第一話 道行は不明
現実では、少し肌寒くなっててきた今日この頃。この時期になってくると、半袖でいるのは寒さに強い小学生ぐらいなもので、肌着と長袖のワイシャツぐらいが丁度良いぐらいの気温だ。多少運動すると汗をかくぐらいの気温でもあり、ジャージを着るか着ないか迷い面倒な気候でもある。
さて、現実の事を話したが、今俺がいるのはゲーム「Arkadia spirit」の中、コトネさんと共同で所有している屋敷の食堂である。向かいには第3王女であるシャーロットが座っており、その後ろにはメイドである……ある……名前なんだっけ。ずっとメイドさんって呼んでるから忘れた……あっ、ナタリーだ!思い出した。
そして、互いの目の前には1つの皿が置かれており、その上には調理された珍妙な物体が。
「……何じゃこれは」
「秋イベ……じゃない、この前の騒動で残った場所から採れたキノコ。何か食用らしくてモモが調理したんだよ。見た目に反して美味そうな匂いがするだろ?」
「それはそうじゃが……本当に大丈夫かの?」
シャーロットが臆するのも仕方ない。何しろ調理されたとは言え、皿の上に置かれた香ばしい匂いと湯気を放つ物体、いやキノコは、軸こそソースと合わさり美味しそうな焼き目が付いた茶色だが、傘の部分は赤と青の渦巻き模様。熱を通したら変わったらしい……まあ、初見で食う気が起きる奴はいまい。あ、形はエリンギっぽいです。
まあ不安になるのは分かるが、このキノコに害の何無い事は鑑定結果やモモの味見により判明している。そういう食べ物だと思えば、どうという事は無いのだ。青いカレーみたいなもんだ。
「まあ、あそこは一部がおかしな事になったが、それでも利点はあったしの」
「あれ、そこまで言う程あったのか?」
「薬品の素材に関して新しい系統の物が多いらしくての、変質した土地面積に対する利益としては結構多いのじゃ」
「へえ、そうなのか」
思っていたよりも秋イベによる影響は大きかった様だ。まあそれを言うなら夏イベもそうなので、そういうものとしておこう。そりゃ新フィールド追加されたら色々あるわな。
多少話がズレたので、このままでは折角の料理か冷めてしまう。なのでとりあえず皿の上のキノコを食べる。
「あ、結構美味い。エリンギなのにシメジに近いけど」
「ほう、これは中々……」
想定の数倍美味く、その味はシャーロットを唸らせる程。実際本当に美味い、ソースがめっちゃベストマッチ。まんまキノコの味である事は間違い無いから、キノコ嫌いの人を受け付けないだろうけど。
「ああ、他にもあるみたいだぞ」
「ほう、それは楽しみじゃ……じゃ無くての!?」
「どうした?」
「妾の用件はこれでは無いのじゃ!」
思い出したかの様にシャーロットが声を張り上げる。ぶっちゃけノリツッコミみたいになっていたので内心面白かった。ここらが潮時かな。
用件というのはもちろん天使の事である。秋イベの時にタルさんがサタナエルとの契約者だと言う事が判明したので、ついに6体揃ったという訳だ。最後の1体、ルシファーについて話し合う為、ここに集まったという訳であるが……何か試食大会始まっちゃったし。
「そもそも、ここにいる人物からして、分かっておるじゃろうに」
「まあそれはな」
そもこの場には約20人程の人がいる。左隣ではコトネさんが舌鼓を打っており、更にその隣ではショウがベルフェゴールの世話をしている。というか、このテーブルにはマモンを除く、悪魔4体とその契約者、それ以外のクランの代表者としてワテル、後は屋敷の住人だ。
モモと、ベルゼバブの専属料理人みたいになっているミモザさんは厨房で調理をしており、天使2人はそれを手伝っている。正確にはモモを手伝うクローナをウリエルが手伝っている。まあこれだけ人数がいると賑やかであり、それぞれ自由に出された料理を食べていた。
という訳で、シャーロットが言う本題は一目瞭然だ。元々その為の話をする為に集まったのだが、いつのも如くというかベルゼバブはマイペースに腹が減ったと言い出し、それ自体は特に問題は無いので厨房を貸した所、モモがどうせならと秋イベで手に入れた食材を出したのだ。見た目が見た目なだけに、イベントから少し経った今でもその食材を口に入れた者は少なく、また出された料理が美味しそうだった為にこの様な大試食大会みたいな状況になっている。
こういう時にまとめる役のはずのイプシロンさんやワテルが真っ先に食べ始めたのも原因だろう。好奇心は大事だけどね……流された俺も同じか。
ちなみにタルさんのテイムモンスターである梟も同じ物を食べている。モンスターだけど、大丈夫なのだろうか。今日は話し合いなので連れているのはサタナエルを除けばその1体だけの様だ。
