第九話 あらゆる所から
「……さて、行ったの。妾も行かねば」
「あ、行ってらっしゃい、シャーロット」
「気をつけてね、シャーロットさん」
コウ達が屋敷を出た後、シャーロットもそう言って席を立つ。
これまで話す機会も多くあったので、残ったクルトとアゲハも今では普通に気安く声をかける。
「さんはいらんと言っておろう……2人も役割があると聞いてるぞ。流石に切った張ったはせんだろうが、頑張っての」
「そっちこそ……あ、流石に今回は何も無いんだっけ?」
「そうじゃの。戦闘の指揮は姉上にしか出来んし、まさか住民の避難の指揮をする訳にもいかんからの」
「そもそも、今この場所にいるのも若干問題ですが」
「友人達の見送りぐらい良いじゃろう。探索者が総出で当たるんじゃから何とかなるじゃろ」
NPCとは言え、同年代の子どもよりも大分大人びているシャーロット。しかし、王族であろうともまだ小さな子どもである事には変わりないので、今回の様な大規模戦闘では全く役に立たない。お付きであるナタリーはもちろんお付きなのでこの状況で戦闘に出る事は無い。
「それじゃあの。さあて、避難するぞナタリー!」
「早目にして下さい」
そう言い残し、シャーロットはナタリーに抱えられ恐ろしいスピードで屋敷を後にした。やはり、この時間まで残っていたのは王族として些か不味かったらしい。何しろ、この王都の住民は既に近くの町へと分散して避難している。
ここで動いているのは矢面に立つ大勢のプレイヤー、そしてその補助に回る騎士団の2つだ。非戦闘員がいで良い理由が無い。
「じゃあ僕達も行こうか」
「そうね……道具持ったよね?」
「流石に持ったよ……」
軽口に叩きながら、2人は生産職の集合場所へと向かう。戦闘職と違い、まだ予定時間よりは余裕があるので今からでも問題無い。
「サツキさーん!」
「ああ、2人とも来たねー。こっちは予定通り、特に変更も無いからこの前言われた持ち場にね。普通に人数集まったから変に忙しくなる事も無いと思うよ」
「そうですか、分かりました」
集合場所は、王都の広場の1つであり、急拵えで大規模な鍛冶場が造られていた。そしてその分に見合うだけの生産職が集まっており、各々自分のスタイルに合う様に場の改造を始めている。屋外なのに熱気が凄い事になっている。
サツキの方は、バインダーで挟んだ紙に何やら書き込んでいた。話しかけるとすぐに返事を返してくれたので特に忙しい訳では無さそうだった。
「じゃあ私はもう行くね。クルトの方より暇だろうけど」
「まあ何があるか分からないから……そういえばサツキさんは何を?」
「私は色んな所の連絡役になっちゃった……走り回りそうで嫌なんだよねー……」
「あはは……頑張って下さい」
「クルトくんもね……ほら、場所取らないと」
「あっ、そうですね」
アゲハは紡織系担当場所へ、サツキも何かある様で去って行った。クルトも参加する以上、準備を進めなくてはならないので空いている鍛冶場へと移動する。
「ここ空いてます?」
「ん?ああ、クルト君か。空いてるよ、今日はよろしく」
「はい!」
隣人は知り合いのプレイヤー、空いている事を確認して自分の使いやすい様に道具の位置を変えていく。
数分もすれば模様替えも終わり、隣人と雑談を始める。知り合いとはいえ、悪魔関係の話を知らないプレイヤーなので話す内容は慎重に選ばないといけないのだが。
「ん、そろそろ時間だな?」
「あ、そうですね。どうなる……わぁ」
「すげぇな」
日にちを追う毎に王都から見える様になって来たアルカディア。その姿は城の様な船の様な形をした巨大な物体だった。今では広場からでもその姿ははっきりと見える。
そして、時間が迫った事により変化は起きた。アルカディアの下部が展開し、何か極小の粒が降り注いでいる。たまにそれと比べれば巨大な何かがいくつか降っている。
「凄いですね……」
「凄いな……お」
変化が始まってから数秒、プレイヤーの歓声があがり始めた。恐らくは戦闘が開始するのだろう、いよいよ本番だ。
「さあて、修理やら何やら山程来るぞ……!」
「気合い入れないとですね!」
コウ達の事は心配だが、あの人達は割と何とかして来たので恐らく大丈夫と、クルトは自分の仕事に目を向ける。まあ主に死んだプレイヤーの装備の修理ぐらいではあるが。
集合場所は、アルカディアの後方、山脈フィールドに少し入った程度の所だ。別に後方である理由は無いが、他のプレイヤーの目に入らない為なのでここまで来たという訳だ。
「ふう、10分前」
「もう結構いるね」
集合場所にいるのは10人以上、つまりは殆どのメンバーが揃っている事になる。まあ予定時間より前、侵攻も始まっていないので問題無くセーフだ。
「あ、マモン」
「おう、久しぶりだな」
「お嬢様は大丈夫なのか?」
「まあ、アレが向かっているのは王都だからな。普通に屋敷にいるぜ」
「そりゃそうか」
考えてみれば天使の標的は人間全体、特殊な個人かどうかは関係無いか。そもそも把握しているかも怪しいし。
「遅くなりましたー」
「ふう……普段こんな所来ないから体感でも疲れるね」
ここに集まるメンバーは後3人。その内の2人が来たが……ツカサさんとアークさん?そりゃ実力はあるのだろうけど、人選が謎だ。
「何でこの2人なんです?」
「身も蓋もない言い方をするとね、妥協」
「妥協」
「妥協って言い方酷いなあ……」
ショウの質問に対し、イプシロンさんが本当に身も蓋もない答えを返す。妥協と言われた2人も苦笑い……まあ予め知っていた様な反応だけど。
「いや、選ぶなら他にもいるんだけど、その人達連れてくるとあっちがね……僕達がいないのを誤魔化すのも結構苦労してるし」
「成る程」
「トップがこぞっていないと確かに不審がられますよね……」
「それで、あと1人は?」
「僕だよ」
「うわ」
気の抜けた状態で耳元で囁かれては、流石に驚く。思わず飛び退いたが、お陰でその正体が確認出来る……やっぱりホマスか!
