第三十話 仲良し、全負け
「えっと、武器は何を使うんでしょうか?」
「そうですね……」
素性からして、非戦闘のNPCという事は無いはずだ。武器が無いだけで、それなりのスペックはあるみたいな話だったしな。
「んー、まあそれは後で良いんじゃないかい?そもそも今は体が鈍っているんだろうし」
「確かに不調は無いですが、万全ではないですね」
「それにマスターに名前をつけてもらうのが先だろうし」
「俺がつけるのは確定なのね……」
「よろしくお願い致します……御主人様」
「え?」
「おい」
「私達には、主人は必要でしょう?」
「む……いや、マスターと呼ぶ必要は無いだろう?」
「そこは私の勝手でしょう……?」
マスター呼びに突っ込みたいが、それはどうにもならないんだろうなあ。他の人に押し付けられないかと、ショウ達の方に視線を向けると逸らされた。
というか、俺が結局名前を考えるのか……本当にどうしよう。ネーミングセンスを期待されても困るのだが……ネットで漁れば良いのか?
それより、黒女が俺をわざわざマスターと呼ぶのは多分モモと張り合っているからか?モモの方も不機嫌になっているのは、黒女がそのつもりで言っているせいか。ややこしい事になってきたな。
「おい」
「やだよ、頑張ってね」
「ちっ」
分担すれば上手くいくんじゃないかと思ったが、そもそも無理か。まあ良いや、しばらく様子を見て目に余るようなら対処……出来るかなあ。
あれから数日経ったが、黒女には目を覚ました翌日には元気に動いていた。1500年ぐらい地下であの状態だったのに、よく動けるものだ。最近は屋敷の掃除などをしていて、合間にクルトと相談をしながら色々な武器を振るったりしている。
アゲハが最初に用意した服は何故かメイドふくて、その後にも色々着せ替えを楽しんでいたみたいだったが、結局メイド服に落ち着いた。何故メイド服なのかと聞きたいが、そこは突っ込んでも仕方がない。着せ替えしている間に女性陣と打ち解けたみたいだ。
数日経っても名前が決まらないので、たまにジロリと視線が来る。まあ7割ぐらい冗談な感じなのでまだ気が楽だが、そろそろ決めないとな。こうまでリアルなゲームだとNPC相手に下手な名前をつけられない。天使関係でネットを検索してみても、大体何とかエルだし、そもそも他人だからアウト。和名はビジュアルに合っていないし、外国の女性名を調べても勝手が分からないから付けようが無い。変な名前をつけると秒でミンチにされそうだし。そんな感じで数日経っているわけだが、どうしたものやら。下手にモモや他の人に相談しても、バレたら面倒な事になりそうだ。
話は変わってモモとの様子を見ていると、特に険悪になったりする事は無さそうだった。たまに口喧嘩みたいな事をしているのを見かけるが、喧嘩するほど仲が良いみたいな感じだった。若干小学生かと思う様なレベルになっていたりするので、関係に関しては安心だな。少なくとも1500年ぶりに友人というか、姉妹みたいな存在と再会したのだから色々とあるのだろう。
そして今現在、天使は剣2本を構え俺と打ち合っている。お互いに持っているのは刃の無い模擬剣だ。ちなみに場所は屋敷の庭だ。
そして気になるのが、武器を作る担当のクルトはともかく、まあモモも良いとして、ショウ、コトネさん、アゲハ、それにアポロさんがいる。更には何故かシャーロットとメイドさんまでいるんだが。多くない?というかシャーロット達はいつ来たんだ、始めた時はいなかったと思うのだが。
「そこっ!」
「うおっ!?」
何より、黒女が強い。1500年以上のブランクはどうしたのやら。今も黒女が持っている剣が俺の頬を掠めた。「聖水」を使っていた割に、武器を持った近接戦闘が得意だとは思わなかった。ガブリエルと戦闘スタイルが違いすぎるだろうと突っ込みたい。もうスキルを使っても良いんじゃないと思うのだが、流石にそれで負けると俺の立つ瀬が無い。それにそこまでして勝つ気は無いし。まあモモにも1対1では勝てないだろうし、強いNPC相手じゃしょうがない。
「そ……りゃ!」
「甘いです」
反撃しようと剣を振るが、上手くいなされ首に剣を突きつけられてしまった。
「天使さんの勝ち〜」
「また負けた……」
「いえ、最初よりも大分動きが良くなっていますよ。それに守りに入られるとこちらの攻撃は全く当たりませんし」
「見えはするんだけどなあ……」
黒女の方は片手剣、大剣、槍など変えながら模擬戦をしていたが、結局1度も勝てなかった。悔しいと言えば悔しいが、まあ勝てないプレイヤーやモンスターの経験は山程あるので、しょうがないという気持ちの方が大きい。そもそも4次職にもレベルが100にもなってないしな。ちなみにアポロさんが相手をしたところ、普通に勝っていた。流石としか言いようが無いな。
「それで、何にするか決まったか?」
「いえ……やはり1つの武器を扱うのは向いていない様です」
十分強いと思うのだが、本人によると力任せで何とかしているだけらしい。
まあ元々のスタイルが「聖水」による様々な武器での攻撃だからな。その結論には納得だ。
「お疲れ様です」
「え、ありがとう」
コトネさんがよく冷えたジュースを渡してくれた。胃に入り体が冷える感覚は無いが、口と喉に冷えた液体が通る感覚はあるので運動後としては中々に乙なものだ。しかも美味い。
薬士系統の生産設備を使えばこんな事も出来る様だから面白いな。同じ薬士系統のプレイヤーに聞いたネタみたいなものらしい。
「で、何で王女様はここにいるんだ?」
「たまたま寄ったら何やら面白い事をしていると思ってな。負けていたが、なかなか良かったぞ」
「それはどうも」
いつもの如く、何の用事も無く来たのか。それなら特に気にしなくて良いし、満足したらその内帰るだろうし。
「でも困りましたね。試していないのは、あとは遠距離武器ですけど」
「いえ、それはあまり……」
「まあ向いていないだろうねぇ」
向いていないと言うのは弓や銃の事で、直接投げるのは大丈夫らしい。まあ水女の時も、ナイフを飛ばしてきたりはしていたが、弓を作って番たりする事は無かった。剣などと違って、そもそもの経験が無いのもあるのだろう。
「あの、やっぱり機甲武装はどうでしょうか?」
「ちょっとお兄ちゃん、自分の趣味に……」
「いやいや……!」
とりあえずクルトの提案を聞いてみる。機甲武装については刀に向いていないみたいだったので詳しく聞いた事が無かった。
機甲武装はギミックの1つに変形する物があるので、そこにリソースを割けば、数種類の武器を使う事が出来るらしい。そこまで武器を増やすと、攻撃自体は普通の武器と変わらないが、良い素材を使えば耐久値も問題無いレベルにまで上がるらしいのでどっこいどっこいだろう。
クルトはいつの間にかサブジョブを『技師』という専用の3次職に変えており、その熱量が窺える。
「それなら擬似的に、再現が出来るねぇ」
「そうですね、それなら」
数種類を扱うなら、これが最善の選択かもしれないな。とりあえず武器はその方向で行く事となった。
「あとは名前だけだねぇ、何がないのかい?」
「あー、一応考えたんだが……クローナっていうのはどうだ」
「クローナ……?」
「んー……まあ良いんじゃない?」
「そうですね、ありがとうございます」
周りのみんなも良いんじゃないかという反応をしているので良かった。はあ、1発で決まって良かった。
「改めてよろしくお願い致します、マスター」
「ああ、よろしく」




