竜は二つの世界をまたぐ
押忍! 俺は勇者!
いよいよ魔王との決戦!
強そうな魔力がひしひしと感じられて、俺ワクワクして来たぞ!
俺達の戦い、絶対見てくれよな!
とある世界のとある城。
世界を二分する激闘が、幕を引こうとしていた。
「はぁ!」
「ぐはっ!」
倒れたのは魔王。
一撃を放った勇者は肩で息をしながらもニヤリと笑った。
「俺の、勝ちだな……」
「ぐ……!」
起きあがろうとするも、力が入らない魔王は、天井を仰いで息を吐いた。
「余の、負けか……」
「お前、強かったぜ」
勇者の心からの賞賛の言葉に、頬が少しだけ緩む。
「……聖剣で、トドメを、刺せ。それでこの戦いは、終わる……」
「……」
勇者は聖剣を構え、そして下ろした。
「やめた」
「……何?」
「トドメは刺さない」
思いもしなかった言葉に、魔王はよろよろと半身を起こす。
「何故だ? 余を倒す為にここまで来たのではないか?」
「あぁそうだ。でもお前と戦って思っちまったんだ」
勇者はにかっと笑う。
「もったいないってな」
「もったい、ない……?」
意味が分からず、魔王は呆然とする。
「お前との戦いは楽しかった。何もかもを出し切れた満足感があった。ここで終わりにしたくない」
「馬鹿を言うな。余を唯一滅ぼせる聖剣を持つ者の使命として、そんな我儘は許されん」
「そうか。はっ!」
勇者の手刀に聖剣は澄んだ音を立てて折れた。
「せ、せいけえええぇぇぇん!」
「これでお前を滅ぼすものはなくなった」
「えっ、ちょ、おま、何して……!?」
「これで思いっ切り戦えるな」
「待て待て待て待て!」
あまりの事態に身体の痛みも忘れて跳ね起きる魔王。
「な、何したか分かっているのかお前! 聖剣がなければ余は滅ぼせないのだぞ!?」
「あぁ、お前と何回も戦えるかと思うとワクワクするぞ!」
「お前戦いの事しか考えてないの!? 世界の平和とかそういうものも大事だと思うのだが!?」
「修行と飯の事ぐらいしか考えないなぁ」
「こんな奴に余は負けたのか……。いやだからこそ、か?」
動揺する魔王。しかし自分の有利にも思い至る。
「ふ、ふふふ……。ぬかったな勇者よ。余を滅ぼせないのであれば、いずれ貴様は倒せる!」
「大丈夫だ。勇者の加護で生き返れる」
「卑怯だぞ勇者!」
非難にも聞く耳を持たず、勇者は魔王の手に木の実を握らせる。
「な、何だこれは」
「天空の塔で手に入れた聖なる木の実だ。体力と魔力を完全回復させられる」
「……何故こんなものを?」
「そりゃあ思いっ切りやりたいからな」
勇者が木の実を口にすると、傷が治り、魔力が満ちる。
「やっぱり戦いはフェアじゃないとな」
「い、嫌だ! 勝っても負けても終わりの無い戦いなんて嫌だー!」
木の実を投げ捨て、這いずって逃げようとする魔王。
勇者は木の実を拾うと、
「むりやり押し込んでやる」
「むぐー!」
自由の効かない魔王の口に押し込んだ。
木の実の効果で傷が治り、魔力が満ちる。
「うわー! 嫌だー! 力がみなぎるー!」
「よし、これでまた戦えるな」
「今から!?」
「毎日戦って、もっともっと強くなって、破壊神とかとも戦いたいな!」
「頭空っぽか! 夢詰め込み過ぎだろう!」
三日後。
勇者が寝ている隙に城を抜け出した魔王は、国王に保護を嘆願。
ここに人間と魔族に恒久的な平和が構築された。
……魔王以外は。
「よ! 魔王! 修行するぞ!」
「また来たー! 魔力感知からの瞬間移動魔法は反則だー!」
突如現われた勇者に、隠れ家を飛び出し走って逃げる魔王。
「お! まずは走って準備運動か! 仙人の爺様の所での修行を思い出すな!」
「違ーう! 誰か代わってー!」
めでたしめでたし?
読了ありがとうございます。
勇者のセリフをなまらせてはいけない(戒め)。
何年か後、勇者の子どもを魔王が鍛える事になりそうな気がします。何故でしょう。
ともあれ世界は平和になりました。
もうちっとも続きません。ご安心を。
懲りているようで懲りてない、少し懲りている作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。