序章 襲撃
※ WARS OF BLOOD 紳士淑女珍道中1の続編です
三重県伊勢神宮、日本で最も神聖な場所の一つであるこの社は今何者かの襲撃を受けていた。草木も眠る丑三つ時、辺りを包む闇を引き裂くように突如として炎とそれに照らされ形を顕にする黒い嵐が敷地内を我が物顔で覆ったのだ。事態に気づき応戦しようとした神職の者たちもほとんどは術を行使する間もなく炎と嵐に飲まれるか、あるいは物陰から飛び出した凶刃、炎の間を縫って降り注ぐ銃弾に晒され次々と倒れていった。そんな惨劇の中実力と幸運ゆえに生き残り炎を潜り抜け、包囲を突破した男がいた。
「ぐ、これだけは、これだけは渡すわけにはいかない……!」
男は古びた木箱を抱え戦火から遠ざかろうと決死の表情で走っていた。その後をカタカタと鳴る無機質な足音と唸り声のような羽音が追う。
「おい、どうした!?」
迫る足音から逃れるためさらに足を速めようとした彼の前に、ぼさぼさ髪の僧形の男が飛び出し立ちふさがった。騒ぎを察し駆けつけた近隣の術師らしく、その表情は社が襲われていることへの驚愕に満ちている。
「あなたは……! ちょうどいい、これを!」
彼は男が何者か分かると安堵に少しだけ表情を緩めると抱えていた木箱を男に手渡した。
「何があった!?」
男は木箱の中身とその価値を瞬時に理解し、目を丸くする。
「説明している暇はありません! 早く!」
鬼気迫る表情で彼は叫び、背後を振り向く。直後すぐ側まで迫っていた黒い嵐が張られた結界に激突、空気を震わせ散り辺りに漂った。
「ち、その様だな!」
事態の深刻さを把握した男は舌打ちし少し名残惜しそうに彼を睨んだが、すぐさま箱を抱え踵を返し夜の闇へと消えた。知り合いを見捨てた悔恨と託された重責をその背に負って。