第十四話 【神癒】 後
今日は2話更新です。これは2話目です。
ラファエルは枝を束ねたような杖……神器を手に持ち立ち上がった。笑みを浮かべてはいるものの、目に穏やかな感情は全く感じられない。
「『テラメエリタ:アロ・サーノー』」
ラファエルが唱えた途端、周りの植物が息を吹き返した。恐ろしいスピードで再生……いや成長していく植物達。再度ラファエルの周りを樹の壁が囲み、イプシロン達の四方八方を蔓や葉、花、ありとあらゆる植物が埋め尽くしていく。
「いやー、思ったより凄いね」
「頑張るけど、いけるかな?例のアレがいつ来るのか分からないんだし」
「私達は移動に時間がかかりましたから、そこまで時間はかからないと思いますけどね……イプシロンさんが」
「いや、どうせなら1番に倒したいじゃないか」
「それは分かるけどねー……まあ少しぐらいヒリヒリした方が楽しいねっと!!」
先手必勝とばかりにタイガがガトリングを打ち始める。先程の機関銃よりも物々しい見た目から放たれる銃弾は相応に威力も高くなっている。
折角成長した植物も雨のような銃弾により破壊されていくが、先程とは違い、それに対抗するかのように破壊された側から新たに生え始める。
「っはーーっ!!虎の子なのに!凄いね!」
「割と凄いな……状態異常系が無いのは確実なんだよね?」
「うん、それはラファエルも良く効くから」
「なら良いね。じゃあ使っていこう、【聖騎剣】」
「もう?なら、【永填倉】!」
「何でこういう時に限ってガバガバなんですかねー……!」
アリサは2人にかけたバフを掛け直していく。この場合、大した効果が出ない攻撃系の魔法は止め、補助に徹した方が効率が良い。
タイガはこの後もバカ撃ちする事になっているし、イプシロンも手当たり次第に向かってくる植物を斬っている。ベルゼバブもきちんと2人が取りこぼした植物を喰らっているので、拮抗は出来ている。
ただ問題は、ベルゼバブはともかく2人のスキルには勿論時間制限がある。最速攻略を目指すのは良いが、せめて普段の冷静なイプシロンであって欲しかったとアリサは若干頭を抱えていたりする。恐らくははしゃいでいるのだろう……実力は十分に知っているから大丈夫なはずだが。それに、ミモザの料理のストックが切れればベルゼバブのモチベーションにも関わってくる。早くルシファーの言っていた件は来ないのかと、アリサが考えていたところ、いきなりベルゼバブが料理を食べる手を止め立ち上がった。
「えっ、どうしたの?」
「やっと来ただけだよ、【暴食】」
ベルゼバブの歯が肉食獣のような形となり、頭からは牛の角が生え始めた。
ベルゼバブはそのまま、両手を前に出し、口を象るかのような体勢を取った。
「み、みなさん!気をつけて!!」
「っ!?いきなり!?」
丁度ラファエルがいるであろう場所と、ベルゼバブの間にいたイプシロンが急いで横へと移動する。
ベルゼバブはそれを確認すると、口を閉じる動作を模した様に、前に突き出した両手を組んだ。
すると、何らかの危険を感じ取ったのかベルゼバブへと向かっていった植物や、ラファエルを守っていった壁が全て削れて消えた。ベルゼバブ前方、全て何かに喰われたかの様な。
「なっ……!?」
「よっし!良い感じのタイミング!」
タイガは発射し続けている体勢のまま、無理矢理体を動かしてガトリングをラファエルの方へと向ける。数十発の弾丸がラファエル目掛けて飛んで行くが、急拵えに見えるが耐えるには十分そうな樹の壁によって防がれる。
「な、なめるな……!」
「ちぇっ、そう簡単にはいかないか」
「いや、ナイス!」
ラファエルへとイプシロンが迫り、樹の壁を両断する。そのまま剣を振るうイプシロンだったが、神器によりそれは防がれた。
「あれ、丈夫だね、それ。というか、防がれるとは」
「一芸のままでいる訳無いでしょう……!近づかれた時の対処ぐらいはしています」
「なるほ、どっ!!」
イプシロンはそのままラファエルを力任せに弾き、再度距離を詰める。今度は切り上げる形で攻撃するが、発言は伊達では無い様で、ラファエルは十全に対処し、打ち合いへと発展していった。
「私を、忘れないでね!」
「そもそも隠れていませんでしょうに!」
イプシロンと打ち合ってている間にラファエルの背後へと回ったタイガが、ガトリングから持ち替えた二丁拳銃から弾丸を放つ。
しかし不意打ちには全くならず、イプシロンの剣を弾いた勢いで神器を後ろに回し、弾丸を防いだ。
「そう簡単にはいけないか。まあ邪魔になれば良いか、イプシロンよろしく!」
「分かってるよ!」
「チィ……!」
イプシロンの剣撃とタイガの銃撃がラファエルを追い込もうとする。
一方ベルゼバブの方はと言えば、2人に変わらず襲い掛かろうとする植物達を喰べるのに集中している。ラファエルが動く様になってからというものの、植物達の動きは激しさを増している。アリサも前衛2人のバフは途切れない様にしているものの、向かってくる植物の対処に追われる様になっていた。ミモザはベルゼバブとアリサの間に隠れながらポーションを渡すといったサポートをこなしていた。
