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『どっかでさわぎを起こして』


「むちゃくちゃ言うなよ……」


 手の中に押しこめられたのは、お金じゃなくて、メモ帳の切れ端だった。


 沙季が読めるということは、日本語で書かれているということである。すげえ、と素直に感心する。死神語と日本語の両方の読み書きができるのか――、いや待てよ。よく考えるとこっちに来てから聞こえてくるの、だいたい日本語だな。ルウだけじゃなくさっきの店主も日本語で喋ってたな。どういうことなんだ。


 そんなこと、いまはどうでもいい。


「これ、そのタイミングでルウがなんかするってことだよな……」


 あの店主がずっとにやにやルウを見ていたのは、単に愚かな子どもの愚かな行動が好きだったからとか、それだけが理由じゃないんだろう。


 たぶん、見張る役割もあったはずだ。


 渡された針じゃなくて、自分で持ちこんだ道具を使ったりしないかとか。もちろん、さっきルウが言っていたのがほんとうなら、どんな道具を持ち込まれたところで、魔法をかけてしまえば関係ないんだろうけど、それならそれで、魔法をかけるタイミングを図るためとか、そういう理由があったはずだ。


 なんとかするから、なんかするから店主の気を逸らしてくれ。


 つまりはそういうことで、


「いきなりバトル漫画みたいなこと言われてもなあ」


 たいへん困る。


 爆竹でも買ってきて、そのへんで爆発させればいいのか。


 通りすがりの人に肩でもぶつけて、因縁をふっかけてみればいいのか。


 もちろん、そんなことをできるわけがないのである。


 騒ぎと言われても、こっちは生涯品行方正、バイトだって学校に隠れてやってたわけじゃなく、ちゃんと許可を取っていたタイプの(元)高校生なのだ。学校だって休んだことはほとんどないし、空いた時間は高校卒業後のことを考えて勉強に当てたりしていたし、こういうことはまったくもってむいていない。


 まったくもって。


 でも、ちょっと思いつくものがないわけではない。


「マジでやんのかよ……」


 そして、結局思いつくままに沙季は辿りついている。


 縁日だもの。盆踊りくらいはある。


 人々(人?)がやぐらを取り囲んで音楽に合わせて、規則的な運動をしている。


 真ん中のやぐらの上では、はっぴを着た男がどんどこどこどこ太鼓を打ち鳴らしている。ものすごい音量で、けれどそれがときどき止むのは、合間合間にイベントが挟まるからであるから。


 のど自慢大会。


 ここまで来ておいて、あえて言う必要もないのかもしれないが、それでもあえて言っておくと。


 沙季はのどにたいへん自信がある。


 運営側っぽいたたずみ方をしていた女に話しかける。飛び入りオーケーですか。もちろんだいじょうぶですよ。マジかよだいじょうぶじゃないほうがよかったな。そう思いながら、マイクを渡される。


 たしかに、空いた時間のほとんどは勉強をして過ごしていた。でも、やっぱりときどきは息抜きもほしくなったりして、数年前まで音楽で食べていくというのが夢だったりして、死ぬ直前まで実はあんまりあきらめがついていなかったりして、バイト先にカラオケ屋を選んだのもお客さんがいないときなら従業員特典でタダで使わせてもらえるという話を聞いたからだったりして。


 でも、べつにのどに自惚れているわけでもないから。


 マイクを持つ手は、ふつうに震えていたりする。


「さあ次ののど自慢は飛び入り参加!」


「おっ、いいぞ!」


「気合入ってるう!」


 好き放題言ってんじゃねえぞ。


 どくどくと脈打つ心臓を落ち着けようとして、深呼吸して、それでもほどけないままのこの緊張は。


 人前で歌うのが初めてというわけではなかった。歌手志望だもの。駅前で歌ったことくらいはある。足を止めさせたこともある。拍手をもらったこともある。


 でも、ど田舎だったもの。


 第一線で戦ったことがあるわけでもないし、そもそも一度はあきらめた道だし、自分なんかじゃ力不足だってわかっていたし、都会に行ったら通用しないだろうと思ったから夢を捨てたわけだし、ルウに言われたから仕方ないと思ってこの場所に立っているわけだけど、そんなの結局ぜんぶなりゆきだし、上手くいくわけないし、いますぐ逃げ出したいし、


 嘘。


 マイクを握る手に力が入る。


 声の出し方も、メロディの作り方も、ぜんぶ覚えている。忘れるわけがない。口の形が、舌の動かし方が、空気の震わせ方が、はっきりとわかる。


 言い訳なんて、ぜんぶ嘘。


 歌の歌い方は、死んでも忘れていなかったらしくて。


 怖かったのはほんとうだけど。


 できないなんて、かけらも思わなかった。






「――おいっ、嬢ちゃん! 魔法使ったなっ?」


「なんで?」


「なんでって、」


「なんでそう思うの? わたし、正々堂々やったよ」


 ルウは悪い顔で笑って、


「『おいおい、言いがかりだぜ』」


 うわーお、とビニール袋を両手に抱えて戻ってきた沙季は、いきなりクライマックスに遭遇しちまった、という気分だった。


 ルウが型抜きの店主に見せつけているのは、これ以上ないくらい完璧に彫りだされた平等院鳳凰堂だった。非の打ち所がない。もしも後世に平等院鳳凰堂を伝えるべき模型をひとつだけ選べ、と問われたら、これだと答える人が一定数いるだろう、そういう美しさだった。


