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三章 激突

 山寺には姫宮楓を代表とする妖怪たちを皮切りに続々と人が集まって来ていた。山伏や僧侶などいかにも術者然としたものから一見その辺りを探せばいくらでも見つかるような若者まで様々な人間が一堂に介していた。面持ちもまた柔らかいものから固いものまで多様だが、皆一様にその内に少なからず緊張感が滲んでおりこの地が戦場であることを明確に示している。

 その人混みから少し離れて一人、ミリアは切目縁に座りリュックから取り出した菓子パンを食べていた。流石にもう火車は手放したようで側にはいない。

「やあ、スカイラインさん。今一人かい?」

 そこに、来た人々への応対を終えた辰彦が通りがかり声をかける。

「お疲れ様です辰彦さん。はい、ジェンキンスさんはお昼寝中なのでお邪魔にならないようにここでおやつを食べてるんです。辰彦さんもおひとつどうですか?」

 ミリアはにこやかに笑うとリュックからもう一つ菓子パンを取り出し、辰彦に差し出す。

「そうかい、じゃお言葉に甘えて。横、いいかな?」

 差し出されたパンを受け取ると彼女の隣に座りおもむろに袋を開ける。

「……俺はね、君たちの組織は子供を利用するろくでなしの集まりだと思ってた」

 そしてふと呟くように、だがはっきりとした声音で彼女に語りかけた。

「あはは、よく言われます。日本支部の人たちは特に荒っぽいですから……」

 言われ慣れているのだろう、ミリアは少し困り顔で笑う。

「でも違ったみたいだ。君を止めるジェンキンスさんの言葉も表情も、面倒を避けたいとかうまく利用しようとかじゃあなく純粋に君を想ってのものに見えた」

「でも、だからこそ分からないんだ。組織に無理やり従わされてるわけでもうまく利用されてるわけでもないのに、何故君のような子供が命がけの世界に身を投じてるんだ? 言葉通り善意からの行いだったとしても、怖くないわけじゃないだろうに……!」

 押し殺した感情が滲み出るように、辰彦は次第に語気を強めていく。正面を向き虚空を見上げるその顔がどんな表情をしているのか、ミリアからは窺えない。

「……怖いから、ですよ」

それに対し、ミリアは一瞬押し黙るとやがて平坦な声で答えた。

「わたしは赤ちゃんの頃に捨てられて組織に拾われました。もうお父さんお母さんの顔も覚えてませんけど、わたしに向けられた怖いって気持ちだけはよく覚えてます。力があるから捨てられて力があるから拾われて、じゃあその力が何の役にも立てないなら今度はどこへ行けばいいんです? 誰かを助けたい気持ちは本当で、でもそれ以上に怖い……」

 小さな身体の内に抱えた悲壮な想いを涙も見せず虚ろな表情で語る彼女の姿は先ほどまでの春風のような天真爛漫さとはかけ離れていて、まるで別人のようだった。これが本当のミリア・スカイラインなのだろうか、いやどちらも真実だからこそ広範囲を包み込む空気の触覚と何物も寄せ付けない暴風の槍と壁の力を併せ持つということか。

「……君は、君を拾って育てた人たちが君の力が目当てに見えるのかい? 役に立たないなら捨てるような人間だと」

 辰彦は思わず振り向き、悲しげに眉をひそめて尋ねた。

「そ、そんなことありません! みんなわたしに優しくしてくれますし、さっきみたいに危ない仕事なんてしないでほしいっていつも…… えへへ、おかしいですよねー。迷惑をかけたくないのに、役に立ちたいのに、かえってみんなを心配させちゃう…… でも、どうしようもないんです」

「ごめんなさい、会ったばかりの人にこんなこと話しちゃって」

 彼女は力なく笑うと顔を俯かせる。

「いいや謝るのはこっちの方だ。余計なおせっかいとぶしつけな質問で君を傷つけてしまった。はは、君より一回りも二回りも年上な俺だってこのざまさ。君が気にすることじゃない」

「でも、君がただ健やかに暮らしているだけで誰かの救いになるはずなんだ。それだけは覚えておいてほしい」

 辰彦もまた申し訳なさそうに頭を下げる。そして一言だけ、忠告というよりは祈るような面持ちで付け足す。それに対しミリアは何も答えず、俯いたままただ黙り込むだけだった。


