第十三話 情けは人の為ならず
さて4日目。日替わりでメインとなるものが変わるから飽きる事は無い。まあ昨日のコンテストを楽しんだからというのもあるだろうけど。
今日はそのコンテストの決勝があるみたいだが、行われるのはホールの中らしいので、チケットが必要らしい。手に入れられなかったとかいう前に、そもそも何処で売っていたのか分からなかった。まあしょうがない。
「朗報ですよ!」
「うわ、驚いた……朗報?」
昨日と同じくソファに寝転がりながらパンフレットを眺めていると、背もたれの向こうからコトネさんがにゅっと頭を出してそう言った。朗報と言うに相応しく何やら嬉しそうな表情だ。
「今日の決勝、観るのはホールの中の人だけだったんですが……各町で中継されるそうです!生には劣りますけど、これで聴けますよ!」
「おお、それは良かったみたいで」
「ホールの横辺りでもそれはあるみたいなので……良ければ一緒に行きませんか?」
「それは良いけど……今日もみんな出払っているのか。まあ夜だし何人か戻るかな?」
「皆さん1日中何かあるみたいですよ」
「え、そうなの……何で知ってるの?」
「たまたま聞いただけですよ」
それなら仕方ないか。祭りの最中だってのに、忙しいんだな。まあプレイヤーはリアルの都合もあるか。
夜の予定は決まった訳だが、その間までは暇なので目的の町で散策する事になった。そういえば祭りの最中に王都以外の町をゆったり巡った事は無かった。屋台は思っていたよりも各町で特色が出る様で、意外と楽しめる。全ての町を回ってみるのも良いかもしれない。
この町のものだと、メキシカン系の料理みたいなのが多い。香辛料が効いてるやつ。こういうのは割と食べる機会が少ないからなあ……そもそもそこらの食堂で売っているものが多いらしいのだが、そんなに入らない。
やってる事と言えば、クエストとレベル上げ、素材集めぐらいだ。真面目に他のものにも目を向けてみるべきだろうか……割と洒落にならないレベルで損をしている気がする。
「結構買ったな……」
「こうして巡ると、発見が多いですね……」
広場というか、公園に近い場所のベンチに腰をかけて買った物を整理している。しまっておけば、余程放置しなければ賞味期限はどうにでもなるので配るなり何なりして減らしていけば良い。アイテムに関してはその内自然に減っていく。
「この後はどうする?」
「そうですね、決勝までまだ時間が……ツカサさんからですね?」
「何だろうな」
コトネさんの方にツカサさんから連絡があった様だ。思いつく用件といえば、お礼だろうけど……まあ少し待てば良い。コトネさんとの話自体は1分もかからずに終わった。
「えっと、ここに来るそうです。お礼の件で……丁度良い物があったと」
「やっぱりか……まあ来るんなら待とう。この辺は大体回ったし」
「そうですね」
3分ほど待つと、ツカサさんの姿がこちらに向かってくるのが見えた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや数分ぐらいは別に。そっちこそ大丈夫です?」
「うん、昨日ログアウトしたのここだからね。近くにいて良かったよ。じゃあ早速昨日のお礼をね……はい」
「えっと、これは……?」
「これ、えっ?」
ツカサさんが渡してきたのは2枚の短冊状の紙だった。とりあえず受け取って見てみると、今日行われるコンテストのチケットだった。
「あ、私の分はちゃんとあるから。連番で悪いけど、2人も離れてたりしないから安心してね」
「いやいや、そういう事じゃなくて……」
「もしかして興味無かった?昨日観てたから興味あるものだとばっかり……」
「あの嬉しいんですが……どうやって?」
「そこはほら、まだ秘密なんだけど……大丈夫合法だよ?」
そこでは無い。ツカサさんは胸を張ってそう言ったのだが、そも違法だと色々と不味い……まあそんな事は無いのだろうが。あーでも最近騙された経験が……過敏になり過ぎか。
「ちゃんと聴けて本当に良かったからね。じゃあそういう事で……また夜に」
「はい……ありがとうございました」
「ありがとうございます……」
チケットを渡すだけ渡して何処かへと去って行った。棚からぼたもちというか……情けは人の為ならず?