「はい、三万ソル。約束だもんね。ちゃんと払ってね」


「うぐぐ……。しょうがねえ、もってけドロボー!」


 ドロボー扱いもまるで気にせずほくほく顔のルウは、わざとらしくその紙幣を三枚、ぺし、ぺし、ぺし、と指で数え上げて、これ見よがしに鼻で笑って、それからようやく、沙季に気付いた。


「おかえり! ……その荷物、どしたの?」


「ただいま。いやなんか、歌い終わったらまわりの人たちがあれも持ってけ、これも持ってけって、渡してくれてさ……」


 ちょろちょろと近づいてきたルウに、沙季はそのビニール袋を開いて見せる。焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、フランクフルト、りんご飴……とにかく縁日で手に入りそうなものがひととおり。


「おおっ」


 目をキラつかせるルウに、あとでふたりで食べようぜ、と言って、それから、


「上手くいったみたいだな」


「うん。ありがと、沙季ちゃん。どうやったの?」


「え? いや、ふつうにのど自慢で歌ってきて、」


 上手かったからまわりが盛り上がって、勝手に騒ぎみたいになった。


 そんな続きの言葉は、自分で口にするにはちょっと恥ずかしくて、心の内に押しこめた。


 それでも、ルウには伝わったらしくて、


「えー。わたしも聴きたかった」


「え、聞こえなかった? ここまで」


「たぶん聞こえてたんだけど、わたし、集中するとなにも聞こえなくなっちゃうんだもん」


 ああ、それっぽい。


 妙に納得して沙季はうなずく。この子はどう見てもそういうキャラだ。


「ま、そのうちまた機会があったらな」


「約束ね。ようし、戦利品も調達して、お財布も温まったことだし、次の街に行きますかあ」


「あ、ちょっと待った」


 元気よく歩き始めたルウが、ん?と振りむく。


「その三万ソルってさ、ぜんぶ使い切るのか?」


「? んーん。一万ソルもあればだいじょうぶだと思うよ」


 やっぱそうか、と沙季はうなずいて、


「じゃあ、二万、返すか」


「おおっ!」


「えーっ?」


 喜びの声を上げたのが店主で、不満の声を上げたのがルウ。


「なんで?」


「変な稼ぎ方したお金はあんまり持ってない方がいいんだよ。必要な分だけでいいだろ」


「えー。お金はお金だよ。変わんないじゃん」


「まあ、そうかもしんないけどさ。三万って、思ってるよりずっと大金だぞ。ひとりぶんの食費として見たら、まあ二、三ヶ月分くらいにはなるし……。この店主のおじさんが、あたしたちがお金巻きあげたせいで餓死したりしたら、寝覚め悪いだろ?」


 うんうん、と首がちぎれる勢いでうなずく店主の横、む、とルウはほっぺたをふくらませて、


「でも、このおっちゃんだって悪い方法でお金稼いでたんだよ」


 店主が停止する。


「いやほら……。家族を養うために必死だったのかもしれないだろ?」


 店主が再起動する。


「家族がいるのにこんな仕事してる方が悪いと思う。あと子どもからお金を巻きあげてるのもダメだと思う」


 店主が再停止する。


「それって、あたしたちがこのおっちゃんからお金を巻きあげてもいいほどの理由になるか?」


「…………」


 考えこんだルウは、やがて、


「……おっちゃん、あわれだから返してあげる。強く生きてね」


 店主は再々起動して、


「お、おう……。なんか悪いな! これからはちゃんとガキんちょどもに金払うようにするからよ! げっへっへ……」


「しーらない」


 なにもそんな笑い方しなくても、という風に笑った店主にそっぽをむいて、行こ、とルウは沙季の手を取って、歩きだす。


 祭りの音は、段々遠ざかっていく。


「ルウ」


「なーにー?」


「ありがとな。あたしのわがまま聞いてくれて。どうしても気になっちゃってさ」


「いいけど」


「あと、お金も稼いでくれてありがと。あたしだけじゃできなかったよ」


「べっつにー。わたしひとりでもできなかったもん」


「ルウ、」


 すねてる?と聞けば、振りむいた。


「わたし、魔法でズルはしてないよ。おっちゃんが魔法使えないようにしただけ。実力だよ」


 そう言って、小さく頭をかたむけた。


 どういう意味かは、わかりやすいすぎるくらい簡単にわかった。


「――すげえじゃん。ルウ」


 手のひらを、頭に乗せて。


「もっとほめて」


「超すげえ。超尊敬」


「焼きそば食べたい」


「おう、食べろ食べろ」


 がさごそと、ビニール袋を広げながら、ふたりは歩いていく。


 その音に紛れて、沙季はさんきゅ、と言って、ルウはおいしそう、と言った。



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