第二十二話 すたこらさっさ
走る走る。勝った側なのに、すたこらさっさと逃げ出す様に走る。
それもこれも、狐の最後っ屁の如くミカエルが何かしたせいだ。詳細は分からないが、振動の感じと展開からしてアルカディアを堕とそうとしているのだろう。それに巻き込まれては死ぬ可能性が高いので急いで何処にあるか分からない出口を目指す。
「せめて、方向だけでも分からないのか?」
「さあてねぇ……ただでさえ大分昔の事なのに、この区画はあまり通った記憶無いからね」
「えー……ウリエルは?」
「私もこっち側はあまり……」
「マジかー……」
まあ大規模な城レベルの中を詳細に覚えていろというのも無理がある。俺だって、学校の教室の配置を全て覚えているかと言われると自信が無い。1回も使った事の無い教室なんて普通にあるし。これだけ広ければ、そんな場所はいくらでもあるだろう。
「とりあえずこっちで大丈夫なのか?」
「まあ多分?」
「出口が1つしかない訳では無いので、外には出られるかと」
「それなら良いかあ」
最短ルートは諦め、死ぬ前に外に出られる事を願って走り続ける。
流石に1本道ではなく、分かれ道もあるのだが、先導するモモは躊躇いなく真っ直ぐ進んで行く。何処となく不安になるが、文句を言える立場に無いのでだんまりだ。NPCが前なら誘導してくれるという可能性も無くは無い。
「あ、人が来るよ」
「は?敵……あ、いや人か」
しばらく走っていると、モモが何かに気づいた様で声をかけてくる。
左の分かれ道からやってきたのは、イプシロンさん達御一行。あちらも結構な激戦だった事が分かるぐらいにはボロボロだった。流石に相手によってはヌルゲーとかは色々バランスおかしいし、当たり前か。
「お、コウくん。そっちも倒せたみたいだね」
「おかげさまで……他はどうなってるか分かります?」
「ああ、みんな倒せたみたいだよ。ただ、マモンの所は何か妙な感じになってるみたいだけど……」
「妙?」
「いや、詳細が来なくてね」
「ああ……」
合流し、走りながら状況を聞けば、更に気になる事が増えた。まあ今分かる事がそれだけなので、このまま合流するなり脱出した後なりで話を聞けば良い。
その後も続々と天使と戦ったメンバーが合流していく。ショウ達も無事倒せたみたいで一安心……まああまり不安になる要素があった訳では無いのだが。
そして、最後に残ったのはマモンの集団。負けてはいないのは分かっているので、いつ来るか、もしかしたら違う方向へ行っているのかと考えていると、すぐに分かれ道からすぐに来た。噂をすれば影。
イプシロンさんの歯切れが悪かった理由もすぐに判明した。プレイヤー3人の方はほぼ戦闘の跡が無いのまだ良いとして、天使が1人一緒にいる。恐らくはラミエルなのだろうが、何故いるのか。しかもボロボロのマモンを抱えている。
「え、ラミエル!?何でいるのよ!?」
「別にいようが構わないだろ。私の目的はマモンだけだ」
「あ、そこは一貫してたのね……」
1番近くにいたレヴィアタンがツッコんだが、割とあっさりと納得したみたいだ。というか、それで納得するのか?
他の悪魔達(天使2名含め)も特に何か言う訳でも無く、合流してそのまま進んで行く。俺もそうだがイプシロンさん達が何やら聞きたそうにしている。
しかし、ボロボロのマモンを抱えて不機嫌そうな表情に見えるラミエルに対して話しかける人は誰もいない。天使と戦闘を終えて疲れているので、敵でないのなら、もはや何でも良い。
「やあやあ、そっちも無事倒せたみたいで」
「……そっちは、何かしたのか?」
「いやあ、お恥ずかしながら、特に何も、ねぇ……」
「えぇ……そもそも、アレは何なんだ?」
「え、いやアレは僕に聞かれても……」
「分かんないのかよ……」
走っている間に、ホマスが横についてくる。とりあえずは雑談だったので、ラミエルの事について聞いてみたが、一部始終を見ていたはずなホマスでさえ分からないとは。一体あの2人の関係は何なんだか。
「ツカサによれば、恋愛的なアレコレとはちょっと違うらしいけどね」
「え、あー……そういう。いや、何で分かるの?」
「その手の嗅覚は、まあ鋭いと言える……かな?」
「微妙な信憑性だなあ」
言われてみれば、そういう可能性もあるかもしれないが、ソースが女の勘みたいなものだと信用して良いのかどうか。
リアフレのホマスで歯切れの悪い感じだし、そもそもNPCにそれが適用されるだろうか。
まあまあ気になる謎ではあるが、無事に脱出できた暁にはマモンにでも狙われる原因でも聞けば察しはつくだろう。最悪モモとかに聞けば良い。
そのまま走って行くが、まだ出口らしい所には辿り着かず、大して景色が変わったりもしない。不安が募っていくばかりだが、毎度の如く、変化は唐突に現れた。
「んあ?右に曲がるよ」
「えっ、ちょっ」
先頭を走っていたモモが何か察知した様で、いきなり右に曲がった。
割と後ろの方にいた俺やクローナは大丈夫だったが、前にいた数人はこけてしまったりと慌ただしくなってしまった。
「あー……すまん」
「いきなりどうした?」
「いや、誘導がね。こっちもいきなりだったんだよ」
