第二十一話 簒奪者に応報を 一
誤字報告ありがとうございます。
アポロさんの持つカードの1枚を引く。ペアは揃わなかった。
「そういや来週で1周年か……来週だよな?」
ショウが俺のカードを引く。ペアが揃った様で、残りのカードは2枚となった。
「うん、来週来週。来週の土曜日だね。いやあ、あっという間だね」
アポロさんがショウのカードを引く。ペアは揃わなかった様だ。
「老人臭いぞ、それ……まあ何の告知も無いけどな」
「運営の方からはね。一応この国からは通知というかお触れが出てるから……」
今回のイベントは運営主導では無いのだろうか。ショウの言った通り王国からは王都祭をやるとかで、色々お触れが出ており、シャーロットからも大体の事は聞いている。まあ屋台が多く出るやら、日に1つ大きな出し物をやらで、要するに規模の大きい普通の祭りの様だ。
一応毎年大体同じ内容で行なっているという設定の様だ。今年はプレイヤーがいるから、それ用に1つ出し物を増やしたとも言っていた。内容はお楽しみじゃとか言って教えてもらえなかったが。当日まで楽しみにしておけば良いか。
1周年という節目なのに運営は告知をしないのが気になるが……概要は分かっているし、前日に来ても不思議じゃない。そもそも毎回大した内容書いてないしなあ。
「……はよ取れや」
「いやあ、そろそろ上がりたくてね……あっ、上がりー!」
「うわ、マジか……」
ショウが1抜けた。じゃあアポロさんがババ持ってるのか……どうなるやら。
何故談話室でわざわざババ抜きをしているかというと、普通に暇なだけである。10数分前までは、ここにいる3人はそれぞれレベル上げをしていた。一応ベルフェゴールもいるが、ショウと同じカウントで良いだろう。
SPも結構減り、一旦切り上げた所だった。リアルの方で水分を取ったりした上で、暇になった。こういう事がたまにある訳で、談話室には暇潰し用のゲーム用品がどんどん増えている。結局はモチベーションを再充填出来れば良いので何でも良いんだが。
そして、アポロさんと互いのカードの配置を読み合う事数分、最後までババを持っていたのはアポロさんだった。
「良し、勝った……」
「負けました……」
「この前のリベンジかな?」
「いや、トランプで勝っても意味無いだろ……」
そりゃ同じゲームと言えばゲームだが。中身が違い過ぎる。そもそも最下位争いだし。
「コウさんのレベルが上がったら、またやりましょう」
「先は長そうだけどなあ……」
未だに1も上がっていない。高経験値のモンスターを倒せる様にもなり、レベル上げの密度は高くなっているはずなのにこれとは。ここまでで半年以上経っているのに、半年以内で100に到達しているアポロさんはどれだけやり込んでいるのやら。やっぱりガチ勢は遥か彼方にいるもんだ。サービス開始組なら手探り状態が多いはずなんだけど。
「そういえば、すっかり装備元通りですね」
「ええ、アゲハちゃんも4次職ですからね。他の人に引けを取らない様になってますし……まあ多少変えた点はありますけど」
俺が消しとばした左腕辺りの装備も元通り。生産職の2人にはすっかり追い抜かれている。
ちなみにアポロさんが変えた点は、装備の補正をバランス型から攻撃型にした事だそうだ。アポロさんは基本はソロだったが、最近はショウと組むのが半々ぐらいになっている。防御を任せられるからそこを削ったのか。
「……あ、トランプで意外と時間が潰れましたね。そろそろコトネさん達も帰ってくるんじゃないでしょうか?」
コトネさんはウリエルと採集に出かける事が多い。設定というナーフをかけられたウリエルと言えど、その戦闘力はそこらのプレイヤーを余裕で超える。なので非戦闘系のコトネさん護衛にぴったりなのだ。後は個人的に仲良くなっているという事もあるみたいだけど。
