第十九話 【正義】 前
今日は3話更新です。これは1話目です。
「正念場だなあ」
「何を今更……怖気付いたのかい?」
「いや、そうじゃないけど」
確かにここまで来て、そんな事を言えば怖気付いたと受け取られてもしょうがない。
まあこちらとしては1番強い天使をこれから相手にするのだから、人心地に付きたかっただけだったのだが。
「気持ちは分からないでもないですが、じゃんとして欲しいですね」
「あ、すみません」
ウリエルにまで諭されてしまった。思考が割と後ろ向きになっていたかな……楽観的にならない様に前向きにいこう。いこうと思って行けたら苦労はしないけど。
「とりあえず、例の対策が効くと良いですね」
「まず効くとは思いますが……ミカエルが気づいていたらお終いですね」
「考えても仕方無いだろうに」
コトネさんの疑問にクローナが答え、モモが一蹴した。実際その通りなのだが、もうちょっとこう……あれ?
「もしかしてモモも気張ってたり?」
「んぐっ」
「何だそれ」
今まで見た事無い反応を返すぐらいには、肩肘張っていたみたいだ。
それに気づいたクローナとウリエルはここぞとばかりにモモを突っつき始めた。俺がいうのも何だが、戦闘目前なのに始めるとは中々だな。
「ああもう、うざったいねぇ!」
「おやおや」
「珍しいですね、お姉様がそんなになるとは」
「……空気が緩みましたね。狙いました?」
「いやいやまさか」
俺にそんな気の利いた事が出来る訳も無し。コトネさんのそれは考え過ぎというもので、慌てて否定する。
まあ確かに空気が張り詰めていたのが解けたので結果的には良かったのだろうけど。
「そういや、後どのくらいだ?」
「ええと、そうですね……大分様変わりしているので……」
「……ウリエルさんは最近までいたんじゃ……?」
「こちらの方には近寄り難かったので……」
「あー……」
疑われる要素は多分にあったのだろうから、わざわざこちらへと、ミカエルの居場所へと近づく事はしなかったのには納得しかない。
大体の距離は分からなくても、とりあえず方向が合ってさえすれば良いか。いつか着くだろうし、そもそもあんまり時間に制限がある訳でもない。多少有名なプレイヤー数人がいない所で地上の方がやられたら、それはそれで問題がある。
「ほら、見えて来たよ」
「噂をすればというやつですかね?」
「まあ良いや。とにかく、リベンジだ……あれ、強敵相手には1回とりあえず負けてるのか?」
「そういや、そうだねぇ」
1回負けるのがデフォルト……イプシロンさんにもカリファにも、半分遊びだったけどアポロさんにも負けてるしな。騎士団長は……ちょっと色々アレだけど負けてるな。カシエルもそうだし……何なんだ。
見えて来たそこは、荘厳な両開きの扉だった。そこを開けばミカエルがいるはず。というかいないと困るし、いない訳も無いそうだ。
「まあ普通に気配がダダ漏れですね」
「ミカエルのプライドからすれば逃げも隠れも出来ないでしょうし」
「ここで足踏みしても何だ、開けなよマスター」
「え、俺?」
メンバー全員、俺以外に誰が火蓋を切るんだと言わんばかりの表情だった。いや、パーティリーダーは俺なんだけども……そう言うなら俺が開けるしかない。てっきり因縁のあるモモやクローナが開けるもんだと思ってた。
内部の空間はだだっ広い礼拝堂の様な場所になっていた。まあ普通の礼拝堂の規模は分からないが、大きめの体育館ぐらいはある。これなら戦っても充分な広さだ。ただ1つ違和感があるとすれば、奥にあるはずの祈る対象が無い事ぐらいか。
そして、奥にある壇があるはずの場所には1人の男がいた。勿論それはミカエルで、こちらに背を向け立っている。
「……来たか」
扉を開ける前から気づいていたのだろうが、俺達が入った事を確かめたのだろう、もったいぶった動作で振り向き、苦虫を噛み潰した様な顔でそう呟いた。
いきなり攻撃はして来ない様で、とりあえず武器を抜く暇ぐらいはあると安心していたら、何やら雰囲気が違う。まさかイベントシーン?
