華鱗入学式2
体育館にはクラス順に椅子が配置されていた。ほとんどの生徒は既に着席しており、Bクラスには、当然ではあるが二つの空っぽの椅子が置かれていた。二人は椅子に向かって進むと同時に、自分たちの上に立った存在がいるAクラスの椅子を見た。その椅子には既に一人の男が座っていた。真面目を絵にかいたような好青年であり、独特な雰囲気を纏っていた。
「彼がそうなのね」
「あぁ、俺たちが越えなければいけない壁だな」
二人は目下の目標である男を認識し、椅子に腰かけた。荷物を椅子の横に置き、時計を確認した。入学式の開始時刻までは残り5分を切っていたようだ。竜也は中途半端にある時間を利用し、入学式のプログラムを確認することに決めたようだ。体育館の正面横に大きく張り出されているプログラム表に注目した。
『プログラム』
1.開会
2.校長式辞
3.在校生代表の挨拶
4.閉会
とても入学式とは思えないプログラム表を確認し、ため息を吐いた。新入生答辞がないことは有名であり知っていたが、ここまで薄弱な入学式であったことに少し疲れたようだ。プログラムの確認に数秒しか要さなかったため時間がまだ残っているが、脱力感が襲ってきた今の竜也にとってはこの時間に何かしようとは思えず、ただ座り続けるようにしたようだ。
入学式の開会を知らせるチャイムが学校の隅から隅まで響いた。校長が壇上に上がり、開会を宣言した。その後、続けて祝辞を述べる。
「満開の桜と木々の新緑、美しい草花がうららかな春の日差しに映えております。この生気みなぎる春の日に、入学式を挙行できたことに大きな喜びでございます。37名の新入生の諸君、入学おめでとう。諸君は厳しい入学試験に見事合格し、入学しました。入学に至るまでの努力を称えるとともに、入学を心から歓迎いたします。本校の精神は正義・能力であります。毎年複数の生徒がこの精神を遵守できず退学となりますが、諸君が一人も欠けることなく卒業できることを祈っています。終りに、新入生の充実した高校生活を願って式辞といたします」
短い式辞を述べた校長はゆっくりと壇上を降りていく。毎年退学者が出るという衝撃的な内容ではあったが、華鱗高校を目指した者たちにとっては周知のことであったためか生徒の雰囲気に変わりはなかった。
次に壇上に上がったのはプログラム通り生徒会長であった。新入生のAクラス生徒に非常に似た男性、血のつながりを確信させるには十分すぎるほどの容姿の酷似であった。生徒会長は、新入生の顔を軽く見渡した後に、ゆっくりと言葉を発した。
「祝辞は校長が仰っていたので割愛させていただきます。さて、華鱗高校では多くの生徒が国家魔導士を目指しており、毎年多くの国家魔導士を排出しております。学校生活全体を通して、正義と能力を磨き続けていくことになるでしょう。我々はその力を遺憾なく発揮し、他校や社会に実力を誇示してきました。しかし、昨年の高校魔道連盟が主催する魔道大会、俗に言う高魔連において初めての敗北を経験しました。常勝を貫いていた華鱗高校にとって、恥の年になってしまいました。我々はその経験を活かし汚名を返上しなければなりません。諸君の日々の研磨と活躍を心より祈っております。これをもって在校生代表挨拶といたします」
こちらも在校生代表挨拶とは思えない内容であった。要約すれば、「常勝を掲げる華鱗高校生に二度は無い、貴様らも己を鍛え勝ち続けろ」というものである。この発言を受けた新入生の殆どが、多少なりとも動揺していた。勝ち続けろという考えに驚いたのではない、華鱗高校が敗北をしていたということである。高魔連は次期国家魔導士になりうる人物を見分けるための祭典であるため、一般公開されることは無く国の役職に就く者たちのみが閲覧する事が出来る。つまり以前まで一般人であった新入生にはその情報は衝撃的であったのだ。勿論完璧な情報統制は出来ないため、昨年の高魔連後には華鱗高校の敗北の情報は多少出回っていた。しかし、確たる証拠がなかったこと、華鱗高校に張り合えるほどの高校が認知されていなかったことが、華鱗高校の敗北の噂を消化したのである。
先ほどまでソワソワしていた新入生たちも流石華高生、閉会の挨拶が行われる頃には皆落ち着きを取り戻し、真面目に校長の話を聞いていた。その姿は高校生とは思えないほどの厳格さと威厳があった。誉れ高い華鱗高校の入学式は、例年通り厳かに終わりを迎えた。