「まあこれで、生で聴けるのか」
「そ、そうですね。コウさんのお陰です」
「いや席教えただけ……」
コトネさんが喜んでいるのならお節介をした甲斐があるというものだ。こうして良い意味で割に合わない利益が手に入った。
はい、夜です。コンテストの時間となりました。ホールへと向かった訳ですが、やたら人が多い。全員がホールに入る訳ではもちろん無く、目的は建物の側面にあるスクリーンだろう。あそこに映し出されるのだろうな。
「人が多すぎて入り口どこ……多分あっちだと思うんだけど」
「私も分からないです……多分合ってるんじゃないかと……」
人をかき分けながら、(おそらく)入り口の方へと向かう。その予測は当たっていた様で、係員にチケットを渡して無事に入場出来た。
「装備そのままの人も普通にいますね」
「流石にNPCが多いけど……まあ余程奇天烈な格好じゃなければ大丈夫か。助かった」
昼間から今で正装は用意出来ない。NPCは正装だが、チラホラいるプレイヤーは特にそういった事は無い。というか見かけるプレイヤーの内知った顔が半分ぐらいいるんだが。ここはそうそう話す場でも無いから挨拶する事は無い。しかしまあ……他の人達はどうやってチケットを手に入れたんだか。そう考えるとツカサさんが本当に謎になってきた。
「あ、さっきぶり」
「こんばんは……改めてありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いやいや。特に無理はしてないからね」
席に座って始まるのを待っていると、ツカサさんがやってきた。格好も変わる事なく、昼間と同じだ。座った順は昨日と同じで、俺は丁度端だったので隣はいない。正直に言ってしまえば、あまり良い席では無いが、生で聴けるだけ良いと言える。
「あ、始まりますね」
照明が落とされ、舞台の端から司会者らしき人物が現れた。続いて現れた6人は、審査員なのだろう。ただ5人は予選で見た人なのだが、後の1人は見た事無い……いや、似てる人物を知っている。
「第2王女だね」
「へえ、あれが……」
顔のパーツは騎士団長やシャーロット、1回あった国王に似ている。髪もシャーロット程鮮やかでは無いが、綺麗な金髪だ。まあ眠そうな見た目のせいで感じる印象は全然違う。姉妹それぞれ、性格が違うせいだろう……第2王女の性格知らないけど。
審査員による人物紹介、よくある偉い人の挨拶が始まった。王女は紹介の時にこそ礼はすれ、挨拶はしない様だ。偉い人のありがたーいお話は30分程で済んだ。プレイヤーに成り立ちやら何やら説明されても困るんだよな。
そして待ちに待ったというか、ついにコンテストが始まった。どの参加者も決勝まで残っただけあって、その演奏の迫力は凄まじいものだった。そこまで音楽に興味の無い俺でも飽きさせないというのは中々に凄いことのはずだ。
「最後が、『奏王』の人ですね」
トリを務めるのは、予選でも大層な演奏をしてみせた『奏王』のプレイヤーだ。その男性は舞台の中心に立つと、これまでの参加者と同じく一礼、そしてゆったりとした動作で楽器を構え……弾き始める。
「わあ……」
「一周回って酷いなこれ……」
雲泥の差という程では無い。しかし、これまでの参加者とは明らかに一線をかくす音色がホール中を包んでいる。
これまではマナーを守り静かに聞いていた客も、思わず声を漏らしたり、果てには啜り泣く声まで聞こえる。確実にリアルじゃ聴く事の出来ない演奏、持ち前の技量はもちろん、システムの補正まで入るとこうなるのか。仕組みは全く分からんが……害とか無いよな?
実際には数分はあったはずの演奏は、体感は1分も経たずに終わった。勿論拍手喝采、観客は全員立ち上がりスタンディングオベーションというやつだ。拍手が鳴り響く時間の方が長かった様な気がする程だ。
「優勝は『奏王』の人でしたね」
「まあそうだろうな、発表された時他の参加者も頷いてたし」
結果発表とか、締めの言葉はって?あの演奏の前だと蛇足だよ。あの人以外が優勝した場合、裏があるのが丸わかりだ。国主催のコンテストでそんな事が飽きるはずもなく、順当な結果だ。
「2人とも、この後時間ある?」
「ああ、はい」
「大丈夫ですよ」
ツカサさんは用があるのか、ホールから出ようとする俺達を引き止めた。晩飯は食べ終えているので、リアルの不都合も無い。
用件はどうやってチケットを手に入れたのかのネタバラシが半分だとか。後の半分は何ぞや。
ツカサさんについて行った先は、ホールの客が入らない様な奥側、控室らしき部屋が並んだ場所だった。
「えっと……ここだ」
「ここは……」
部屋の扉に貼ってある紙には「アーク様」と書かれている。関係者の知り合いなら確かにチケットぐらい手に入るかもしれないが……いやまさか。
「アーク!おめでとう!」
「ありがとう、ツカサ」
勝手知ったるかの様にドアを開け、ツカサさんは中にいる人へと抱きついた。部屋の主もツカサさんが訪れるのが分かっていたのか、大して驚きもせずにツカサさんを抱きとめた。
驚くべき事は、その部屋の主は優勝した『奏王』その人だった。
「流石ね、優勝するなんて……まあ心配はしてなかったけど」
「ありがとう、最近は調子が良かったからね。まあ君が見てくれていたおかげが殆どだけどね!」
「やあだもう!」
何を見せられているんだ。2人だけの空間を作られると非常に気まずい。思わずコトネさんと目を合わせるが、どうしたら良いのやら。
「……あれ、君達は?」
「あ、忘れてた」
「忘れてたのか……」
ようやく俺達がいるのに気づいたのか、アークさんの視線がこちらへと向く。ツカサさんの説明によって、これまでの経緯が説明された。
「そうか、君達が!昨日ツカサから聞いてね、チケットを融通してもらったんだ……ありがとう」
「いやいや空いてる席を教え……何回目だこれ」
「そうでも無いよ。僕はツカサが席にいないと調子が出なくなってしまうからね。言ってしまえば優勝は君のおかげでもあると言える」
「そんな大袈裟な……」
「あれ、私は?」
「もちろん君が10割だよ!」
「……俺は?」
「まあまあ」
お陰と言った途端にゼロになった。不思議だなあ……別に良いんだけれども。お節介のお礼はチケットとしてもう貰ったし。あとはゲロ甘いのを何とかしてくれれば嬉しい。
それにしても、用件の半分って自慢じゃないだろうか。確実にそうだよな、まさか惚気を見せる為でもあるまい。
「ええと、失礼ですが……ご関係は?」
「ああ、夫婦だよ」
「夫婦……成る程」
恋人と思ったら、それ以上だった。まあ納得だ……あれ、この惚気いつになったら終わるんだ?




