第十五話 ニアミス
坂下さんと合流しようとしたら、男2人に声をかけられていた。
俺より確実に歳上だろう。見た目はウェーイとか言ってそうな感じはしないが、肌は日に焼け頭にサングラスをかけていていかにもそれっぽい。
一瞬知り合いとか、ライフセーバー的な人の可能性も考えたが服装や、そも坂下さんが困っている様な表情をしているのでその可能性は皆無だ。
坂下さん美人だからなー、よくよく考えれば声をかけられる可能性は十分にあった。考慮してなかったな、俺の落ち度だ。後で謝らないと。
そもそもこんなあからさまな感じのナンパとかあるんだな……初めて見た、絶滅危惧種かもしれないが、保護する必要は多分無い。
というか、困っているのは間違い無いのだからだから助けないと。助けないという選択肢は色々な意味でありえない。どうやって……こういう時は一目散に逃げるか、なんでもない風に自然に連れて行くとか。
うーん、ここで考えていても仕方がない、なんかこう、良い感じに!
「その……」
「少しだけ、少しだけだから!」
「こ、琴音〜、お待たせ〜……」
「あ!あ……鋼輝くん、遅かったですね」
良し、察して乗ってきてくれた。2人組の方は急に現れた俺に向かって訝しげな視線を向けてくる。
「君誰?」
「友人ですけど……待ってるから行こうか」
「は、はい!」
「いや、僕達と話してるんだけど」
胡散臭い表情でこちらを排除しようとしてくる。明らかに年下だから舐められてるなあ。面倒臭い。行こうとしてるんだから引き止めるなっての。逃げてー、けど置いていったら人としてアウトだし、この先の関係が酷い事になる。翔斗からは馬鹿にされるだろうし、池田から制裁が降るだろう。
「いや、親とか待たせてるんで」
「い、行きましょう」
「ちょっと待てよ、話してるって言ったんだろ」
「きゃ」
男の1人が焦った様に、坂下さんの肩を掴んだ。
ああもう、殴りてー!物理的手段を取るんじゃないよ。それに必殺「親がいます」アピールも通じないし。他の連れがいるとかならまだしも、親がいると言っている奴に対して粘るんじゃない。あー、警察呼びたいけど、端末は翔斗達がいる所に置いてきたんだよなあ。数分で済むからって置いてくるんじゃなかった。ああ、悔やまれる。
逃げ様にも、ここまで来ると追いかけてきそうだしな。大人だからタッパも俺よりデカいし、筋肉もそれなりにあるみたいだ。しかも2人組。ゲームの中の様に動けりゃ世話無いが、生憎ここは現実だ。坂下さんも、運動が出来ると言ってもそれは女子の範囲でだ。
ここは人が全くいない訳ではないが、何故かあまり目立っていないので、助けが来る可能性は少ない。監視員でも通りがからないかな。
「ほら、ちょっと話そうよ。なんならソイツも一緒で良いからさ」
「あの待たせている人がいるので……」
「じゃあその子達も一緒にさ」
「そうそう」
嘘だけど親いるって言ったのもう覚えてないのか。一緒にって恐ろしい絵面になるぞ。というか俺を無視して話し始めたな……一か八か走ってる逃げるか?いや、坂下さんの肩を掴む手に力は入れていない様だが、そう簡単に離す事はないはずだ。
チラチラと坂下さんがこちらを見てくるが、何も役に立たない自分が恥ずかしい。この声を大にして拒否したところでこいつらが立ち去る訳もなし。
「あー、いたいたぁ。遅いじゃんか」
「え?」
つり目で短髪の女性が後ろから俺と坂下さんに触れてきた。全く知らない人で、男2人の知り合いかと思ったが、そうでもない様だ。今度は誰ですか……?
