12
三番目の街、フロロダルル。
名物はかき氷。
らしいのだけど。
「…………」
「…………」
き、気まず~。
沙季はルウに見えない角度に顔を傾けて、苦笑いをしている。
セラドニクスにお願いして一芝居打ってもらって、その間にごま塩頭のおじさんに次の街まで送ってもらって……、とうまくいったはずなのに。
「…………」
ルウはずっと黙りっぱなしだった。
軽トラで運んでもらっているときに会話がなかったのは、まあ仕方がないと思う。乗れるところは運転席を除けば助手席と荷台しかなかったし、こちらから送ってとお願いしておいてふたりとも荷台というのも失礼だろうと思って、沙季は助手席に座って、当たり障りのない会話を続けていたのだから。ちなみにヒナケートの特産物はレンコンらしい。そのとき聞いた。
問題はそれから先。
なにかを考えこんでいるような表情で、ルウはずっと歩いている。
というかたぶん思いっきり考えこんでいて、その証拠にいまも電柱に正面衝突しそうになって、慌てて沙季が軌道を修正する羽目になる。
「危ないって」
「…………」
さっきのことだろうなあ、と思う。
いろいろと、このちびっこも思うところがあるらしい。
てっきり思いつきで始めた旅に巻きこまれたのだと思っていたけれど、あの口ぶりを聞いていたら、きっと、前から持っていた疑問の爆発ポイントがたまたまここに来ただけなんだろうという、意外な年季の入りようがわかってくる。
どうしていっしょうけんめい生きてきた人が、死ななくちゃいけないの。
沙季だって、その気持ちはわかるけれど。
そんな考え方を持ち続けていたら、きっと生きにくいだろうことははっきりとわかるから。
それにきっと、自分といたために、その思想が強化されてしまったこともわかるから。
なにも言えないでいる。
なにを言っても、まちがいになる気がしている。
「あ、ルウ。かき氷あるってよ。練乳とアイスクリームがかかってるやつ。おいしそうじゃん。食べたくないか?」
「いい。急ご」
「お、おう……」
急にまじめになっちゃって。
さかさか歩いているつもりなんだろうが、歩幅がちがう。ルウの早足に、沙季は余裕をもってついていっているけれど、精神的に余裕があるかといえば、そこまででもない。
正直言って、こんなに大事になるとは思っていなかったのだ。
ルール違反といっても、ここまで重大なルール違反だとは思わなかった。
子どもがやるくらいだし、せいぜい校則違反くらいのものだと思っていた。死神、っていうくらいだし、人間の命のひとつやふたつ、どうだっていいものと捉えているのかと。心停止から蘇生するとか、その程度にはありふれたものなのかと思っていた。
なのに、セラドニクスの話を聞けばどうだ。
そのルールを破れる死神がほとんどいなくて、まだ法整備されてないからセーフ。
それって、将来的にはものすごい刑罰を伴う可能性がありそうな言い方じゃないか。
沙季はとなりを歩くルウのつむじをじっと見つめた。
小さいな、と思う。
こんなに小さい子が、自分のために洒落にならないルール違反を犯そうとしている。いや、もちろん自分のためだけじゃないんだろうけど。ルウはルウ自身の思想や信条に従って行動してるんだろうけど。
でも、友だちだって。
「…………」
「わっ、なにっ!」
沙季は無言で、ルウの頭に手を置いた。
つむじをぐにぐにと押した。ルウはさっきまでの沈黙が嘘のように暴れ散らかした。
「やめてよ! 縮んじゃうでしょ!」
「あ、こっちにもそういうのあるんだ」
「あるよ! やめてよね!」
ぷんすか、とルウがわき腹にぱんちを繰り出してくるのを、あはは、と受け流す。
「あのさ、ルウ、」
――やめない? この旅。
その言葉は、声にできなかった。
だって、どの口でそんなことを言えるだろう。
ごめんな、あたしこんなに大事だと思ってなかったんだよ。おまえにこんなに負担がかかることだなんて思ってなかったんだ。ちょっと学校をサボるとか、そのくらいのことかと思ってたんだよ。だっておかしいじゃん。あたし十六歳だし、そりゃあそのくらいで死ぬ人もたくさんいるかもしれないけどさ、自分にそれが起きるだなんて思ってないから、なんかのまちがいかなって思ったりするじゃん。で、思ったらほら、軽い気持ちでさ、生き返れるかもとか思ったりするじゃん。絶対そんなことないってわかってても、ほかの人が突然死んじゃうとことか見てたとしてもさ、自分だけはちがうかもって、どうしても思っちゃったりするじゃん。
でも、あたしさ、
いつものくせで、できる限りのことしちゃったけど、
ほんとうは、
「そこのふたり、止まれ」
言うまでもなく、終わりが来た。
意外なことに、ルウが振りむくよりも、沙季が振りむく方が早かった。とくにそのことに意味はない。だって、沙季はその声の持ち主の顔を見ても、それが誰なのかわからなかったから。
顔を知らなかったから。
知っている名前と、結びつかなかった。
「シロ――、」
「止まれ、と言った」
遅れて気付いたルウが、言いかけて、口をつぐんだ。
よく見れば、それがつぐんだのではなく、つぐまされたのだとわかっただろう。かくかくと小さく動かされるか細いあごとは裏腹に、唇だけがぴったりと閉じられていて、声をかけてきた女の視線は、その場所に絶え間なく注がれていて、瞳のまわりに氷の破片のような燐光が散っている。
「ルール違反だ。連れ戻しに来た」
銀髪の死神、シロファニアは、静かにそう言った。




