第三話 最初の強者は弱者
まあログアウト不可なんてラノベみたいなこともなく、普通にログアウトが終わり、喉が乾いていたので準備しておいた水を飲む。いやあ、作り込みがすごいからと町で時間を潰しすぎた。せめて最初のフィールドボスぐらいは倒しかったなあ。そんなことを考えていると、スマホに着信が来た。確認すると翔斗と出ていた……翔斗というのは飯田翔斗、例の初日からプレイしている友人である。
『おっ、出た。どうだった念願のゲームは』
「お前が空気読まず勧めてくるのがわかるぐらいにはすごかったよ。それはそれとして恨みは忘れないけどな」
『やだなあ、勉強中の友人の息抜きになるんじゃないかという心遣いじゃないか』
「何が心遣いだ。普通にべらべら喋ってただけだろうが」
『あはは、まあその辺は置いといて……とりあえずどこまで進んだ?ツヴァイアットじゃ見かけなかったけど』
「町うろついてたら時間がおもったより潰れてレベル上げぐらいしかできなかったんだよ」
ツヴァイアットとは名前からして二番目の街のことだろう。というか待ってたのかこいつ?
『いや何してるのさ、笑えるわ〜……せっかくツヴァイアットまで戻ってうろうろしてたのに』
「やっぱり待ってたのか……というか進捗聞きにきただけか?」
『そうだよ?……ああ、レベルどこまで上げた?』
「12だよ、最初のフィールドボスの推奨レベルってどのくらいだったっけ?」
『確か10だったかな?3人ぐらいのパーティで。まあけど鋼輝だったら1人で大丈夫だと思うよ?』
「大丈夫って、推奨はレベル10が3人だろ?俺まだレベル12だぞ?」
『大丈夫だよ、ボスはデカめの狼1体だけど鋼輝だったら普通に動き見えるだろうし』
「まあそこまでいうならソロで試してみるさ……でまかせだったら覚えてろよ」
『はいはい、僕ツヴァイアットで待ってるからさ、明日合流しよう?……ああ、あとジョブ「鋼輝〜、晩飯よ降りてきなさーい!」何にした?』
下から俺を呼ぶ声がする。一応高校に合格したので母さんが晩飯を豪華にすると張り切っていたのだったっけか。
「へーい!もう行くから!……すまんもう晩飯だわ」
『確かにそんな時間か。んじゃ明日な』
「おう、そういやさっき何聞いた?」
『え?いやジョブは何か?って』
「多分お前の予想通り剣士だよ。そう言うお前は盾士だろ?タンク趣味」
『盾士で合ってるよ。今はその3次職の盾聖だけど』
「あれ、4次職じゃないのか?このゲームは4次まであるって聞い「早く降りてきなさい冷めるでしょうが!せっかく豪華にしたのに飯抜きにするわよ!」て、ああ忘れてた!」
『あはは、4次はさらに条件きついんだよ。んじゃ今度こそまた明日』
「おう」
そうして通話を切り、急いで下に降りていく。急いで行かないと本当に飯抜きにされかねない。1度ゲームのやめ時を失ってたら飯を抜かれたときがあったからな。せっかくの合格祝いなのに抜きにされたら目も当てられない。
晩飯を食べ終え、「Arkadia spirit」にログインする……いやあ、食った食った。母さんが腕によりをかけてくれたおかげで好物が多めだったが、量が結構多かった。食後の運動にボス戦でもするか。動くのはゲームの中の俺だけど。
「流石に夜は暗く感じるな……一応慣らしておくか」
「Arkadia spirit」の時間帯は5:00〜7:59が明け方、8:00〜15:59が昼、16:00〜18:59が夕方、19:00〜4:59が夜となっている。現在19時42分。すっかり日が暮れていて町には灯りが灯っている。もちろんフィールドには灯りなんてものはないのでシステムの恩恵があるプレイヤーでも結構暗く感じる。光源代わりので魔法があるらしいが、ジョブが剣士である俺には縁のない話である。
とりあえず昼に手に入れたアイテムを売ってポーションでも買おう。昼に歩き回ったおかげで薬屋的なショップの場所は分かっているのでそこに向かう。
「いらっしゃいませ〜、ご自由にご覧くださ〜い」
ご自由に?……うわ、棚に並んでいる商品背景的な感じじゃなくてアイテムなんだ……流石にウィンドウ操作で買うのかと思ってたわ。これ盗まれたりとかわざと割ったりする奴いるんじゃないか?まあまずアイテム売るか。
「すみません、買い取りできます?」
「あ、はいできますよ」
