第十五話 隠し玉の準備
「へえ、そんな事が。コウばっかりそんな目に遭うよね、それ自体は羨ましくないけど」
「まあおかげで飽きないからそこは良いけどな」
「で、どうだった?タイガさんは」
「そりゃ強かったよ。不遇とされていたジョブとは思えないほどに」
「やっぱり結構強化されているみたいだね。思ったより人口増えるかな?」
「割と制限あるっぽいけどな」
準備していざ対決へ……と行きたいところだったが、今日はそもそも学校である。なので、土地神との戦いは放課後家に帰ってからだな。その辺の事についてはあらかじめタイガに伝えてあるので問題無い。
昨日一昨日と、翔斗達とはすれ違いになっていたので、起きた事を休み時間などに話していた。どうせ話すなら坂下さんや西田さんも参加するだろうし、それならグループ通話よりこうして直接話した方がやりやすい。文に起こすのは面倒しか無いし。
「それにしても、色々な所にある村も複雑な設定がある所が多いですね」
「それもそうだよね……」
「作り込みが凄いですよね」
「西田さんもそういうクエストの経験が?」「あ、はい。村というか、村のフリをした撒き餌みたいなものだったので当てはまるかは分かりませんけど」
「え」
発言の情報量が多すぎる。凄い気になるが、詳しく聞くと長くなりそうなのでまた今度にしよう。まあ村に関しては全てがそんなややこしい事にはならないだろうが、歴史があるならそれなりの逸話の1つや2つはあるものか。実際あの村1000年以上歴史あるみたいだし……普通あり得ないだろとかは言ってはいけない、フィクションだからね。
更に言えばファンタジー世界という設定なんだからあり得るあり得る。今受けているクエストは王女様経由だが、タイガみたいに直接訪れても発生するのだから、色々な所を回る価値もあるか。
「あ、2人で大丈夫ですか?お邪魔でなければお手伝いしますけど……?」
「ん?いや今の所大丈夫かな……タイガ強いし、出来るなら2人でやりたいし。駄目そうだったらお願いしたいけど」
「そ、そうですか……」
「手数も増えていると言っていましたし、確かに前より強くなっているでしょうね」
「陽葵さんお知り合いですか?」
「はい、たまに会う事がありまして……迷宮が終わった後も色々と聞かされました……」
危なかった、下手するともっと長話になる危険性があったのか。話は分かりやすかったから興味は無くはないが、長話はそうそう聞きたくは無いなあ。
というか、西田さんもそれなりの付き合いのあるプレイヤーとかいたんだな。顔面殴られても仕方のないぐらいほどクッソ失礼だが、前に翔斗に聞いた評判が評判だし。まあソロなのは変わらないだろうけど。
「2人で行くみたいだけど、勝算とかあるの?」
「勝算と言われると何も無いんだけどな。まあ俺もタイガもエクストラスキル持ちだし、ほらこの前話した奥の手が」
「ああ、なるほどね」
「その……落とし子でしたっけ?それの特徴から推察したりとかは」
「それは考えているけど、シンプルすぎて対策の立てようが」
キモい感じに生えている腕とか、どうすりゃ良いんだか。端から斬っていくとか、ふん縛るとかか?上手くいかないのが目に見えてるなあ。土地神が仮に子似だとしたら、それこそどうにもならないし。手数ならタイガが張り合えるだろうし、4次職は伊達ではないはずだ。
「まあとにかく頑張ってね」
「そりゃあな。下手こいて村が滅びました、なんて目も当てられないし」
「そうでしょうね……」
「実際に起こり得る可能性がありますからね」
そうなんだよな、それが厄介だ。駄目なら負け方をしてもコンティニュー出来るなら気も楽だけど、それは不可能だし。取り返しがつくのはプレイヤーの命ぐらいだし。
「そういえば、夏イベントが8月開催って告知来たの知ってる?」
「え?イベントの告知来たのか?」
