第二十一話 【正義】 後
今日は3話更新です。これは3話目です。
「【正義】、『アルマ・グラディウス』」
ミカエルがそう唱えると、天秤が輝き、何と変形し始めた。
変形の仕方は、SFロボットアニメにある様な構造がよくわからない感じで説明のしようが無い。天秤の皿の部分とかどこ行ったんだ。
変形は数秒程で終わり、最終的に西洋剣から剣身を除いた部分みたいな形となった。さて、ビームなのか、生えて来るのか。
「『ユースティティア』」
ミカエルが更に唱えると、剣身が生えた。見た目は光る剣。どちらかというと、生えた分類かな。
ただ、感じる圧力は天秤の時の比ではない。ミカエルがまともに動いたのは見た事無いが、十全に扱えない訳が無い。
「やばくね?」
「当たり前ですが、気が抜けませんね」
「さてさて、どうなるかねぇ」
「この状態では、ふむ、聖剣と言うべきか。誰かに見せたのは初めてだぞ、光栄に思え」
「えぇ……?」
聖剣かあ……イプシロンさーん、パクられてますよー……まあ迫力が段違い過ぎて、イプシロンさんの方が霞んで見えるけど。何か関係があったりするのだろうか。
「さて……では死ね」
気づいた時には、目の前にミカエルがいた。咄嗟に刀を前に出して剣を防ぐが、それごと地面へと叩きつけられた。
「ガッ……」
「マスター!」
「コウさん!?」
クローナとウリエルがそれぞれ大剣を作り出してミカエルへと放つ。モモは巻き込まれない様、俺の身体を魔法で後方へと引っ張ってくれた。
「回復……間に合わない。『リザレクション』!」
「ゴホッ、ぐっ……助かった」
「いえ、これが私の役割なので」
まさか、刀で防いだのに一撃で瀕死になるレベルだとは。俺以外の4人がいなかったら死んでた……というか、初見で避けられる訳無いだろ、アレ。【貫牙剣】の効果も効いていないみたいだし。
「まあ、その手段がある事は知っている。そしてそれが1回限りだという事も。お前は、誰かを癒す事は出来ないものな?」
「……そうだねぇ」
人間を見下しているとは言え、魔法の把握ぐらいはしているよな。そして当然モモの能力の範囲も。
「さて、マスター。今までの強化じゃ全く足りないから、負荷が出るレベルでかけるよ」
「もちろんだ……どのぐらい?」
「3分。終わったら力は……3分の1ぐらいだろうねぇ」
「そりゃやばい」
モモの悪魔としての枷が外れると、魔法の出力が上がるだけでなく、その自由度も上がるらしい。回復系の魔法が使えないのは変わらずだが、それは今更どうでも良い。
モモに改めてかけられたバフは凄まじく、先程までとは比べ物にならないぐらい力が湧いて来る。
「どうだい?」
「こりゃ凄い」
これなら、あのミカエルと戦えるはずだ。俺1人じゃ全く足りないから、どんどん助けてもらっていこう。
「強化されたところで、何処まで保つやら……試してやろう」
先程と同じく、超スピードでミカエルが迫る。だが、今回はその動きが目で追える。ミカエルが振り下ろす聖剣を受け止める様に刀を構える。
衝撃はある。多少力負けもしている。だが、今度は押し潰される事なく、しっかりと受け止める事が出来た。
「……チッ」
「良し良し。モモ様々だな」
「そりゃどうも。そんでもって……」
「私達を忘れてもらっては」
「困りますね!」
モモのデメリット付きバフをかけられたのはもちろん俺だけではない。
大きさは先程と同じ。しかして込められたであろう力は比では無さそうな大剣がミカエルへと迫る。
ミカエルは俺へと攻撃を止め、迫る大剣の方へと聖剣を向けた。
「ハッ!」
ミカエルは大雑把に聖剣を横に振るう。それで大剣2つはかき消えてしまった。
驚きはしたものの、その大振りのせいで胴体ががら空きになっている。俺は後ろに飛び去ると、元いた場所から部屋を突き抜けるのか思うほど巨大な氷塊が突き出した。というか、天井に刺さっている。
