第二十六話 過去の鎖、濡羽色 六
俺の刀が突き刺さった水女は、一瞬硬直した後、弾け飛びその形を失った。
ショウが使ったスキル、【サクリファイス】は1戦闘中に1度だけパーティメンバーが受けたダメージと傷を肩代わりするという効果だ。発動した時点で対象に選ばれたメンバーの傷とダメージが消失し、身代わりになったプレイヤーが自身のVITで再計算されたダメージを受ける。大概はダメージは少なくなるが、傷はそのまま反映されるので状態によってはタンクでもすぐ死ぬ可能性がある。
こういう効果なので普通は大ダメージを受けたメンバーがいる時に使うスキルだ。間違ってもナイフ1本刺された程度で使うものではないのだが……だからこそ不意をつくのに使える。
【サクリファイス】は『盾王』のスキルなので、ショウが4次職になっていて良かった。おかげで攻撃を届かせる事ができた。
水女は破壊できたが、何かあるといけないのでとりあえず距離を取る。ショウ達の方へと合流したけど、黒女の方は動く気配も攻撃してくる気配も無い。
「や、やったんでしょうか……?」
「コトネさんそれフラグ……でもそうみたいかも?」
「……」
「ん?今何か言ったか?」
何か聞こえたような……多分黒女の声だった気がするが、気のせいか?
いや気のせいじゃない、徐々にその声は大きくなっている。
「アアアアアアアッ!!!」
黒女を縛っている鎖が怪しい光を放ち始めた。そして、より黒くなった水が集まり、水女を再構成していく。黒女の上体が上がり顔が見える状態となっているが、目は虚で正気では無いようだ。
「やっぱり倒せてないか……!」
「ご、ごめんなさい!」
「いやどっちかというとショウじゃね?」
「え、僕!?」
「というか、モモどう見る?」
「まあ見た通りあの鎖だねぇ……マスター、ちょっとあの鎖だけ斬ってきてよ」
「は!?いや無茶言うなよ、アレに近づいて鎖だけ斬るのはなあ……」
今にも水女が完成していようとしている。そうなるとまた攻撃が来るだろうし、黒女を傷つけずに鎖だけ斬るのは割と難しい。鎖を斬るのは【貫牙剣】を使えば問題無いだろうが、どうやって黒女を傷つけないようにするかだ。諸共斬ってしまいました、なん全くもって洒落にならない。
「あの、多少の傷なら……でもどうなんでしょうか?」
「うーん、斬れ過ぎるからなあ……流石に危険が」
「まあ確かにね、失敗するにしてもその責を負うのはマスターじゃない……さてどうするかねぇ?」
話している間に水女が完成した。今はまだぐにゃぐにゃと変形していて、こちらに攻撃してくる気配は無いが、その内最初の状況に逆戻りだ。攻撃するにしても同じ事をしてどうにかなるのか。
「……しょうがないね。じゃあ行ってくるよ」
「はあ?一体何を……おい!?」
そう言うと、モモは自分にかけたバフを強化して、黒女の方へと駆け出した。
「いやおい……【フラジャイルクイック】」
AGIを上げてモモを追いかける。余程強化しているのか、俺がモモに追いつく前にモモが黒女の所へ着くのが先だった。
「さっさとォ……目を覚ましなァ!!」
「うわ」
走っている勢いも合わせて黒女を殴り飛ばした。黒女自体はノーガードだったので殴られた勢いのまま地面を転がっていく。更には黒女の上にいた水女もその形を保てないのか、空中でアメーバみたいに蠢いている。
「お、おいモモ!?」
「大丈夫さ、叫んだなら正気かはともかく意識はあるはずさ。前に約束したんだ、らしくない事したら1発殴るってね」
「お、おう……いやそれは良いんだけども、死んでないよな?ピクリとも動かないんだけど」
「……大丈夫さ、多分」
「おい」
