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101 少年は逃げられない


「これで全部か?」


 橘から受け取ったタマネギを買い物カゴに入れてから、俺は尋ねた。


 今日は橘がカレーを作ってくれるらしく、俺たちは二人でその買い出しに来ていた。

 付き合う前からかよっていたこのスーパーが、俺たちのいつもの買い出しスポットだ。


「あ、じゃがいもを忘れていました」


「おい、重要なやつだぞ、それ」


「楠葉さんだって忘れていたでしょう」


「ま、まあ、そうだけど……」


 二人でじゃがいもの棚まで移動して、橘の目利きで新鮮そうなものを選ぶ。

 俺は野菜の選び方を知らないどころか、そもそも自分で野菜を買う機会すらない。

 ここは大人しくしておくのが正解だろう。


「これで大丈夫です。会計に行きましょう」


「はいよ」


 セルフレジでささっと会計を終えて、野菜やルウを袋詰めしていく。

 カレーの食材以外の買い物もしたため、エコバックが二つ必要になってしまった。


「両方持つよ。作ってもらうわけだし」


「ありがとうございます。重くないですか?」


「ああ、思ったより平気だ」


 スーパーを出て、二人並んでマンションを目指す。

 今日の夕飯場所は俺の家。

 とは言え、最近はほぼ毎日のように、橘がこちらにやってくるようになっているが。


「……あっ、あれは」


「ん?」


 橘の視線の先を追うと、そこには見覚えのあるような、ないような人物が歩いているのが見えた。

 あれは……誰だ?


「楠葉さんのクラスの女の子ですね。家がこの辺りなんでしょうか」


「……あー、いたかもしれない。いなかったような気もする」


「いますよ。もう、相変わらずですね……」


 そんなこと言われても、覚えてないものは仕方ない。

 というか、俺が覚えている人間なんていうのは、同じクラスでも本当に一握りなのだ。


 結局、名も無きクラスメイトは特にこちらに気がつくこともなく、早足で横断歩道を渡って行った。


「そういえば、まだ誰にもバレてないんだよな。恭弥たち以外には」


「冴月たちが話していなければ、そうでしょうね。学校では依然、あまり関わりませんし」


「……いつバレるかなぁ」


「隠してるわけでもないんですから、そのうちバレますよ。それこそ、今みたいな偶然で」


「なんか……そわそわするな」


「私はべつに、バレてもバレなくても、どちらでもいいです。詮索されるのが少し、面倒そうだというだけで」


「俺は……ちょっと怖いなぁ」


 マンションまでの一本道に入り、俺たちはまた並んで歩いた。

 あとは5分ほど行けば、もううちに着く。


「……楠葉さん、荷物、片方持ちます」


「え、いいよ。重くないし」


「もう。違いますよっ」


 少し怒ったような口調でそう言うと、橘は無理やり俺の左手からエコバックを一つ奪った。

 二人で一つずつ鞄を持つ形になり、俺の左手と橘の右手が、二人の間で退屈そうに揺れている。


 橘は少しだけ俺の顔を見ると、ほんのりと頬を染めてうっすらと笑った。


 次の瞬間には、俺の左手は橘の右手に緩く握られていた。


「なっ……!」


「ふふふ。これで手が繋げます」


「お、お前……そんな、いきなり」


 橘と手を繋いだのは、これが初めてだった。

 正直何度か意識したことはあったけれど、まさか向こうから、こんなにあっさり握ってくるとは……。


「いいじゃないですか。もうハグもしてしまったんですから」


「それはまあ、なんというか……勢いというか」


「これだって勢いです。んふふ」


 そう言うと、橘は俺の手を握る力を少しだけ強めてきた。

 その手を通して、橘の体温はおろか、早まった心臓の音も、はしゃいでいる心も、何もかもが伝わってくるようだった。

 ひょっとすると、俺の気持ちも伝わってしまっているのかもしれない。


 もしそうなら、すごくマズいなぁ……。


「逃げられませんよ。家に着くまではこのままですっ」


「……逃げねぇよ、べつに」


「ふふっ、いい心がけですね」


 繋いだ手に引かれて、自然と歩幅が揃う。

 これなら前を見ていなくたって、お互いのスピードがわかる。


 手を繋ぐことにどういう利点があるのか、前はわからなかったけれど。


「あ、今日は見たかった映画を地上波でやる日でした! 忘れていました!」


「そうなのか。何時から?」


「9時ですよ! 早く帰らないと!」


 言って、橘が駆け出す。

 その手に引っ張られて、俺も一緒に走った。


 こんなふうに、お互いの歩幅が分かるなら。


 これからもずっと、手を繋いでいければ良い。

 柄にも無く、俺はそんなことを思っていた。


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