第二十話 【正義】 中
今日は3話更新です。これは2話目です。
時は少し遡り、ルシファーの試練を終えてそれぞれ戦う天使とパーティが決まった後の事だった。
その時の用件は終わったので、帰ろうとした所、俺達はルシファー達に残れと言われたのだ。
「それで、何だ?夜遅いから帰りたいんだけど……」
「1日中起きている連中もいるというから、探索者は睡眠時間が少なくても問題無いと思ったのだがな。そうでもないのか?」
「いや、個人差」
「探索者にも適用されるか……まあ良い。話自体はすぐに終わる」
「それなら良いけど」
ここにいるのは、ミカエルに挑む予定の俺を含めた5人と、主導のイプシロンさん、調整も兼ねるワテルだった。
それなりの重要事だと言うので、まとめて説明してもらった方が早い。メンバーからしてミカエルに関しての何かだろうが、情報自体は伝わっていた方が万が一の時に役に立つ。
「さて、主題に入ろうか。お前らに渡しておきたい物がある」
「これは……」
「またアルカディアからくすねて来たのかい?」
「そうだ」
「当たりですか……」
ルシファーが懐から取り出したのは、赤黒い八面体の結晶の様な物。それだけ見れば、武器の素材にでも使いそうなアイテムだが、ルシファーがそんな単純な物を出してくる訳が無い。
一体何なのだろうか、モモ達の顔を窺ってはみるものの、その顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「見た事ありませんね?」
「知らないのか?」
「こっちだって、何でも知ってる訳じゃないよ……それで?」
「これは言うなれば、ミカエル用の妨害装置だ」
「妨害装置」
大分直接的に関わる物だったが、まだ具体的にどういう物なのかは分からない。役に立つ……物ではあるのだろうけど、どうするんだか。
「元々これは、天使用の安全装置として渡された物でな。神器はやたら強力なだけに、万が一の手段が必要だった。神器はそもそも、使用者や特定の何かに強制力を働かせるものだ。その強制力をこれは抑える事が出来る。更に、これはミカエル用、あの天秤用に改造し、効力を上げておいた」
「さらっと改造したとか言ってるけど……」
「見たのは初めてですが、難易度は測り知れないですね……」
「やっぱりそうだよな」
ルシファーはどれだけ万能なんだか。何かもう雑なお助けキャラみたいな感じが……要素を詰め込むとしたらここしか無いのか。
「じゃあ、ミカエルを無力化できるって事かな?」
「いや、それは流石に無理だ。これは天使を抑え込む為の物であって、改造してもそれは変わらない。ミカエルであれば精々……他人に働かせる力は無くなる程度だろう」
「十分だねぇ」
「そうだな、あの理不尽なのが無くなるだけでも……」
「起動するにはそれなりの魔力が必要になる。だからお前が持て、アスモデウス」
「まあそうだろうね」
ルシファーはモモの方へと投げ渡した。そんな先行って鍵開けといてみたいな感じにフランクに渡さなくても。一応落ちたぐらいで壊れたりする物では無いだろうが、それはそれとして丁寧に扱って欲しい。
「後は、俺の作業が終わるまで耐えろ」
「そこは根性なんですね」
「地の利はあちらにあるのだからしょうがないだろう。最低限必要な物は持って来たつもりだが、そもそも取り返すならかち込むのが1番早い」
「まあ対策があるだけ良いか」
「そうだね……ちなみにそれ、複製は?」
「無理だ。そもそも素材が無い上に、ある物はアルカディアだ」
「あー……」
「そう言う訳だ。適切なタイミングで使え」
「はいはい、分かったよ」
モモはズボンのポケットにそれをしまいながら答えた。
これで初手で詰む事は無くなった。後は、戦闘で勝てば良いだけだ。
そして現在、ミカエルがいる空間。
割れた氷が光を反射し、交差する水と炎と相まって空間を彩っている。1か所から放たれる光弾がそれらを破壊する事で、また違った彩りを見せている。
……それっぽくなる様に言ってみたが、伝わっているだろうか。この混沌と言える状況の中を疾走しているので、考える暇が無い。
【空走場】を発動しているのが、今の所安全地帯が無い。コトネさんはウリエルがおぶっているから良いとして、この環境激変フィールドはどうにかならないものだろうか。
