一時の安らぎ
それから一か月が経った、俺の精神は悪魔の誘惑によって大分摩耗していた。
(人間なんか守る価値があると思っているのか、お前の大切なイオナを奪ったのは無能で身勝手な村人だ。そいつらが憎くないのか。殺せよ、楽しいぜ、自分より弱い奴らが「た、助けてくれお、俺の命だけはお願いだ」って惨めに頭を下げるのは最高に気分がいいぜ)
「うるさい、うるさい俺は違う、そんなことはしない」
(本当か、お前、魔物たちが惨めに消え去っていくときに愉悦を感じているのを俺様は知ってるぜ)
「違う、違う、違う!」
そうやって必死に悪魔の誘惑に耐えていると向こうの方で悲鳴が聞こえてきた。
「きゃー、誰か助けて」
俺はその声で我に帰り、急いで声のする方に向かった。
そこには魔物に襲われている女性がいた。俺はすぐさま魔法で魔物を蹴散らした。
女性はこちらの方に気づき感謝の言葉を述べた。
「助けてくれてありがとうございます。私の名前はエリカと言います。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか」
ここで俺がいるとレオンにばれると困るので俺は噓をついた。
「俺の名前はローグ、見聞を広めるために旅をしているものだ」
「そうなんですか、旅をなされてるなんていいですね」
「そんな素敵なものじゃないよ、やっぱりこのご時世、魔物が多いから」
「そうだ、さっきのお礼に家で泊まっていきませんか。それに私、旅の話を聞いてみたいんです。」
彼女の家は小さな村の中にあった。エリカは笑顔がきれいで優しく芯のある女性だった。俺はその姿にどこかイオナに似た雰囲気を感じた。
俺は朝はここら辺の調査をすると言い、近隣にいる魔物を狩り、夜になったら、エリカにレオンのパーティーにいた時の楽しかった出来事を俺の素性がバレないようにぼかして話した。
そうして数日が経ち、近隣にいる危険な魔物は全て倒したので、俺は次の町に向かわなければいけなかった。だが俺はここでの生活が気に入り離れることが出来なかった。
村の人たちはみな優しく居心地が良く、俺はエリカにイオナの面影を重ねていた。そしてずるずるとこの村に居座ってしまった。
そして何日か経ち俺はここを出ていく決心をつけられず悩んでいた。俺は自分の使命を遂行しなければいけない感情とここで幸せに暮らしたいという感情がせめぎ合っていた。そんな俺を見たエリカは俺に話しかけてきた。
「あらローグさんどうしたんですか、顔色が悪いですよ。」
「そうか、気のせいじゃないか」
「だめですよ、そんな噓をついちゃあ、見れば分かります。すぐにここに座ってください。」
「いや別にいいって」
「いいから早く」
俺は渋々、彼女がいる絨毯に座った。すると彼女は俺の頭を自分の膝の上に載せて膝枕をしてくれた。
「な、何をするんだ」
「動かないでください、これは無理しているローグさんへの罰です。」
「こんな年になって膝枕は恥ずかしいんだが」
「私が落ち込んだり、悲しいことがあると亡き母がいつもこうやって膝枕してくれたんです。こうしている時は嫌なことや、悲しいことはすぐに吹き飛ぶんです。すごくないですか。だからこうしてローグさんが辛い時はいつでもこうしてあげます。」
俺は彼女の言葉に涙を流し泣いていた。
「泣きたいときは泣けばいいんです。無理は駄目ですよ。」
俺はそのまま彼女の膝の上で寝てしまった。その時だけは悪魔の誘惑もなく穏やかな気持ちでぐっすりと寝ることができた。
そして日が暮れる頃に俺は目が覚めた、エリカは俺に毛布をかけたあとどこかに行ったのだろう。
俺は魔王を倒したあと他の人に迷惑をかけないようにすぐに死ぬつもりだった。だけど、エリカと出会ってから俺は死にたくなくなった。
もしかしたら世界中の文献を漁ればこの状態をどうにかできる方法があるのではとそんなことを考えていた。もしそれができるのなら俺はエリカと共にこの村で穏やかに生活できるのではないかと、俺の中に微かな希望ができた。
俺はエリカにこの村で俺が帰ってくるのを待っててくれないかと告げようと考えていた。物事は早い方がいいと考えた俺は、エリカを探しに家を出た。
家を出た瞬間に広がった景色は夕焼け色の霧がかかった異様な光景だった。村人のたちの服がそこら中に無造作に置かれており、そしてその下の地面は人型の模様に濡れていた。
恐ろしくなった俺は村中を走り回った。だがまともな人間はだれもいなかった。