 やがて作戦と準備が整い、各々が持ち場へと散った。真九郎とカーミラを含む人間は比較的足場が安定している山道や緩やかな斜面に、妖怪たちは人間が戦うには不適な急斜面や谷地に配置された。統括を担う正四郎と神羅、辰彦、探知を務めるミリアは山寺に留まり、その屋根に佇んでいた。ジェンキンスだけが自ら創造したドラム缶の束を背に地べたに座り込んでいる。缶の表面には幾枚も札が貼られ、中には何が詰まっているのかずっしり重い。

「そろそろ来そうだね。皆準備はできたかい?」

 日が沈み、夕闇の紫に染まる地平線を眺め正四郎は呟いた。

「ああ、念話の感度、結界、人員の配備、すべて万全だよ」

「こちらも大丈夫です!」

 辰彦は各所の人員と念話の効果を持つ符で連絡を取りながら、ミリアは両手を広げ空気の触覚を展開しながら答える。先刻のことはもう折り合いをつけたのか、それとも胸の内に秘めたのか、彼らの間に気まずい雰囲気は見受けられなかった。

「不意打ちとはいえ精鋭ぞろいの伊勢神宮を壊滅させた奴らだ、無理に殲滅しようとしなくていい。時間がたてば遠方からの増援も来る。八咫鏡を守りきることを考えてくれ」

 正四郎は二人の言葉に頷き、続けて指示を出す。


「き、来ました!前方に大きな塊が!」

 その直後、眼前の空に夜闇よりなお黒い黒雲が湧き出し、天空戦線の空気の触覚がそれを捉える。虫の大群によって形作られた黒雲は見る見るうちに大きさと勢いを増し、彼らがいる山寺へとまっしぐらに向かってきた。

「術師数十人分の結界だ、早々突破できないはずだけど…… さぁどう来る?」

 辰彦は顎に手を当て、直進してくる虫の群れを睨む。それは彼の予想通り結界によって阻まれ、地面にぶちまかれた水のように黒いしぶきを上げた。しかし、それでも虫たちは進行を止めず、結界に向かって殺到する。当然前方の虫は後方の虫と結界の間に挟まれ圧死していく。

「あいつら、何をして…… いいや、これは!」

 虫たちの集団自殺とも思える不気味な行為に一同は首を傾げるが、しかしいち早くその意図に気づいた正四郎が声を上げる。

「蟲毒の原理だ! 一つ一つの虫が持つ魂の力はとても小さいものだ。しかし、どれだけ小さかろうが命が死んだ時そこには呪いが生まれる。夥しい数が一か所で死ねば、それだけ強力な力が発生するわけだ。強力な結界を打ち破るほどにね! 神宮の結界がいとも容易く破られたのもこういうからくりか……!」

「でも、虫さんたちが……」

「よくこんな惨いことを考え付くもんだ。しかし、そのやり方を何度もできる数を自在に操れるってことは敵は相当の力量を持ってる術師ってことか。夜明けまで逃げおおせられたのが自分でも信じられないね……」

正四郎の推察の通り、雨だれが石を穿つように結界には徐々に穴が開き始めそこから虫たちが侵入し始めていた。その過程で繰り広げられる惨状にミリアは悲しげに、辰彦は憎々しげに表情をゆがめる。

「でもこれも予想のうちだ。頼んだよミリアちゃん!」

「は、はい!」

 そこに正四郎の冷静な指示が飛び、ミリアははっと我に返り応える。

「こっちは準備OKだぜぇ!」

 軒下にいたジェンキンスがドその場から離れて叫んだ。代わりにミリアが屋根から飛び降り、目の前にそびえるドラム缶の林に向けて手のひらをかざした。

「はぁっ……!」

 掛け声とともに暴風の槍が発生しドラム缶を巻き込み、虫の群れに伸びていった。その過程で缶は破壊され中に詰まっていた油が飛び散り、同じように巻き込まれ暴風の一部と化す。それは虫の群れに勢いよく激突し、群れを散らした。

「これで終わりじゃあないよ。……燃えろ!」 

 辰彦が印を結ぶととも缶の表面に貼った札が発火する。炎は油に引火し暴風の槍を炎の竜巻に変えた。巻き込まれた虫も、散らされ巻き込まれはしなかったものの油を被った虫たちも無事ではすまず、次々と体を燃やし落下していく。皮肉なことに虫たちの集団自殺以上に無残な光景がそこに現出した。

(やることはオレたちもそう変わらねぇ、か。ミリアちゃんにやらせたかぁなかったな……)