「何でいるんだ……!」
「いやそりゃ呼ばれたから……」
「ここで会ったが……!」
「いや、ストップストップ!」
最後のメンバーに1番反応したのはカリファ。この中で恨みが最新なだけに、武器を取り出して斬りかかろうとする……が、間に入ったイプシロンさんによって止められる。カリファも本気では無かった様で、攻撃自体はすぐに止めた。
「……はあ、よりにもよって何でコイツなんだい?」
「そりゃ僕が優秀な……」
「いやあ、僕も嫌なんだけどね。やっぱりあそこに参加しなくても目立たず、実力のある口止めも出来るプレイヤーとなると……ね?」
「あれ、そういうか「んー……まあマモンのパーティだろ?こっちの所じゃないなら別に良いさ」……全スルー?」
「納得してくれるなら良かった」
「おーい……」
ホマスがいる理由は分かった。他の悪魔はともかく、マモンのパーティは急拵えもいいとこ。こちらには関係無い上に、予定の相手であればどんなチームでも恐らく問題無いはずだ。
「はあ……よろしくねー、ツカサ、アーク」
「あ、うん……話に聞いた通り馴れ馴れしいね……」
「えー?僕達の仲じゃない?」
「は?」
あれ、顔見知りかと思ったが、2人はホマスの方を知らない様だ。チャナの方でも無い様だし……と考えていると、ホマスは2人に何やら耳打ちしている。それが終わると2人は上を向いて手で顔を覆った。
「マジ……?」
「マジ!」
「ええっと……?」
「リアルの友人でした……」
「わー……」
意外な交友関係……こんな時に気になる情報を出さないで欲しい。リアル関係ならあんまり聞く事は出来ないけど。
「じゃ、じゃあ切り替えようか!全員揃ったし、そろそろ時間だからね!」
イプシロンさんが手を叩き、注目を集める。それに伴い、全員がルシファーを中心として集まる。
「それで、ここからどうやってあそこに?」
「端的に言うと、これだ」
ルシファーが取り出したのは前腕部ぐらいの大きさの、これまた世界観が違う感じの機械。
「やはりそれですか。それは緊急時の脱出用では?」
「改造して、逆に出来る様にした。今なら問題無く使用出来る」
「成る程な」
悪魔連中は納得した様に……こちらは詳細は分からないが、まあ問題無く侵入は出来るだろう。
「では、起動するぞ。もう始まってる様だしな」
「本当だ……凄いね」
「うわ……あれ、こっちが全員倒してもあったが負けたらやばいんじゃ……」
「流石にそれは無いでしょ……」
大量の何か、恐らくはカシエルの時にいた天使みたいなのだろう。デカいのは……なんかメカメカしいな、ちょっと戦ってみたい。
「さて行くぞ」
ルシファーが機械を起動させ、放つ光が大きくなっていく……よそ見したこっちが悪いけど、もうちょっと感慨をね。
次に視界が戻った時には、先程までいた山の中腹では無く、白を基調とした1つの部屋、いや通路と思われる場所だった。
「ここは?」
「予定通り、アルカディア最下層部。あいつらが居る場所に直接は無理でな。更には内部システムにバレない様にするにはここが最適だ」
「それは聞いていたけど……ここから移動するのは面倒だね」
「それはしょうがないでしょ」
ここで立ち話をする余裕は無いので、事前の打ち合わせ通りに道を進んで行く。アルカディアの構造はモモ達がいた時と殆ど変わっていない様で、迷う事は全く無かった。
そして10数分もすれば、予定の分かれ道へと辿り着いた。
「ここだね」
「ここで解散、それぞれの担当へ行くわけね」
ここは十字の分かれ道となっているが、残りの3つはその先で更に2つに分かれているらしい。そしてその先は多少曲がったりする必要があるにせよ、それぞれ天使がいる部屋に繋がっているらしい。
ここでそれぞれのパーティに分かれて移動、天使を撃破する事になる。ルシファーに関してはもう少し特殊だが。
「では俺はもう行こう。全員、作業が終わるまで余力は残しておく様に」
「分かってるよ。じゃあ各自よろしくね……負けないでね?」
「それはイプシロンもでしょ」
イプシロンさんとローズが軽口を叩き合う。その間にルシファーは壁にある通気孔を開け、そこに入り込む……絵面が何とも。そこがルシファーの目的の場所への最短だとは聞いているが、運営はどういう感情でそういう風に設定したんだか。
ルシファーを見送った後、俺達もそれぞれ別れて進む。いよいよ戦闘開始だ。