「というか、何でここなんだ?ポールスターの所でも何とかなるだろ?」
「あー、ごめん。今ちょっと大掃除中でね……クラン外の人の出入りもあるから、人目につきやすいんだよ」
「ウチも拠点は一応広い部類に入るんだけど、些か人数が多くてね。この人数を隠せる部屋は無いんだ。協力している他のクランも同様でね」
シャーロットの隣に座っているイプシロンさんと更に隣に座るワテルはそう言った。うーん、タイミングが悪いというか。まあ部屋が有り余っているのはウチぐらいなもんか。
隠すにしてもウチはそんな対策していないが、そこは何か評判が効いているとか。何だそれはと思い聞いてみると、「個人最強」たる、今まで何処にも所属をしてこなかったアポロというプレイヤーが住んでいる。古参のプレイヤーなら大体が知っている折衝役のショウも住んでいる。何か王女様も出入りしているらしい。ならば下手に突くとやばいんじゃないか、いや重要情報が……王族敵に回すのやばくない?じゃあPK的な……カリファに対抗するの?やっぱ止めとく。
そんな感じらしい。いや後半何なんだ。というか、ショウそんなに頼られてるの?コミュ強……流石と言った所か、まああいつ何で趣味がゲーム何だか分からんポテンシャルしてるし。
ちなみに屋敷の持ち主の俺とコトネさんの情報はそこまで出回っていないらしい。協力しているトップクランの皆様のお陰だとか……情報渋らずに済んだお陰かな、あとショウ。もちろん多少目立っているが、モモ達悪魔と天使の情報もちゃんと秘匿されている。はー、この家凄い事になってるわ。
「まあその辺は良いとして……とりあえず食べ終わんないと、本題も何も無くない?」
「……そこがの、厄介な所じゃ……諦めて食すかの」
「流石にまた明日になんて事にはならないだろうしな……あっ、美味い」
2皿目も普通に美味い。いや次の皿にも期待だな……え、何皿出てくるの?本当に明日になったりしないよね?モモはどれだけ作るつもりなんだか……趣味が高じすぎだろう。
次から次へと料理が出てきて、最後の皿が出てきたのは試食大会が始まってから1時間後の事だった。意外と早い様な、脱線するにしては長い様な。
まあこれでシャーロット御所望というか、集まった理由である本題に入れるというものだ。ベルゼバブは腹6分目らしい、どんな胃袋してるんだ……憐れ、イプシロンさん。
「はあ、作った作った」
「お疲れさん……随分と張り切ってたな」
「いや何、結構面白くてねぇ……どうだったかい?」
「ああ、凄く美味かった」
「美味しかったです……!」
「そりゃ良かった」
最後の皿を片付け終え、一仕事終えた様に、実際終えたモモ達が戻ってきた。ミモザさんが厨房を貸した事に対して礼を言ってきたが、まあお礼を言われる程でも無い。ベルゼバブの為とはいえ、ずっと調理を手伝ってくれていた様だったらしいし。
他のみんなもひとしきり食べ終え満足した様で、改めて話し合いへの体勢が整った。
「さて出鼻を挫かれたのじゃが……気を取り直して、七大罪の悪魔、その内の6体が集まった訳じゃ……1人いないのは置いておくのじゃ」
「あいつは別に良い……よな?」
「そりゃあねぇ。予め言っておけばホイホイ来るだろうし」
うーん、辛辣。まあ会った時もそんな感じの扱いだったしな。そもそもマモンに限っては契約者がいない。領主の娘さんがそれっぽい感じになっているが、正式じゃないみたいだし。プレイヤー限定なのかどうなのかは知らないけど、まさかNPCの子どもを連れて行く訳にもいかないしな。
「話を戻して……残るは最後の1体、名前は……ルシファーで良いのだろうか?」
「ああ、合ってるよ」
「ではそのルシファーだが……居場所は分かるのだろうか?」
「さあ?」
「知りませんね」
「え?」
シャーロットの代わりに話を引き継いだワテルがモモに尋ねたが、返ってきた答えは何とも投げやりなものだった。クローナも知らない様で、ウリエルも首を横に振っている。他の悪魔達は特に言い出す訳でも無い。
「……あー、他の悪魔達も知らないかな?」
「さあ」
「知らん」
「知らないけど」
「ふぃふぁふぁい(知らない)」
まさか誰も知らないとは。あれ、6体集まったら居場所が分かるとかじゃなかったっけ?マモンがいないから……そういう訳でも無さそうだな。そんな事を言ってた気がするんだけどな……気のせいだったか。
「まあ、集まっていないと相手にはしないだろうからねぇ。地道に探すしか無いんじゃないか?」
「ふ、ふむ……一応聞くけど、心当たりは?」
「全く無い。ある奴いるかい?」
全員首を横に振る。うわあ、マジか。出鼻を挫かれたな。