「誘導……?そんなもの……あ、こうかしら?あ、見えた」
「そうそう」
通路には何の変哲も無い。ローズが目を凝らして何やら試していると、本当に何かあった様だ。
それなら最初モモしか気づかなかったのも無理はない……というか、先頭がモモだったから、誘導を出した何かはそういう方式にしたのだろうか。
ここで話を聞くのは時間が無いので、疑問を他所に全員で進んで行く。今度はよく分からない誘導があるらしいので右に行ったり左行ったりと忙しないが、はっきりとした目的地があるだけマシだ。
そこは意外と近かった様で、2分程で着いた。デカめの扉の前には何かの破片が所々に落ちており、床も周りの比べると微妙に汚い。急いで掃除したというよりは、あまりにも見目が悪いから雑に掃除したみたいな感じだ。
これはこれで気になるが、話題にする前にモモが扉の前に立ち、自動で扉が開いた。
「ああ、やっぱりここか。こんな事が出来るのは今はあんたらだけだからねぇ」
「ふむ、全組いるな。ラミエルは……まあ予想通りだと言っておくか」
「ふん」
中にいたのはルシファー。ここにいるという事は、ここがアルカディアの中枢なのだろうが、モモの言うあんたらとは誰の事なのか。あと、やっぱりルシファーはラミエルの事も予想済みか。
「えっと……割と急いでいるから言うけど、この後はどうするんだい?」
『それは私から説明しましょう!』
「「「は?」」」
「「「え?」」」
切羽詰まったと言えなくもない状況の為、イプシロンさんが話を切り出した。さっさと外に出たいからこそだが、それに応えたのが何処からともなく鳴り響く声だと言うのがプレイヤー全員を困惑させた。
全員がそれぞれ色々な形で困惑を顔と口に出す。いや、本当、何ですか。いや、予想はつくけどもさ、予め言っておくべき事じゃあないだろうか。
『初めまして、探索者の皆さん。私はアルカディア……まあ、ここのメインシステムです。よろしくお願いしますね!さて状況ですが、今アルカディアは航行機能が停止しており落下中です。なるべく速度を落として移動しておりますが、落下時に結構な衝撃があるでしょう。皆さんには最寄りの出口までのルートを提示致しますのでご安心下さいね!』
「いや、いっぺんに言われても……」
自己紹介と同時に改めて状況を認識させられる。疲れた頭で認識するのが大分面倒な事ばかりだが、まあ普通に出られるっぽいし、ツッコむのはひと段落ついてからにしたい。
それは周りのみんなも同じみたいで、疑問を投げかけるプレイヤーは誰もいない。ワテルさんがいたらまた違ったのだろうけど、いないのだから関係無い。
「えっと、うん……じゃあ出口をお願い出来るかな」
『はい、ベルゼバブのマスター、お任せ下さい……と言っても、先導するのはアスモデウスですけどね!』
「ああ、はいはい」
『皆さんならお話しはいつでも受け付けますのでその時に。まずは避難を……あ、ガブリエル、今はクローナと名乗っているんでしたっけ?後で身体検査させて下さいね』
「ええ、分かりました」
アルカディアはルシファーと話をしたからか、そもそも分かっていたのか、最後に身体について一言添えた。あちらからすれば最もなので特に疑問に思う事もない。
その後はルシファーを加え、モモの先導で走り出す。本当に走りっぱなしだ。
ルシファーによると落下地点はツェーンナット辺りらしい。落下しているのに王都からそこまで移動するのは余裕があるなと思わざるを得ないが、そのぐらいはどうにでもなるからこそだろう。
「あれかな?」
「そうだねぇ」
やっと見えてきた出口。見た目は完全にリアルにある様な非常口だ。まあ出られれば何でも良いので、扉を開けそこから外へと出た。
「出られたー……」
「はー、久しぶりのお天道さんだ。良かった良かった」
「あれ、あとどのくらいで着地する?」
『あと10秒ですね!ご注意下さい!』
「ここでも声出るのか、っていうか10秒?」
『はい、アスモデウスのマスター、あと3秒です!』
「ちょっ!」
「みんな衝撃ーーー!!?」
俺達が出た場所はアルカディアの外縁だったが、衝撃で外に弾き出される程の所では無かった。そのおかげで、着地の衝撃で色々な所にぶつかりHPが減りはしたものの、誰1人死ぬ事は無かった。まあそんな死に方したら黒歴史ものだろうけど。
「いてて……全員生きてる……ね。こんな感じでアレだけど、さっさと出ようか。ツェーンナットとは言え、すぐにプレイヤーは来るだろうし、人目に着いたら折角誤魔化したのが台無しだからね」
「了解ー……」
イプシロンさんの号令で各自動きだし、下へと降り始める。
不時着にも関わらず、アルカディアは殆ど傾いたりする事なく着地していた。そのおかげで上手い事安全に下に降りる事も可能だった。もちろん、降りるのは町の反対側だが。
都合が良いのは、ゲームの為か、アルカディアが凄いのか……まあどっちでも良いか。
「はい、じゃあ解散!色々あったけどお疲れ様でした」
「「「お疲れー」」」
「「「お疲れ様でしたー」」」
場所が場所なので、一言挨拶して終了。後はそれぞれ別れて拠点に、俺達は屋敷に戻る訳だ。コトネさんもいるだろうし、さっさと帰らないと。




