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 カゴの中で『ゼタ・ビートル』が暴れている。


 暴れ続けているということは、出られなくなっているということだった。


「ルウ、あなた、いったいどんな魔法の使い方してるのよ……。一瞬であんなの作れるって……」


「ソーニャが強度上げてくれなかったら、簡単にやぶられちゃってたよ」


 車はとうとう止まった。


 運転席では口からエクトプラズムを吐き出しそうな顔のアーミラが呆けていて、助手席には信じられないという顔をしたソーニャ。車の上にはどことなく達成感を覚えた表情で、ルウが座っている。


 ごく単純な作戦だった。


 アーミラが思い切りアクセルを踏む。それで、『ゼタ・ビートル』を引き離す。


 そこでルウが大きなカゴを魔法で作って、上から落とす。壊れないようにソーニャがそのカゴの強度を上げる。


 閉じこめる。


 言うのは簡単だけれど、ひとつひとつは難しいことだった。


 まずもって、ゾウより大きい構造物を魔法で作り出すなんて、ふつうの死神なら一週間かかったって難しいのだから。


 でも、一件落着。


「――って、こんなことやってる場合じゃないのよ!」


 大声を上げて、勢いよくソーニャは車から飛び出した。びしっ、と指を突きつけて、


「ルウ! 帰るわよ!」


「やだ」


「やだ、じゃない!」


「なんで?」


 じっ、とルウはソーニャを見た。


 その視線のまっすぐなのにソーニャは、うっ、と怯んでしまったけれど、それでも負けずに、


「あ、あなたねえ! どれだけ迷惑がかかってるかわかってるのっ?」


 めいっぱい、遠慮なく怒った。


 誘拐されたのかと勘違いの心配をして損した分は、さっきのビンタ一発で払ったような気もしたけれど、それ以外の怒りはまだまだ十分にある。


「実習の途中だったのよ? わたしだって、先生だって、シロファニアさんだって、すっごく困ったんだから!」


「うん。それはごめんなさい」


 素直に、ルウは頭を下げた。


 上げて、


「でも、帰らない。やりたいことがあるから」


「なによ、それ! 実習放りだして、いまやらなきゃいけないことっ?」


「うん。いまじゃないといけない。一度だって『魂送り』をしちゃったら、わたし、こういうことをする資格は二度となくなっちゃうから」


「な、なによ……」


 いつになく真剣なトーンのルウに、ソーニャは気勢を削がれて、


「なによ。……わかってるわよ。あなたがなにも考えないでバカなことを……するけど。するけど、しないってこと。なんなのよ、それ。あなた、なにをしようとしてるの……?」


「それは……」


「――人を蘇らせようと、していますね?」


 その答えは、ソーニャが口にしたものでも、ましてやルウが口にしたものでもなかった。


「先生、」


 車の中で目を回していたアーミラが、ゆっくりとドアを開けて、外に出てきていた。


「ルウちゃん。正直に答えてください。あなたは死人を蘇らせようとしている。ちがいますか?」


 少しだけ、ルウは悩むそぶりを見せた。けれどすぐに、


「うん。そうです」


「……やっぱりそうですか。先ほど、シロファニアさんから連絡が来ました。最後の『魂送り』の対象である七瀬沙季さんの『魂』がすでに『物質界』にないと。……いっしょにいるんですね?」


 今度は、ルウは答えなかった。


「それは、私の説明ではどうして人を殺さなくちゃいけないのか、『原初海』に送らなくちゃいけないのか、納得できなかったからですか?」


 うなずくのを見て、アーミラは、


「――ごめんなさい。ルウちゃんみたいな子には、もっとちゃんと説明するべきだったんですね。ルウちゃんがちゃんと納得できるようにその場で説明できなかったこと。納得しないでいることを見抜けないまま、実習に連れてきてしまったこと。すべて、私の未熟が生んだことです。……ごめんなさい」


「な、なに言ってるのよっ!」


 頭を下げたのに異を唱えたのは、ソーニャ。


「先生が悪いわけないでしょっ! ひ、人を蘇らせるっ? なにを考えてるの、ルウ! あなたの考えてることっていつもむちゃくちゃでわけがわからないと思ってたけど、今度の今度ばかりはほんとうにわかんないっ! そんなことしてなにになるのっ! ルールなのよっ?」


「だれが決めたルールなの?」


 短い言葉で、ソーニャの言うこと、ぜんぶを封じこめた。


「それは、わたしが決めたルールじゃないよ」


「そ、そんなの当たり前のことでしょ。あなたのために世界があるんじゃないのよっ」


「じゃあ、だれのために世界はあるの? だれならルールを決めていいの? それってほんとうに正しいの? わたし、そのルールを決めるところ、見てないよ。先に生まれてきた死神たちが、先に生まれてきた死神たちだけで決めたの? わたしたち、遅れて生まれてきたっていうだけで、先に生まれてきた死神たちの決めたルール、ぜんぶ守るしかないの?