「あー……何か、そろそろシャーロットも来そうじゃないか?」
「この前来たのが……確かに今日辺り来るんじゃない?」
「じゃあ菓子を……来てからで良いか。脱走じゃないと面倒が少なくて良いんだけど」
「ちょっとだけ騒がしくなるからね」
最早慣れすぎて来るタイミングが分かるという……王族というレア感がどんどん無くなっていく。
王都祭の事でも聞こうかと考えていると、玄関の扉の開く音が聞こえた。
「あ、来た来た……あれ?」
足音の主は真っ直ぐこちらに来たので、シャーロットだと思いドアを開ける。しかし部屋に入ってきたのはシャーロットでは無く、息を切らした騎士団長だった。
「ハァ、ハァ……」
「ど、どうしました?」
「ご、こ……ゲホッ、ゲホッ!」
「だ、大丈夫……とりあえず水か」
相当体力を消耗している様で、まともに話を聞ける状態に無かった。騎士団長をショウとアポロさんに任せ、水を取りに行く。
何か大事が起きたのだろう、菓子はいらないと思いコップに水を入れるだけにして、急いで部屋に戻る。1杯だけでは足りないと思い、ピッチャー的な物に氷水を作ってそれも持って行く。
「……プハッ!はあ……すまない助かった。思っていたより消耗していた様だ……」
「いや別に良いですけど……どうしました?」
コップに入った水を勢い良く飲み干した事で多少落ち着いたのか、騎士団長はまともに話せる様になった。
用件は何なのだろうかと尋ねると、もう1杯水を飲んで答え始めた。
「とりあえず、ここにシャーロットはまだ来ていないだろう?」
「え、はい。何かやらかしたんです?」
「いやまあ、確かにいつもの脱走なのだが……簡単に言えば行方が分からなくなった」
「はあ」
シャーロットならよくありそうなものだが。そもそも初対面が檻の中だからなあ。また同じ様な事になる可能性はゼロじゃない。シャーロットの撒く能力は何故かメイドさんに通じるレベルだし。
「ああ、言い方を間違えた。ナタリーも行方不明なのだ……仮にシャーロットを多少時間を与えたとしても、行方が分からなくなるという事はあり得ない」
「あ、結構やばい……?」
「メイドさんまでですか……」
ようやく事件の深刻さを理解する事が出来た。出来なそうな事がパッと思いつかないメイドさんまでいなくなるというのは結構不味い状況なのだろう。脱走癖のあるシャーロットに付いているのだから尚更だ。
「とりあえず王都中を走り回ったが……いないのは間違い無い。ナタリーなら何かしらの痕跡を残すはずだ」
「ああ、それで……え、王都中……?」
「む?そうだが」
シャーロットが脱走してからのはずなのだから、1時間も経っていないはずなのに隈無くではなくとも王都の中を走り切ったのか。ステータスは多少上だとしてもおかしい感じがする。どうやったんだ……かなり目立っているんじゃ無いだろうか。
「ま、まあここに来たのはいるかどうかの確認と……」
「ああ、捜索の依頼だ。余程の事が無ければ受けてもらいたいのだが……」
「それはもちろんですね」
「事を急ぐわけだしな」
「流石に他にも動いているのはあるんですよね?」
「ああ、騎士団ほか、手配は済んでいる」
あ、ちゃんとクエスト扱いになっている。ウィンドウの表示が出たので、迷う訳も無く全員即座に了承する。大した内容は書いていなかったが、ヒントも探せという事なのだろう。
という訳で捜索開始、騎士団長は伝達やら何やらがあると、すぐに出ていった。最後にもう1杯水を勧めておいた……この後の事を考えると焼け石に水かもしれないけど。
「じゃあ動こうか……と言っても、どうしようかな」
「とりあえずモモ達呼ぼうか」
「そうですね。モモさんがいれば、できる事は格段に増えます」
後はそろそろコトネさんとウリエルも帰って来る。人手は多いに越した事はない。クルトとアゲハは……流石に無理か。




