第二十二話 幻の魚を求めて
「コウさん、釣りに行きませんか?」
「釣り?」
「沿岸でイベント限定でレアな魚が釣れるらしいんです!釣れるかどうかは分かりませんけど、挑戦してみたくて……」
ログインすると、屋敷にいたクルトからそう提案があった。釣りかあ……そういう要素がある事は大分前から知っていたが、やった事は1回も無かったな。そもそも装備にも金策にも使う機会が無かったからしょうがない。釣り限定で釣れるモンスターの中には、有用な素材になるものもあるそうだが、今の所ご縁が無かったし。というか、多少高いが流通しているんだよな。そんな感じで、疎遠だった要素だが……まあ直近でしなければならない事も無いし、これを機に試してみるのは良いか。
「そういえば他のメンバーは?」
「ショウさんは他の用事があるらしくて、アポロさんはいませんし、モモさんとクローナさんに至っては何処にいるか分からないので」
「アゲハは……興味があるならここにいるか。そもそも生産職だしな。コトネさんは……ログインしてないのか」
「はい……」
海に出るなら戦闘職が1人ぐらいは必要になる。船はずっとクルト預かりになっているからそこへ行く手段は良いとして、護衛役は……依頼は結構受けているみたいだから知り合いはいるか。まあけど、釣りをするレベルの付き合いが無かったりするのだろうか……いや俺に聞いているからそこは別に良いか。ログインしていないだけという事もあるだろうし。
そういえば最近ショウは忙しいらしい。元々交友関係が広い上に、4次職になったおかげで助っ人に呼ばれる機会が増えたとか。知り合うプレイヤーに4次職が多いせいで勘違いしそうになるが、4次職プレイヤーって結構少ないんだよな。頑張れば何とかなるらしい難易度だがとにかく時間がかかるとかで。ああ、条件も調べておかないと。
話を戻して釣りか。ちょっとやってみたいし、1人で行かせて船が損傷したりすると目も当てられないし、予定は決まったな。
「まあ良いか、俺の釣竿とかってある?」
「あ、コウさんもやりますか?予備で良ければ……強度は十分ですし、癖があるだけで釣りやすくなるとかの効果はそもそも無いですから」
「そうなのか、じゃあ行……何かいるもんあるか?」
「いえ、一式準備してあるので大丈夫です。良かった、これで行ける……!」
必要な物が揃っているなら、早速出られるか。そう思い屋敷を出ると、丁度クローナが帰ってきた所だった。食材が入った大きめの紙袋を抱えていたので、どっかで買い物でもして来たのだろう。
「マスターとクルトですか。何処に行くのですか?」
「いやクルトと釣りに……モモは一緒じゃないのか?」
「同じタイミングで出ましたが、目的が違うので……しばらくは帰ってこないと思いますよ?」
「そうなのか」
「釣りですか……ご同伴しても?」
「え?俺は良いけど……」
「僕も大丈夫ですよ?」
「では、急いで片付けて来ます」
「待つから丁寧になー」
そう声をかけたが、屋敷の中へと急いで入って行ったので伝わったかどうか。無いと思うが、下手に急いでぶち撒けたりしないで欲しい。こういう時は丁寧にやった方が普通に早かったりするんだ。NPCだってそういう失敗するらしいしな。クローナは5分程で戻ってきた。
「お待たせしました」
「そんなに経ってないぞ」
「じゃあ行きましょう!」
目的地は夏イベの舞台の村と群島の間ぐらいの海域だ。正確にはそこから少し北に行った辺りだそうだ。俺とクローナがいればこの辺りの海域に出るモンスターなら十分に対処出来るだろう。
「この辺ですか?」
「……はい、大丈夫です!」
「じゃあ準備……分からんから指示頼むわ」
「分かりました!」
クルト主導で釣りの準備を進める。進んでいる間に何隻か釣りをしているプレイヤーもいた。そういう場所なんだろうな。
このゲームの釣りは中々にシビアらしく、きちんと場所やら何やら考えないと何も釣れない事はザラらしい。まあ現実の釣りだと思ってすれば良いそうだ。