 ――自分でなにかを決めちゃいけないなら、わたしたちはなんのために生まれてきたの?」


 ソーニャは。


「――それは、」


 なにも言えなかった。


「――ルウちゃんの言うとおりです」


 代わりに、アーミラが答えた。


「せ、先生っ?」


「ルウちゃんの言うとおり、このルールは、ずっとむかしの死神たちが決めたものです。あなたたち新しい世代には、そのルールの妥当性を評価して、状況に応じてそれを変えていく権利がある……、私はそう思います」


 でもね、とアーミラは言う。


「今回ばかりは、ダメです。ルウちゃん。あなたは命というものを知らなすぎる。大人ばかりが物を決めているのは、ちゃんと理由があるんです。


 生きていれば、その長さの分だけたくさんのことを知ることができる。ルウちゃんはたしかに、頭がいいです。勉強だってちゃんとするし、いろんなことに取り組む意欲もある。だけど、それに経験が伴っているかはまったくちがう話です」


「でもわたし、」


「たしかに、ルウちゃんはもうほとんどの大人より頭がいいかもしれません。でも、十年後、二十年後を想像してください。大人になったルウちゃんは、いまのルウちゃんよりずっと賢くなっているとは思いませんか? そういう想像をすることは、ルウちゃんがまだ未熟だということの証拠には、なりませんか?」


 ルウは、口をつぐんだ。


「私はね、子どもたちにはたくさん失敗してほしいと思っているんです。新しいことをしていくこと、自分らしい道を進むっていうことは、失敗と上手く付き合っていくということでもありますから。


 でも、今回ばかりはダメです。命は、そんなに簡単に扱っていいものではありません。命に関する失敗だけは、取り返しがつかない。一生消えない傷になる。一生消せない罪になる。


 私は、私が教える生徒たちに、それだけはさせません。力尽くでも、あなたを止めます」


 アーミラは、まっすぐにルウの目を見ていた。


 大きく開いた瞳から、ぼろぼろと涙を流しながら。


 もう、ソーニャはなにも言えなくなっていて。


 ルウは、こんなことを言う。


「命のこと、軽く扱ってるのは先生たちの方だ」


 ソーニャは、驚いてルウを見た。


 こんな声を聞くのは、初めてだったから。


「ずっとおかしいと思ってた。どうしていっしょうけんめい生きてきた人が、死ななくちゃいけないの? 沙季ちゃん、すっごくいい人だよ。優しいもん。十個入ってるたこ焼き、七個くれるもん。わたしがやりたいと思ったら、なにも言わなくても察してくれるし、付き合ってくれるもん。先生とも、ソーニャとも変わらないよ」


 なんの声だろうと、そう思って。


 すぐにわかった。




「――もう、友だちだもん。死んでほしくない」




 泣き声で。


 アーミラもソーニャも、両方、力が抜けてしまった。


「みなさーん、こちらですよー!」


 そのときだった。


 男の声が響いた。ルウにもし、その声をきっちり聞く余裕があれば、それがセラドニクスのものだとわかったかもしれない。


 ひとりだけではなかった。ぞろぞろと、集団を連れてきている。


「うおっ、マジででけえ!」


「見んのはじめてー」


「なんだ、前に見たのよりずいぶんでかい気もすんなあ」


「カゴ? これ魔法? えーすごいね」


「いやあ、今回は大学の先生がいたおかげで助かったなあ」


「いえいえ、今回は僕はなにも……、あ、すみません、トラックもっとこっちに持ってきてください!」


 ヒナケートの、地元住民らしかった。セラドニクスは、かたわらにいたアーミラとソーニャに近寄り、一方的に話し始める。


「いやあ、助かりましたよ! この『ゼタ・ビートル』は変種でしてね。こうして早期に捕獲できなかったらたいへんなことになるところでした! これからこれを山から下ろそうと思っているんですが、どうですか。お二方もよろしければ!」


「いえ、私たち――」


「いやあすげえな、そんなに若いのにこんなに立派な魔法が使えてよ!」


「あんたも偉いとこの先生かい?」


「ちょ、ちょっと――」


 アーミラもソーニャも、人に囲まれて、とっさに身動きが取れなくなってしまう。


 その間に、ルウとの間に、大きなトラックが割りこんできて。


 やっと人の輪から抜け出して、その先を確かめたときには、もう、だれの姿もなくなっていた。



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