第二十八話 アルカディア
あれから数日経ったが、黒女はまだ目を覚まさなかった。大丈夫なのかと心配になるけど、こういう時は長い目で見た方が良いはずだ。
それにしても、未だにあの女性に名前が無いのが不便だ。いつまでも黒女呼びは何とかしたいのだが、モモに相談しても駄目だった。ガブリエルと呼ぶわけにもないので、この先も黒女と呼ぶしかない。
黒女の世話はモモが甲斐甲斐しくしている。仲の良さに関してはノーコメントと言っていたけど、まあはっきり言うと恥ずかしいとかそんな感じの関係なんだろうな。
姉ポジションを自称していたりと、色々知る事はできたが、世界観関係は新しく知れた事は全く無い。ウリエルに言われたアルカディアの事とかはまだ知るには早いという事なのだろう。七大罪の悪魔がプレイヤー側に揃っていない時点では何もできないみたいだし。
「んあ?」
色々とテキトーにレベル上げをしていたら、アポロさんから連絡が来た。珍しいな、アポロさんがこの機能使うのは。プレイスタイルのせいですれ違う事が多いが、そもあまりこうして連絡する事が無いから、使う機会が無かった。
「どうかしました?」
『えっと、黒女さんが目を覚ましたそうです』
「え、本当ですか?」
『はい、連絡しないわけにもいきませんし……あ、コトネさんはそちらに向かっていて』
「なるほど……俺もすぐに行きます」
『分かりました、伝えておきます』
いきなりの連絡だったな。とりあえずレベル上げを中断して、急いで屋敷へと戻る。馬車システムは速いのだが、設定された時間通りに運行しているので待つ時もある。転移とか出来れば良いんだけどな、そんな魔法は無いらしい。レベル上げでフィールドの奥深くまで行っていたから町へ戻るにも時間がかかった。
HPが多少減っているが、それは【フラジャイルクイック】を使ってAGIを上げたは良いけど、こけて酷い目にあったなんて事は無い。ちゃんと帰るまでの時間は短くなったから問題無し。
「あ、お帰り……何でHP減ってるの?」
「……レベル上げやってれば減る事もあるだろ」
「ふーん……まあ良いか」
屋敷に戻り最初に会ったのはショウだった。相変わらず目敏いな、俺のHPが減っている事に気づいて指摘するんじゃない。普通の理由を言ったはずだが、何やら察してそうだ。長い付き合いだとほんの少しのニュアンスで気づくから厄介だ。
「で、モモの部屋?」
「うん。まあ動いていなかったからね」
クルト達もその部屋にいる様だ。ショウは待っていてくれた様で、2人で部屋へと向かう。病人を大勢で囲むのはどうなのかと思ったが、当の本人がここの住人ぐらい知っておきたいと言っていたそうだ。まあしばらくここにお世話になるのは確定だからな。
部屋の前に着き、ドアを開けようとしたらその前に勢いよくドアが開いて危うくぶつかりそうになった。
「うわっ」
「きゃ、あっごめん!」
ドアを開けたのはアゲハの様だった。そしてすぐに何かの紙を持ったまま廊下を走っていった。
「あ、コウさん戻ってきたんですか」
「ああ……あ、どうも」
「あなたが、モモの……」
黒女はベッドの上で半身を起こしている。何かジロジロと見られているが、俺がモモの……アスモデウスの契約者だからか?そこまでジロジロと見られると居心地が悪いが、少し我慢するしかないか。
「アゲハちゃんはどうしたの?」
「この人の服を作ってくれるみたいで……」
「ああ、そうなのか」
アゲハが急いでいたのはその為か。まあずっと傷んだ服だものな、まともな衣服の1つや2つは必要か。
俺がジロジロと見られている間に注目されていないショウは、するりとコトネさん達の方へと移動していた。俺は関係無いみたいな感じで移動するなよな。
「えっと、それで……?」
「いい加減ジロジロ見るのを止めたらどうだい?」
「あなたが契約したというのだから気になるのは当然の事でしょう?コウさん……でしたか?この度はお世話になりました、他の皆さんも」
