崩壊
俺は世界を救う勇者パーティーの一人で名前はアレク、役割は魔法使いでいろいろな魔法が使える。
他のメンバーはリーダーであり聖剣を持つ勇者のレオン、修道女でありパーティーの癒し系のイオナ、騎士で前衛を任せられる頼もしい兄貴分のマックス、偵察や罠の解除が得意な盗賊のライクの五人で仲良く旅をしていた。
レオンとイオナは付き合ってたが、俺たちは二人がお似合いのカップルだと思っていた。
なので俺たちパーティーは特に何の問題もなく旅を続けていた。
ところが、その日常はある日を境に変わっていった。俺たちは魔王を倒す旅の途中にある村に立ち寄った。
その村には魔王の幹部と手下のゴブリンとオークの大量の軍勢が近づいているということだった。
当然、村の危機を放っておけない俺たちは、村の人を助けようと思った。
だが、あの軍勢を相手にたった五人で、村人を守りながら戦闘するのはかなり困難なことだった。
そのことに気付いていたレオンは、村の人たちに村から避難するように言った。「聞いてください、村の人たちにお願いがあります。これから魔王の軍勢がここを攻めてきます。私たちはここを守るためにその軍勢と戦います。ですが、私たちの人数では全ての敵を倒しあなたたちに被害を出さないことは出来ません。なので、村の皆さんにはこの村を出て別の町に避難してください」
レオンのお願いは村の人々から受け入れられなかった。それどころか村の人たちは俺たちのパーティーを非難した。
「この村を出て避難するなんてできるわけないだろ、この村がなくなったら俺たちはどうすればいいんだ」
「そうよ、もうすぐ畑の収穫の時期なのよ」
「お前さんら、勇者一行ならなんとかしてみせろ」
多くの人が、俺たちに自分勝手な要求をする。その言葉を聞いてもレオンは村人たちに対して怒りを見せず、もう一度お願いした。
「お願いします。私たちは誰一人の被害も出さずにこの村を救いたいのです」
「すまんがわしらはここを出ていけば、飢えて死んでしまう。この村を出ることはできん」
だけど、レオンの言葉は村人たちには届かなかった。
そして数日後、魔王の軍勢が攻めてきた。俺たちはこの村を守るために必死に戦った。
魔王の幹部の一人であるトロールは巨大な体躯で凄まじい怪力を持ち、軽い傷など直ぐに回復してしまう強敵だった。俺たちはその再生力でなかなか倒しきれず苦戦を強いられていた。
それに加えて手下のゴブリンやオークが村を襲おうとするので、それに対処もしないといけないので戦いは長びいた。
長い時間をかけ、ほとんどの軍勢を倒したあと一息でトロールも倒せる状況にまでなっていた。
トロールは「うがああ」と雄叫びを上げ、こう言った。
「人間ごときにここまで追い詰められてるなんてありえない」
その言葉を聞いたレオンとマックスはこう言った。
「みんな、あと少しだ。頑張れ、あと一息でこいつは倒せる」
「おお、こいつの攻撃は必ず俺が防いでみせる、任せろ」
この状況に俺たちはトロールの方にばかり気を取られてしまっていた。
そして問題が起きた。死体の山の中にまだ生きているゴブリンがいることに、イオナだけが気がついた。ゴブリンが村の人たちを狙っていることに気づいたイオナは、急いで駆け寄り、村の人の代わりにゴブリンの短剣に突き刺された。
村の人がその状況に叫び声をあげる。
村の人の叫び声を聞いてレオンは村の方の状況に気付いた。
「イオナ! お願いだアレク、イオナに回復の魔法を、私はここを離れられない」
「分かった。すぐに向かう」
俺はイオナを刺したゴブリンを魔法で蹴散らし、彼女の傍に駆け寄った。彼女の体は何度も短剣で突き刺されており、俺の治療ではもう助からない状態だった。
「治れ、治れ、治れよ、治ってくれよ」
それでも俺は神に懇願しながら、彼女に回復の魔法をかけ続けた。自分がもう助からないことに気付いたイオナは、優しい顔をして言った。
「悲しまないでアレク、あなたのせいじゃないわ。私の軽率な行動の結果だもの。アレク、あなたにお願いしたいことが二つあるのだけどいいかしら。」
「なんだお前の頼みだ、聞いてやる」
「レオンに伝えてほしいの村の人たちを恨まないであげてって、彼らは悪くないわ生きるのに必死なだけだから、もう一つはアレク、レオンを支えてあげてほしいの、彼普段はみんなの前で弱みを見せずにいるけど、本当は不安な気持ちでいっぱいなの。私が死んだあと、彼絶対に落ち込むから、頼んだわよアレク」
