第二十二話 過去の鎖、濡羽色 二
何かあると思って辿り着いた空間には、女性らしき人物がうずくまっていた。よく見ると、上半身を鎖のような物でがんじがらめされている。女性を縛っている鎖は遠目からでもどこか禍々しく感じた。しばらく見ていたが、その女性はピクリとも動く様子は無い。顔も窺えないので、どういう状況なんだか。
「どうしたものか……」
どんなに待っても状況が変化しない。果たしてこれはどう動くのが正解なのだろうか……?確実にまともに話ができはしないだろうし、そも何かをしたとしてリアクションがくるのか。土地神が言っていた黒い光は、今来た道からして多分この女性なんだろう。それを確かめる術は無いけど、まあ状況証拠的なやつとして。
結局この空間に着いてから数分が経過したが、特に動きは無い。そこに着くとこちらが何もしてなくてもしばらくすれば動くタイプのボスとかそういう類はあるけど、これは違うみたいだ。こちらからアクションを起こさないといけないのか……雰囲気がアレなので若干尻込みするな。まあこっちから動かないとないといけないので思い切ってやってみるか。というか今更だけど、誰か連れて来れば良かったな。
「あの……もしもーし?」
恐る恐る近づきながら話しかけてみるが、女性は何も反応を返してこない。聞こえていないのか反応していないのか、もしかしたら死体という可能性もある。
「聞こえてますー?」
更に近づいて声をかける。女性との距離は約2メートル。結構近づいたものだが反応は一切無く、女性はうずくまったままだった。
「あれ……羽?」
今気づいたが、背中に黒い翼が生えている。それも一緒に鎖で縛られているので、遠目からだと気付かなかった。背中に翼……天使?黒いから堕天使か?アレの知り合いかなあ……また厄介な事になってきた。
俯いてはいるが、顔を覗けそうなので女性の顔を覗き込む。目は開いているが、この状況で開いているのは不気味すぎる。そこさえ除けば黒色の目をした美人だ。まあゲームのキャラなんてわざわざそう作らない限り大体顔が整っているものだ。全ての光を吸い込んでいそうな目も不気味さに拍車をかけている。土地神のビジュアルは生理的嫌悪とかそういう感じのものだったが、この女性の目は精神的恐怖……まあSAN値チェックは入らないレベルだけど。自覚は無かったが、割と怖かったのかいつの間にか1歩引いてしまっていた。
流石にここまで反応が無いのも考えものだ。今はこれ以上……ああまだ直接触れてはいないか。NPCとはいえ、女性に断りもせず触るのはいかがなものか。まあ一旦戻れば何か良い考えが浮かぶだろうと、女性に背を向けた時だった。
「……【――】」
「は?」
それは小さな、とても小さな声だったが、やけにはっきりと聞こえた。更に特徴的だったのは、その声にノイズの様なものが混じっていた事だ。一瞬バグかと思ったが、それにしてはやけに綺麗なノイズだった。若干自分でも言っている意味が分からないけど、確かにそんな感じだった。
そしてその呟かれた声をはっきりと理解する前に、この空間に薄く張っていた水が蠢き始めた。その水は女性の頭上へと集まっていき、女性に似た感じの形をとった。水の量からして、本物よりも1回りほど大きい。違いといえば縛られておらず、翼を広げている。集まった水はここがいくら暗いとはいえ、やけに黒い。タールなどの言葉が頭をよぎるが、そういう感じでも無さそうだった。
「っ!【朧流し】!」
色々情報が多すぎて混乱していたが、直近に迫る水で出来た剣には反応できた。いつの間にか水で出来た女性……水女の方は新たに剣を作り出して俺に向かって振り下ろして来たのだ。なんとかスキルを使っていなしたので、急いで距離を取る。
「あっ、危ねぇ……!」
もう思考が渋滞し過ぎてよく分からない。色々よく分からない事があるが、まず確認したい事が1つ。
「ガブリエルって言ったよな……!?」
