第九話 特に感慨とかは無い進水式
1日挟み、ユーマから船が完成したとの連絡が来たそうだ。メンバーは全員揃っているので、早速進水式だ。まあ都合上収納アイテムから出してボチャンと浮かべるだけなので風情もクソも無いが。
ユーマと合流してから、村がある海側の船着場へと向かう。そこは船着場としては1番の規模なのでスペースに余裕もあり、またモンスターも出ないので安全に試せる。
辺りを回してみると俺達と同じ状況なのか、真新しい船を囲むプレイヤーが多い。大体は小型船、中には中型の物もあるが、大型船は見かけなかった。まあコストは莫大だろうし、必要になるのは大手クランぐらいだからな。NPCの船は……そもそもが少ないよな。
「元からあったんだろ?何しにこの船着場を作ったんだろうな?」
「さあ……まあ今はプレイヤー用みたいだし、深く考えるだけ無駄でしょ。大人の事情だよ」
「そういえば別の大陸とかあったりするんでしょうか?」
「大型アップデートとかじゃない?」
俺達の船が出せる程度の広さのスペースを探しながら、そんな話をした。大勢いるので、多少目立ったが、それはしょうがないか。
「……まあここぐらいか」
「簡単に海に出れそうだし良いんじゃない?じゃあよろしく」
「おう……あー、改めてユーマだよろしく。じゃあ早速出すぞ」
ここで焦らす意味は無いと、ユーマはさっさと船を取り出した。海の上に浮かんだ船は、俺達の要望通りで、その仕上がりに文句はある者はいない。見た目は完全にリアルにある様なクルーザーなのでここだけ切り取れば現実にいるかの様だ。まあ当たり前だが、そんな事にはならないけど。
船になるのは俺を含めて8人。その人数が乗ってもくつろげるぐらいには十分な大きさだ。
「へえ、キレイですね」
「ああ、そっちが高品質の素材を寄越してくれたおかげで、作業も上手くいった。動力の方も中々の出来になったと言っていたぞ。最近は依頼が増えたから、レベルも上がったし現状としては最高に近い」
「それは良かったよ。あんまり苦労してないんだけどね……」
「素材はアポロさんだし、金はまとめて払えたしな」
「本当にとんとん拍子で上手くいったんだよなあ」
運が良いみたいで何よりだ。こうしてすぐに出来上がったのも、それが理由みたいだ。動力部は外注だが、そちらも上手くいったみたいで、万々歳としか言えない。そちらもユーマと同じくレベルが上がっていたんだろうな。
「さて、仕様やら注意事項とかだな。早く乗りたいだろうけど、一応説明をしとかないと面倒でな。マニュアルはあるんだけど、読まない奴が多くてなあ……最近それ関係の事故が増えてんだよ」
「ああ、なるほどね……」
説明をあまり聞かずに事故を起こして、クレームが入るとかかな。未だにそういう奴がいるんだな。
俺は説明書はとりあえず本当に大事な所だけ読んで、後は流し読みするタイプだ。まあどうでも良い所で失敗して読み返すのだが。取り返しはつくものばかりだったから大丈夫大丈夫。
ユーマはショウとそれなりに付き合いがあるので、変なクレームを入れる様な事はしない事は分かっているだろう。一応説明したという事実は大事だろうし、口で説明してくれた方が分かりやすいからな。
「まあまずは操縦に関してだが、そっから見えるハンドルでする。癖に関しては遅めに動かしながら慣れてくれ。船は急には曲がれないし止まれないからな。派手な動きをしたきゃ水上バイクでも買ってくれ」
「水上バイクがあるのか……」
「リアルにある物は大体あるぞ。バナナボートとか……流石に戦艦は無いが」
「あったらびっくりだよ……」
戦艦ってどこで使うんだか。というかバナナボートって何で作っているんだ?プラスチック無いだろうに……いや頑張ればイチから作れなくも……わざわざそこまでするプレイヤーいるのか?
少し話はずれたが、説明の続きを受ける。船の強度は結構あるらしく、モンスターに多少に攻撃されたぐらいじゃびくともしないらしい。もちろん何回も受ければ傷つくので、専用の物でも無ければ基本は戦闘を避けてほしいらしい。
「でも、海に出てれば戦闘になる事はあるだろうけど?」
「まあそれはしょうがないんだけどな。出来ればだよ。中型船や大型船ならまだマシで、小型船は本当におすすめしない。まあ魔法で何とかするのをおすすめするよ」
「ああ、なるほど」
小型船を選んだのは俺達なので、大人しく従っておこう。ちゃんと実例に基づいた助言の様なので、守る意味はちゃんとある。せっかく良い出来の物なのだから、壊したら勿体無い。
「あとは、中のスペースはそれなりにあるが、設備とかは自分達での何とかしてくれ。基本的な物は付いてるけど、付け替えも出来るぞ」
今度は船の中で説明を受けた。中は完全にリアルっぽい感じだな。まあクルーザーの中なんて見た事ないけど。設備は……万が一の時のベッドとか……冷蔵庫とかか?ログアウト自体はどこでも出来るが、回復はしないからな。冷蔵庫に関しては適当な物を用意すれば良いし、そも無くても構わない。
「最後に動力に関してだな」
「1番重要だね。実際どのくらい持つの?」
「良い出来だからな、数値換算で、3万ぐらい入るらしい」
「3万……」
「普通は満タンにならないだろうが、ちょくちょく溜めて損は無いぞ。安全装置も付いてるらしいから、それで壊れる心配も無い」
「3万か……モモは?」
「余裕で入れられるよ、大丈夫」
「魔力の量はダントツですからね」
「あ、ユーマ」
「え、なるほど。俺は何も聞いてない。一介の船大工は関わらない!」
そもそも合流した辺りから普通のNPCでは無いと思っていた様だが、確信になってしまった。気軽にモモに聞くんじゃなかったな、失敗した。
まあそこら辺の理解はある様で、ショウとイプシロンが付き合いがあるのを知っているのか無関係を主張した。
ヘマをしたのはこちらだけど、余計な事にならないのならありがたい。
「ま、まあ良い出来の船が十全に使われるなら良いさ。あとはギミックとして溜めたMPを10倍消費して3倍の速度が出る」
「10倍で速度が3倍か……」
「それに長時間使うとオーバーヒートして、しばらくスペックがガタ落ちするし、もちろん連続で何回も使うと壊れるからな」
「まあそうだよね」
一応の加速装置もあるみたいだ。まあ仕様からして万が一の時にしか使わない方が良いな。モンスターから逃げる時用だろう。
それにしても、良い出来なのに、イベントぐらいでしか使わないのは勿体無いな。他に水場で用事があれば良いんだが……まあその内出来るだろう。
「あとは何か質問あるか…………無いみたいだな。んじゃ、納品も説明もしたからな。これマニュアル」
「ああ、どうもね」
「依頼だからな、イベント頑張れよー」
合流した時に全額払ったので、ユーマはそのまま帰って行った。
早速モモにMPを充填してもらい、全員で乗り込んで海へと出る。
この辺りはイベントモンスターは出ないが、普通のモンスターは出る。まあそこまで沿岸に出ていないので、遭遇率は大分低いそうだけど。
船のチュートリアル場所としては最適なので、ここで操船の練習だ。今はクローナがしているが、全員出来る様にしておけば心配いらないからな。