「分かった、この約束は絶対に守ろう」
このとき、俺は泣いていて酷い顔をしていただろう。
この戦いが終わり俺は彼女の遺言を伝えた。
「すまないレオン、俺がもっと高位の回復魔術を使えていればこんなことには」
「アレク、君のせいじゃないさ。もっと俺に力があれば」
「イオナが最後に言っていたんだ、村の人たちを恨まないでほしいって」
「イオナがそんなことを、彼女は最後まで優しいな、優しすぎるくらいだ。クソっ」
レオンはそう言いながら壁に向かって拳を叩きつけた。
村に戻った俺たちに村長は感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございました。勇者様、この度はもうなんと感謝すればよいか流石は勇者様御一行ですな」
「村が無事で良かった、疲れたので宿で休ませてもらう」
その言葉にレオンは素っ気ない言葉を返した、きっとどう感情の整理を付ければいいのか分からないのだろう、俺も同じだった。
村の宿屋に向かう途中に村人の話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか勇者様のパーティーの一人が死んだんだって」
「まじかよ、噂の勇者パーティーも大したことねえな、こんな小さな村の戦いで死ぬんじゃどのみち魔王討伐なんて無理じゃねえのか」
その言葉を聞いたレオンは村人たちに向かって走っていき、彼らに殴り掛かった。
「お前ら、誰のせいで彼女が死んだと思ってるんだ、お前たちが大人しく避難していれば彼女はイオナは死ななかったんだ」
「ひい、痛い止めてくれ」
村人は怯え、レオンは泣きながら村人たちを殴り続けていた。俺はすぐさまレオンを取り抑えた。
「止めろ、レオン彼女の最後の言葉を忘れたのか」
「ふざけるな! こんな奴らのために彼女は死んだっていうのか、放せ!」
その後、レオンは宿屋に戻りしばらくの間、一人で閉じこもった。俺は彼にかける言葉が見つからなかった。
しばらくして部屋から出てきた彼はすっかり変わってしまった。優しい目をしていた彼の目は、今は見るもの全てが虫けらを見るような冷たい目をしていた。更に敵を討伐するためには人を囮にするような冷酷な作戦をするようになった。
俺はそんな彼を見ていられなかった。
「レオン、どういうことだ、こんな作戦は君らしくない」
「らしくないか、それがどうした、昔の俺の考え方じゃ誰も守れない、ダメなんだよ!」
「イオナの、彼女の最後の言葉を忘れたのか」
「うるさい、彼女はもう死んだ! 俺は何を犠牲にしても世界を救う」
「その考え方は間違っている」
「分かった、それじゃあお前とはここまでだ。パーティーから抜けろアレク」
俺はパーティーを抜けることになった。他のメンバーにはレオンを助けてほしいとお願いし俺はパーティーを去った。その後、レオンはすぐにメンバーの補充を行った。
俺はレオンたちより先に魔王を倒すことを決意した。あんな別れ方をしてもレオンには恩がある。
俺が魔法使いとして生きていくことを手助けしてくれたのは幼馴染のレオンの言葉があったからこそだ。
それにイオナが死んだことは間接的に俺にも原因がある。
実は、俺の妹のリアラが不治の病に掛かっていた。それを治すための薬草を入手できる日と、10年に一度やって来る聖剣を強化する儀式の日が被ってしまったのだ。
彼は薬草を入手することを選んだ。そのせいで聖剣の力は本来の十分の一になってしまった。
彼は「気にするな、その分お前が俺を手伝ってくれ」と言っていたが俺にはそんな力はなかった。
もし聖剣が本来の力を発揮していればあのトロールに苦戦することもなくイオナは死ななかっただろう。
俺はリアラを助けてくれたときに命をかけてレオンの望む未来を実現しようと誓った。
俺は使い魔を放ち、レオンたちの動向を探り、先回りをして危険な戦いに身を投じることにした。レオンの手を汚させない、俺の望みはそれだけだった。
この行動は無謀であることはわかっている。魔法使いの俺が前衛もなしに戦うのは簡単ではない。そうして先へ進めば進むほど、俺の怪我は増えていった。