もちろんミカエルを狙っていた氷塊だが、流石にミカエルを貫く事は出来なかった様で、移動して氷塊の向こう側を見てみれば、後退したミカエルがいた。
「ここまで壊れれば再構築した方が早いか。なら遠慮無く消し飛ばしていこう」
「やっば……!?」
「マスター!後ろに!」
ミカエルの聖剣の輝きが増したかと思うと瞬間、光が弾け無音になった。実際には轟音が響いているのだろうが、耳の限界を越えたのだろう。
というか視界が真っ白、自分が上を向いているんだか下を向いているんだかよく分からない。
一瞬にも数十秒にも感じられる時間が過ぎて行く。次に視界と身体の感覚がはっきりした時には、自分が雪で出来たクッションに仰向けに乗っかっており、目の前にコトネさんの服があるのが確認出来た。
「はっ……!?」
「あ、コウさん!起きましたか!」
「えっと……?」
「数秒ですが、気絶状態でした。五体満足、HPは回復して8割あります。今はああいう状態です」
刀はしっかり持っていた様で、ちゃんと右手にあった。
コトネさんの指差した方を見ると、先程までと同じ空間だとは思えない光景が広がっていた。
今いる場所は扉側なのだが、原型を留めているのはここだけだった。他の場所は完全に崩壊しており、そもそも周辺の設計がどうなっているのか分からないが、だだっ広い氷の洞窟みたいになっていた。水と炎が至る所を駆け巡っているのは変わらないが、その中に軌跡を描く光が1つ見える。たまに炎や水と衝突し、降り注ぐ氷を拡大した光が吹き飛ばしている。
「あれ、ミカエルだよな?」
「そうですね。あ、モモさんから早く復帰しろと伝言が」
「ああ、そうだよな……」
確認してみれば、【空走場】のクールタイムが終了していた。これなら、あの戦闘にも参加出来る。
「【空走場】……良し。コトネさんは……」
「ここにいれば大丈夫そうとの事なので……後はタイミングを間違えない様に気をつけます」
「使う機会が無いまま倒せるのが一番だけどな」
「それは、そうですけどね」
「じゃあ行ってくる」
足場を作り、光の元へ。【貫牙剣】の残り時間も1分程しか無いから割と焦っている。効果ありきで打ち合えている様なものだし。
急いでそちらへと向かうが、あの激しい戦闘の中に突っ込むのか……カシエルの時といい、ゲームだからといって死地に飛び込みたい訳では無い。他の所もこんなに荒れているのだろうか。
「【抜刀】!」
「見えている!」
頭上から思い切り斬りつけるが、クローナの大剣を弾いた勢いで防がれる。鍔迫り合いになるが、後ろから迫るウリエルが熱線を出した事によりそれは数秒で終わった。
「戻ってきましたか」
「ああ、でも【貫牙剣】が後1分ぐらいしか無い」
「じゃあ、短期決戦ですね。そもそもジリ貧ですし」
視界の先では、炎に包まれたウリエルがミカエルへと接近戦を仕掛けている。
「行かないとな、【フラジャイルクイック】」
「援護します」
AGIを上げて、再びミカエルへと近づく。
「くら、えっ!!」
「馬鹿め!」
横から斬りつけるが、体勢が悪かったのか容易く弾かれた。
ただ、ミカエルには様々な方向から水の刃が迫っている。よく見れば、ミカエルの死角になる様に刃の後ろに氷柱が隠れていた。何処にいるかはそういえば知らないモモの仕業か。
1つ1つの攻撃はミカエルにダメージを与えられない。しかし時間を多少稼ぐ事は出来るので今の内に後ろ側に回る。多少なりとも俺へ向く手間が増えればそれで良い。
「【滝割り】!」
「効くものか!」
これも防がれる。どれも対処されて悲しくなってくる……やり方が悪いのか。いやもう、残り時間は少ないし、こうなりゃ捨て身で行くしか。
「はぁぁぁぁァッ!!」
「なっ!?」
ウリエルが叫びながら、ミカエルへと飛びつく。そっちが捨て身になられても困るが、今はどうしようもない。NPCに死なれると後味悪いんだよ……!
