特別授業2
「つぎ・・・」
発する言葉は淡々と、次の生徒ととの演武を知らせた。だが今の光景を見ていたほとんどの生徒は、力量の差を理解してしまったためか尻込みしていた。本来次に演武を行う予定だった生徒は、嫌がりながらも前にでた。
結果は先ほどと全く同じ、生徒に攻撃をさせ、それを躱して側頭部にハイキックを放つ。焔やこの生徒だけでない、次々と同じ流れで倒されていく。残ったのは竜也、凛、凪の三人だけになった。
「ほんじゃ、勝てないだろうが、やるだけやるかー」
竜也は、口では勝てないだろうと言っているが、負ける気などさらさらない。零れ落ちる闘気は、もはや狂気すら感じる。
「へぇ、いいなお前・・・」
竜胆先生は、おもちゃを見つけた子どものように目を輝かせた。ただその輝きは瞬時に身を引き、もとの気だるげなものへと戻っていった。
「こい葵・・・」
竜胆先生は、先ほどまでの生徒たちに行ったように相手の攻撃をただ待っていた。しかし一つ異なっていることは竜也の名前をはっきりと口にしたことである。名前を呼んだことに何の意味があるのかは分からない。ただ孕んだ意志は明確に存在していた。
竜也が得意としている魔法は肉体強化系魔法だ。己の身体能力と耐久力を高め、相手を力でねじ伏せる。竜也の元々の身体能力の高さと格闘センスの高さが合わさり、その強さは一騎当千と化す。
竜也は手始めに瞬発力強化魔法を自身にかける。その後も筋力強化、視覚強化、直感力強化など自身の運動能力を極限まで高めていく。しかし、これらの魔法だけでは動くことは出来ない。いや動いてはいけない。これだけの身体力強化をすれば軽く動くだけで肉体の方が耐え切れず、粉々になってしまうのだ。だからこそ動けない。竜也は続いて肉体の耐久力を次々と魔法で強化していく。これらすべての魔法をかけおえるまでにかかった時間は僅か1秒、瞬時に魔法を展開できるところに、竜也の魔導士としての能力の高さが覗き見ることができる。
「では行きます」
戦闘態勢を整えた竜也は、一直線に走る。ただその速度は音を置き去りにしている。つまり音を超えた速度を出しているのだ。もはや目視するには困難なスピード、この速度を利用した上で筋力強化を施した拳が竜胆先生に向かって放たれた。
「ちっ、やっぱり当たらねぇか」
しかしそれでも当たらない。竜胆先生も竜也と同様に肉体強化魔法を使っていたのだ。それも全く同じ魔法をほぼ同時に。そうなれば、元来持つ己の肉体能力が高い方が勝つ。当然のことである。相手が手を抜いていなければ…
「だが次は読めてんだよ!」
竜也は何もない背後に向かって裏拳を繰り出す。しかし、そのバックブローは、確かに手ごたえを感じた。竜胆先生に一撃だけだが、ダメージを与えることが出来たのである。強化された拳をもろに受けた竜胆先生は、十数メートル吹き飛ばされるが、足を地面にめり込ませることで停止した。
「いいなぁ、竜也!」
初めて竜胆先生が感情を露わにした。だが漏れ出たその姿は目も声も、纏う空気すら獣のそれだ。目の前の獲物を刈り取らんとするその姿はまさに狼、先ほどまでの教師としての竜胆はいない。これからは、ただの怪物との対決になることは明らかだった。
「あらら、俺死ぬかも」
初めての死の恐怖に、ほんの少し弱音を漏らしてしまった竜也。だが、国家魔導士を目指す者として死の恐怖を乗り越えられないようでダメだ。竜也はもう一度心を落ち着かせて、竜胆先生を見つめる。次の行動を考えているのだ。
だがその考えは、全くの無意味となった。竜胆先生が、この授業で初めて、自ら攻撃を仕掛けたからだ。先ほどまで目で捉えていた人間が跡形もなく消え去り、気づけば目と鼻の先にまで近づかれていた。目に見ない攻撃を直感だけで避けようとするが、完全に躱すことはできず少し当たってしまった。左頬から血が一筋たれる。ただこの一撃を躱したことは賞賛に値する。
‟全く見えなかった„竜也は心の中で焦りの言葉を浮かべたが、すぐさま次の行動にでた。
常人であればここで距離を取ろうとするが、竜也は敢えて前にでる。目に見えぬ移動・攻撃を繰り出す相手と対峙した場合、距離を取れば相手の土俵になってしまうのだ。竜也は、だからこそ、無意識のうちに距離を詰めた。だが所詮弱者の付け焼刃、絶対的強者に対しては焼け石に水でしかない。竜胆先生の2撃目がノーガードの腹部に突き刺さった。
「っっっ!」
「意識がまだあるのか・・・」
前のめりで動けずにいる竜也に対して、竜胆先生は、感嘆の声を漏らしたが、竜也の意識を断つために止めの踵落としを振り下ろした。
「少し熱くなってしまったな・・・」