第十一話 【幽冥】 後
今日は2話更新です。これは2話目です。
「そういえば、あの人どんどん口調荒くなってませんか?」
「まあな。天使の奴は大抵表面を取り繕っているから豹変している様に見えるのだろうが」
「優等生面ってやつよ。ほんとアイツら面倒」
口調が変わっていくサリエルに対して、辛辣な言葉を吐く悪魔2人。古馴染みだからこそと言えば聞こえは良いが、1000年単位の確執があるため並々ならぬ感情も無い訳ではない。そういう意味では表面を取り繕っているのに天使も悪魔も変わらないと言える。
サリエルの方はと言えば、鎌は禍々しく変化し、眼も常時光る様になっていた。特定の年代層がダメージを受けたり、それとは別の年代層が興奮する見た目となっている訳だが、実際油断は出来ない。能力は強化されており、つまりは即死確率も上がっている。麻痺の効果時間も長くなっており、今まで通りに動けば、死ぬ確率は高い。
「さて、油断すると普通に死ぬわよ」
「そりゃ怖い。精々気を付けるよ」
「マスターもいつでも駆けられる様に」
「分かってるよ。よろしくね」
サタナエルの忠告に素直に答え、タルは乗っている炎馬を撫でる。炎馬はそれに応える様に小さく嘶いた。
「……ふう、最後の会話はそれで良いのかな?もう殺すけど」
「セリフが安いねぇ」
「そっちこそ」
瞬間、カリファの目の前へと移動したサリエルは真っ二つにしようと大鎌を斬り上げる。
カリファはすんでの所で身体を逸らしたが、躱しきれず、右眼が引き裂かれた。
「チッ」
「運が良いね……でも次で」
「させるかっ」
そのまま次の攻撃でカリファの胴体を両断しようとするサリエル。しかし、サタナエルがカリファを突き飛ばして庇った事により両断されたのはサタナエルだった。
「サーちゃん!」
「邪魔をして……!」
「【ディケイブースト】!」
「はあっ!」
機会を逃さずカリファとレヴィアタンが攻撃を仕掛けるが、サリエルは悠々とそれを躱す。
「……まあ良いかな。サタナエルを殺せなかったのは運が悪いけど」
「アレはまだかねぇ……!」
「アイツに限って、失敗するなんて事は無いだろうけどね……!」
「ぬ、ぐぅ……」
「サーちゃん動かないで……!」
タルが上半身を、炎馬が下半身を引きずってサタナエルをサリエルから離す。
身体が2つに分かれているにも関わらず生きているサタナエル。しぶとい生命力だが、流石に2つに分かれたままでは不味いので、タルと炎馬は協力して身体をくっつける。ただ再生に時間がかかる為、戦闘に再び加われるかは怪しいところだ。
カリファ達が待つルシファーの作業は未だ来ず、このまま1人ずつ大鎌で裂かれるのは時間の問題。アンネの牽制も簡単に避けられ、流石のカリファも冷や汗を流し始める。
「ハァ、ハァ……どうするかねぇ……」
「きっつい……いつまでかかってんのかしら」
「うーん、そろそろ飽きてきたな。そろそろ止めをさそうか」
3分にも満たない時間、それだけでカリファとレヴィアタンは全身傷だらけになっている。アンネに攻撃はして来ないが、無駄な牽制を続けているせいでそろそろ矢の数も心許無くなってきている。
サタナエルの方は身体はくっついた様だが、満足に動ける様な様子では無い。側にタルが控えているが、サリエルはいつでも殺せるの考えているのか攻撃する気配は無かったので無事である。
サリエルは遊んでいた様な雰囲気を変え、目を細めて大鎌を構え直す。恐らくと言わずとも次で仕留めるのだろう。全員が冷や汗を流すが、欲しい一手が来ないと、思った時だった。
「……?」
最初に気づいたのは、サリエル。最初は気のせいかと思った様だが、確実にアルカディアその物が振動し始めた。その振動は徐々に大きくなり、誰もが感じれる様になった後、1回大きな振動がして静まった。
「何だ……?」
「やっと来たわね!サタナエル!」
「分かっている!【憤怒】!」
「【嫉妬】!」
悪魔2人がそれぞれに対応する罪源を唱える。すると、見る間に姿形が変わっていく。
レヴィアタンは角がさらに伸び、鱗も顕著に現れ、瞳孔が縦の形になっていく。八重歯も伸び、手足の水の爪も人が扱うものからより動物的な形へと変化していった。
サタナエルの方はと言えば、身体が一回り大きくなり、今までの様子が嘘かのように元気良く起き上がった。鬼の様な角が2本生え、歯は鋭く変化する。変化はそれだけで、レヴィアタンと比べると地味と言えなくも無い。しかして、変化が地味だからといって、強くなっていないとは限らない。
