第八話 横からの視線がうるさい
春イベントの舞台である村に訪れ、特産品である染料を使った衣服を取り扱う店に寄ったところ、試着室のスペースにいたのはいつぞやのPKであるカリファと弓使いであった。
「なぜここに……」
「なぜって春イベントだからね、そりゃ寄るだろう」
「PKの人って町に入れないんじゃ?」
「入れないのは主要の町でこの村みたいなフィールド扱いの所は入ること自体は可能だよ」
そうなのか。答えをくれたのはショウはサブクランリーダーと言っていたプレイヤーで、名前はアンネ、と頭の上に表示されていた。俺の腕の腕を吹き飛ばしてくれた人だ。この人が間に合わなければあの時勝てたのだけれどなあ。あの時アポロさんが助けに来てくれたからある意味こっちの方がずるいか。
「流石にここではPKしないよ?」
「いやどこでもしないでくれません?」
「それは流石に……ここがイベの舞台になったからウチも移動する羽目になってねぇ、最近移動が多いからクランとしての活動は休憩中さあ。今はリアルの都合で忙しい奴も多いし」
「……え、えっと?」
そういやアゲハは面識がないか。とりあえず良識(?)のあるPKだと伝える。生産職はPKの対象外とのことなのでひとまずは安心したそうだ。
「というか前より成長したようだね……もうPK対象だから気をつけなよ」
「ええ……どこにいるんだよ」
「さあ?この森以外で……どこかは気分かな、個人で動いているから情報はアテにはならないよ」
うわ、面倒くさい。流石にこの世界は広いので個人で動いているなら会う確率は低いだろうが……最悪、ここに引きこもっていればなんとかなんだろう。あれからレベルも上げ装備も整えたとはいえまだ勝てる相手ではないだろう。もちろん争う気も無さそうだし、こちらはもちろん無いので会話もこのぐらいで切り上げとなった。
手に持った服を思い出したのか、気を取り直した2人はそれぞれ試着室へと入っていった。ウィンドウを操作すれば簡単に装備を変えられるのではと思ったかもしれないが、あくまで試着なので試着室で操作しないと変えられないようになっているらしい。雰囲気も出せるのでこれはこれで良いのかな?
この店が取り扱っている服の種類のせいか試着室にいるのは9割方女性プレイヤー、NPCなのでとても居心地が悪い。9割というように1割は男がいるのだが、俺以外は確実に恋人の着替えを待っているという雰囲気なので、俺としては完全にアウェイだ。
「そういえば、金髪の方の子は彼女?」
「うぇえ」
あれ、カリファは……また入ったのか、まさか話しかけてくるとは。
「いやそんな関係じゃないですよ、リアルの友人で」
「ふーん、そうなの。それにしては……まあいいや、エクストラスキル持ちって本当?」
あー、どうしようか。カリファ相手に使ったから多分ほぼ確認みたいな質問なんだろうけど……持ってるぐらいならいいか。
「まあ持ってるのは本当ですよ」
「へえ本当に持ってるんだ。どんな効果?」
「いや、流石にそれは」
「引っかからないか、まあ引っかかってもアレだけど」
さらっと聞き出そうとしてきたな、油断ならねー。コトネさんか、アゲハ早く出てきてくれ〜。
「何やってんだい、あんたら」
「そっちかーい」
「ん?」
やべ、口に出た。出てきたカリファは先程と違いとても動きやすそうな感じの着物を着ていた……意外と似合ってるな、ロールだろうけど粗雑な感じをだしているから着物のイメージがつかなかった。
「やっぱりこっちの方が楽だねぇ」
「さっきのも似合ってたのに……まあしょうがないかあ〜」
「あの……」
あ、コトネさんが出てきた。
「に、似合っているでしょうか……?」
やっぱり聞きますかー……なんかこういう時に気の利いたことを言えるほど経験は無いのだが。コトネさんは桜色のかっちりとした着物を着ており、髪が金髪なこともあり、そういうキャラとしては可愛らしいとは思うが……そこのPK2人ニヤニヤするんじゃない。