「いやイベント自体じゃなくてイベントが開催する時期の告知……ややこしいな。まあわざわざ告知してきたのは珍しいというか初めてだよね」
「……確かにそうですね」
「苦情が来たから改善しただけじゃねぇの?」
「そうだろうね……まあイベント紹介は変わらないだろうけど」
その可能性は十分あるだろう。独特な紹介というか、プロローグみたいなものだし。システム的な紹介1度もされていないんじゃ無いだろうか。個性的と言えば聞こえは良いが、もう少しそこをどうにかすれば評判上がったりと思わなくもない。運営の拘りですと言われると何も言えないけどな。
さて、ゲームの方だが……とりあえずクルトの所に行くかな。全部とはいかなくても2、3本完成していると良いのだが。
という訳で、屋敷裏にある鍛冶場へと行く。クルトしか使う人がいないからクルト専用になっているが、まああげた扱いになってるし、特に気にすることでもない。
更にはクルトが扱いやすい様にいじっていているので誰かが使おうとしても使いづらいだろう。クルトの方もここまで設備を揃えてしまえば、他の場所へと移るのも難易度が高いはずだ。同じ設備を揃えるまでにいくらかかるのやら。生産設備って結構かかるんだよな。
「クルトいるかー?」
鍛冶場の扉をノックして声をかけてみたが、返事が無い。明かりはついているし、中からカーンという音も聞こえる。まさか幻聴という事もあるまいし、中にいるのは間違いないだろう。
「……開けますよー?」
扉を静かに開け、中を覗く。構造上ドアからでも中を大体は見渡せる。現実では無いのでシステムで軽減されているが、熱気が伝わってくる。そしてクルトはひたすらに鎚を赤く染まった金属に打ちつけていた。声が聞こえないほど集中していたのか。作業の邪魔はしたくないので、扉をそっと閉め、とりあえず自分の部屋へと戻った。
「さて、どうしようかな」
新装備とは別に頼んだ……まあそれも新装備といえば新装備なのだが、全てとはいかなくても出来ている物は持っていきたい。あの作業が終わるまでにどのぐらい時間がかかるか分からないが、とりあえず30分ぐらい待って、終わらなかったら諦めよう。タイガに少し遅れると連絡をしないと……あ、ログインしているな、良かった。
『どうかした?あ、もしかして私時間間違えた!?』
「いやいや、というかこっちが遅れる連絡です」
『え、でもこれで話してるって事はログインしているんでしょ?』
「あ、それはかくかくしかじかで……」
『あ、そうなの。でも10分ぐらいでしょ?そのぐらいなら別に良いよ。一応万全を期すに越した事はないからね』
「ありがとうございます」
『あはは、別に良いよー』
とりあえずざっくり説明したが、気軽に許可してくれた。30分待つとしても待ち合わせの時間は20分後。10分ぐらいなら言われたのが俺だとしても許容範囲だし。許可は取れたから待つとして……タイミング良く終わると良いな。まあ無理だったとしても運が悪かっと思って諦めよう。
30分後、再び鍛冶場を訪れてみると音は止んでいた。これは運良く終わってるパターンか?
「クルトいるかー?」
「はい大丈夫ですよ?」
中から返事が聞こえたので中へと入る。クルトは木箱の中をゴソゴソといじっていた。
「えっと、どうかしましたか?」
「ああ、この前頼んだやつ、何本できてる?」
「それならさっき5本全て終わりましたよ。出来も自信アリです!」
「え、マジでか」
さっき打っていた物は頼んでいたやつの最後の1本だったのか。良ければ2、3本、せめて1本でも受け取れれば良いと思っていたが、これは良い意味で予想外だった。
「ふっふっふ、僕も成長してるんですよ」
「凄いなクルト」
クルトに代金を支払い、5本の刀を受け取る。これで奥の手は万全だな。対象外だったら残念と言うしかないが、まあそれはそれだ。タイガも待たせているだろうし、さっさと村へと行こう。