店員のNPCがそういうと、カウンターの上にウィンドウが表示される。あ、ここはウインドウなのね。流石に一々アイテム出すのは面倒だと運営も思ったか。ウィンドウを操作して売るアイテムを選択し、売却の欄を押すと、売却額とその確認のウィンドウが出る。
「金額はこちらでよろしいですか?」
「あ、このポーションと差し引きできます?」
「大丈夫ですよ」
一緒に持ってきた数本のポーションをカウンターにおいて聞いてみると大丈夫という返事が来る。結構応用効くんだな……システムもそうだけど普通に応答出来るAIもすごいな、今のところ変な動作とかないし。精算も終わり、ポーションをしまって店を出て、ツヴァイアットへの門の方へ向かう。
これから挑むのは最初とはいえフィールドボス。さらにはソロで挑むので夜の戦闘には慣れておきたい。あとレベルを15ぐらいにしておきたい。というわけでレッツレベル上げ。
……あれから30分ほどが経った。夜になると兎の代わりに狼が出現するみたいだ。普通の狼で、多くても3体ぐらいだったので問題はなかった。何事もなく順調にレベルを15に上げることができた。……いや、本当に順調だったよ?まさか急いでレベル上げしようとして走り回ってたら、つまずいてゴブリンに頭突きかましたなんて馬鹿みたいな事故起こしてないし。……流石にHP減ってるんじゃないかって?1たりとも減ってないよ。何故かアインシアで買ったポーション1本なくなってるけど。
……さて!レベル上げも目標に達したので!いよいよボス戦といこう!気を取り直してツヴァイアットの方へと草原を進んでいく。しばらくすると先程倒した狼よりよほどデカい、狼のモンスターが伏せているのが見える。間違いなくあれがフィールドボスだろう。あちらもこっちに気づいたのか立ち上がりこちらを見つめている。なんか思っていたよりでかいな、体高俺ぐらいあるんじゃないか?相手の体毛は灰色、昼に挑めば良かったな、若干見づらいわ。
「これで死に戻りしたらあいつに笑われるだろうからな……まあ頑張りますか」
失敗したと聞いて大笑いする友人の顔が目に浮かぶ。なんか想像でしかないのにイラついてきたわ。
「グルルルルル…………」
おおっとあっちも臨戦態勢だ、意識を戻そう。とりあえず剣を抜いてボス狼の様子を伺う。やっぱりこのゲームすごいわ、緊張感がまるで違う。冷や汗かいてる感覚があるのは中々ない。ボス狼は痺れを切らしたのかこちらへと噛み付いてくる。直線的な軌道なので横に飛びのき回避、後ろに回り込み幾度となく斬りつける。相手も無抵抗で斬りつけられるわけには行かないので尻尾を俺に向けて振り回しながら俺から離れる。わりとギリギリだったな後ろに倒れ込まなきゃ尻尾で吹っ飛ばされてたわ。ボス狼はこちらが態勢を立て直す暇を与える気はないのか長さはなくとも鋭さは十分に感じられる爪で攻撃してくる。それを剣でうまくいなし、避けたりしながら反撃の隙を伺う。
「爪ばっかりじゃねえか!他の攻撃パターンねぇのか!」
最初に噛みつきを避けられ斬りつけられたのがよほど気に障ったのか爪による連続攻撃が続く。
「ええい、ままよ!」
いくら初期装備の剣で耐久力がないとはいえ、このまま受け続けていてはジリ貧だ。腹を決め爪の攻撃を肩に掠らせながらボス狼の懐へ潜る。即座に腹を斬りつけ、足元にいるわけにも行かないので適当に切りつけながらボス狼の後方へ離脱する。ボス狼も振り返り俺に噛み付いてくるが、その時には俺は走り出し噛みつきを避けながら思い切り斬りつける。
「キャウン!」
「よおし!さすがに怯んだか!」
顔を深く斬りつけられたのはさすがに堪えたのか、鳴き声を上げながら、よろめいている。
「状態的に……そろそろ倒せそうかな」
結構な回数切りつけているのであれのHPもわりと減っている頃だろう。その証拠にボス狼の呼吸がとても荒い。このゲームのクオリティが高いおかげでどんな状態なのかが分かりやすくてありがたい。
「ラストスパートだ」
死に体のボス狼は最後の足掻きとばかりにこちらに勢いよく噛み付いてくる。俺はそれを迎え撃とうと剣を構え……目の前をボス狼を巻き込みながら何かが高速で通っていった。
「……へ?」
通り過ぎた何かの方へと目を向けるとボス狼よりさらに一回りでかい何かがその牙?にボス狼を突き刺し咥えていた。それを俺が理解するより早くゲームアナウンスが流れた。
『ENCOUNT!ENCOUNT!Exモンスター 【☆1 貫牙鼠 アウラ】!』
うわあ、マジかー……。