 降り注ぐ炎の雨、燃え尽きて消えていく虫たちを痛ましい表情で見据えるミリアを見つめながら、ジェンキンスは苦々しげに心の中で呟く。

「これでひと段落、したいところだがそうはいかないみたいだ、いきなり強い気配が現れてこの山に一直線で飛んできてる」

 屋根の上からうんざりしたような正四郎の声がした。それはミリアの天空戦線も同様に察知したらしく一瞬で彼女の顔がこわばる。

「それだけじゃない。結界の外側に強い気配がいくつも! さっきまで全く感知できなかったのに……! 彼らもこれにやられたのか!?」

 次に辰彦の動揺が混じった怒鳴り声が混じる。

「驚いてる場合じゃないよ! 僕は飛んでくる奴を迎え撃つ。辰彦君、指揮は君に任せた!」

「指揮官なんて俺には荷が重いけど、そうするしかないみたいだねぇ…… スカイラインさん、ジェンキンスさん、引き続き状況把握と俺のサポートを頼む。各所の皆も応戦準備!」

 正四郎に指揮権を預けられ辰彦は一瞬困り顔で頭をかいたが、表情を引き締め声を張り上げた。

「行くよ、神羅」

「は」

 正四郎は傍らに無言で佇んでいた神羅に声をかけるとさっとその背中に飛び乗った。神羅もまた、言葉少なにそれに応え、屋根から飛び降りる。

「ぬん!」

 直後一瞬力んだかと思うと服がはじけるほど筋肉を隆起させ、脇の下からもう一対筋肉隆々の腕を生やした異形に変化した。そして正四郎を背に乗せたまま四本腕と脚をばねにし、すさまじい勢いで跳躍した。筋肉の弾丸と化した彼はもう中ほどまで迫っていた黒い槍のようなものと衝突する。圧倒的なまでの力と力の衝突は激しい衝撃波を巻き起こし、大気を震わせた。

 

「いよいよ、開戦か……」

 暗い林道の中央に佇んでいた影が大気の震えを感じ取り、陰鬱な声で呟いた。それは古びた西洋風の板金鎧を身にまとい、神秘的な意匠が刻まれた銀の剣を手にした骸骨だった。

「では吾輩も主命に従い、この剣と力を振るうとしよう」

 薄汚れたざんばら髪から覗く犬歯の目立つ口がカタリと開き、そこから再び陰鬱な声が漏れ出る。

「来たれ、我が朋友たちよ……」

 骸骨が剣を掲げると同時に辺りの地面から同じように武装した骸骨が次々と湧き出した。剣や槍を装備した歩兵から弓兵、果ては骸骨馬に乗った騎兵まで揃っており、まるで中世の騎士団がそのまま骨になったような有様である。呼び出された骸骨の軍隊は音も立てず、その場で整列する。

「進軍、せよ」

 自らも湧き出した骸骨馬に乗ると、騎士姿の骸骨はあくまで陰鬱に号令をかける。兵士たちも声の代わりにカタカタと骨を鳴らしてときを作り、それに応えた。そして骸躯の騎士が率いる死の軍勢は山頂に向けて侵攻を始めた。


「これがのろしの代わりか、中々粋なことをする!」

 骸骨の騎士がいた場所とはまた別、道もなく鬱蒼と木々に覆われた斜面のその木の一つの樹冠に立つ銀髪を後ろ手にまとめたタンクトップの男がにやりと獰猛な笑みを浮かべた。月光を浴びて浮かび上がるその肉体は細身ながら引き締まっており、ギリシャ彫刻のような美しさを感じさせる

「存分に蹂躙させてもらうぞ!」

 そう叫んだ途端男の身体は倍以上に膨れ上がり、髪と同じ銀の毛皮に覆いつくされる。銀の塊と化した男は木を自重でへし折ると、高らかに吠えすさまじい勢いで斜面を駆け上り始めた。

 

「黒竜と魔弾は死神どもを、騎士殿と銀狼はその他の術師どもを、それぞれ相手してくれる。その内に我らは次の一手を打てるというわけだ」

 さらに遠く、山寺とはちょうど向かい合う形となる山腹に陣取りながら、軍服の男は呟いた。その背後には三度笠を目深に被った僧形の男と虫の大群が集まってできた人影が付き従っている。

「ここからなら貴様らの陣地がよく見える。そして戦況を眺めていればどこが守るべき要所か容易に把握できるというものだ。八咫鏡を守る本拠地さえ把握できればこちらのもの」

「その時にはお前たちにも働いてもらうが、いいな?」

 始まった戦闘を眺めながら、男はちらりと背後の二人に目配せする。

「了解した」

「私は大分消耗しているのですがねぇ…… しかし必要とあらば是非もございません」

 僧形の男は厳粛に、虫の塊は慇懃に彼の要請に頷く。

 八咫鏡を巡る決戦が、これにて幕を上げた。


 


 

 

 

 

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