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 ちょっとの間だけ、気を失っていたらしい。


「いっ……たくねえわ」


 ぜんぜん痛くなかった。立ち上がって自分の体――いまは『魂』――を見下ろしたけれど、傷がついている様子はない。


 見ると、自分以外もみんな倒れている。カブトムシの衝撃でふっとばされたのだ。


 距離があった分、自分がいちばん早くに目覚めたらしい。道路に残った跡から、落ちてきたあのカブトムシは、ヒナケートの街の方に引き返すようにしてどこかへ行ったらしいとわかった。


 かたわらにルウも倒れている。


「ぐー」


 というか、寝てる。


 ぺちぺち、とほっぺたを触ると、うみゅうみゅ言いながら目を開けた。


「あれ、わたしのたこ焼き……」


「まだ食べ足りなかったのかよ。起きな」


 両手をばっと差し出してきたので、沙季はそれを持ってやって、引き起こしてやる。ルウも沙季と同じように自分の体を見下ろした後、あたりの死屍累々――マジで死んでないよなと不安になったけれどみんな胸のあたりが上下しているからだいじょうぶそう――を見回した。


「すごいことになったな……。どうする?」


「どうしよう」


 めずらしくルウが困った様子で言うので、不思議に思った。


 べつに長い付き合いというわけじゃないけれど、自分をこっちに連れてくるときも、最初の街でお金を稼ぐときも、まるで迷っていなかったのに。


 だから、沙季から言うことになる。


「ふつうに考えたら選択肢はふたつだよな。虫でけーって言ってビビッて逃げるか、虫でけーって言ってはしゃいで突っ込むか」


 ビビっているようには見えなかった。というか、どう見てもそういうタマじゃないだろうことは、ここまででよくよくわかっている。


 でも、ここまで言ってもまだ眉を下げているルウを見れば、多少は察することもあって、


「――もしかして、あたしに遠慮してる? さっきもだけど」


「だって、あっち側、先生たちがいる方だもん。見つかったら危ないよ」


「危ないって、べつに危ない人じゃないだろ。先生なんだから」


 言ってから、いや先生にだって危ない人は大量にいるな、とちょっと思ったけれど、


「アーミラ先生、いい人だから危ないんだよ。怒るとね、」


「うん」


「まっすぐ目を見たままぼろぼろ泣き出しちゃう。ちゃんとお説教は続いてるんだけど、もう、ものすごいかなしそう。ぜんぜん怒りたくなさそうに怒るんだよ」


「……きっつ」


「うん」


 しゅんとしちゃう、とルウは言って、


「それだけならいいんだけど、ソーニャもいっしょにいるから、隙を見てわたし、つかまっちゃうかもしれない」


「ソーニャって、友だちなんだっけ」


「うん。いい子なんだけど、こっちはすぐに怒る。容赦なし。魔法もわたしと同じくらい上手いし、ひとりひとりならなんとかなるけど、ふたり同時になると、わたしも分が悪いし……」


 分が悪いなんて言葉を使うちびっこを初めて見た。それでちょっと沙季は笑ってしまって、


「いいよ、行こうよ」


「え――」


 ルウが顔を上げる。


「友だちと先生なんだろ? 見つかったって大したことにはならないって。あたしのことは気にするなよ」


「でも、」


「それにさっきのでっかい虫。あれがいきなり出てきたら先生たちだって危ないだろ。そこでセラドニクスさんたちだって倒れてるんだし、大人なら誰でも対処できるってものでもないんだろ?」


「……うん。ふつうの死神だったら、絶対むり。先生も魔法、そんなに上手い方じゃないし」


「んじゃ心配じゃん。見に行こうよ。だいじょうぶそうだったらこそこそ逃げ出せばいいんだしさ」


「……いいの?」


「いいよ」


 にっ、と沙季は気持ちよく笑う。


 まじまじと、ルウはその笑顔を見た。


「……う、うう…………」


 話がまとまったそのとき、うめき声が聞こえた。


 倒れていた大人のうちのひとりの声だった。ふたりはその方向に目をやる。


「ま、まずいぞ……。『ゼタ・ビートル』が解き放たれてしまった……」


 セラドニクスだった。


 幸か不幸か、ほかの誰が目覚めている様子でもなかったし、沙季とルウは、そちらに近づいていく。沙季から声をかけて、


「あの、だいじょうぶですか?」


「あ、あなたたちは先ほどの親切な若者たち……! どうしてこんなところに……」


「いや、次の街に行こうと思って」


「ならば早くお逃げなさい……っ。『ゼタ・ビートル』に襲われないうちに、早く……」


「『ゼタ・ビートル』ってなに? カブトムシ?」


 ルウが聞くと、セラドニクスは震える指でめがねをクイッと上げて、


「『ゼタ・ビートル』は十七年に一度、ヒナケートに現れるカブトムシの『変種』です。見てのとおりその巨大さが特徴であり、またそのたびに周辺地域に一定の被害をもたらしています。


 僕は先月に地元自治体の要請を受けて、『ゼタ・ビートル』が成虫になる前に確保するよう大学から派遣されてきたのですが、なにぶん『変種』に関する資料は少ないものですから、その繁殖地を特定するのに時間がかかってしまい……。


 そのうえ『変種』の違法売買によって儲けを得ようとするそこの黒服たちのような密猟者まで現れてしまいした。


 僕は彼らの妨害を受けながらもなんとかきょう、『ゼタ・ビートル』の生育地を特定したところだったのですが、時すでに遅く……、成虫と化した『ゼタ・ビートル』の襲撃を受けて気を失ってしまいました。はじめにあなた方と会ったのが、このときですね。


 意識を取り戻してからは大忙しでしたよ。とにかく機動力がなくてはならないと思い、そちらの地元町内会の会長さんに足を提供してもらいまして、『ゼタ・ビートル』の行方を探すために住民の方々に聞き込みをして……。


 ああ、そうそう。その途中で逆に聞き込みをされたんです。小さな女の子と若い女性のふたり組で、たぬきみたいな顔の女の子を見ませんでしたか、とね。おそらくあなたのことではないかと思ったんですが、密猟者たちとのタイムアタックでもありましたし、相手方も身分のはっきりした方々かとっさには判断がつかなかったものですから。知っているというだけ答えて、車を走らせてしまいました。もしもお知り合いでしたら、たいへん失礼しましたということで伝えていただければと思います。


 なにはともあれ、お逃げください。『ゼタ・ビートル』は雑食性です。いまのところ人的被害はほとんど出ていないとのデータはありますが、なにしろ『変種』ですからね。あとのことは僕たちに任せて……ううっ、」


 ものすごい長い台詞を息も絶え絶えに、思わず沙季が、いやもう話すのやめて寝てなよ、と口を挟みたくなるようなつらそうな様子で話し終えたのち、セラドニクスは震える手を前へとぶるぶる伸ばし、


「がくっ」


 力尽きた。


 沙季とルウはお互いの顔を見て、ルウが指さす。


「がくっ、って自分で言った」


「うん、自分で言ったな……」


「へんなしにがみ」


「うん、変な死神だな……。ルウ、あんまり人を指でささない方がいいぞ」


 沙季がその指を、握って折りたたむ。


「沙季ちゃん。わたし、たぬきに似てる?」


「あー……。うん。けっこう似てる。かわいいよ」


「たぬきすき」


 えへへ、とまんざらでもなさそうにルウは笑った。



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