ミカエルがウリエルへと聖剣を突き刺そうとするが、クローナ氷を纏わせた大剣でそれを防ぐ。
「今度こそ……!」
「しつこいぞ!」
ミカエルはウリエルを蹴って引き剥がし、クローナの方へと押し付けた。その体勢のまま聖剣を後ろの方にいる俺へと突き出した。このままであれば、身体を逸らせば擦り傷で済む。そう考えそのまま近づくが、聖剣の剣身が伸びて、俺の身体へと刺さる。
「はあ!?」
「奥の手ぐらいあるに決まっているだろう!!」
「ちゃっちい……!」
ミカエルはそのまま聖剣を動かして俺の身体を切り裂いた。そのままもつれている2人の方へと振りかぶる……都合が良い。色々と驚きはしたにせよ、これ以上のチャンスは無い。
「【反象捧】!」
遠くから、コトネさんの声が聞こえる。それと同時に、俺の身体の傷が消えた。
足場を作り、落ちかけた身体に力を入れて何とか踏ん張る。ミカエルが気づく前に、気合いで前へと踏み出す。
「【極刀】……!」
「な……!?」
意趣返しとばかりに、こちらも伸びた刀でミカエルを袈裟斬りにする。注意は天使2人に向いていた様で、俺の攻撃はまともに当たり、ミカエルの身体を引き裂いた。
「な、何故……だ……!」
「えっと、何だっけ……そう、害獣の力だよ」
「お、のれ……アルカディア、め……!」
ミカエルはそのまま下へと落ちていった。
害獣自体はカシエルが言った言葉だっけか。エクストラモンスターや天賦獣は伝わらないだろうし、最後に伝わった様で何よりだ。
「大丈夫か?」
「ええ、そこまでの問題は無いです……下に降りましょうか」
「ああ、うん」
クローナに促され、ミカエルが落ちた場所へと降りる。まだミカエルは生きているみたいだ。神器もいつの間にか天秤に戻っている。
「良くやったよ、マスター」
「あ、モモ……今まで何処に?」
「近接は無理だから、氷の中を移動しながら援護だよ」
「あ、そういう。それで……」
ミカエルの方を見ると、もちろん虫の息だ。
「……まあ、立場からしてこうならざるを得ないだろうさ。相入れられるなら、そもそもこんな事になっちゃいない」
「そうだろうな」
3人の目に特に感傷は無い。長い年月があったのだから、とっくに割り切っているか。他の天使や悪魔はどうなのだろうかと思ったが、それはまあ……知らなくても良いか。
「マスター、とどめは私が……」
「いや、それは構わないけど」
クローナが水で直剣を作り出し手に持った。そのままミカエルへと近づいて行く。
「最後ぐら……!?」
クローナがミカエルの首へと狙いを定めた途端、物凄い振動が俺達を揺らした。
「何が……!?」
「ガハッ、ハッハッハッハッハッ……!」
急に起きた振動と、吐血しながらのミカエルの笑い声、そして輝きを失って行く天秤で大体は察せる。
何をしたかと聞こうとしても、最後の力を使ったみたいでもう息は無い。塵となって消えて行くが、それを眺めていても仕方ない。
「最後の最後で……何をしたか分かるか?」
「いえ、ただ碌でも無い事かと」
「そうだよなあ……」
「とにかく、さっさと出るよ」
「そうだな」
余力がまだあるモモが氷の階段を作ってくれる。これで扉の所まで行けるな。
階段を登っていると、誰かから連絡が来た。確認するとコトネさんだ。
『コウさん!大丈夫ですか?』
「大丈夫大丈夫。お陰で倒せたよ」
『そうですか、良かったです。では、屋敷で待ってますね』
「ああ、そっちもありがとう」
通話を切り、先に扉の方に行っていたモモ達に合流する。
「さて、さっさと逃げるよ」
「勝ったのに逃げる側か……」
「それは、しょうがないですね」
4人で扉の外に出る。何処へ行けば良いのか、分からないが、とりあえず走って行くしかない。
他のみんなはどうなっているのだろうか。




