第二十二話 あっち行ってこっち行って
「あれサツキさん、どうしてここに?」
「ほら、状態異常の効果が着いた武器の見本が見たいって言ってたでしょ?倉庫に無いと思ってたらあったのよー、アハハ」
そう言ってその女性プレイヤーは禍々しい槍や斧を取り出した。クルトの紹介でこの人はここ、PCA鍛治部門のサブクランリーダーらしい。
「君がクルト君が言ってた強くて親切な人〜?」
「あー、強いって言ってもフィールドの推奨レベルより多少高かっただけですよ」
「ふーん……?」
エクストラスキルの事はやたらめったら話すことでは無いのでレベル差があった事にしておこう。話を聞いた感じクルト達も言わないでおいてくれてるみたいなので感謝しかない。
「それで所属する必要がないっていうのは?」
「ああ、そうだった、ウチにに来たプレイヤーには生産分野ごとのマニュアルを渡したり、質問に答えたりしてるんだけど、そも所属する必要はないんだよねぇ」
マニュアルというのはPCAで作られた生産のコツなどが書かれた手引書で、それを参照すれば余程特殊な効果を持つものを除いて大体のものを必要最低限の質で作れる様になるらしい。コツといっても何回か作っていけば分かるものが多いがあらかじめ知っておくととてもやりやすくなる方法などが多数載っている様だ。質の向上や複数効果は慣れとしか言い様がない様で、つまりは基礎を完璧にするためのものみたいだ。少し見せてもらったがとても見やすくまとめられていて運営が用意したアイテムと言われても信じてしまいそうだ。
PCAは一応作業場代をとっているそうだが他で借りる場合と比べてほとんど無料同然だった。なのでクランに入るとマニュアルが貰えたり疑問に答えてくれるのではなく、クランにも入った方が作業場代が安く済む、というのが実際の所だそうだ。ちなみに作業場代はマニュアルの制作費や建物の維持費とかに使っていて、教える係の人以外の人数は割と多いため結構なんとかなるそうだ。
「ウチに入ってないプレイヤーもたまに相談に来るし、うちの設備は必要最低限だからね。そもそもあるのか知らないけど余程のボロじゃない限り移った方が上達するよ〜」
まあうちは豪邸だからね設備は保証できるからね、離れだけど。そういうことなら、と思い立ったが吉日な勢いで片付けを始める。サツキさんが持って来た状態異常効果付きの武具は種類によって補正のつき方がどのくらい違うのかを確認したかっただけみたいなので数分で済んだ。
「……はい、これで脱退完了だね、生産関係で質問があれば気軽に来るんだよ〜?そのためのこのクランだし、その係のメンバーは全員好きでやってるからね」
PCAのトップの人もたまにいるらしいが、トップ鍛治士として有名なだけあって、依頼で装備作成に時間をかけていたり、PCAの運営をまとめていたりと忙しくほとんど直接相談の機会はないとか。有名だったり、でかい組織を率いると色々と面倒なこともついてくるんだなあ。ま、大体のゲームはそういう事もあるか。生産者の質問に関してはその日ログインしているメンバーでローテーションで持ち回りの時間を決めている様でそんなに時間を取られないらしい。意外と人数が多いんだな、教えるのが好きな人は割といるからなー、他のゲームでも初心者に教えて回ってて有名になってた人とかいたし。
クランを抜ける手続きも終わりサツキさんと分かれ、アゲハを呼びに隣の縫製部門の建物へと向かう。PCAの方針は全部門同じでこっちも問題なく脱退することができた。マニュアルも貰って来て3人で屋敷のある方へと向かう。ショウが一緒の時も思ったが、高級地へ行く時、通行証が人数分無いのに通してくれるのだ。高級地にクランハウスがあるクランのプレイヤーは装備にクランのマークなどをつけているのでそれが通行証代わりになっているが、俺やコトネさんが持っているは色々見てみたが明らかに個人用のはずなのだが地区の境目の門で衛兵に見せると全員通してくれるんだよなあ。見せると明らかに驚いた顔で二度見してくるから何かあるんだろうなあ……発行したの王族だし。そんなこんなで屋敷に到着。区画はちゃんと整理されているけど建物が全部似たような感じにまだ見えるから地図を見ないと逆に道に迷うんだよなあ。