子供、大人、老人、あらゆる人の服が置かれその下の地面は濡れていた。
俺はエリカの無事を祈りながら一心不乱に走った。
そして俺はエリカだったものを見つけた彼女の体はもう透明な液体になり地面に染み込んでいった。彼女の衣服を握りしめながら俺は叫んだ。
「な、なんで、こんなことに一体何が起こってるんだ 、エリカこんなの嘘だよな、嘘だと言ってくれよ。」
「嘘ではありませんよ」
背後から誰かの声が聞こえた。俺はすぐさま振り返った。顔はピエロのようなメイクをしジェントルマンの格好をした異質な格好をしており、右手には大鎌を持っていた。
「おかしいですね。私の毒の霧の中で生きているとは」
「お前は誰だ」
「そんなこと教えるわけないでしょうと言うところですが、私はお喋りが大好きなので特別に教えてあげましょう。私は魔王様の幹部にして忠実な僕、グロイスと申します。どうぞお見知りおきを」
「魔王の幹部が一体何の用でこんなところにいるんだ」
「この辺り一帯の魔物が急速に激減していることに気づいた魔王様は調査のために私を送り込みました。そして調査の結果、この村に膨大な魔力の反応を示していることが分かったのです。なので、その原因ごと、この村の住民を皆殺しにしようと行動を起こしたわけです」
(こいつの言ってることを信じるなら、俺がこの村に長居しすぎたせいで、この村の住民やエリカが死んだってことになる。いや違う、俺のせいじゃない、俺のせいじゃない、俺のせいじゃないだって、俺はあの日からずっと戦い続けてきたんだ、少し休んだだけでこんなことって、こんなことってあんまりだ、不公平だ、世の中もっと楽して生きている奴があんなにたくさんいるのに、なんで俺だけは普通に生きることが許されないんだ。)
「この村の住民を皆殺しにするのは楽しかったですよ。私の能力はこの毒の霧でまず相手を麻痺させ、その後、じわじわと体を溶かしていくのです。村人たちの恐怖に歪む顔もうたまらない、そこの娘も良かったですよ、麻痺した状態でも誰かに助けを求めようと必死に誰かの名前を呼ぼうとして口をパクパクさせながら、体を動していましたからねえ」
俺の心に大きなひびが入り、その隙間に悪魔が入り込み、俺の感情が暴走した。更に俺の体は赤黒く染まり背中からは大きな翼が生えた。伝承に伝わる悪魔のようだ。
グロイスは言った。
「なるほど、正体は悪魔と契約していた人間だったと言うわけですね。道理で私の毒の霧が効かないわけだ、あなた魔王様の配下に加わりませんか。あなたほどの逸材なら魔王様も大歓迎です」
俺の体はいくつもの魔法を同時に展開し、村のことを考えずにグロイスを攻撃した。
「いやあ、残念ですね。断られてしまうなんて」
グロイスは俺の攻撃を軽々とよけた、それをみた俺は辺り一面を全て吹き飛ばす魔法に変えて攻撃した。
「あ~怖い、怖いですね。ダメージを受けないのが分かっていてもびっくりしました。」
その後、グロイスに対し様々な種類の魔法をひたすら打ち込んだが、全く効いていないように見えた。その様子に違和感をおぼえた俺は、奴の体を観察してみた、すると奴の体にはいくつもの魔法陣が描かれていた。その中の一つは遠隔操作する魔法だった。
それらの情報から、今目の前にいるグロイスは操られている傀儡のような物であり、本体は別のところにいるのではないかという考えに至った。
俺はグロイスの体に触れ、魔法の痕跡をたどり、本体の居場所を察知した。俺は背中の羽ではばたき、本体がいる方向へ向かった。すると傀儡のグロイスは慌てながら俺を追いかける。
「待ちなさい、どこへ行くきですか、私の相手をしないのですか」
俺はその言葉を無視し本体の方に向かった。
「そっちは駄目だ、行くな、止めろおぉぉぉ」
傀儡のグロイスは慌てており、冷静さを失っていた。
しばらくすると、石造りの小さな建物からグロイスの魔力を感じた。その建物の扉を開けると薄汚い格好をした、グロイスの本体が怯えて震えている。
「ひいぃ、許してくれ、私の本体はあなたさまの魔法一発で死んでしまうほどの弱い存在なんだ、頼むなんでもしますから」
その言葉に俺は反吐が出た。
「お前はさっき無抵抗な人間を無惨に殺して楽しんでいたのに、自分だけは許してくれなんて虫が良すぎるだろ」
「はい、私が愚かでした。どうか命だけは」
「もういい、お前の言葉は耳障りだ」
俺の体は冷徹にグロイスを処理した。
グロイスを殺した後、意識を失った俺は地面に倒れこんだ。