「いや、礼を言われる様な事は……」
随分丁寧な人なんだな。見た事があるのが正気じゃなかった時と、モモの姉妹とかいう発見で、少しイメージと違った。
「あれ、そういえば翼は?」
「それなら……この様に?」
「ああ、しまえるのか」
今気づいたが、翼が無くなっていた事に気づいた。聞いてみたら背中から翼が出てきた。しまえるタイプなのね、それはそれで外に出る時に面倒が少ないな。
「それで……あー、大丈夫なのか?」
「記憶が混濁してるって事も無いみたいだし……あんなになってた割には何の異常も無かったよ」
「ええ、私としてもおかしいと思う所は特に」
「なら良かったか」
特に異常が無いなら、一先ず安心だな。古い知り合いのモモが言うならこの先何かあるとしても大丈夫だろう。
そういえばまだ立ったままだったので、置いてある椅子の1つに座ろうとしたら玄関のベルが鳴った。というかその直後にドアが開く音がした。この買って知ったる我が家レベルでこの屋敷に入る人物に心当たりは1人しかいない。来た理由もお察しだ。
「てか早く……いや、タイミングが良すぎないか?」
「そうですよね……?」
「まあ知る手段ぐらいは用意しているとは思ったけどねぇ……」
「……?」
一応まだ誰だか分からないが、モモは探知系の魔法で分かっている様子だ。黒女は、そりゃ分からないから困惑するよな。
少し待つとドアをノックする音が聞こえ、ドアを開けるとそこにいたのは予想通り、シャーロットとメイドさんだった。
「随分とタイミングが良い様で」
「まあそちらも予想通りじゃろう?薄々察していたじゃろ、見張りがいる事ぐらい」
いえ、全然考えていませんでした。部屋にいる面子の表情を見る限り、察していたのはショウとモモぐらいだった。考えてたんなら、少しぐらい話せやとは思わんでもない。
まあよくよく考えてみれば七大罪の悪魔がいるのだから当たり前か。当然イプシロンさんの所にもいるのだろう。
まさか、起きた直後に来るとは思わなかったけど。
「突然で悪いが進ませてもらうぞ……お初にお目にかかる。この国の第3王女、シャーロット・アルカディア・セフィロフィアスと申します」
「はあ!?」
言葉遣いも丁寧になり、綺麗なカーテシーで黒女に向かって挨拶をするシャーロット。というか、聞きたい事が増えたんだが。ミドルネームあるのかって言うか、アルカディアって何じゃそら。モモの時は全然そんな感じゃ無かったのに。
「アルカディア……なるほど。生きていたとは」
「聞いてなかったんだけど……?どう説明するんだい?」
「そちらに関しては済まないの。何せ関係が分からんかったからな。そんなに仲が良いなら事前に話せば良かったのじゃ」
「「仲は良くない」」
「……まあええの。初対面、しかも病み上がりの状態で失礼だが、こちらも是非とも聞きたい事が山程あるのじゃ」
毎度お馴染み、プレイヤーが置いてけぼりでございます。聞きたい事はこちらも山程あるのだが……予想していなかった方向から、思い切りぶちかましてくるのは止めてくれ。
「……ショウ知ってたか?」
「い、いや全然……王族ならミドルネームぐらいあるんじゃないかって、考察があったけど……色々予想外」
ショウも珍しく戸惑っている様だ。コトネさんとクルト、それと意外にアポロさんも情報の処理が追いついていない。唯一平和なのは、別の場所で服を作っているアゲハぐらいか。
「ふむ、では……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こっちの理解が追いついてないんだけど」
「む……そうじゃったか。ならまず説明を……させてもらっても?」
「ええ、構いませんよ。そちらにどう伝わっているのか、私も知りたいので」
良し、とりあえず説明してくれる。ショウのメモの準備は良し、クルト達も再起動したみたいだから、どんと来い。




