第十三話 【神癒】 前
今日は2話更新です。これは1話目です。
「さて、僕達はどうなるかな」
「楽に済むと良いよねー」
「そんなだったら逆にクレームものでしょ」
タイガの発言にアリサがツッコみをいれた。もちろんタイガも本気では無く、走りながら手持ちの銃を丹念に確認している。
その少し後ろではミモザがベルゼバブの乗った台車を懸命に押している。就いているジョブが場違いなせいか、何処となく顔が青ざめてもいた。
「もう……!料理なら他の人に運んでもらえば良いのに……!」
「ま、まあ直接戦闘に加わってもらう訳じゃ無いから……」
「それはそうですよ!?私は『庖王』ですし!」
「何気にトリモチさん以外唯一の4次職なのよね……」
「ベルゼバブが山程食べるから、総当たりで条件満たせますし……!」
息を切らしながら、ミモザは愚痴をこぼしていく。『料理人』系統に就いているプレイヤーはそのリアルさだけあって、それなりにいるものの、その殆どは趣味でやっている者だ。その為、基本的に3次職にすら就く者は少ない。調理の手間が現実と変わらないのもその原因だろう。食を楽しみたいのであれば、その辺の飲食店に入れば済む。
そういう訳で、4次職に就いているプレイヤーはトリモチとミモザのたった2人だけであった。
「まあベルゼバブ、戦闘になったら……」
「分かってる。その時は好き嫌いせずに真面目に食べるよ」
「……大丈夫?」
「うーん、大丈夫だとは思うんだけどね……」
「心配だなぁ」
ベルゼバブの能力に関してはタイガも事前に聞いているが、本人の様子がアレなばかりに不安が拭えないでいる。
もちろんイプシロンやアリサも似た様な感じなのだが、気づいているのかいないのかベルゼバブは何処吹く風だった。
「……まあ、クランの方が心配だけどね!彼、大丈夫かな」
「ああ、影武者立ててるんだっけ?よくバレないよねー」
「エクストラスキル使わなければいくらでも真似出来るからね。レイドだと指示役なのも役に立ったよ。そっちこそ、大した事しなくてもバレないみたいで」
「ウチは基本みんなで派手にやるタイプだからね。私自体はそこまで有名じゃないし」
「比較的、ですけどね」
アリサがミモザの背中を押しながら訂正を入れた。4次職とはいえ、そのステータス振りは長時間動くのに向いていない。それは魔法職のアリサも同じなのだが、戦闘職だけあっていくらかマシ、背中を押すぐらいのサポートは出来た。2人としてはそもそも、ベルゼバブ自身に走ってもらいたいのだが。
「あ、前の方何か見えるよ。あれかな?」
「……んー、多分そうかも。草臭い」
「草だけに?」
「頭、噛みちぎってあげようか、マスター?」
「ごめんごめん」
「こんな時に止めてくださいよ……!」
若干殺気立ったベルゼバブにミモザが冷や汗をかくが、ベルゼバブも本気では無かった様だ。嫌な空気はすぐに収まり、恐らく目的の天使がいるであろう部屋を目指す。
着いた部屋の大きさはサリエルがいた場所とそう変わらない。しかしその様相は全く違っており、そこは一言で言うなら植物園と言うべきものだった。
少し見るだけでも多種多様な植物が青々と茂っている。不自然な点と言えば、明らかに育つ気候が違う植物が隣接している事だろうか。よく見れば、季節も時間帯も咲く時期が違う植物も混ざっているのに、鮮やかな花を咲かせ、青々とした葉をつけている。
「これは……」
「リアフレにガーデニングが趣味の人がいますけど、発狂しそうですね」
「とりあえずほら、いるみたいだよ」
タイガの発言に、前を向くイプシロンとアリサ。植物に囲まれていたはずの部屋の中心は、いつの間にか見える様になっていた。生えていた植物は移動させられる様な生え方をしていた様には見えなかったが、事前に聞いていた能力ならば可能と言えなくも無い。
そして、その中心には木の幹でできた椅子に座り、柔和で、かつ底知れない笑みを浮かべる女性の天使が座っていた。淡い白髪が、光を反射して煌めいている。
「あらあら、騒がしいですね。ぎゃあぎゃあと……相も変わらず、食い意地の張った子もいるみたいですし」
「ラファエルこそ、そのわざとらしい話し方は随分と小慣れたみたいだね。クソみたいに長生きしてるだけはある」
「……ふふふ、変わらずガ、子どもの様な精神の様で。とりあえず、侵入者は処分ですね」
「もうキレてる」
「ちょっと……」
ベルゼバブの挑発が的確だったのか、ラファエルの沸点が低過ぎるのか。とにかく、ラファエルは戦闘態勢へと移り、周りの植物が騒めき出した。
すぐさまイプシロン達も武器を構えラファエルの一挙手一投足に目を凝らす。
「ほら、死んでくださいな、『アロ』」
ラファエルが手を振ると、何処からか蔓が鞭のようにイプシロン達へと迫る。イプシロンが断ち切ろうと構えるが、その前に蔓が途中で千切れ、床へと落ちた。
「不味い、不味い……」