「はあっ!」
「っ!?そんな曲芸で……!」
ラファエルへと迫ったタイガが、拳銃のグリップでラファエルを殴りかかる。
まあ、ガンカタと呼ぶ事も出来ないそれではラファエルの不意をつく事もできず、神器で一気に壁へと弾き飛ばされた。
気絶状態になったのか、タイガはピクリとも動かなくなった。壁際の植物がタイガにとどめを刺そうと群がるが、そちらに集中し始めたベルゼバブに阻まれる。
「馬鹿ですね、死に体を守っても……!」
ラファエルの言う通り、ベルゼバブがタイガを庇う事に集中し始めた事により自身やイプシロンへのフォロが疎かになりつつある。動き回っているイプシロンはまだしも、アリサには動きを抑えようと蔓がまとわりつき始めた。もちろんアリサも抵抗しようと魔法で燃やしているが、蔓の数が徐々に増えている。
「それでも、ねっ!」
状況を変えようと、イプシロンが渾身の一撃を放つ。力が入ったその一撃は、冷静さを取り戻してきたラファエルにあっさりと受け流され、カウンターで胸に大振りの一撃を受ける事となった。装備していた鎧は割れ、ダメージエフェクトが飛び散る。
「がっ……!!」
「イプシロンさん!?」
まとわりつこうとする蔓を必死に払っていたミモザが、驚愕の悲鳴をあげる。
攻撃を受け硬直したイプシロンは続く第2撃も受ける事になり、床へと叩きつけられる。
「これで2人……あ、探さ……外来種と呼んだ方が良いんでしたっけ?死んだら消えるのでしたね、とどめを刺しませんと」
ベルゼバブの方をへと向こうとしたラファエルは、プレイヤーの死んだ時の現象を思い出して、神器を構え向き直る。
神器で一気に頭をかち割ってしまおうと振り被るが、イプシロンの手が動き、自身の足首を掴んだ事に眉を顰め、不快そうな表情を浮かべた。
「……触らないでほしいものですね。ふんっ」
ラファエルは思い切り足を振って、イプシロンの手を振り払い蹴飛ばした。イプシロンはそのまま転がっていったので、また近づく手間が増えたとラファエルは溜息を吐く。
「ベ、ベルゼバブ!イプシロンさんを……」
「無理無理」
ミモザがベルゼバブへと縋るが、ベルゼバブにその余裕は無い。制限が解除されても、ラファエルを、天使を害する事は不可能だったりする。
ラファエルはイプシロンの元に辿り着き、改めて頭を砕こうとしたその時だった。
「照準良し」
「なっ!?」
静かながらも、この空間によく響いた声にラファエルが急いで振り向いた。しかし、その時には発射された大口径の銃弾はラファエルの眉間を捉えていた。銃弾は容易く天使の体を貫き、何処かへと飛んで行った。
貫かれたラファエルは、一瞬目を動かして、倒れ伏した。
「痛た……いくらプレイヤーでも反動凄いね」
「……ふぅ、何とか、上手くいったかな?」
「イ、イプシロンさん?」
ダメージはもちろんあった様だが、割と元気そうにイプシロンが起き上がる。気絶したと思っていたタイガも動いているとミモザの頭の中ははてなマークで埋め尽くされた。
「あー、ごめんね。この流れミモザだけ伝えてなかったから」
「えっ、えっ!?」
そういえばイプシロンがやられた時にアリサは動揺していなかったと、ミモザは本人の方を向くと、アリサは申し訳ないという風の表情をしており全てを察した。
「いやー、私も騙し討ちはそこまで好きじゃ無いんだけどね?イプシロンが確実にってさ。そもそもこれ、解釈違いだし」
タイガがラファエルの頭を撃ち抜いた超大型の拳銃を揺らしながら近づいてくる。リアルに存在する拳銃の見た目そのままでは無いが、世界最強の拳銃の称号を得た拳銃を参考にしたそれは、PCAがこの時の為に生産した物である。
銃士系統のタイガにも好みというものがあり、一体どんな物が納品されるのかと思った矢先のこれ、若干の騒動があったのはあまり知られていない。参考にするメーカーを指定しておくべきだったと後悔するタイガだった。
「何で私なんです……いや私ですね」
「理解してくれると助かるよ。メンバー的にこれが早かったから」
「まあ良いですけど……あ、ポーションです」
「ありがとう」
「ごめんね、ミモザちゃん」
「い、いえ。大丈夫です」
「あ、料理ちょうだい」
「はいはい」
ベルゼバブはもう通常運転に戻った様で、ミモザに料理をねだり始めた。
ラファエルへの感慨は見た目には特に感じられない。そもそも、昔も昔に袂を分かっており、長い年月会っていなかった訳だ。プレイヤーには察しようが無い。
「……さて!行こうか。1番に倒せたかな?」
「そうでも無い気がするよねー。まあ行こう」
「分かりました」
HPを回復させ、人心地ついたイプシロン達は入って来た所とは別の道へと走り出して行った。同じ倒したパーティと合流するまで、行きと同じく長く走る事になるのはまだ誰も知らない。