「大きいですね」
「大きいわね」
そりゃ最初の感想はそんな感じになるだろうなあ。豪邸だものなあ。引っ越ししていった豪商はさぞかし金を持っていたんだろう。維持費の関係で手放したってどのくらいかかるのだろうか?……払えなくなったら面白……くはないか。
「コウさん!……あ、2人もきたんですね」
屋敷の敷地内に入ろうとすると玄関からコトネさんが出てきた。ちょうどベッドの配置が終わったので俺の方へ来ようとしたタイミングだったみたいだ。4人で屋敷へと入り、2人を案内する……あ、2人のベッド買ってないわ。後で買えばいっか。裁縫は部屋自体は普通のもので良いらしいので、てきとうに好きな部屋を選んでもらう。クランを作るとしても大した人数にするつもりはないからどのみち部屋が大分余るんだよなあ。隣の部屋は各自の倉庫とかでいっか。次にクルトを離れの鍛冶場に案内。ざっとだが見てもらった所、このままでもPCAの所より設備が良いそうでとりあえずは及第点、これでPCAの方が良かったらめっちゃ気まずいからなあ、誘っておいて。
「あ、あのコウさん……」
あれ、2人どうかした?……裁縫系の設備で大体必要なものは揃っているが、PCAにあった大型の生産設備が欲しいそうで、コトネさんと一緒に必要性を熱く語ってくれた。いや、別にそのぐらいなら全然良いからね?でも、数十万ぐらいの値段がして手持ちがそれの半分ぐらいしかない?……コトネさん、今の所持金覚えてらっしゃらない?ちなみにもっと質の高いものもあるらしいが値段が二桁ぐらい違う上にほぼ趣味の領域の違いぐらいしかないようだ……ああ、ついでに2人のベッド買っておこうか。他に買うものないよな?2人に他に何か必要なものはないか聞いてみたが遠慮とかではなく本当に特にないそうだ。持ってない種類の設備はあるそうだが3次職にならないと観賞用にしかならないそうだ。そういうわけで4人でベッドとその生産設備を買いに行った。ベッドはともかく設備に関しては話し合いの結果4人で割り勘ということになり、俺とコトネさんが払った分は今後の装備の制作費扱いということになった。これでクルト達の件はひと段落し、家の家具もろもろについては保留。これで一々宿屋に行かなくて良いから楽だ〜。
「あちー……あちー……なんで今日こんな気温高いんだ……まだ3月だぞ」
気温こそ28度ぐらいらしいが湿気が多いせいで体感30度越え。そしてなんでこんな日に俺は出かけているんだ……いや違うんだ、午前中に漫画の新刊買おうと思ったらあちこち移動したせいで時間が潰れて午後になってしまったんだ。更に行きつけの本屋に何故かおいてなかったから隣駅まで行ったんだ。まだ3月だから冷房ついてないから暑いし地獄だった。本屋にいた人も大体汗かいてたし。前髪で目が完全に隠れた人なんかなんかフラフラしてたし。熱中症で倒れないと良いが。家に帰り部屋の冷房をつける。あ〜涼しい、流石は文明の利器……あ、翔斗から電話だ。
『……じゃあ2人のスカウトは成功したみたいだね』
「おう、まあスカウトって言うほどじゃないぞ、使ってる設備が家なだけで……いや、ほぼスカウトかこれ」
まあ2人とも普通に自由に動いているしな、PCAにも行ってるらしいし、こういうゲームは自由に動いてこそだしな。
『そろそろ装備更新でしょ、素材集めとか頑張ってね、僕手伝えないけど』
「ああ、まあなんとかするよ基本コトネさんと行くからソロより大分動きやすいし」
『攻撃役と回復役だからバランス良いからね、欲を言えば魔法攻撃役、更にはタンクがいれば楽だろうけど』
タンクはショウとして魔法攻撃役はなあ、野良で組むのが1番早いが、いれば良いというレベルなのでまあいっか。新しい装備作るのにどのぐらいかかるかな?