「はあ!?何それ!?知らないんだけど!」
「ふう、ヒヤヒヤさせるね……!」
「心臓に悪い……」
いきなりの変化に戸惑うサリエルとは対照的に、安堵するプレイヤー側。やっと勝てる様になるギミックが発動したとなればそれは安堵もする。
そも現段階のプレイヤーのみでは天使を倒す事は不可能で、対抗する悪魔(天使含む、というか専用NPC)が不可欠だ。だからこそ強化ギミックが発動するまで負けない必要があった。
そして、神器を発動した状態の天使相手でも耐えられていた状態から覆ったという事はだ。
「せい、やっ!」
「チッ、このっ!」
「ぬんっ!」
先程までとは打って変わってサリエルを押し始めたレヴィアタン。サリエルの反撃も復活したサタナエルによって受け止められた。大鎌による腐食も今のサタナエルにとっては十分カバーできている。ただ魔眼は効くが。
「ぐっ、流石に無理か……!」
硬直しているサタナエルから無理矢理大鎌を剥がすサリエル。そのせいでサタナエルの右腕が斬り飛ばされるが、拾えばすぐに再生が始まる上に、サリエルもそんな事を気にはしない。
「一体何なんだ……そんなのがあるなんて知らないぞ……!?」
「私も知らなかったわよ。まさか制限があるなんてね。役割からして納得だけど。ほんっとにルシファーの奴は……まあタネはさっきの震動で分かるでしょ?」
「アルカディアァ………!!」
サリエルはさぞかし憎たらしいといった感じで顔を歪め、大鎌を握る手に力を込める。大昔も昔に掌握したはずの物に、自分たちの知らないシステムがあったとなれば至極不快になるのも当然だ。それを知っていたというのがルシファーも腹立たしくなる原因だろう……レヴィアタンも呆れた様な表情をするほどだ。
「さてまあ、癪だけどメインは任せるよ。癪だけどねぇ」
「2回も言わないでよ……そうは言うけど、ちゃっかり美味しいところ持ってくでしょ」
「ハハハ」
「もう……」
「もう勝ったつもりか……!」
レヴィアタンとカリファが戦闘中にも関わらず、気さくに話し始める。余裕の現れか、耐久値が割と心許無い大剣をしまい、新しい大剣を出した。
予想外な事に加え、敵が自分を無視して話し始めた事により、更にサリエルの機嫌と口調が悪くなる。
上がったり下がったりと忙しないが、それだけ状況が変わっている証拠でもある。
「ほら、来るわよ」
「分かってる……よ?」
「もう構うものか、まずは鬱陶しい女からだ……!」
言う通り、なりふり構っていられなくなったのかサリエルがタルの方へと迫る。バフは厄介、デバフはほぼ効かないとはいえ、煩わしい事に変わりは無い。
サタナエルはサリエルの近くにいた為、スピードで勝るはずも無く追いかける形に。レヴィアタンも予想外という風に間に合わない。
アンネの妨害も、ものともせずに炎馬から離れたタルへと迫りその体を両断した。
「これでまず1人……!」
「こ、のぉ!!」
「遅い!」
追いついたレヴィアタンが爪を振るう。サリエルもそれを予測していた様で、移動しながらレヴィアタンと衝突を繰り返す。
「そう、らァ!!」
「調子に、乗って……!」
「そら!」
「ウッザ!」
移動した先にいたのはカリファ。大剣の大振りによる一撃を、レヴィアタンの攻撃も含めて対処する。
ギミックが発動したとはいえ、カリファ達プレイヤーのステータスに1ミリたりとも変化はない。しかして、それが何の役にも立たない証明になる訳ではない。
カリファへと迫った大鎌の刃は、間に入ったサタナエルへと突き刺さる。即死効果も発動せず、腐食も意味が無くただ突き刺さるだけ。その傷も数秒後には治るのだからサリエルからすれば溜まったものでは無い。
「くっそが……!」
「大丈夫かしら!?」
「ぐぅぅぅ……!?」
レヴィアタンがサタナエルを踏み台にして飛び上がり、サリエルへと踵落としをお見舞いする。勢いのついた一撃はサリエルに膝をつかせた。
「【ディケイブースト】!」
「ガッ!?」
カリファの横振りが、ついにサリエルにまともに当たった。サリエルは吹き飛び、床を転がって行く。流石に最後には体勢を立て直しカリファ達の方へと向いたが、その表情からして冷静では無いのは明らかだ。
「フゥ、フゥ……『メメント・モリ:ウンブラセカーレ』」
