第十二話 アルカディア中枢にて
アルカディア内部、そのとある場所に円形の部屋があった。中心には結晶の様なそれでいて機械的な巨大な構造物が設置されていた。
そして部屋の壁、通気口と思われる場所からガタガタと音がし始める。数秒後にはカバーが外れ中からは大柄な男が現れた。
それなりの距離を移動したはずなので汚れてもよさそうなものだが、そこはそれ、巨大構造物を長期間浮かせられる技術があるならダクトの中を常時清潔に保つぐらいは出来るだろうという言い訳は出来る。更にはプレイヤーの目に入らずともそこまでリアルにして見栄えが悪い事にはしたくないという運営の思い入れだったりもする。
「ふう、問題無く着いたな……早速始めるか」
格好を整えたルシファーは、中心の構造物へと向かう。ルシファーの腹あたりの位置にはパネルの様な見た目になっており、ルシファーは勝手知ったる動きでそれを展開していった。
最終的には備え付けのノートパソコンの様な形になったそれを、これまた勝手知ったる感じで起動させ、コードを打ち込んでいく。
「仕様に変更は無し。介入された際のトラップも見当たらない……あいつらはアホなのか?まあこうなるとは思っていなかったのだろうが……はあ、楽で良かったと思っておこう」
ルシファーは「アルカディア」を再起動するにあたって、何の障害も無い事に愕然とした。
いくら天使共がアルカディアを掌握したと言っても、万が一ぐらいは考えていると判断していた。しかし蓋を開けてみれば、普通に胡座をかいていただけ。ルシファーに似合わない言い方をすればドン引きといったところだろう。
ちなみに、運営のこんな所で躓かせない様にという配慮では無い。運営も一応天使がどうするかの簡単なシュミレートは行っていた。
結果は、「対策をしない」が100パーセント。99パーセントを四捨五入して、という訳では無く、実際に100パーセントだった。これには運営も苦笑い、まあ変な理由でバッドエンドは困るしいっかという事になっていた。
その後もルシファーは慣れた手つきでキーボードに代わるそれを操作していく。
「……チッ、アルカディアと権限は別口か。まあ良い、倒せなくば元も子もない。順序は大事か」
知識があるとはいえ、ルシファーがアルカディアのメインシステムの操作をするのは初めての事である。技術はあっても慣れている訳ではないので想定違いという事もある。
ルシファーは即座に思考を切り替え、悪魔に関する制限を解除する方向へと注力する。予定より多少時間は押しているが、誤差の範囲内、流石にこのズレの間に負ける連中はいないだろうと作業を進めて行く。
しかしまあ、ルシファーは侵入者であり、ダクトから入ったとはいえ割と派手な行動をしているので、邪魔が入らない訳も無く……正規の出入り口であるドアが勢い良く開き、光弾がルシファーへと飛んで行った。
「ふんっ」
ルシファーは後ろに目も向けず、腕を振るうだけで光弾を打ち消した。その後振り向き、光弾を放った主達へと目を向けた。
「まあお前らだろうな、イオフィエル」
「フハハ、お前がここに来る事など読めているぞルシファー!飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。アルカディアを堕とそうとは不愉快極まりない……我らの手で誅罰を下してくれよう!」
「はぁ……堕とす、か。そんな事をする訳が無いだろう、阿呆共め。聞くに耐えん」
イオフィエルの見当違いな発言をルシファーは鼻で笑う。結果的に堕ちる可能性はあるが、目的として堕とすのとは訳が違う。そもルシファー相手に多勢で来ている時点で失笑ものである。
「……何が可笑しい。この数に勝てるとでも?字の如く地の利はこちらにあるのだぞ?」
「そのぐらいは覚えている。だが、基本性能が違うのを知らんのか。ああ、知らないよな、所詮お前はミカエルの補助に過ぎんからな」
「この……!!お前ら行け!」
「そこでそれらに頼る時点で察せるというものだ」
イオフィエルは、後ろに控えていた同じ顔の天使達へと号令をかける。見た目は同じなれど、長剣、斧、双剣など装備はそれぞれ違う。双剣の天使が真っ先にルシファーへと接近し……ルシファーの拳によって叩き潰された。それに動揺もせず、ただ命令された事をこなす為に続いた他の天使達も次々とルシファーに死体へと変わっていった。
「……は?」
「はぁ……その程度か。問答するのも面倒だな、さっさと終わらせてしまおう」