まだレベルが低い時に遭遇し、モモと出会うきっかけになったあの性格の悪そうな天使。確かガブリエルと名乗っていたはず。あの時はもう1人の天使に見逃してもらって生き延びたんだっけか。
そういえばガブリエルも水を変形させたりして攻撃してきた。まさか無関係という事もあるまい……どういう関係なんだ。そもそも大天使とかの名前を使ったものは1つしかないからこそ、レア度的な意味で価値があるんだ。何故2つ……まあ背景を考えても仕方がない。
大体考えても外れていたりするし、何より今の1番の問題は戦闘という状況になっている事だ。真偽はともかく、あれがガブリエルのものと同じ性能なら勝算は低い。あの時はいくらレベルが低かったとはいえ、モモのサポートがあっても多少ダメージを与えられた程度だった。今は俺1人、勝てる可能性は……まあ当然低い。
一旦逃げようにも逃げ場が無い。いや来た道を戻れば良いのだが、傾斜がきついので、【空走場】を使ったとしても、それなりにまごつくだろう。そこを攻撃されたらアウトだ。それなら戦って死んだ方がまだ外聞も良い。相手の攻撃パターンも得られるだろうし。
謎は多いが弱気になっても仕方がない。ポジティブに捉えれば、これはある意味リベンジだ。煮湯を飲まされたあの時、今ならどの程度通じるのか試す事ができる。死んで物理的に失う物は……多少のアイテムだったっけ?その程度なら全く問題無い。ならやってみないとな……意外とテンションが上がってきた。負けたの意外と悔しかったのかな。
「『反剋』……判定アリ。まあ水だよな」
火の判定を受けた刀を取り出す。水女の方は槍を作り出し、射出してきた。
「【レストリジェクト】」
こちらも真っ向から刀を振るえば、飛んできた槍を吹き飛ばした。出た威力からして、土地神相当の格上だと判定されているのかな。相応の効果が出ているのに喜べば良いのか、それほどの強敵である事に慄けばいいのか。
「……どっちに攻撃すれば良いんだ?」
うずくまっている方か、上にいる水女の方か。まあとりあえず水女のほうかな、これ見よがしだし。一応何もしていないうずくまっている方を攻撃するのは気がひける。水女の方が再生するならそれも視野に入れないといけないけどな。
水女は槍を迎撃されたのを確認したのか、今度は大量のナイフを作り出した。今度は量か……そういえば、男のガブリエルの方も水を飛ばす攻撃はしてきたが、何か具体的な形を取らせる事はしなかった。ただの個人差かな。
「よっと、そらっ!」
次々に放ってくるが、『反剋』を使っている俺の敵ではない。軌道が直線なのでよく見れば躱せるし、タイミングさえ合えば迎撃だってできる。しかし量が多いので少しずつしか近づけない。アポロさんみたいに遠距離攻撃手段があれば良いのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。
「【フラジャイルクイック】」
使ったのは『蛮将』のスキルで、効果はVITを下げてAGIを上げる。元々攻撃に当たらない前提のスタイルなので、VITが下がっても問題無い。これなら近づくスピードが上がる。ナイフが尽きたタイミングで走り出し、水女へと斬りかかる。水女の方は巨大な盾を作り出したが、気にせずに攻撃を当てた。ガキィンという水に当たった音と思えないほどの音が鳴った。『反剋』込みの攻撃でも盾は無傷だった。
「やべっ!【空走場】!」
まさか防がれるとは思わなかった。【ディケイブースト】も使ったほうが良かったかな……いやそれでも防がれそうな気がする。水女が攻撃へと移る前に体勢を立て直す。
「【刺突】!」
盾は既に次の攻撃手段に変わろうとしているのか、俺と水女の間には何も無い。隙ありと水女に攻撃するが、水女は体を変形して俺の刀を避けた。
「え、それアリ……?」
体を変形させるのもそうだが、いつの間にか俺の体に剣が生えていた。後ろから刺されたのか……気づかなかった。流石に衝撃で動けないので、HPが尽きて死亡判定。やっぱり1人じゃ無理だったか。