よくある感じの良い事を言っているくせに、絵面が微妙だ。殴るにしても、流石に勢いをつけすぎなんじゃないかと思うのだが。水の方は未だに蠢いているが、黒女はピクリとも動かない。今の内に鎖を斬るべきか?うーん……あ、動いた。
「アスモ……デウス……?何……で、ここに……?」
「それはこっちのセリフさね。何やってんだアンタは」
「私は……うっ」
大分弱々しい声で黒女がモモの名前を言う。果たして弱々しい原因が鎖のせいなのか、それともモモに殴られた影響なのか。ともかく多少正気に戻ったみたいだが、鎖がまた怪しく光り、苦しみ出した。
「マスター」
「分かってる」
後ろにある水は、また女性の形を作ろうとしているが、余裕は十分にある。【貫牙剣】もまだ効果が切れていない。
モモが黒女を起こして、斬りやすくしてくれた。両手で刀を持ち、上段に構え、ゆっくりと振り下ろす。【貫牙剣】の効果があれば振るう速度が遅くても問題無い。黒女を傷つけないように振り下ろし、鎖を断ち斬った。斬られた鎖からは怪しい光が消え、いつの間にか大剣をこちらに振り下ろそうとしていた水女はその動きを止めて蒸発する様に消えていった。
解放された黒女は気絶しているが、体に傷は無し、服は多少斬れているが……まあそれはしょうがないだろう。
「はぁぁぁぁ……何かどっと疲れた」
「お疲れさん……ありがとう、マスター」
「え、あーうん。別に良いよ」
最後鎖を斬る時にそれなりに集中したので、少し疲れた。これ以上戦闘は無いだろうし、座り込んでも問題無いだろう。
「いや、お疲れ様。お見事だね」
「そっちもタイミング良かったよ」
「そうでしょ?」
「謙遜しろよ……あ、コトネさん一応回復してあげてくれる?」
「はい、分かりました。お疲れ様です」
「ありがとう……ってモモ大丈夫か?」
「いやあ……無理して強化しすぎたね。体中が痛い」
「回復かけますね……」
「すまないねぇ」
モモはさっきの身体強化は大分無理をしていたらしい。おかげで全身筋肉痛みたいになっているそうだ。
というか、元々そこまでステータスが高くないとはいえ、それ程までの強化を受けて殴られた黒女の方はそこまで大した外傷が無く、少し頬が赤くなっているだけだった。モモが非力過ぎる訳でもなし、どんだけ頑丈なんだ……伊達に天使ではないってか?
黒女にもコトネさんが回復魔法をかけてくれるが、果たして効果があるのか。1番問題な精神の方は回復魔法で効果があるのか分からない。まあこういう展開になった以上、運営も鬱展開には……どうだろうなあ。
「はあ……帰るにしても大変そうだな」
「1人は確実におぶっていかないといけないからね……モモさんは大丈夫です?」
「ああ、まあ帰るために動く分には」
「なら良かった。けど黒女さんの方は……目立つよね」
「そうだろうな……」
「じゃあ魔法かけとこうか」
「え……おお」
黒女のビジュアルだと、目立つ事は必至だ。翼が生えている時点でもうやばい。その事についてどうしようかと思ったが、モモが魔法をかけると黒女の姿が変わった。そこらの町人Aぐらいの印象を抱く程度の見た目だ。これなら目立つとしても何かのクエストか、ぐらいで済むだろう。
「凄いな」
「見た目だけさ。実際にそうなってはいないから、翼とか気をつけなよ」
「本当だ……まあ荷車とかに乗せた方が良いか」
「じゃあ僕が何とかしてくるよ」
「じゃあ頼むわ」
目立たずに連れ帰る算段は立った。まあ懸念事項は山程あるが、それは帰ってから考えれば良い。
「一応回復はかけました!」
「じゃあ行こうか」
「そうだな」
出る時は俺が黒女をおぶる。【空走場】を使えば簡単に出られるからな。残りの3人はモモが魔法で出した梯子のおかげでスムーズに出られた。やっぱりモモの魔法便利だな。




