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「うぉおおおおお!」


「ふんばれ沙季ちゃん! ファイトー!」


 大ピンチだった。


 いきなり。


「ふぐぐぐぐうぐ」


 ものすごい体勢になっている。生まれてこの方、一度も体験したことのないような姿勢になっている。


 こんな格好になったことがある人間がいるとしたら、宇宙飛行士くらいだろう。しかもとびっきり高速のロケットでシートベルトを締め忘れた宇宙飛行士だ。


 空に吸い込まれそうになっている。草っぱらから空にむかって。逆ではない。つま先にむけてものすごい重力でも働いているみたいに、沙季の身体は上の方に引っ張られようとしている。


 地面に触れている身体の箇所は、どこにもない。


 かろうじて、地に足をつけたままのルウが、両手で沙季の手をひっぱっている。


「と、飛ばされるっ!」


「がんばれ沙季ちゃん! ファイトー!」


 沙季は思った。あたしがファイトする余地なんかねえよ。おまえがファイトするんだよ。おまえにかかってるんだよ。頼むからがんばってくれよ。


 そう思って、ルウを見て、


「……沙季ちゃん。もしかして知らない? 『ファイトー!』って言われたら『おー!』って返すんだよ」


 こんなふうに、とご丁寧にもその言葉を使うときにいっしょにするべきジェスチャーを、ルウは実演付きで解説しようとしてくれて、


「手ぇ離すな、ばっかやろぉおおおおおっ!」


 めちゃくちゃ叫んだ。





「――つまり、こういうことだったんだな?」


 うん、とルウがうなずいたので、つまりそういうことだったのだとわかった。


 生き物の『魂』が『心霊界』に入ると、それから数分の間、問答無用でこういう風に『本来の目的地』までぶっ飛ぼうとするのだそうである。ボールが高いところから地面に落ちていくみたいに、あるいは埃が掃除機に吸い込まれるみたいに。『魂』は強烈な速さで吹っ飛んでいこうとするそうなのである。自分の意思とは関係なく、自動的に。強制的に。


 そりゃそうでしょ、とルウは言った。だって毎回毎回死神がツアー案内をしてたら、死神がどれだけいても足りないし、と。ちょっと考えたらわかることだし、わかることだと思ったから言わなかったけど、と。


 そう言ったために、いまは沙季の指先によって、そのほっぺたが左右にどこまで伸びるかの耐久実験をほどこされている。さっきの、うん、という返事も、実際のところは、えむ、とかそういう音だった。


「……ちなみに、その『本来の目的地』ってどこなの」


「えんおあい」


 実験が中止された。


「『原初海』でふ」


 ほっぺたをもちもちとさすりながら、ルウが言った。


「そこに行くとどうなんの」


「うーんとね。『魂』が溶けちゃう」


 とんでもねえことを言われたな、と沙季の顔がひきつった。


「『原初海』は『魂』の素になってる場所なんだけど、海っていうか、『魂』の集合体なんだよ。よく先生が言うのは、『原初海』が大鍋のスープで、それぞれの『魂』は器に盛られたあとのスープだ、っていうやつ。『原初海』から得られる部分が『魂』になるんだけど、もちろん大鍋のスープから完璧におんなじ部分をすくって器に盛りなおしたりはできないから、一回『原初海』に『魂』が溶けちゃったら、もう二度とおんなじ『魂』は取り出せない……みたいな」


 あぶなかったね、と何でもなかったようにルウは言った。


 あぶなかったんだな、と沙季は笑った。


「おまえ次におんなじことやったらぶっとばすからな」


「えっ、たすけない方がよかったの?」


「そうじゃなくて! なんの予告もなしに危ないところにつっこませてきたらってことだよ! 人には心の準備ってもんが必要なの!」


「でも、どうせ沙季ちゃんこうなるって知っててもなにもすることなかったと思うよ」


 わたしがひっぱるかひっぱらないかの話だもん、とルウは言った。


 わかってんじゃねえか、と沙季は思った。


「……それでもちゃんと、前もって言ってくれ」


「なんで?」


「知ってるのと知ってないのとじゃ、トラブル中のあたしの気の持ちようがちがうから。さっきだってパニックになって大暴れする可能性だってあったんだからな」


 言うと、ルウはぽん、と手を打って、


「なるほど」


 頭を下げて、


「ごめんなさい」


 あんまり素直だったので、沙季も大きな声を出したのがなんだか恥ずかしくなって、


「いや……、べつにいいよ。次から気をつけてくれれば」


 子どもなんだし、と付け足そうとして、


「そう? じゃあ謝れてえらいね、ってほめて」


「やっぱりもうちょっと反省してろ」






 けんかしてる場合じゃないよ、とルウが言うので、すぐに歩き出した。


 どうしてけんかしてる場合じゃないのかといえば、追手が来るかもしれないからだと言う。授業を勝手に抜け出してきたから、バレたらすぐに先生たちが追いかけてくるかもしれない、という。


「……で、どこむかってんの、これ」


 沙季が聞けば、ルウは答えた。


『よすがの塔』は『原初海』のすぐそばにある。さっきのひっぱられる力に乗っかれば、『原初海』までまたたく間に着いただろうけど(そしてそのまま溶けて消えただろうけど)、ふつうに歩いていたら、夕方くらいまではかかる。


 四つの街を通るのだという。


「どんな?」


 ちょっとわくわくして、沙季は聞いた。RPGみたいだ。最近はめっきりやらなくなったけれど、三年前くらいまではけっこう好きだった。


 えーとね、とルウは『わくわく! 魂送り体験学習!』のページをめくりながら言う。


「ひとつめが、『夏の街・アルカ』。ふたつめが、『夏の街・ヒナケート』。みっつめが、『夏の街・フロロダルル』。よっつめが、『夏の街・ロカッタフォンフォン』」


「バランス悪ぅ!」


 思わず沙季は言った。


「なんでぜんぶ夏の街なんだよ。ふつうこういうの春夏秋冬で街つくらないか? こんなん常夏トロピカルランドじゃん」


「そんなこと言われても……。あ、でもそれぞれ観光スポットがあるって」


 どれどれ、と沙季はルウの肩越しに、『わくわく! 魂送り体験学習!』をのぞきこむ。


 死神の言葉で書かれているらしく、文字は読めない。代わりに、いぬとぶたとくまの中間みたいなへちゃむくれの生き物が何かをしているイラストが目に入る。生き物自体はぶさかわのラインに立っていて、沙季は割と気に入ったりもしたけれど、肝心のそれぞれの街でなにをしているのかは、イラストがあまり達者ではないので、よくわからなかった。


 わかんね、と言って、ルウに読み上げてもらおうと思ったとき、


「うおっ」


「もう聞こえてきたね」


 どんどん、と。


 何もないような道だった。整備された道があって、そのまわりは草っぱらばかり。


 その草むらが、振動で揺れていた。


 太鼓の音のように聞こえた。


 夏の街・アルカ。


 観光資源は、お祭り。




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