ミカエルの理不尽圧力はどうにかなったのだが、バリアが消えた訳では無い。モモの魔法やクローナとウリエルの神器、隙を突いて【滝割り】を繰り出してみたが割れるどころか傷が付く気配も無い。
更には、人の頭ぐらいの光弾を放ってくるから攻防一体、クソ程面倒な戦闘になっている。その破壊力も侮れず、恐らく掠っただけでも致命傷になるレベル……やってられん。
「ほらほら、どうした……!逃げ回っているだけでは私は倒せんぞ!」
「じゃあそこから出て来なァ!」
「出る訳無いだろうが……!」
モモが挑発するが、ミカエルが乗るはずも無い。もし乗ったらただのギャグ。
ミカエルが放つ光弾も直線軌道のみだったり、同時に放たれるのは6、7発だったりと制限はある様で、きちんと見ておけば対処は楽だ。
結論から言えば、こちらが多少不利の膠着状態。俺の消費は【空走場】と【滝割り】のSP消費だけだ。【滝割り】が通じないなら他のスキルも通じない。【貫牙剣】は恐らく通じるだろうが、再使用出来るまで持ち堪えられる気がしないので気軽に発動出来ない。モモ達に関してはまだまだ余裕はあるだろう。
「そぅらァ!」
「効く訳が無かろうが!」
近づくタイミングがあったので、上から体重を乗せて斬りつけるが、やはり傷1つつかない。反撃とばかりに光弾が3発飛んでくるが、見慣れたもので余裕で避けて距離を取る。
「……【貫牙剣】を使うべきかなぁ……?」
「とっておきな、ルシファーの奴がこなすまで……いつになるやら」
「そろそろ来ても良いんだけどな……」
分かれ道で別れてから数分、戦闘が始まってからもそれなりに時間は経っている。そろそろ来て欲しいのだが……そう都合良くは行かないか。
2人固まっている事を確認されたのか、光弾が連続的に放たれてきた。分かれて避け、勿論距離があった為ダメージを受ける事も無い。
何とかなっているが、これ以上どうしようもない。流石に飽きてくるから、さっさと来てくれ……!
「マスター!!」
「え、は、マジで!?」
「早くしな!!」
「了解!【貫牙剣】!」
モモがそう言うなら、来たのだろう。ルシファーによればここは中枢に近いのだから振動なり何なり来るとか言っていたくせに……この状況なら振動もクソも無いか。そもそも俺空中にいる訳だし。
【貫牙剣】を発動して、一気にミカエルへと迫る。ミカエルが見逃すはずもなく、5発の光弾を俺へと放つ。このままだと直撃して死ぬ訳だが、まあ大丈夫だろう。
「【色欲】!」
「【忍耐】!」
「【審判】!」
モモの姿が変わり、初対面の時の様に羊の様な角が生え、片目の白目が黒になる。
クローナとウリエルの姿を変わらないが、大量の水が床を満たし、空間を駆ける炎の熱量が上がった。
そして、俺の目の前に迫る光弾を氷と水と炎の壁が防いだ。その3種類の壁は俺に何の被害も与えず、突き抜けた先はミカエルの目の前だった。
「なっ……!」
「オラァ!!」
ミカエルのバリアを三角形を描く様に断ち斬る。ぶっつけだったけど、普通に斬れたな。
「【刺突】!」
「ぐっ……!」
ミカエルが呆けていたのでチャンスとばかりに心臓目掛けて刀を突き出す。
しかし、一瞬遅く、天秤で防がれる。流石に神器相手に【貫牙剣】の効果は無く、ミカエルを仕留める事は出来なかった。
ミカエルの立て直しは速く、多数の光弾が放たれる。ここで死んでは元も子もないので必死に逃げる。
「あー……惜しかった」
「いや、あれを無くしただけで十分でしょう。後は出力勝負です」
「コウさん、今の内に回復を」
「ああ、ありがとう」
コトネさんに魔法をかけられながら、ミカエルの方を向く。
「……一体何だ。使える訳が無い」
「察しが悪いねぇ。ルシファーだよ。こんだけ時間があれば中枢に辿り着いて……ってのは想像付くだろう?」
「……成る程な」
思ったよりも冷静に見える。もしくは、怒りを通り越したか。どちらにしても厄介だな。
「しょうがない。しょうがないとしよう……そして、手ずから殺してやる……!」
「セリフが二流っぽいのに、全然そんな感じがしねぇ……」
「そりゃ、親玉も親玉だからさ」
モモの言う通り。さて、どう来るか。この先はルシファーも知らないかったから、完全に未知数だ。
ミカエルは再び、天秤を胸の辺りまで掲げた。
「【正義】、『アルマ・グラディウス』」




