPCやモンスター、隅々まで作り込まれた世界など、話題に上ることが多いこのゲームだが、その中の1つがこのエクストラモンスターである。エクストラモンスターとはオンラインゲームでたまにあるオンリーワンコンテンツで、数がとても少ないモンスターだ。そのため古参でも一度も遭遇したことがないプレイヤーが多く、さらには特殊な由縁で生まれたなどという設定のため、似たようなエクストラモンスターはいても全く同じものは二度と生まれないらしい。
さらに言えばエクストラモンスターというのは自由である。通常のモンスターは基本的に生息しているフィールドからプレイヤーが逃げるとそれ以上追ってはこない。もちろん場合によっては普通に追いかけてくるが基本的にはそうならない仕様になっている。しかしエクストラモンスターは、住処はあってもゲーム的な生息地というものは決まっていない。その為、偶然エクストラモンスターに出くわした低レベルプレイヤーが町に逃げ込んだが、気性が荒かったのか町まで追いかけてきて甚大な被害が出たという事件があったそうだ。ちなみにそのエクストラモンスターは町にいたプレイヤー達によって討伐されたらしい。
他にもエクストラモンスターを倒すとその戦闘で1番活躍したプレイヤー、つまりMVPにエクストラスキルというものが贈呈される。このスキルは倒したエクストラモンスターの特徴をスキル化したもので、もちろんこの世界に1つしかない。エクストラモンスターは星の数によってランク付けされており、星5まであるらしい。といっても星1が弱いわけではないが、初めて数時間しか経ってないプレイヤーがソロで勝てるほど甘くないはずだ。
ちなみに星5は1体判明しているらしいが、当時のトッププレイヤーが5パーティ合同で挑戦しても一瞬で消し飛ばされたとか……それプレイヤーが討伐できるようになっているのだろうか。そして目の前には今説明していたオンリーワンコンテンツであるエクストラモンスターがいる……まあ、あれがこちらに気付いていない訳がなく先程の移動速度からして逃げるのは無駄だろう。距離は保てても持久力で確実に負ける。今この世界は夜だが月明かりもありシステムの補正もあるおかげで相手の姿形を判別ぐらいは問題なくできる。先程でアナウンスがあったが……えっと?かんがそ?
「あっ、ログ表示出来るのか」
えー、【☆1 貫牙鼠 アウラ】?字面からして牙で攻撃するネズミ?……普通ネズミって牙じゃなくて歯とかじゃないの?
そんなことを考えていると件のモンスターがこちらを向く。いかにもこれで攻撃しますよと言わんばかりの鋭く巨大な前歯に先程まで俺と戦っていたボス狼を突き刺している。システムの補正を受けても薄暗くて分かりづらいが、体毛は頭から背、尻尾にかけて茶色、腹側は白色となっている……ハムスターじゃね?いやハムスターもネズミといえばネズミだけど、やたら立派な前歯を気にしなければ普通のハムス……おや口を開けるときれいに並んだ歯っていうか、牙が。あ、名前はそういうことね……あれ、ネズミってあんなに歯あったっけ?混乱している俺をよそにエクストラモンスターであるアウラが前足を使い狼を掴む。
えー、前歯に刺した狼を抜いて?口元に近づけて?……グシュッ!!っとすると。わー……赤いエフェクトが飛び散ったー……あーはいはい、ガッツリ肉食ですか。ハムスターなのは見た目だけですか。まあモンスターだからね、そうね、しょうがないね……しょうがないか?
「ギュゥゥゥゥ……」
さて、現実逃避はそろそろやめようか。仕留めた獲物を食い終え、アウラは次の獲物であろう俺に焦点を合わせる。俺も剣を構えるが、さっきの速度を考えると避けられるか不安だな。ボス戦前に少しでもレベル上げといて良かったわ。
「キッツイわ、これ!」
でかいし、速いし、硬ーい!こいつの体毛どうなってんだ!1回攻撃してもボス狼の時の半分入っているかどうかぐらいな気がする……もうかれこれ1時間半ぐらい避けては斬りを繰り返しているが、アウラが倒れる気配はない。時間をかけているだけあって多少消耗はしているが、まだまだ余力はある感じだ。初期装備の剣、耐久値なくてよかったなあ。あったらとっくに折れてだろうからな。
「うおっ、やっべ」
もはや何回目かわからない突進を避ける。とても短いが予備モーションがあるので目を凝らしていれば今の俺のAGIならギリギリ避けられる。すれ違いざまに斬りつけるが大したダメージが入っている感じはしない。スタミナゲージとかあったらとっくに切れて死んでいるだろうな。体力というとHPと混同しそうなのでスタミナと言うが、なんか物理ステータス上げると増えるみたいでそのおかげでなんとかこうして持ち堪えている。このまま繰り返していけば倒せるといいんだけどなぁ。オンリーワンコンテンツというのは大体ゲームの売りなのでそう簡単に手に入るものではないだろう。そんなことを考えているとアウラがまた体勢を整えて突撃しようとしている。さすがに慣れてきたので俺も避ける体勢を取ろうとして……くぼみに足を取られる。フィールドに元々あったものではなくアウラの突進のときの勢いで出来たものだろう。こういう時のリアリティは面倒臭い!
「おっとぉ!?」
なんとか堪えて尻餅はつかなかったが即座に体勢を整えられる訳ではない。もちろんこちらを気遣ってアウラが突撃を止めくれるはずもなく、前歯で俺を突き刺そうと勢い良く突進してくる。体勢的に回避は無理……剣で上手く受け流すしかない!この剣耐久値無いし多分壊れない、そう思い剣を構え衝撃に備える。アウラの前歯が俺の剣とぶつかる。
「え゛!?」
予想と反し、剣が砕けそのまま俺の左腕を引き裂いていく。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってぇ!?」
ぶつかった衝撃で少し吹き飛ばされたが頑張って起き上がりアウラから距離を取る。いやほんとちょっとまって……!あれ?耐久値無いってことはイコール壊れないとかじゃ無いの?HP半分以上削られたんだけど。てかこのゲーム部位欠損あるのか、そりゃあるよなリアリティとか拘ってるんだから…………いや思考を止めている場合じゃ無い、とりあえずポーション……回避ぃ!アウラくん!(さん?) ちょっとタイム!とりあえずアウラの動きに注視しながらポーションを飲む。もう一本傷口にぶっかけると赤いエフェクトが止まる。HPはどうにかなったけど左腕は無く、手元には半ばから折れた初心者用の剣1本。
「さてどうしたものか……」
まずなんで剣が折られたんだ?Wikiにダメージ補正ゴミだけどその代わりに折れることはないってかいてあったんだけどなあ……検証不足?いや半年も経っていて初期装備の検証ぐらいし終わっているだろう…………あっ、【☆1 貫牙鼠 アウラ】の「貫」って「貫通」の「貫」か!防御やら耐久やら貫く感じか。もう少し考えておけば良かった……今思えばそりゃそんな感じだろう。普通に強く無いかこれ……だからこそのエクストラモンスターか。俺のAGI多めのステータス振りはアウラと戦う上ではある意味正解だったみたいだ。翔斗だったら簡単に死ぬだろうしな、あいつタンクだし……そもそもこんな考えても俺が取れる手段、この折れた剣で攻撃するしか無いんだけど!アウラもこれ以上ギミックとか無いだろうし。作戦は避けて斬る、以上!
☆1のエクストラモンスターは理論上はコウのレベルでも討伐可能です。
コウは「相手の動きを見る」のが得意なので普通の人が同じステータスで挑んでもすぐに餌になります。