「散々に負けたくせによく面を出せたものだ……運良く生き残った者もいるみたいだしな」
「ええ、あなたがザルだったお陰で助かりました。ありがとうございます」
ミカエルの刺す様な視線にウリエルは御礼を持って返す。最初から機嫌が悪そうな表情のせいで変化が分からん。
「他の奴の所にもそれぞれ行ってる。私らに勝った所で生き残るのはあんた1人だけだよ」
「それならそれで構わん。俺1人いればどうにでもなろう」
「ハリボテ1つだけでですか?私達は人の為に造られたというのに」
「……ッ!忘れたとは言わせんぞ、あの結末を」
「忘れる訳が無いでしょう」
「人がああいうものだって事ぐらいは分かっていただろうに」
なんか知らないけど、色々人の汚い事があって見限ったパターンだろうか。それは後でいくらでも聞けるから良いとして……いつになったら戦闘は始まるのだろうか……場違い感が凄くて気まずい。さっきからコトネさんとチラチラ視線が合うんだよ。
「まあ良い、どうせ同じ事だ……手始めにお前らを塵に返そう……!」
「ほら、来るよ!」
「良し……!」
話は終わり、ミカエルが天秤を構えた。さて、戦闘開始だ。
しかし、このまま勢い良く突っ込んで行く訳では無い。まずモモ、クローナ、ウリエルの3人がそれぞれ遠距離攻撃を繰り出した。ミカエル相手だけあってその攻撃には何の遠慮も無くミカエルへと向かっていった。
「凄いな……」
「そうですね……でも」
大きな破壊音を出し、ミカエル周辺の床を砕いたその攻撃は、ミカエルに汚れ1つを付ける事も叶わなかった。
ミカエルは球体状のバリアの様なものに守られていた。天秤が淡く光っている事から発生起点がそれである事は一目瞭然だ。
だが発生がどうこうより、ショウでも死にそうな攻撃を無傷で済ませられるバリアをどうすれば良いのやら。【貫牙剣】で断ち切れるだろうか。
「流石にそう上手いこと行かないもんだねぇ」
「……馬鹿者共め。私にこれがある限り敵うわけが無いだろう」
ミカエルがこれ見よがしに天秤を持ち上げた。心無しか、天秤が放つ光も強くなったような気がする。
「調子に乗って、生身で受けてくれるのを少しばかり期待していたのですが……」
「え、お姉様流石にそれは……」
「馬鹿にしているのか……!」
冗談なのは分かっている。冗談なのは分かっているが、クローナがとんでもない事を言い始めたのでウリエルがどん引き、ミカエルがキレ始める事態となった。
どの道、戦闘が続いて行けばキレるのだろうけど、ここでキレさせて大丈夫なのか。あと今更だが、天使は誰も彼もキレやすいんだ。
「そんなに死にたいのなら惨めに潰してやろう……『トレメンドゥム』」
ミカエルが発動しようとしたそれは、前に遭遇した時に発動した謎の圧力が身体にかかるものだ。何の抵抗も出来ずに地面に這い蹲らせられたのを思い出すが、今回はそうはいかない。
ミカエルが持つ天秤が輝いたが、俺達は這い蹲る事無く戦闘体勢を取ったままだ。勿論、予定通りとはいかなかったミカエルは驚愕の表情を浮かべている。
「……は?」
「思ったよりも間抜けな声を出すねぇ。まあ、こちらとしてはルシファーに頼り切りだから偉ぶれるもんじゃ無いけど」
そう言って、モモが懐から取り出したのは、赤く点滅する小型の八面体の結晶の様な物だった。
「……!?何だそれは!!?」
「やっぱり、知らないのか」
「これなら……!」
ルシファーが用意した対策は万全に機能している。これなら理不尽に負ける事も無い。
「さて、これで気兼ね無くぶちのめせますね」
「言い方が物騒ですよ……」
恨みつらみがあるのは分かるが、ウリエルの言い方がどうにも。
しかし、これで1つハードルを越えられた。後に残った壁は……がむしゃらにぶち破るだけだ。