間抜けな顔で動きを止めたイオフィエルに対して、ルシファーが呆れた様に溜息を吐く。ルシファーの能力すらも教えられていないイオフィエルに対して些か同情めいた感情が湧いてこない事もない。
しかし、ここで見逃したところで害にしかならない。早急に始末してしまおうとイオフィエルへと近づいて行く。
「ひっ!?」
「構えるぐらいはして欲しいものだ……!」
直後にイオフィエルがどうなったのかは語るまでも無く。結果的には数分時間を消費させられた事になる。この後はもう邪魔が入らないと言うことは考えづらく、ルシファーは手早く手に付いた血を拭き取った後、操作盤へと戻る。
「無駄に話してしまったな……さて、権限はもうすぐ……」
即座に思考を切り替えて、コードを打ち込んでいくが、当然潰された時間分制限を取り払うまでの時間は遅くなっていく。自分のミスで間に合わないという事になっては元も子もないので、ルシファーは一層思考と指を動かす速度を早めて行く……が。またもや後ろから複数の光弾が迫る。
「芸が無いな、こちらは楽で良いが……!?」
振り向きざまに最初と同じく腕で光弾を打ち払ったルシファーだが、先程とは一変して驚愕した表情を浮かべた。
「フハハ、お前がここに来る事など読めているぞルシファー!飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。アルカディアを堕とそうとは不愉快極まりない……我らの手で誅罰を下してくれよう!」
「どういう事だ……?」
後ろに控えている量産型の天使はまだ良い。しかし、先頭に立つのはイオフィエルだ。補佐役の天使はルシファー達と規格は違えど一点物。まず替えは効かない上に、替えが効いて良い物では無い。
ルシファー達の特異性は天使は神器、悪魔は内蔵されているもので、イオフィエルに何か特殊な点があるという事はあり得ない。
イオフィエルは先程と同じセリフ、同じ表情であり、全くの差を感じることはできない。
「お前は先程俺が殺したはずだが?」
「ハッ、何の話だ?先に差し向けた量産型を見間違えるとは……耄碌したか?私が出る幕でも無かったようだな!」
「ああ、そこは違うのか。それにしても、偽……いや認識していない?」
イオフィエルのほぼ目の前にある先のイオフィエルの死体を指差してルシファーは尋ねてみたが、イオフィエルはそれを見ても全く気にした様子は無い。それどころか、イオフィエルはそれを周りの量産型天使と同じ物だと認識しているらしい。
「……まあミカエルだろうな。方法も検討がつく。邪魔をする為とはいえ、中々に気色が悪い」
量産型天使については、少し有機的なだけでそういう物だとルシファーは認識しているが、補佐役はそうでは無い。アルカディアのメインシステムには罠を仕掛けないザルさの癖に、こういう邪魔をする上では中々に気色が悪い方法を思いつくものだとルシファーは悪態をつく。
もちろんある意味被害者の様なイオフィエルはそれに気づかず、ルシファーを小馬鹿にした様な態度を続けている。
「どうした?この数に恐れをなしたか」
「そうでは無い……こうなっては仕方ない。手早く済ましてしまわねば……「アルカディア」を起こせば止まるだろう」
先程と同じ様にイオフィエルが量産型天使を嗾ける。ルシファーはそれを容赦無く殴り殺し、そして躊躇無くイオフィエルの頭蓋を破壊した。
すぐさま踵を返して操作盤へと戻り、作業を再開し始めた。
「これで良し……これで制限が外れるはずだ」
ルシファーの手が止まると同時に、部屋の中心の構造物に何本ものラインが光った。その数秒後には部屋全体、いやアルカディア全体が振動し始める。
「さて次は「アルカディア」を……その前にか」
「フハハ、お前がここに来る事など読めているぞルシファー!飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。アルカディアを堕とそうとは不愉快極まりない……我らの手で誅罰を下してくれよう!」
「3回目ともなると、気味が悪くなってくるな……」
前の2回目と全く変わらない様子で現れたイオフィエル。ルシファーでも同じ事の繰り返しは些か堪える様で、その顔にはイオフィエルへの憐憫など様々な感情が窺える。
「まあ良い。手早くな、【傲慢】!」
ルシファーの頭の横から牛の様な角が生える。纏い始めたオーラは濃く変色し、更に威圧感を与える様な見た目となった。
イオフィエル達を倒す時間は短くなっただろうが、この後も作業は続き、そして定期的に別のイオフィエル達が邪魔してくるだろう。そうなる事を想定して辟易としながらもルシファーは天使を倒して行く。