地上なら間を置けばリスポーンするけど、海はリスポーンしてもやり過ぎると寄って来なくなるとか。そんな感じで、釣りのマナー的なものが出来たらしいが、ゲームでもある為賛否両論の様だ。まあそもそも釣りをしない俺にとっては、そこまで関係無いけど。1日してみるぐらいなら特にどうという事もあるまい。
「クローナは乗り気みたいだけど……?」
「はい、私自身今まで海に来た事が無かったのでこういう事は初めてでして」
「ああ、薄まるとか何とかって」
「はい、なので機会があればしてみようかと思っていたので、クルトの提案はありがたかったです」
「丁度良かったのか」
未だに薄まるとかの理屈は分からないが、そこは置いておいてチャンスがあってそれを利用出来るのは良い事だ。釣りを楽しいと感じるかどうかは分からないが、1度やってみるのは自由だ。
クルトは予備の釣竿を結構を持っていたみたいで、間隔を空け、3人1列に並び魚がかかるのを待つ。何か目ぼしい釣果があれば良いのだが。
「あー……暇だな」
「釣りなんてかからない時はこんなものですし……入れ食い状態なんて、それはそれでとても厄介ですよ?」
「そんなもんか……そういえば御目当てのレアな魚ってどんなのなんだ?」
「それは、黄金の魚がいるらしいんです」
「黄金……それはまたベターな……」
「どの様な見た目なんです?」
「えっと、30センチぐらいの、アジに似た見た目だそうです」
「黄金のアジか……どのレベルのレア度何だか。見た目は詳細に分かってるんだな?」
「1匹釣られたらしくて、存在が確認された様ですよ?鑑定結果によると、煮ても良し焼いても良しだとか。丸齧りしても美味しかったとかで……」
「食用かよ。というか、そんな見た目の魚を丸齧りしたのか?恐ろしい話だな……」
「そうですよね……」
黄金の魚を丸齧り。勇気のあるというか、ゲームだからこその無茶無謀だな。鑑定で食用なのは分かっていても普通しないだろう。というか調理しろよ。釣れたのが1匹だけなら釣れる確率は大分低いか。
「あっ」
「何か来たみたいだな」
クルトの釣竿に反応があった。釣竿のしなり具合からして中々の大物みたいだ。
「せいやっ!」
クルトのSTRであれば手助けはいらないだろう。実際にクルトは少し手間取ったみたいだが、糸を巻き取りかかった魚を釣り上げた。釣り上げた魚は反応に見合う中々の大物で、大きさはクルトぐらいあった。そして体からは人間のものの様な足が生えていた。
「いやお前かよ、【抜刀】」
「つ、釣れるんだ……」
「……面白い見た目ですね」
まさかのイベント限定モンスター、しかもレア。レアはレアでもこっちが出るか。というか、釣れるんだ。超シュール何だが。まあ気を取り直して、続けよう。
「結構時間経ったな」
「……そうですね、そろそろ……」
「あ、来ました」
「じゃあクローナさんが釣り上げたら終わりにしましょうか」
「では素早く……はっ!」
「えっ」
「え?」
この数時間で釣りにも慣れたクローナは、見事な釣竿捌きでかかった魚を釣り上げた。その魚は多少傾いてきた太陽の光を受け、小ぶりながらもその体を黄金に輝いている。
「ここでか……」
「凄い、凄いですよ!クローナさん!まさか釣り上げるなんて!」
「ま、まさかこうなるとは……」
珍しい感じにクローナが慌てふためいている。色々とレアな光景が広がっているなあ。
それにしても、釣れた魚は見た目が酷い。黄金というか金メッキみたいだ。体に悪そうだな……目的の魚なのは鑑定で間違いない様だが、よく齧れたな、これ。
「どうする?」
「あ、そうですね……では持ち帰って調理しますか」
「あ、食べるのね」
「2人ももちろん」
「そうですか、楽しみです!」
まあ腹を壊す事は無いだろうし、ご同伴に預かるか。
後で出てきた料理も黄金色だった。まあそれを無視出来る程美味かったけど。