サリエルの刃から床を伝う黒い斬撃が複数放たれる。その速度は並のプレイヤーでは追いつかずまともに当たるだろうが、ここにいるのはそうでは無い。悪魔2人は余裕で避け、カリファも避けるぐらいは問題無かった。アンネも距離があった上に誘導性能は無いので避けられた。
そして、タルにはそもそも斬撃は向かっていないので避ける必要も無い。
「『メメント・モリ:キルク……は?」
「はぁぁぁ!!」
「ヒヒィィン!!」
サリエルへ迫るのは、炎を激しくした炎馬とそれに乗るタル。いつの間にか、デバフも元に戻っている。迫る殺したはずの探索者に呆気に取られたサリエルは、普段なら何でも無い炎馬の前足による攻撃を諸に受けた。
「ガフッ!?な、何で、両断したはず!?」
「身代わり、ですよー!」
「ヒヒン!」
タネは腕に着けた藁人形。ただのアイテムでは無く、テイム枠を1つ食い潰す代物。ただ効果は凄まじく、1回死んでも帳消しに出来る蘇生効果がある。
それだけなら従魔師なら誰でも1つ枠を潰しても使いそうなものだが、誰1人、有名なタルでさえ使わない理由がある。理由と言っても単純なもので、製作にかかる素材、費用が莫大な為である。仮に相手がエクストラモンスターで、使えば確実にスキルを取得できるとしても選択肢に入らない程だ。スキルを入手するために他全ての保有リソースを製作に使っては元も子もない。
そういう訳で、ただの蘇生手段の1つぐらいにしか認識されなかった物だったのだが、今回は複数のトップクラスのクランによる共同作戦。1つの製作ぐらいは何とかなったという訳だ。実際の所、機会があるからちょっと作ってみたかったのが半分である。
「こ、れ、で……!!」
レヴィアタンが両腕をサリエルの方へと向け、身長程もある巨大な水球を作る。そしてそれを圧縮して掌大にする。数瞬後にはレーザーとして発射された。
「動きが遅いんだよ、『メメント・モリ:オク……」
「そっちもね」
アンネが白い球を1つ投げる。床に当たると同時に白い煙が広がりサリエルの視界を塞ぐ。ちなみにホマスが仕入れている所と同じ場所の物だったりする。
サリエルはいきなりの視界妨害に動揺する。今まで使わなかったのは慣れさせないためでもあり、実際面白いぐらいに効果を発揮している。もう1秒も経たずにレヴィアタンが放とうとしている時にその場所から動かないぐらいには。
「ハ、アァッ!!」
レヴィアタンから放たれた水のレーザーは一直線に進み、サリエルを捉える。レーザーはサリエルの脇腹を抉り、肉片に相当するエフェクトを辺りに飛び散らかせた。
「ア、アァァァァ!?」
サリエルは叫び声をあげて、何処かへと這い這いの体で移動し始めた。
この空間は広く、いくら質の良い煙幕玉でもこの短時間でほぼ効果が無くなってくる。
「……終わりかい?」
「まあ、とどめを刺す必要はあるけどね」
「はあ、大した活躍出来なかった……」
サリエルはもう誰にも目もくれず這い続ける。それにより、カリファ達の空気が多少緩む。アンネに至っては『弓王』になった割には大した活躍は出来なかったと嘆いている。
「あ、あぁぁ……」
「何かちょっと、可哀想に見えてくるのですがー……」
「いやマスター。あいつら自身が選んだ結果がアレだ。ガブリエルとウリエルがいただろう?」
「成る程ー……」
カリファがサリエルへと近づき、大剣の代わりに取り出したカトラスで首を刎ねる。サリエルからは特に抵抗も無く、あっさりとした結末となった。
「ハァ、微妙な空気になったもんだ……顔面にぶち当てるとか出来なかったのかい?」
「え、無茶振りにも程があるわよ!?それならすぐにマスターが首を刎ねなさいよ!」
「いや罠かと思って……」
カリファへと騒ぎ立てるレヴィアタンを他所に、アンネがサタナエルの方へと近づく。
「ねえ」
「うん?何だ?」
「一応聞くけど、感慨とかは?」
「ああ、特に無いな。そも昔も昔に袂は分かったのだ」
「サーちゃん……」
「そうなの……どうもね」
一応昔は仲間だったという事を聞いていただけに、悪魔2人はやけにあっさりしているとアンネは感じていたが、今の問答で満足した様だ。
「あー、もう良いわ!ほら、移動しましょう!他の所だってそろそろ倒してるでしょ!」
「ああ、そうだ。1番乗りだと良いけどねぇ」
サリエルの死体はとうにエフェクトとなって消えていった。カリファ達が去ってしまえば、跡に残る物は何も無く、ただ白い空間が残るのみであった。