「に、似合っているではないでしょうか?ええほら……えっと、桜の精的な……」
「ふぇ!」
いや、何言っているんだ。褒めるにしてももうちょっとなんかあるだろうに。何が桜の精だよ〜、キザな野郎みたいになっているじゃないか、恥ずかしい。ほらコトネさんも黙っちゃったし。あとPK共こっちを見るんじゃない。
「どうかしら!……あれ、2人ともどうしたの?」
「い、いやなんでも。似合ってるなそれ」
勢いよく試着室のカーテンが開き、アゲハが感想を聞いてくる。なんというか七五三みたいで髪色と合っており、微笑ましい感じがする。クルトも普通に似合うのでは……いや想像するのは止めよう、色々と不味い。
こういう着物は1人では着られないイメージがあるが、ここはゲーム、簡単なウィンドウ操作で変えられるので楽だとか。
あとコトネさん、固まっているけどそんなに俺の感想はドン引きものだっただろうか……いや恥ずかしい。
「コトネさん?」
「へぇあ!はい!大丈夫です!」
「中々隅に置けないね」
「傍から見ている分には十分面白いね」
……なんか大丈夫じゃなさそうだけど、そんなに変だったか、いや変だったけどさあ……PK諸君はなーにをコソコソ話しているんですかねー。なんか胃が痛くなってきた気がする。そんなシステムは……多分無いだろうから気のせいだろうが。
万全では無いにせよコトネさんが再起動し、また試着室に篭ってしまった。アゲハは雑な俺の言葉でも満足したようでとっくに試着室に入っている。結構服持っていたからまさかコレを繰り返すのか……?世の恋人がいる男性諸氏はコレを乗り越えているのか……いや関係が違うから更に難易度が上がっているのもあるか。ヘルプミー、ショウもしくはクルト〜。
……なんとか終わった。途中で何回かコトネさんがフリーズしたが多分大丈夫か……な?PK連中は服を選んでいるフリをしながらちょくちょくこっちを見ていたので早く去れという念を送ったが無駄に終わり、結局最後までやり取りを見られていた。アゲハは生地も買っており、終始満足そうだった。コトネさんも試着したものは全部買っていたので、俺の言葉が変な印象をつけることにならなかったようで良かった。
「あ、いた。マスタ〜……なんか疲れてない?」
「いや、ちょっと色々あっただけ……」
村の散策を終えたのかモモが合流した。それを皮切りにショウ達も合流したので、とりあえず茶屋らしき所に寄り、一息ついた。
「さて、とりあえず集まったけど他に何か行きたい所ある人いる?」
「そういうってことはなんか思いついたことでもあるのか?」
「うん、噂の御神木の所へ行こうかなって」
なるほど御神木か。村自体は特に見るものも無さそうだし、今回のイベントで1番重要そうだからそれがいいかな。他のみんなも特に異議はないようで全員で見に行く事となった。
御神木とは言え立ち入り禁止になっているわけではないが、道中でモンスターが出るため村人はそもそも祭事以外は近づかないそうだ。昔、御神木にある祠を荒らした人がいたそうだが数日後に微妙に運の悪い出来事が偶然では済まされないほどの数起きたらしい。バチが当たったのだろうが、死んではいないので優しいのか、ショボいのか……優しいと思っておこう。
道中は確かにモンスターが出てきた。イベント限定のモンスターは春になると餌を求めてここにやってきたモンスターという設定で、体が真っピンクみたいなあからさまなものは極一部だった。強さは大したことはないので全く問題なく、ついに御神木へと着いた。
「これが御神木……」
「確かにそれに見合う大きさだけど……」
そこにある大木は確かに御神木と言われると納得の大きさだったが、なんとなく活力がないように感じ、心なしか辺りも暗く感じる。桜の花も5分どころか、3分に到達しているかといったところでとても寂しいものだった。