第十七話 備えあれば憂いなし
「まさかこうなるとはね……」
「しょうがないだろ、これは」
いきなり暴風雨が起こって、土砂崩れで電車が止まり、帰れなくなるとは誰も思うまい。そもそも予報に無かったのだし。ホテルは2人部屋と4人部屋が丁度空いていて運が良かった。後で金を払って貰えるにせよ、6人いれば素泊まりの料金ぐらい払える余裕がある。
1つ不満があるとすれば、夕食がカップ麺な事ぐらいか。状況からして更衣場に併設された売店で買うしか無かったからな。まあ仕方ないし、前向きに考えればこれはこれで味がある。流石にこの豪雨の中、コンビニに行く勇気は無い上にホテルの食事は……ちょっと料金が。
「それで、明日に復旧するんだっけ?」
「そうみたいだよ。あと数時間で止むみたいだから、昼前には再開するんじゃない?」
「そりゃ良かったなあ」
「それまで暇だね」
「じゃあこれだろ」
「そうだよね」
カバンからVRゲーム用のハードを取り出す。一応持ってきた訳だが、本当に使う機会があるとは……結果オーライだ。
「あ、一応百合達に連絡入れとくね」
「え?あー、その方が良いか。頼んだ」
プレイしている間だと、連絡があった時にラグが起きるからな。直接こっちにきた場合も応対出来ないし、外部メールは処理の関係で数分遅れるし。
「……あ、西田さんも持ってきてたみたいだけど、今日はログインしないってさ。坂下さんはそもそも持ってないみたい」
「そりゃそうか」
今日の予定だと持っている方が不自然だ。西田さんについては、4人の内1人だけ別でゲームするのもおかしいだろうからそういうものだろう。
ベッドに横になりログイン。ホテルなのでインターネット設備は完璧だ。目を覚ますと、屋敷の自分の部屋だった。いつも通り持ち物を確認し、下へと降りる。同時にログインしたショウも同じタイミングで部屋から出た様で、とりあえず2人でモモ達がいるであろう談話室へと入る。
「ああ、マスターかい」
「あ、こんにちは」
「クルト達もいたのか」
部屋の中にはモモ、クローナ、クルト、アゲハがいた。テーブルの上にはチェスセットがあった。対戦していたのはモモとクルトの様だった。
「何でチェス?」
「ああ、それは……」
クルトによると、クエストの関係でアゲハが貰ってきたらしい。報酬に含まれていたのではなく、ただ貰っただけとか。クエストはプレイヤーメイドの物みたいで、当人が要らない物わ色々貰ったそうだ。
それにしても、モモやクローナはチェスを知っているんだな。流石にそこまでのオリジナル要素は無しか。確かにあっても無くても問題無さそうだし。
「それで、戦績は?」
「それがモモさん強くて……1回も勝てなかったです」
見た所、モモ側の駒のいくつかが端に寄せられていたのでハンデはあるみたいだったが、それでもか。NPCとはいえ、その辺はちゃんと設定されているだろうしまあ相手が悪かっただけか。弱いNPCに学習させたら強くなりそうだな。
「どうだい、マスターもやるかい?」
「そうだな、1回……あ、海の方は何か進展あったか?」
「いや何も聞いてないけど」
「僕達も聞いていません」
「そうか」
朝にショウに情報を聞いてから結構時間が経ったけど何も無いか。厳密にはここまで情報が起こる程の進展がな。じゃあ暇潰しをしても問題無いよな。ゲームの中で更にゲームか……まあ別に良いか。不思議な気分にはなるけど。
「じゃあ僕はちょっと聞いてくるよ。コウは頑張ってね」
「え、おう」
ショウはイベントの村の方へと行くみたいだ。まあ来ないだけで、現地で何か起きてるかもしれないからな。そこは色々と万能なショウに任せておこう。
そして、俺はモモとチェスで1戦。定跡は知らないが、駒の動かし方は1通り覚えている……既に負けそうな感じがするな。さて、高校生(成り立て)の頭脳がどこまで通じるかな。
「ほら、チェックメイト」
「……ま、まあ勝てないわな」
「け、けど僕の時よりは時間がかかっていますよ!」
「それはフォローしているつもりなの……?」
全戦全敗、最終的にはクルトと同じハンデ貰ったのに勝てませんでした。クルトは自分より時間がかかっていると言ったが、ただ足掻いているだけなんだよなあ。まあ善意100パーセントで言っているみたいだから素直に受け取っておこう。
それにしても、モモは強いな……NPCなせいなのか、それともスペックが高いのか。他のNPCとチェスをする機会なんて無いから良く分からない。このゲームはチェスゲームじゃないし。
「では、マスターの仇は私が討ちましょう」
「ちょっと、なんでアンタがそっちにいるんだい」
「おや仕えている主人の仇討ちをするのは当然でしょう」
「死んでないのだが……」
「そもそも主人を死なせるんじゃないよ……」
「も、ものの例えですよ……!とにかく倒して見せましょう」
「まあ良いさ、返り討ちにしてやるよ」
「望む所です」
「頑張れ〜……」
なんやかんやでモモとクローナの対決となった。モモが強いのは照明されているが、果たしてクローナはどうなのか。脳筋という事も無いはずだし、どういう結果になるんだろうか?
「むむ……」
「うーん……」
「凄いな」
「凄いですね」
「どうやったらこうなるのかしら」
えー、20分ぐらい経ったが勝負はついていない。プロの対戦みたいな状況だ。いやー、思っていたより凄い。凄いという事しか分からないけどな。それ程までに勝負は拮抗している。下手するとあと数時間はかかりそうだけど、駒も少なくなってきてるしそろそろ終わるか?いや、2人とも一手にかける時間が増えてきてるから、時間制限でも設けた方が良いかな。いつまで経っても勝負がつかなそうだ。
更に数分が経った辺りで、ショウが戻ってきた。そういや、結構じかんたってたな。
「ただいまー……何この空気」
「いや2人がチェスでな」
「まあ見ればそれは……何だこれ」
クルトが時計を持ってきたので、持ち時間を決めて打たせている。ちゃんと公式ルールを調べて設定したので、それっぽくなっている。
「それで、随分と遅かったな」
「あーそれね。行ったはいいんだけどさあ、ちょっとタイミング悪くて捕まっちゃったんだよ」
「何だそれ」
詳しく聞くと、本自体は読み終わっていたらしく、その情報の整理をしていたところだったらしい。そしてそのタイミングでショウが来たので、整理を手伝わされたとか何とか。まあ見返りとしてタダでその辺の情報を仕入れられたみたいだから結果オーライだ。本人は少し疲れたみたいだったけど。
「お疲れさん。それで情報は?」
「ああ、これにまとめておいた……でももう少ししてからでいっか。時間もまだあるし」
モモとクローナの対局を見ながらそう言った。時間があるとはなんだろうか、2人の対局の事か?まあショウがそう言うなら待ってみよう。結果も気になるし。