「で、アンタら誰……まあ良いや、行こうか。遅いから心配したよォ」
急展開すぎて若干思考が追いついていないが、女性はそのまま俺達を連れて行こうとする。ナンパ男達もついていけてないようで手が坂下さんの肩から離れた。
「あ、ちょ、ちょっと……じゃあお姉さんも一緒に話さない?俺達奢るよ!」
「あ、ああ!」
2人はまだ粘ってくる。どれだけしつこいんだ。振り返った女性は目を細め、心底嫌そうな表情で威圧感を出した。
「私達は身内で楽しんでんだよ……邪魔」
女性の出す雰囲気に気圧されたのか、男達がたじろぐ。あと俺と坂下さんも。殺気みたいなのって本当にあるんだなあ……フィクションオンリーかと思った。一体何者なんだこの人……どっかで、いや分からん。
「あ、いや……じゃ、じゃあ邪魔しちゃな?」
「ああ、そうだな……はは……」
気圧された男達はそのまま逃げる様に去って行った。はあ……乗り切った。ほとんどこの人のおかげだけど。あれ、結局何の役にも立ってなくないか俺。恥ずかしっ。
「はあ、やっと行ったか。しつこかったねぇ……」
「あの、ありがとうございました」
「助かりました」
「ん?いや別にねぇ、たまたま目に入っただけだし……あの手の輩は少し睨めばすぐに逃げるからね、ハハハ」
「それはアンタだけでしょ……どこに行ったと思ったら」
「ああ、杏奈」
もう1人女性が近づいてきた。茶色の長髪を後ろでまとめていて、片目が前髪で隠れていた。そして手にはイカ焼きを2本ずつ……インパクトが凄い。
というか茶髪の女性が言う通り、睨んで人が去って行くのはこの人ぐらいなものだろう。俺が睨んだところで屁にもならないだろうし。喧嘩を売ってきたと思われて、暴力沙汰になったら目も当てられない。助けてくれた短髪の女性はイカ焼きを2本受け取り、俺達に渡してくる。
「ほら、迷惑料だよ」
「いやいや受け取れな……そも逆でしょ!?」
坂下さんも同意する様に首を横に振る。何故かこちらが施されているのか。礼をするのは俺達の側のはずなのに。
「ああ、それはそこで買った奴だから問題無いよ」
「いやそう言う問題じゃ……」
「じゃあ行こうか」
「良いの?」
「良いんだよ、それじゃあね」
「あ……ありがとうございました!」
返す暇もなく行ってしまった。このイカ焼きどうすれば良いんだ……確かにそこの海の家で売っている物みたいだが、赤の他人から貰った食べ物ほど怖い物は無い。まあ捨てるのは勿体無いし、食べるしか無いか。流石に変な物は入っていないだろう。よく見ても変な痕跡は無いみたいだし。
「格好良かったですね……」
「そうだな……あっ」
坂下さんの腕を掴んだままだった。急いで手を離す。
「掴んだままですみません。後は呼び方……それに役にも立たなくて」
「い、いえいえ、助かりました!本当に!」
「え、ど、どうも……?」
完全に気を遣われているな……情けね。自分の事を棚に上げる様だが、怪我が無くてよかった。ここにいてまた同じ事が起きると困るので、さっさと翔斗達の元へと戻ろう。
「じゃあ戻りましょうか」
「あ、はい……あの」
「はい?」
「さっきの名前はそのままでだ、大丈夫です」
「……はい?」
「ええと、ほら、ゲームだと名前呼びじゃないですか」
「ああ、そういえば」
確かに下の名前そのまんまだったっけ。完全に分けて考えていたから気にしていなかった。そう考えると……いや面倒臭い事になるから止めよう。本人が良いなら良いのかな?
「じゃあ戻りましょうか、こ、琴音さん」
「はい!」
「珍しいね、わざわざ助けるなんて。知り合い?」
「いや別に?」
「え?じゃあ……あ、また?」
「そうかもしれないし、間違いかもしれないけどねぇ……いやー、青春だ」
「……言ってる事ババ臭いよ?」
「首絞めるぞ」
「というか、アンタその見抜く癖止めなさいよ、面倒事になるかもしれないんだし」
「そう言われても何となく分かるからなあ……それにそうそう起こるもんでもないし。てかイカ焼きくれよ」
「アンタの分はあの子達に渡しちゃったでしょ?」
「ええ……格好つけすぎたかな。買ってくるか」




