第二十八話 簒奪者に応報を 八
胴体を切り裂かれ、2つになったカシエルが地面へと落下していく。頭上にあった水球は弾け、黒い雨が一帯に降り注ぐ事となった。
「ぺっ、大丈夫だよな……?」
元々あった水の量が多いせいで、ずぶ濡れに近い状態になっている。色やら生成の過程がアレなので、状態異常にならないかと不安になる。まあステータスに異常は見られないし、そうそう不可逆的なデメリットは起こらない……はず。
とりあえず、落ちたカシエルを追って下へと降りる。切り裂いたと言っても体がよく分からない状態になっていたのだから、確実に倒せたとは言えない。確認は必須だ。
下へと降りると、カシエルの周りに全員集まっていた。ウリエルとクローナは無事、アポロさんはショウが受け止めたみたいでギリギリ生きていた。今はコトネさんが回復している様だ。
「ああ、マスター。お疲れ様」
「おう、この雨大丈夫だよな?」
「色さえ除けばただの純水だからねぇ……体に良いもんじゃ無いけど、変な呪いとかは無いだろうね」
「じゃあいいか。その内乾くだろうし……それでどうなんだ?」
「見ての通りさ」
モモの視線の先には、カシエルの体が。よく見れば少し動いているのが分かるが、何か出来る程の力は無いようだ。体が2つに分かれていてもすぐに死なないのはしぶといというか、体が変質しているだからだろうか。
口に出すのは憚られるが、いつくたばるんだろうな。
「こうなっちゃあ、天使様ですらないね……同情はしないけど」
「する余地は無いですからね。自分の欲に従って求めた結果なのですから」
「最終的には物も言えぬ生物なのか分からないものになって……私達もこうなる可能性があるのでしょうか?」
「そんな心配はいらないだろうけどねぇ」
最後まで辛辣なのは事情を聞けば当たり前か。こちらとしては、仮にも天使がこの結末なのは多少の憐れみも感じるが……因縁は3人の方が深いしな。
天使が堕天的な黒くなるのはクローナに続いてこれで2例目。ウリエルの言う通り可能性はあるんだろうけど、なった背景からしてこの3人の誰かが死んだり死なない限りならないんじゃないだろうか。ウリエルは自分の神器に拘りは無いだろうし、クローナもまた奪われたところでそうそう慌てる事は無いと思う。残っている天使は敵キャラだけだから、考慮する必要は無いか。
そういえばベルフェゴールはどうしているのかと確認すると、全く興味が無いのかショウの背中で寝ていた。この状況でもマイペースとは恐れ入った。まあ因縁は無いから……いや悪魔の時点で何かしらあるはずだけど。
「あっ」
「死体も残らない……液体みたいになってたしな」
「私の攻撃を防いだ時にも変形してましたからね」
「アポロさん、大丈夫なんです?」
「はい、動く分には」
カシエルの体は動きを止め、風化するかの様に塵となって消えていった。ついに力尽きたか。ここで地面に溶けて消えたりすると、何かフラグとかが残りそうで怖いものだが、これなら完全に決着はついたかな……これがフラグっぽいけど。
「じゃあ帰るかね。マスター達も帰るのが無理なのはいないだろう?」
「え、大丈夫だけど……もうちょっと感慨とか」
「無い無い。そりゃクソほど長い因縁はあったけど、死んだらそれまでさ」
「そうですね」
「逃げて生き延びるとかならまだしも、完全に死にましたからね」
「ああそうなの、じゃあ帰るか……シャーロット達を連れてかないと」
「ああ、いたねぇ……」
「忘れてたのかよ」
思っていた以上に大した感情は無いのか……というよりかは、割り切るのが早いだけなのか。
とりあえずシャーロットの所に戻って、王都に帰れば一件落着だな。報告しないといけない事が山程あるけど……ショウに全部ぶん投げるのは流石に不味いか。
結局、その後の精算をするのに大分長い時間拘束される事となった。拘束と言っても、ログアウト出来ない程という事では無く、ログインしている間はレベル上げなどしたい事は出来ないといった程度だ。まあ後回しにしない方が良い事だし、起こった事が事だ。体験した事のレア度か高いのだから必要経費だろう。
最初にシャーロットとメイドさんの事だが、特にモンスターに襲われる事も無く、普通に合流して普通に帰った。歩かせるのもおぶさるのも何か違うので、何故かショウが持っていた台車で運んだ……王女を台車で運ぶのって普通は不敬ものな気がするけど。途中からは騎士団が来て、馬車で運んで行った。まあそれが普通だよなあ。
メイドさんに関しては、翌日には完治とはいかなくても普通に業務に戻っていたらしい。そりゃ重要……と言っても差し支えないNPCで色々とアレだとしても中々に異次元な回復力の様な。ファンタジー要素ありきだけども。
発端とも言えなくもないシャーロットの脱走については、お咎め無しとの事だった。まあ今までが今までな上に、懲りないというか今回はこの先2度あるかという事例だ。天使がそうそう誘拐する可能性は中々に……2度もやったら天使じゃなくて普通に賊だ。敵側で会ったのは2人だけど、大体プライド高そうだしそんな事はしないだろう。まあしばらく脱走は控えるそうだ。止めないのかというツッコミは意味が無いか。
イプシロンさん達については、毎度よく起こるねと呆れられたが、特に問題無く報告が終わった。因縁は知っているから、それに関してはしょうがないという事なのだろう。イプシロンさんも契約者なのだから、何かしらあるだろうし、ショウの伝手とこちらが関係する殆どの情報を開示しているから関係も良好でいられる。そんな感じで一件落着となった。
「まあ何にしても、状況は動いたという訳じゃな」
普通に遊びに来ているシャーロット。脱走じゃなくて先触れ出したから良いというもんじゃ無いと思うが……しょうがない。イプシロンさんもいるから仕事半分なのだろうけど。
「着実に進展があるのは良いけどね。報告を聞いた時は急展開に色々動くんじゃないかと焦ったよ」
「天使が一気に攻めてくるとか……?」
「いや、それは無いだろうねぇ。そもそも下で動くのはカシエルと物好きのラミエルぐらいだし、他の奴らならともかく、カシエルじゃあ……動くとしても数ヶ月。大した変わりは無いさ」
「そうなのか……」
さらっとリミットがあると言った様な気がするけど、まあゲームだから1年とかかからなければ大丈夫だろう。
それにしてもカシエルでは動かないとは……どの陣営からも扱い悪いな。ここまで来ると哀れになってくる。
「じゃあ兎にも角にも、ルシファーかな?」
「あとはレヴィアタンとサタナエルじゃったか」
「何処にいるんだか……」
騎士団やら大手クランの一部のプレイヤーがこっそりとはいえ捜索しているのに見つからない。やはりフラグなのだろうか。気長にやるしかないというのが共通見解なのが、なんとも言えない。
とりあえず近くゲーム的には1周年の、設定としては王都祭が行われるからそっちの方を楽しもう。