「助かったよ、ベルゼバブ」
「別に。ほら、料理」
「あっ、はい。変わらず食べるんですね」
「当たり前でしょ」
ベルゼバブはミモザから料理を受け取り、口直しをするかの様に口へと運んでいる。
先程、蔓が千切れた様に見えたのは、ベルゼバブの口の射程に入った為である。千切れた蔓の端を見れば、歯型の様に見えなくもない。まさしく、喰らったという事だろう。
「無作法に、私が育てた子達を……!しかも、不味いですって!?」
「そこなんだ」
「さて、こっちも行かないとね。ベルゼバブはミモザちゃんをちゃんと守ってね?」
「もちろん、僕が守るよ」
「……シチュは良いんですけどねぇ」
ベルゼバブの心意を察してか、アリサは溜息を吐きながら、杖を構えてイプシロン達にバフをかける。
「もう怒りました。全員轢き潰して差し上げましょう……『アロ・スパエラ』」
「誤魔化すね……ほら、来るよ」
ベルゼバブの忠告通り、四方八方から蔓の鞭がイプシロン達へと迫る。3割程はベルゼバブが喰らいはしたが、残りの7割はもちろんイプシロン達の方へと向かう。
「【スラッシュ】」
「まあこのぐらいならね。銃は普通に効く様で良かったよ」
「『ファイア』。火はまあまあですか、全部燃えたらヌルゲーですし」
イプシロンはまとめて薙ぎ払い、タイガは的確に蔓を撃ち抜いた。アリサも初期に覚える魔法で蔓を燃やして効果を確かめる。
完全に防がれた事について、ラファエルは予想通りだったのか、特に表情に変化は見られず不満そうな表情のままだ。
「……まあ、ここまで来たのだからそのぐらいは出来ますか。面倒、面倒だ、ですね」
「あれ、まだツッコまない方が良いかな?」
「藪は突かない方が良い事多いですよ」
「だよね」
ラファエルの口調が崩れやすさについて、イプシロンとタイガが小声で話し合っている。話の内容については全員が思っている事だが、それを指摘できるのはベルゼバブだけだ。そして、そのベルゼバブはミモザの料理を食べている。
ラファエルが若干道化のようになっているが、指摘されなければ問題は無く、また続く攻撃自体は強力なため、本人に語る隙もない。
ラファエルの攻撃は蔓の鞭から、木の幹を鞭したような規模をそのまま増したもの、それに加えて針の如き葉を飛ばすなど、パターンが増えていった。
ベルゼバブは喰らう物をイプシロン達の死角に来た物に限定し、自分の周囲(ミモザ含む)も常に口を用意していた。
「ふっ、はっ……!意外と近づけないもんだね」
「燃え難い……嫌だなー」
「この子の弾じゃもう効かないな。もういーい?」
「良いよ!」
「よっしゃ!」
イプシロンの許可を貰ったタイガは、装備していた拳銃をしまい、新たに全長が自分の身長程もある機関銃を取り出した。
タイガのSTRでも、支えるのが精一杯のそれは、何処から照らしてるのか分からない明かりを受けて黒光りしている。
「さぁて、行くよー!みんな伏せてね!」
「よろしくー!」
タイガは機関銃のトリガーを引き、迫る鞭に銃弾を発射し始める。巨大な為反動も凄まじく狙いも何もあったものではないが、巨大さ故に連射速度も凄まじく向かった弾の中の1発が当たり、爆散させた。
タイガはそのまま反動に任せて体を回転させ辺り一帯の植物に銃弾を減り込ませていく。イプシロン達は伏せている為、弾は当たらず、ラファエルもまた丈夫そうな木の幹を編み込む様に自分の周りに展開してそれを防いだ。
「ふふふふふふ………!?ありゃ、焼き切れちゃった」
数分続いたそれは、銃身のオーバーヒートによって止まった。機関銃は赤熱した銃身から煙を上げ、2度と動かない事を主張している。
「どう……うわ、凄いね」
「出費した甲斐がありますね」
機関銃がもたらした効果は絶大で、ラファエルの攻撃が始まっても植物園の体裁を何とか保っていた空間は見るも無惨な光景となっていた。樹は倒れ、蔓は粉微塵に、咲いていた花は殆どが散っていた。
「うーん、光景だけ見るとちょっと罪悪感が……」
「あるんですね、罪悪感」
「あるよ!?」
「よ、よくも……!」
攻撃が止んだ事により、ラファエルも壁を解いた。表層はボロボロになっていたが、木の幹で編まれた壁は最後までラファエルに銃弾を届ける事は無かった。
惨状を確認したラファエルはわなわなと肩を振るわせ下を向いている。一応、ここはラファエルが手塩にかけた庭である。この惨状を見て何も思わない訳はなく、そしてそれはイプシロン達も狙っての事である。
「よくも、私の庭を……【神癒】」
「良し、ここまですればそう来るよね」
「……相変わらず、分かりやすい」
「バフ、掛け直しますね」
「私ももっと派手に行きますか!」
ラファエルは何処から取り出したらのか、枝を束ねたような杖を持ち立ち上がった。
タイガは機関銃をしまい、今度は同じ規模のガトリングを取り出した。イプシロン達も構え直す。ミモザは膝を抱えて震えていたりする。




